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ボブ・ディラン自伝『クロニクルズ』 Archive

そこにはいない

DVD アイム・ノット・ゼア(I'm Not There)


ボブ・ディランの自伝『クロニクルズ(Chronicles)』をドキュメンタリー映画にすると、『ノー・ディレクション・ホーム(No Direction Home)』になります。
ドラマ仕立てにすると、『アイム・ノット・ゼア(I'm Not There)』になるのでしょう。

寝床で自宅サーバをいじりながら、『アイム・ノット・ゼア(I'm Not There)』を横目で眺めました。
これは、『クロニクルズ』を読んでいないと、あるいは『ノー・ディレクション・ホーム』を見ていないと、何がなんだかわからないでしょう。

たとえば。
ぬかるみに顔を突っ込んで倒れている少年(6人いるディランの一人)を、サーカスの出演者のような人が助けてくれます。
その人は、「ゴージャス・ジョージ」と書いた紙片を見せます。

『クロニクルズ』を読んでいれば、にやりとするところ。
読んでいなければ、すごい象徴詩のように感じるんでしょうか。
いや、わけわからないままですね。

 →幻泉館日録:CHRONICLES #33 ディランとプロレス

 →幻泉館日録:CHRONICLES #34 ディランとゴージャス・ジョージ

6人がディランを演じるということが映画の冒頭で宣言されます。
一見順不同でいろいろなエピソードが流れますが、この6人は意外に自然な感じがします。
特に初めて聞いた時は「え?」と思った黒人少年や女性のディランが、かえってディランらしく見えるのです。

デビュー前、いろいろな嘘をついて自分の伝説を作ろうとするディランを象徴しているのが、マーカス・カール・フランクリンという少年。
虚構と現実の間に生きているので、夢のような映像が混じります。
11歳のマーカス君、実に達者です。

ケイト・ブランシェットが演じるディランは、ドキュメンタリー映像のように描かれます。
ニューポートでピート・シーガーがディランの演奏中に斧を取ってケーブルを断ち切ろうとするところまで出てきます。
このディランが、本当にボブ・ディランに見えてくるんですわ。
すごいもんですなあ。

ディランの奥さん役の女優さん、よく知っている顔みたいだけど、誰だったかなあ。
と思っていたら、シャルロット・ゲンズブールさんでした。
あらまあ、懐かしい。

私には、とてもおもしろい映画です。
また見ます。
新しい発見がいろいろあることでしょう。

I'm Not There [Soundtrack]
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Chronicles Volume 2

「"コーヒーをもう1杯" Bobliotheca Dylanica」のloveminus0さんによれば、ボブディラン自伝"Chronicles"のVolume 2が、来春発売される模様。


 →「Chronicles Volume 2」


まだだいぶ先の話だけど、Volume 1の残りのメモをぼちぼちと書いておかないとな。

Bob Dylan Chronicles Vol.1

Chronicles (paperback)

Bob Dylan: Chronicles (CD)

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自由奔放な頃 #2

 ☆ 彼女は十七歳、彼は二十歳だった。
 ☆ 二人は若くて、好奇心が強く、お互いを分かつことはできなかった。

 She was seventeen, he was twenty.
 They were young, curious, and inseparable.

上はカバーの折り返しに書いてある紹介文の一部です。

祝春一番2008で大阪に出かけている間に、本が届いていました。
ボブ・ディランのアルバム"The Freewheelin' Bob Dylan"(1963)のジャケットに写っているスージー・ロトロさんの追想録です。

以前は「スーズ・ロトロ」という日本語表記をよく見かけたのでそう書いていましたが、どうも「スージー・ロトロ」の方がよさそうです。
本人がおもしろがって「Susie」を「Suze」と表記していたそうですが、発音はたぶんそのまま[su':zi:]ですよね。
これからは「スージー」で行きます。

 →A Freewheelin' Time: Greenwich Village in the Sixties

suze rotolo

Googleで検索してみたら、リンク先のloveminus0さん"コーヒーをもう一杯"がヒットしました。
さすがに早いですな。
私はぼちぼちと読んでまいります。

 →「【bobliotheca】『A Freewheelin' Time』Suze Rotolo著」

 →幻泉館日録:自由奔放な頃


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自由奔放な頃

アマゾンの洋書コーナーでボブ・ディランを検索したら、あのスーズ・ロトロさんの本がヒットしました。
表紙の写真は、アルバム"The Freewheelin' Bob Dylan"のジャケット写真より、二人がカメラに近づいているようです。

A Freewheelin' Time

"A Freewheelin' Time: Greenwich Village in the Sixties, Bob Dylan and Me"

  自由奔放な頃
  60年代のグリニッチビレッジ
  ボブ・ディランと私

画像だと副題が違いますね。

  A FREEWHEELIN' TIME
  A Memoir of Greenwich Village
  in the Sixties

「60年代グリニッチビレッジ追想録」ぐらいでしょうか。

5月13日発売予定だそうです。
こりゃ予約しないと。

 →A Freewheelin' Time: Greenwich Village in the Sixties, Bob Dylan and Me


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ひどい雨がふりそうなんだ CHRONICLES #498

千本浜 2008年2月17日

 →bobdylan.com: A Hard Rain's A-Gonna Fall


 ♪ Oh, where have you been, my blue-eyed son?
 ♪ Oh, where have you been, my darling young one?


 ♪ ああ、どこに行っていたの、青い目の我が息子よ?
 ♪ ああ、どこにいたの、愛しの息子よ?

      「激しい雨が降ってくる」中川五郎訳


 ♪ どこへいってたの、青い目のむすこ?
 ♪ どこへいってたの、わたしのかわいい坊や?

