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日本文学史序説ノート Archive
日本文学史序説 #3
- 2009年1月30日 00:03
- 日本文学史序説ノート
ネット上で掲示板やブログに嫌がらせのコメントを付けては憂さを晴らすという、寂しい生活を送っている連中がいる。
逆恨みの人生、かわいそうに。
もっとも、仕事でそういうコメントを付けて回っている奴もいるようだ。
凶器になるほどのたいした言葉でもないので、そんなものに脅えて口をつぐんではいけませんぞ。
まったく力のないコメントなので、放っておけば勝手に死んでしまいます。
メモ その3
ちくま学芸文庫版 p.19
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第一に、日本語の文は、その話手と聞手との関係が決定する具体的な状況と、密接に関係しているということ。
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ちくま学芸文庫版 p.20
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またおそらく文の構造が特殊な状況に超越しない言語上の習慣は、価値が状況に超越しない文化的傾向とも、照応している。たとえば酒の上の言葉は、水に流すことができる。その場合の酒は、特定の生理、心理的作用を及ぼす毒物ではなくて、社会的状況の特殊性の象徴である。過去もまた水に流すことができる。今日の状況はもはや過去の状況ではないからである。
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第二、日本語の語順が、修飾句を名詞のまえにおき、動詞(とその否定の語)を最後におくということ。すなわち日本語の文は部分からはじまって、全体に及ぶので、その逆ではない。そういう構造は、大きくみて、中国語や西洋語と正反対であり、しかもたとえば中国大陸の影響を脱して作られた日本の大建築の構造にも反映しているのである。
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ちくま学芸文庫版 p.21
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......語順の特徴は、空間への日本式接近法にもあらわれている、といえるだろう。またたとえば丸山真男氏も指摘したように、日本の神話にあらわれた時間は、始めもなく終りもないものである。そこでは現在が、始めあり終りある歴史的な時間の全体の構造のなかに、位置づけられるのではなく、現在(部分)のかぎりない継起が、自ら時間の全体となる。歴史的時間の全体の構造というものはない。
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日本文学史序説ノート #2
- 2009年1月21日 19:54
- 日本文学史序説ノート
日本語の特徴を考える際参考にすべきなのは、狂信的な日本語賛美者ではないだろう。
加藤周一さんのような碩学に力を借りなくてはならない。
メモ その2
ちくま学芸文庫版 p.16
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日本語と中国語とは、系統を異にする言語で、その音体系も、語彙も、文法(語順、助辞、用語の語尾変化など)も、全くちがう。それにも拘わらず、大陸文化との接触がおこったとき、日本語には表記の手段がなかったから、すでに高度に発達していた中国の文字が日本語の表記に用いられるようになった(中国の文字による日本語表記の現存する最古の例は、五世紀にさかのぼる)。
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ちくま学芸文庫版 p.17
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日本語の表記に漢字を用いた日本人は、また中国の詩文を、日本風に読む方法も工夫した。返点によって語順を変え、送仮名によって日本語に固有な助辞や語尾変化をつけ加えたのである(訓読の漢詩、漢文)。この独特の中国文翻訳法に慣れた日本人は、みずから中国語の詩文を作るようになった。
少なくとも七世紀以後一九世紀まで、日本文学の言語には二つがあった。日本語の文学と中国語の詩文である。
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ちくま学芸文庫版 p.18
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またおそらくそのことと関連して、文芸復興以後、ラテン語の文学は次第に近代欧州語の文学のなかに吸収されていったが、日本では文学の二ヵ国併用が明治時代までつづいたということである。
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ちくま学芸文庫版 p.19
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近代の日本は、漢字の組合せによる新造語で、ほとんどすべての西洋語を訳し了せたという点で、西洋語をそのまま採り入れることを余儀なくされた他の多くの非西洋文化と、著しい対照をなしている。そのことは、おそらく決定的に、この国のいわゆる「近代化」に役立った。しかし他方では、新造語の氾濫によって、日本語の伝統的な味わいを損い、そのために文学、殊に詩作に、複雑で困難な問題を提出することになったのである。
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日本文学史序説ノート #1
- 2009年1月19日 11:41
- 日本文学史序説ノート
メモ その1
ちくま学芸文庫版 p.11
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各時代の日本人は、抽象的な思弁哲学のなかでよりも主として具体的な文学作品のなかで、その思想を表現してきた。
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ちくま学芸文庫版 p.14
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一時代に有力となった文学的表現形式は、次の時代にうけつがれ、新しい形式により置き換えられるということがなかった。新旧が交替するのではなく、新が旧につけ加えられる。
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ちくま学芸文庫版 p.15
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このような歴史的発展の型は、当然次のことを意味するだろう。古いものが失われないのであるから、日本文学の全体に統一性(歴史的一貫性)が著しい。と同時に、新しいものが付加されてゆくから、時代が下れば下るほど、表現形式の、あるいは美的価値の多様性がめだつ。
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ちくま学芸文庫版 p.16
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しかし文学に即していえば、その言語的・社会的・世界観的背景にあらわれたある種の「二重構造」が、少なくともさしあたりの答えをあたえることになるだろう。
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日本文学史序説〈上〉 (ちくま学芸文庫)
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