      「ひどい雨がふりそうなんだ」片桐ユズル訳


ひさしぶりに片桐ユズル&中山容訳の『ボブ・ディラン全詩 302篇』を引っ張り出して、五郎さんの訳と比べてみました。
ユズルさんの訳は極力漢字を使わずに、なおかつ「歌」に近い形になっているようです。

これは"A Hard Rain's A-Gonna Fall"の冒頭で、この曲はディランが演劇に影響を受けて書いたと挙げた歌の中で最後に並んでいます。
歌い出しの歌詞だとまるでピート・シーガーの「花はどこへいった」みたいだけれど、この後には、暗い、死の世界が描かれます。

狼に囲まれた新生児。
黒い枝からしたたる血。
血まみれのハンマーを持った男の一団。
武器を手に持つ子供たち。

第二連で描かれた死の映像が、第三連では音に変わります。

雷鳴の警告。
全世界を溺れさせる波のうねり。
百人の男が燃え上がる手で叩く太鼓。
千人のささやき。
どぶの中で亡くなった詩人の歌。
道化師の叫び声。

第三連は出会った人たちのことですが、ここでやっとほんの少し明るい言葉が出てきます。

 ♪ I met a young girl, she gave me a rainbow,

「虹」って何なんでしょう。

最後に、母親はこれからどうするのか、青い目の息子に尋ねます。
息子は、ふたたび暗い森の奥深くに行くのだと答えます。
そう、青年は荒野を目指すものなんです。


 ♪ And I'll tell it and think it and speak it and breathe it,
 ♪ And reflect it from the mountain so all souls can see it,
 ♪ Then I'll stand on the ocean until I start sinkin',
 ♪ But I'll know my song well before I start singin',
 ♪ And it's a hard, it's a hard, it's a hard, it's a hard,
 ♪ It's a hard rain's a-gonna fall.

 ♪ それでぼくはそのことを告げ、かんがえ、しゃべり、呼吸するだろう
 ♪ 山から反射させ すべての人に見えるようにしたい
 ♪ そして沈みはじめるまで海に立っていたい
 ♪ だけどうたいはじめるまえに自分の歌をよくわかるようになるだろう
 ♪ それで ひどい ひどい ひどい ひどい
 ♪ ひどい雨が降りそうなんだ

      「ひどい雨がふりそうなんだ」片桐ユズル訳


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The Freewheelin' Bob Dylan

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しがない一兵卒 CHRONICLES #497

千本浜 2008年2月17日


ディランが演劇に影響を受けて作った一連の曲として挙げている4曲目が、"Only a Pawn in Their Game"です。
「pawn」はもちろんチェスの歩兵のことで、中川五郎さんは「手先」と「一兵卒」の二種に訳し分けています。


 →bobdylan.com: Only a Pawn in Their Game


 ♪ A bullet from the back of a bush took Medgar Evers' blood.
 ♪ A finger fired the trigger to his name.
 ♪ A handle hid out in the dark
 ♪ A hand set the spark
 ♪ Two eyes took the aim
 ♪ Behind a man's brain
 ♪ But he can't be blamed
 ♪ He's only a pawn in their game.

 ♪ メドガー・エヴァーズを血まみれにしてその命を奪った
 ♪ 茂みの陰から撃たれた一発の銃弾
 ♪ 自分の銃の引き金を引いた一本の指
 ♪ 暗闇の中に隠されたままのひとつの銃床
 ♪ 火花を飛び散らせた一本の手
 ♪ 男の後頭部に狙いを定めた二つの目
 ♪ だけどそいつを責めることはできない
 ♪ そいつはやつらのゲームの中のただの手先にすぎないのだから

         「ゲームの中のただの手先」中川五郎訳


冒頭で歌われているメドガー・エヴァーズ(Medgar Evers)は実在の人物です。

----------------------------------------------
Evers
n. エヴァーズ
(1) Charles Evers (1923- ) 《米国の黒人運動指導者・政治家; Mississippi 州 Fayette の市長 (1969-81) として, 兄 Medgar の遺志を継ぎ, 黒人の生活改善・地位向上に努力し多数の支持者を得ている》
(2) `Johnny' Evers [John Joseph Evers] (1881-1947) 《Chicago Cubs などで活躍した内野手, のちに監督; 通算 .270, 538 打点, 12 本塁打; 1946 年殿堂入り; あだ名は `the Crab' `the Trojan'; ⇒→TINKER-TO-EVERS-TO-CHANCE_》
(3) Medgar (Wiley) Evers (1925-63) 《米国の黒人運動指導者; Mississippi 州の NAACP (黒人地位向上協会) の中心人物として組織の拡充強化に貢献したが暗殺された》.
----------------------------------------------

上は「リーダーズ・プラス」からの引用ですが、Charles Eversの項で「兄 Medgar」と記述されているのは変ですね。
生年の数字が正しいのなら、「弟 Medgar」だと思います。

 →ミシシッピ州NAACP代表メドガー・エヴァーズの暗殺 (1963)

ただの手先と歌われた卑怯な暗殺犯バイロン・ディラ・ベックウィズ(Byron de la Beckwith)は英雄扱いされ、裁判では事実上無罪になってしまいます。
それから三十年を経た、つまりディランが「ゲームの中のただの手先」を歌ってから一世代が過ぎた1994年に、三回目の裁判でやっと有罪判決が出ます。
終身刑のベックウィズは2001年、80歳で病死します。


 ♪ But when the shadowy sun sets on the one
 ♪ That fired the gun
 ♪ He'll see by his grave
 ♪ On the stone that remains
 ♪ Carved next to his name
 ♪ His epitaph plain:
 ♪ Only a pawn in their game.

 ♪ だけど翳った日の光が
 ♪ 銃を撃った男の上に落ちる時
 ♪ 彼は自分の墓を見ることだろう
 ♪ 墓石の上
 ♪ 自分の名前の隣に刻まれた
 ♪ 墓碑銘はたったこれだけ――
 ♪ やつらのゲームの中のしがない一兵卒


確かに鮮やかな映像が思い浮かぶ、非常に演劇的な歌詞です。


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The Times They Are A-Changin'

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デイヴィ・ムーアを殺したのは誰 CHRONICLES #496

千本浜 2008年1月31日

ディランが4曲目に挙げているのが、"Who Killed Davey Moore?"です。
ん?

あんまりなじみのないタイトルですね。

 →bobdylan.com: Who Killed Davey Moore?

 ♪ Who killed Davey Moore,
 ♪ Why an' what's the reason for?

 ♪ デイヴィ・ムーアを殺したのは誰
 ♪ どうして、どんなわけで?
 
        (中川五郎訳)

私も最近知った曲です。
正式に録音されたことのない曲で、「the bootle series」が出るまで、聴いたことがありませんでした。

うちにあるCDでは、"the bootle series volumes 1-3"と、vol.6の"LIVE 1964"に入っています。
それから、ニューポート・フォーク・フェスティバルのDVDに入りました。
たぶんディラン自身は気に入っている曲なんでしょう。
どうして正式なアルバムに入れなかったのか、不思議です。

 The Bootleg Series, Vols. 1-3 : Rare And Unreleased, 1961-1991

 The Bootleg Series, Vol. 6: Bob Dylan Live 1964 - Concert at Philharmonic Hall

 The Other Side Of The Mirror: Live at Newport Folk Fes

デイヴィ・ムーアは実在のボクサーです。
同名の世界チャンピオンもいましたね。
歌われているデイヴィ・ムーアは、1963年に試合中の打撃で昏睡状態に陥り、二日後に亡くなったそうです。

もう一人のデイヴィ・ムーアは1988年に自動車事故で亡くなりました。
ガレージのドアを開けるために車を降りたら、その車が動いて圧しつぶされたそうです。

 →Wikipedia: Davey Moore (1960s)

 →Wikipedia: Davey Moore (1980s)

60年代のデイヴィ・ムーアの死は、ボクシング是非論を巻き起こしたそうです。
"the bootle series volumes 1-3"のライナー・ノーツによれば、ムーアの死から18日経った4月12日、ニューヨーク・タウン・ホールのコンサートで、ディランはこの曲を歌いました。
新聞を読んで、すぐに曲を作ったのでしょう。
まさにトピカルソング。

ああ、ライナーに書いてありますね。
ライブ盤を作るためにせっかく録音までしたのに、その企画が流れて、そのままになってしまったそうです。
それで忘れられてしまったということですな。
当時のライブではよく歌っていたようで、聴衆の反応は良いです。

これは"Lonesome Death of Hattie Carroll"と並んでいても、何も違和感は感じませんでした。


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ハッティ・キャロルの寂しい死 CHRONICLES #495

 →I Love Sunset! > 2008 #3

千本浜 2008年1月31日

 →幻泉館日録:ボブ・ディラン Live 1964

----------------------------------------------
「これは本当にあったことなんだ」と言って、ディランは歌い出す。

 ♪ William Zanzinger killed poor Hattie Carroll

ああ、何も変わっていない。
指にダイヤモンドの指輪を付けたアメリカは、貧しい国に出かけていって、ハッティ・キャロルを殴り殺す。
子だくさんのハッティ・キャロルは毎日一所懸命下働きをして、なんとか暮らしている。
それがいきなり杖で殴り殺されてしまうのだ。
裕福なアメリカはけっして罰せられることがない。
----------------------------------------------

"It's Alright Ma (I'm Only Bleeding)"と"Mr. Tambourine Man"の後に"Lonesome Death of Hattie Carroll"が続いているのに、奇異な印象を受けました。
ここで急に具象的な歌詞になってるように思ったからです。
でも、ディランの頭の中では、一連の流れの中にある同じ傾向の曲らしいのです。

ディランにとっては、並べて挙げた題名は、同じように「演劇的」な曲なのでしょう。
差別や不正に対する率直な憤りを歌いますが、ディランは社会運動家ではありませんでした。
本人の意識はあくまでも歌い手です。
象徴的であれ、具象的であれ、物語を巧く語りたいという思いが強かったのです。
そして、物語を紡ぐ名手として見習ったのがロバート・ジョンソンなのでしょう。

『クロニクルズ』の記述からは、そんな文脈が読み取れます。


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ミスター・タンブリン・マン CHRONICLES #494

千本浜 2008年1月10日

ディランが"It's Alright Ma (I'm Only Bleeding)"に続けて挙げている"Mr. Tambourine Man"なんですが、これがまたよくわかりません。

 →bobdylan.com: Mr. Tambourine Man

リーダーズ英和を引いてみると、おもしろいことが書いてあります。

----------------------------------------------
 tambourine man
 n. 《俗》 麻薬の売人.
 [Bob Dylan の歌 'Mr. Tambourine Man' から]
----------------------------------------------

「Mr. Tambourine Man」はタンブリン奏者以外の何者でもないはずです。
少なくとも、ディランが歌うまでは。


 ♪ Hey! Mr. Tambourine Man, play a song for me,
 ♪ I'm not sleepy and there is no place I'm going to.
 ♪ Hey! Mr. Tambourine Man, play a song for me,
 ♪ In the jingle jangle morning I'll come followin' you.

 ♪ ねえ、ミスター・タンブリン・マン、ぼくのために一曲やっておくれ
 ♪ ぼくは眠くないし、行くあてもないんだ
 ♪ ねえ、ミスター・タンブリン・マン、ぼくのために一曲やっておくれ
 ♪ ジンジャカ鳴り響く朝の中、ぼくはあんたについていくよ

      (中川五郎訳「ミスター・タンブリン・マン」)

タンブリン(タンバリン)奏者に、「一曲やってくれ」と言うのも、なんだか変ですね。
音楽を聴きたいのではなくて、「ぼく」を踊らせてくれ、行動へ誘ってくれと頼んでいるのです。

 ♪ Take me on a trip upon your magic swirlin' ship
 「あんたの魔法渦巻く船に乗っけてぼくを旅に連れ出しておくれ」

 ♪ Into my own parade, cast your dancing spell my way
 「自分自身のパレードの中へと、ぼくの行く手に踊りの魔法をかけておくれ」

 ♪ Then take me disappearin' through the smoke rings of my mind
 「ぼくの心の中に浮かぶ煙の中へとぼくを消し去っておくれ」

なるほどなあ、出来合いのスラングを使ったのではなくて、ディランが作った歌によって、タンブリン奏者が麻薬の売人になってしまったわけです。
ただ、この歌に関しては、なんといってもまずThe Byrdsの演奏を思い浮かべてしまいますね。
あの12弦ギターの音が、時代の雰囲気を伝えているように感じます。

さて、"It's Alright Ma (I'm Only Bleeding)"と"Mr. Tambourine Man"が並んでいるだけなら、そんなにひっかかることはなかったのです。
なぜディランは、その後に"Lonesome Death of Hattie Carroll"を続けたのでしょうか。
言葉の象徴的用法が、違うように思うのですが。


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なんてったってアイドル

伝説は伝説。
実際に映像を見てみると、それは違うんじゃないかと思うことも多い。

 →Peter Stone Brown on Dylan at Newport

 →DYLAN GOES ELECTRIC

 →The myth of Newport '65: It wasn't Bob Dylan they were booing

1963年から1965年、ニューポート・フォーク・フェスティバルでのボブ・ディラン。
初々しい若者として登場し、熱狂的な支持を受けて偶像となり、エレクトリックサウンドで偶像を壊すディラン。

"The Other Side of The Mirror"の日本盤が出ました。
鏡の反対側。

最後の1965年は、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでもう一つの伝説を作る、その前年です。


 ニューポート・フォーク・フェスティバル 1963~1965

CHAPTER LIST
All I Really Want To Do (7/24/1965) - afternoon workshop
[1963]
North Country Blues
With God On Our Side (with Joan Baez)
Talkin' World War III Blues
Who Killed Davey Moore?
Only A Pawn In Their Game
Blowin' In The Wind (with The Freedom Singers, Joan Baez, and Peter, Paul and Mary)
[1964]
Mr. Tambourine Man
Johnny Cash sings Don't Think Twice, It's All Right
Joan Baez sings Mary Hamilton as Bob Dylan
It Ain't Me, Babe (with Joan Baez)
With God On Our Side (with Joan Baez)
Chimes Of Freedom
[1965]
If You Gotta Go, Go Now
Love Minus Zero/No Limit
Maggie's Farm (electric)
Like A Rolling Stone (electric)
Mr. Tambourine Man
It's All Over Now, Baby Blue
Bonus Feature: Interview with director Murray Lerner


 The Bootleg Series, Vol. 4: Bob Dylan Live, 1966: The "Royal Albert Hall Concert"


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だいじょうぶだよ、ママ CHRONICLES #493

千本浜 2007年12月15日

ディランが「三文オペラ」やロバート・ジョンソンのことを書いているのは、なぜ歌を作るようになったかという説明の続きです。

 →Chapter 5: River of Ice

----------------------------------------------
In a few years' time, I'd write and sing songs like "It's Alright Ma (I'm Only Bleeding)," "Mr. Tambourine Man," "Lonesome Death of Hattie Carroll," "Who Killed Davey Moore," "Only a Pawn in Their Game," "A Hard Rain's A-Gonna Fall" and some others like that. If I hadn't gone to the Theatre de Lys and heard the ballad "Pirate Jenny," it might not have dawned on me to write them, that songs like these could be written.

僕は数年の間に"It's Alright Ma (I'm Only Bleeding)," "Mr. Tambourine Man," "Lonesome Death of Hattie Carroll," "Who Killed Davey Moore," "Only a Pawn in Their Game," "A Hard Rain's A-Gonna Fall"といったような歌を作るようになる。もしもテアトル・ドゥ・リースに行って「海賊ジェニー」を聴かなかったら、僕がそんな歌を書こうという気にはならなかっただろう。そんな歌を書けるという気にはならなかっただろう。
----------------------------------------------

さて、数曲の歌が並んでいるのですが、どんな共通点があるのでしょうか。
ディランのマニアならすらすらと説明できるのでしょうが、ぱっと見て私にはわかりません。

曲作りというより、歌詞の内容、歌の世界の問題なんでしょう。
私はディランの「廃墟の街(Desolation Row)」や「衛兵の交替(Changing of the Guards)」といった曲が好きです。
象徴的な、何を言ってるのかしらという歌詞ですね。
そういう歌と比べると、ここに挙げられた歌は、ずっと具体的なものや物語を歌っているように見えます。

演劇的……。
ホントかなあ。
1曲ずつ見ていきましょうか。

 →bobdylan.com: It's Alright, Ma (I'm Only Bleeding)

  Darkness at the break of noon
  Shadows even the silver spoon
  The handmade blade, the child's balloon
  Eclipses both the sun and moon
  To understand you know too soon
  There is no sense in trying.

  昼になったばかりだというのに闇が覆いつくし
  豊かな富に恵まれていてもそこには翳りが
  手製のナイフ、子供の風船が
  太陽も月も覆い隠す
  理解しようとする前にすぐにわかってしまう
  やってみようとしたって意味ないことさ
  
   中川五郎訳
  「だいじょうぶだよ、ママ(ぼくはぶつぶつ言っているだけ)」

わはは、十分に象徴的、何を言っているのかしら、ですな。
まさに「Dylan is Dylan」です。


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マジックハンド CHRONICLES #492

丸善の個人情報紛失事件に関して問い合わせの電話をかけようとしたのだが、まったく繋がらず。
形だけお詫びしておいて、まともに処理をしようというわけではないんじゃないだろうか。
個人情報保護法違反じゃないよという、アリバイ作り?


 →I Love Sunset! > 2007 #3

千本浜 2007年11月19日


Chapter 5: River of Ice

ジョン・ハモンドから発売前のレコードをもらってロバート・ジョンソンを初めて聴いてから三十年以上経って、ボブ・ディランはロバート・ジョンソンの映像を見ることになります。
8ミリで撮った、たった8秒間の映像。

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Some people questioned whether it was really him, but slowing the eight seconds down so it was more like eighty seconds, you can see that it really is Robert Johnson, has to be--couldn't be anyone else. He's playing with huge, spiderlike hands and they magically move over the strings of his guitar.

それが本当に彼なのか疑問を持つ人もいるのだが、その8秒を80秒に感じるほど速度を遅くすれば、それが本当にロバート・ジョンソンであることがわかる。そうでなければあんらない。他の誰かであるはずがない。彼は大きな、蜘蛛のような手で演奏していて、その手はギターの弦を上を魔法のように動く。
----------------------------------------------

パラパラと動く映像を見たことがあるような気がしたのですが、Googleで探しても見つかりません。
大きな手、長い指が、ネックの上を魔法のように動くのを、私も見たような気がするのです。
夢だったんでしょうか。

そういえば、昔うちにウルトラハンドというおもちゃがありましたっけ。
おお、任天堂だったんだ!

 →Happy Today

おお!
ウルトラマシンもありましたぞ。
うちの六畳間と八畳間をぶち抜いて、遊んだ覚えがありますわい。

私はファミコン以降の任天堂商品を買ったことがありませんが、花札やこういうおもちゃはおなじみでした。


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ブルジョア・ブルース CHRONICLES #491

プリンタの調子が悪いので、どっこいしょと机から下ろして、いろいろいじってみることにした。
そのためには、床にある程度のスペースを作らなければならない。
これが意外に大きい。

夜中に本の山を移動させる。
移動先はしかたがないので、また本の山の上。
大丈夫か?
地震が来なければ一応大丈夫。

いろいろ出てくるんですよね。

渡さんの自伝的エッセイ『バーボン・ストリート・ブルース』。
山と溪谷社さん、増刷してください。
amazonのマーケットプレイスでは、19,800円で出品されてますよ。

ウディ・ガスリー自伝『ギターをとって弦をはれ』。
あ、こんなところにあったのか。
自伝が多いな。
あ、自伝?

Bob Dylan "CHRONICLES VOLIUME ONE"も出てきましたよ。
すっかり忘れてた。
あと残り数ページとなったところで、終わっちゃうのがもったいないのでなんとなくストップしていたら、そのままどんどん山の下に沈んでいってしまったんですな。
どこまで読んだのだったかしら。

 →いい友達がいたら CHRONICLES #490

いつのまにか半年も経ってますね。
本だと286ページが終わるところ。
この本の最後のページは293ページ、4行と2語です。
最後の2語は"devil either"。

また少しずつ行きますか。
ゆっくり、ゆっくり。
もったいないから少しずつね。

亀ののろい?。


千本浜 2007年10月22日


Chapter 5: River of Ice

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Neither forlorn or hopeless or shackled--nothing hinders him. As great as the greats were, he goes one step further. You can't imagine him singing, "Washington's a bourgeois town." He wouldn't have noticed or if he did, it would have been irrelevant.

孤独でもないし、絶望もしていないし、束縛されてもいない。何もジョンソン妨げることはない。他の卓越した者たちと同様、前へ歩み続ける。「ワシントンはブルジョアの町」なんてジョンソンが歌うところは想像できない。そんなことには気づいていなかったのかもしれないし、気づいていても自分には筋違いのことだと思ったのだろう。
----------------------------------------------

ジョンソンというのは、ロバート・ジョンソンのことね。
そうそう、こういうのを調べようと思って始めたのでした。

"Washington's a bourgeois town"

どこかで聞いたような言い回しだなあ。
と思ったら、ピート・シーガーが歌ってる"BOURGEOIS BLUES"のようですね。

 →::doubleplusgood::

----------------------------------------------
Pete Seeger- Bourgeois Blues- The Essential Pete Seeger (Vanguard) written by Huddie Ledbetter "Washington's a bourgeois town"
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Bourgeois Blues: Leadbelly Legacy, Vol. 2

The Essential Pete Seeger


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ディラン

ボブ・ディランのベスト盤がまた出るらしい。
公式サイトで派手に宣伝している。
同じタイトルで、CDが一枚のものと三枚組みのものがあるのが、不思議だ。
他に[Deluxe Box Set]というのもあるんですね。

 →bobdylan.com

そうそう、さらに国内盤にするか、輸入盤にするかということもあります。
あ、日本にもアルバムの公式サイトがあったんですね。
知らなんだ。

 →DYLAN 07

[3CD+BOOK]のデラックスなやつが、楽天市場内「あめりかん・ぱい」では国内盤6,825円、輸入盤4,990円。
この違いは大きいなあ。

【Aポイント付】ボブ・ディラン Bob Dylan / DYLAN (日本盤CD)【再来週以降発売】

【Aポイント付】ボブ・ディラン Bob Dylan / Dylan (3CD + Book) (Collector's Edition) (輸入...

dylandelux.jpg

アマゾンだと輸入盤[Collector's Edition]は3,929円。
さらに安いな。
輸入盤は10月1日発売で、日本盤は10月24日発売。
だいぶ早いな。
これにするか。
ギフト券もあるし。


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いい友達がいたら CHRONICLES #490

千本浜 2007年4月14日

 →Chapter 5: River of Ice

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I just couldn't imagine how Johnson's mind could go in and out of so many places. He seems to know about everything, he even throws in Confucius--like sayings whenever it suits him.

ジョンソンの精神がどうしてそんなに数多くの場所に出入りできるのか、僕には想像できなかった。それが自分の心に合うとなれば、格言のような孔子の言葉まで挿入した。
----------------------------------------------

え?
孔子ですか……?
これはまったくわかりません。
その世界では常識なんでしょうか。

え?っと、わからないので、とりあえず"When You Got a Good Friend"だと思いこむことにします。
他に孔子が登場しそうにないので。
どなたか正解を教えてください。

 →When You Got a Good Friend Real Audio

 ♪ When you got a good friend
 ♪ that will stay right by your side
 ♪ Give her all of your spare time
 ♪ love and treat her right

 ♪ すぐそばにいてくれる
 ♪ いい友だちがいたら
 ♪ 暇な時間を全部つかって
 ♪ ちゃんと優しく愛しておやり

う?ん、全然孔子じゃないわな、やっぱり。


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草の葉 CHRONICLES #489

千本浜 2007年4月14日

 →Chapter 5: River of Ice

ロバート・ジョンソンがアイク先生から教わったのは、ギターの普通の弾き方だけだったと言う人達もいます。
当時を知る者が言っているそうなので、結局はロバート・ジョンソンの才能なんでしょうか。
レコードを繰り返し聴くことによって、学習したようです。
ディランもそうでした。

 →Phonograph Blues MP3

----------------------------------------------
John Hammond had told me that he thought Johnson had read Walt Whitman. Maybe he did, but it doesn't clear up anything.

ジョン・ハモンドは僕に、ジョンソンはウォルト・ホイットマンを読んでいたと思うと言った。そうかもしれないが、でもそれで何もかもが明らかになるわけではない。
----------------------------------------------

意外な名前が出てきました。
ホイットマンを読みふけり、何度もレコードを聴いてギターを練習しているロバート・ジョンソン。
なんだか普通すぎるような気がします。
十字路で悪魔に魂を売り渡す伝説の方が遙かにかっこいいですから。
でも、現実はそんなものなんでしょう。

 →幻泉館日録:草の葉

 →Leaves of Grass 草の葉

 →Project Gutenberg: Leaves of Grass by Walt Whitman


Leaves of Grass: The Original 1855 Edition (Dover Thrift Editions)

草の葉 (上) 草の葉 (中) 草の葉 (下)


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墓場の鬼太郎 CHRONICLES #488

千本浜 2007年4月5日

 →Chapter 5: River of Ice

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The ones who knew him told a different tale and that was that he had hung around some older blues players in rural parts of Mississippi, played harmonica, was rejected as a bothersome kid, that he went off and learned how to play guitar from a farmhand named Ike Zinnerman, a mysterious character not in any of the history books. Maybe because he didn't make records. He must have been an incredible teacher.

彼を知っていた者たちが違う話をしているが、それはこんなものだった。彼はミシシッピの田舎で年上のブルーズ・プレイヤーにまとわりついてハーモニカを吹いていたのだが、うるさいガキだと追い払われたので、不思議な人物で、どんな歴史の本にも出ていないアイク・ジナマンという名前の農場労働者からギターの引き方を教わったというのだ。たぶんレコードを作らなかったからだろう。すごい教師だったに違いない。
----------------------------------------------

確かにロバート・ジョンソンのことを書いてあるところにしか、このアイク・ジナマンという人物は登場しません。
ディランが書いている通りで、アラバマ出身の作男ということしかわかりませんな。

 →Robert Johnson, His Life, His Music, His Legacy

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Robert's earliest musical desire was to be a harmonica player, but that soon waned, and he decided he wanted to be a guitar player like Son House and Willie Brown. Robert would literally sit at their feet, studying their technique, arrangements and styles, in the rowdy juke joints. In Hazelhurst, Robert had apprenticed himself to Ike Zinnerman, a veteran guitarist from Alabama. He often spend entire weekends playing with Zinnerman, said to be an excellent guitarist, but unfortunately one of the many unrecorded bluesmen.
----------------------------------------------

お、ここにはもう少し詳しく書いてあります。

 →ブルース人名辞典

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アイク・ジナーマン(Ike Zinnerman)

シンガー/ギタリスト。戦前ミシシッピー・デルタ・ブルース。アラバマ州グレイディ出身。南部ミシシッピーのヘーズルハーストで活動し、1930?31年に、ロバート・ジョンスンにギターと"Last Fair Deal Gone Down"の原曲を教えたのではないかと言われている。夜中に墓石の上に座って練習したという言い伝えがある。録音はない。
----------------------------------------------

夜中に墓石に座って練習したというのは、いかにもロバート・ジョンソンの師匠らしい伝説です。
ああ、ゲゲゲの鬼太郎の歌が頭の中でぐるぐる回ってしまった。


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真夜中の十字路 CHRONICLES #487

千本浜 2007年4月6日

 →Chapter 5: River of Ice

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Eventually the record came out and it hit all the blues lovers like an explosion. A few researchers got transfixed on him and went looking for his past, whatever was left of it, and a few found it. Johnson recorded in the '30s, and in the 1960s there were still some folks around in the Delta who had known about him. Some even, who knew him. There'd been a fast moving story going around that he had sold his soul to the devil at a four-way crossroads at midnight and that's how he got to be so good. Well, I don't know about that.

結局そのレコードが発売されると、ブルーズ愛好者は皆熱狂的に受け入れた。ブルーズ研究家の中には、彼の歌に心を突き抜かれて、彼の過去、彼が残したものは何であれ探しに出かけ、そして少しばかりのものを見つける者も少しいた。ジョンソンは30年代に録音をしたのだが、デルタ地帯には60年代にまだ彼のことを知っている人達がいたのだ。中には直接彼を知っている者さえいた。彼は真夜中に十字路の交差点で悪魔に魂を売ったので、そうやってこんなにすごくなったのだという話が、またたく間に広まっていった。それは僕にはわからないことだが。
----------------------------------------------

有名な伝説にも触れていますね。

ジョン・ハモンドがロバート・ジョンソンを有名にするところを、ディランは目の当たりにしたわけです。
いきなり大会社から自分のレコードを出せることになって喜んでいたら、、まだ発売前のロバート・ジョンソンのレコードに衝撃を受け、そしてそのレコードが実際に熱狂的に受け入れられるところを見ていたのです。

ボブ・ディランという人は、人を引き寄せる力、そしてここぞという時にその場に居合わせる力を持っていたんですね。
運と言ってしまうと身も蓋もないのですが、それこそが紛れもなく天才であることの証なのでしょう。
ディランはとぼけていますが、ロバート・ジョンソンが魂を売った伝説の十字路が、実は見えていたのかもしれません。


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お前の脳味噌 CHRONICLES #486

千本浜 2007年3月28日

 →Chapter 5: River of Ice

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"The stuff I got'll bust your brains out," he sings. Johnson is serious, like the scorched earth. There's nothing clownish about him or his lyrics. I wanted to be like that, too.

「俺の持ってる物は、お前の脳味噌を吹き飛ばす」と、彼は歌っている。焦土となった土地のようにジョンソンは真剣だ。彼やその歌詞にはふざけたところは何もない。僕もそんなふうになりたかった。
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引用箇所は、"Stop Breakin' Down Blues"の歌詞です。
Googleで検索をしたら、おなじみのサイトがヒットしました。

 →How To Follow Bob Dylan: 1998 grammy

1998年のグラミー賞授賞式で、ディランは同じ言葉を引用したスピーチをしているのですね。

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In the words of, you know, the immortal Robert Johnson, "the stuff we got'll bust your brains out", and we tried to get that across. And this man right here, he was sort of instrumental in helping that out; I'm going to let him say a few words ... Daniel Lanois [applause].

偉大なロバート・ジョンスンの言葉みたいに「脳みそをぶちまける」ことをめざした。そしてここにいる、この男は楽器みたいにそれを助けてくれた。それじゃあここで彼にひとこと言ってもらおう。ダニエル・ラノアです
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偉大なロバート・ジョンソンの言葉というのは「Stop Breakin' Down Blues」の歌詞 "That stuff I got'll bust your brains out, baby hoo hoo, it'll make you lose your mind(おれの道具はおまえの頭をぶちこわす、訳分からずにしちまうぜ/日本盤訳詞)" からの引用と思われます。この曲はローリング・ストーンズがカバーしていることでも有名です。
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なるほど。
ディランお気に入りの言葉なんですね。
勉強になりました。


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分益小作人 CHRONICLES #485

千本浜 2007年3月21日

 →Chapter 5: River of Ice

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I copied Johnson's words down on scraps of paper so I could more closely examine the lyrics and patterns, the construction of his old-style lines and the free association that he used, the sparkling allegories, big-ass truths wrapped in the hard shell of nonsensical abstraction--themes that flew through the air with the greatest of ease. I didn't have any of these dreams or thoughts but I was going to acquire them. I thought about Johnson a lot, wondered who his audience could have been. It's hard to imagine sharecroppers or plantation field hands at hop joints, relating to songs like these. You have to wonder if Johnson was playing for an audience that only he could see, one off in the future.

僕はジョンソンの歌詞と様式をもっと綿密に調べるため、紙切れに言葉を書き写してみた。ジョンソンが使った古風な言葉とその自由な結合、きらめく寓意、途方もない抽象の固い殻の中に包まれたばかでかい真実、とてつもなく軽やかに空を飛び抜けるテーマ。僕にはそんな夢や考えはまったくなかったけれど、それを手に入れようとしていた。僕はジョンソンのことをよく考え、彼の歌を聴いた人たちは誰だったのだろうと思った。安酒場で分益小作人や農園労働者がこのような歌になじんだとは想像しにくい。彼だけに見える、未来の聴衆に向けて歌っていたのではないかと思わなければならない。
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ジョンソンの歌は、その時代に生きていなかった。
ディランはそんな思いに至るのです。
ジョンソンは数十年後のディランたちに向けて歌っていたのではないかと。
もちろんその聴衆の姿は、ジョンソンにしか見えなかったのです。

耳慣れない言葉があったので、リーダーズ英和と広辞苑のお世話になりました。
収穫物の物納による小作というのは、日本の農村でもよく行われていたものですね。

----------------------------------------------
sharecropper
n 《特に 米国南部の》分益小作人.

hopjoint《俗》
n 安サロン; アヘン窟.
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ぶんえき‐こさく【分益小作】
小作の一形態。地主と小作人と一定の比で収穫物を分配すること。日本では等分するものが多い。刈分かりわけ小作。
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新藤兼人監督の『裸の島』(1960年)という映画を思い出しました。

 →裸の島

もちろん合州国南部での小作農の有り様はだいぶ違ったことでしょうが。

 →米国の中の異国 南部の経済の変貌


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弾丸自動車 CHRONICLES #484

2007年3月21日

 →Chapter 5: River of Ice

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There's one about a Terraplane, a clunker of an automobile, probably the greatest car song. If you'd never seen a Terraplane and heard the song, you'd think it was streamlined and bullet shaped. Johnson's car song is way beyond metaphor, too.

ポンコツ自動車テラプレーンの歌もあるが、おそらく最高の自動車ソングだ。テラプレーンを一度も見たことがなくてもこの歌を聴けば、それが弾丸のような流線型だと思うことだろう。ジョンソンの自動車ソングもまた比喩を超えているのだ。
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 →Terraplane Blues

 ♪ Who been drivin' my Terraplane
 ♪ for you since I been gone

 ♪ 誰が俺らのテラプレーンを運転するんだ
 ♪ 俺らが死んだ後ずっとお前のために

「terra」はもちろん陸地のことなので、地面を走る飛行機みたいな名前の自動車なんでしょうね。
新幹線のことを、墜落する飛行機に乗っているようなものだと言った人がいたことを思い出しました。

 →Wikipedia: Terraplane

大恐慌の時代に作られた自動車なんですね。
あの「母さんは28年型」よりも少し新しくて、確かに大陸をぶっ飛ばしそうな車です。

 →母さんは28年型 CHRONICLES #296


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朝起きたら CHRONICLES #483

千本浜 2007年3月21日

 →Chapter 5: River of Ice

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Johnson conjured that up in just a few swift strokes, like nothing else--not even the great "White Christmas." Everything for Johnson is legitimate prey. There's a fishing song called "Dead Shrimp Blues" unlike anything you could expect--a screwed-up fishing song with red-blooded lines that's way beyond metaphor.

ジョンソンはすばやく数回ギターをかき鳴らすだけで、そんなことを思い出させてくれた。他の何とも違うやりかた、あの素晴らしい「ホワイトクリスマス」とも違ったやり方で。ジョンソンにとってはあらゆるものが正当な獲物だ。予想できるあらゆるものとは違う、「死んだ小エビのブルース」という魚釣りの歌がある。隠喩の域を超えた、実に勇ましい詞が出てくる、めちゃくちゃな展開の魚釣りの歌だ。
----------------------------------------------

 →Robert Johnson - Dead Shrimp Blues

 ♪ I woke up this mornin'
 ♪ and all my shrimp was dead and gone

 ♪ 朝起きたら
 ♪ 俺らの小エビが死んでいた


不思議な歌ですね。
明らかに性的な意味合いがあるのですが、しかし「小エビ」って……。
ディランは釣りの歌って言ってますが、陸釣り?

              「広辞苑第五版」
----------------------------------------------
おか‐づり【陸釣】ヲカ‥
(1)海岸・川岸など陸上から魚を釣ること。
(2)それとなく待ち伏せて人をつかまえること。特に、幇間たいこもちや芸人が客を待ち伏せてつかまえる、また、男が女を誘惑すること。人、春色辰巳園「幇間の客をつかまへるこころで、ほどよきとこに待ち合せゐるを―といふ」
----------------------------------------------

ディランは延々とロバート・ジョンソンのことを書いています。
いろいろ語りたくなるんですね。
検索していたら、鮎川誠さんのサイトにもありました。

 →rokkets.com: Talkin' bout ROBERT JOHNSON


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白いクリスマス CHRONICLES #482

 →[夕陽が好き! I Love Sunset!]
千本浜 2007年3月21日

 →Chapter 5: River of Ice

懐かしい、アイアンレンジのクリスマス!

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Just like the picture books: angels on Christmas trees, horse-drawn sleighs pushing through snowy streets, pine trees glistening with lights, wreaths strung over the downtown stores, Salvation Army band playing on the corner, choirs going from house to house caroling, fireplaces blazing, woolly scarves around your neck, church bells ringing. When December rolled around, everything slowed down, everything got silent and retrospective, snowy white, deep snow. I always thought Christmas was like that for everyone, everywhere. I couldn't imagine it not being like that forever.

まさに絵本のようだった。クリスマスツリーの天使たち、雪を押しのけて通りを進む馬橇、灯りでキラキラ輝く松の木、街の店には提げられたリース、街角で演奏する救世軍の楽団、一軒ずつキャロルを歌っていく聖歌隊、炎が燃える暖炉、首に巻かれた羊毛のマフラー、鳴り響く教会の鐘。12月がめぐってくると、深く積もった白い雪の中で、何もかもがゆっくりになり、何もかもが静かで懐古的になった。クリスマスはどこでも、誰にとってもそういうものだと思っていた。それが永遠に続くものではないなどとは、想像することができなかった。
----------------------------------------------

小さなディラン坊や。
自分が大人たちに守られていることはまだわかっていない。
キラキラと輝くクリスマスの時が、永遠に続くことに疑いなど抱かない。
ロバート・ジョンソンのほんの一言で、ディランはこんな郷愁にひたったのです。


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クリスマス・キャロル CHRONICLES #481

 →[夕陽が好き! I Love Sunset!]
千本浜 2007年3月20日

 →Chapter 5: River of Ice

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Also, all the songs had some weird personal resonance. Throwaway lines, like, "If today were Christmas Eve and tomorrow were Christmas Day," I could feel that in my bones--that particular yuletide time of the year.

また、すべての歌が不思議に個人的な部分と共鳴した。「もしも今日がクリスマスイブで明日がクリスマスなら」といったようなさりげない行にも、直感的に一年の中で特別なクリスマスの時期を感じることができた。
----------------------------------------------

「yule」はキリスト降誕祭を指すのですが、元は古代ヨーロッパの異教徒、ゲルマン人の冬至の祭りだったそうです。
英語ではちょっともったいぶった言い方なので、カードで使ったりしますね。
年賀状で「迎春」とか「謹賀新年」とか書いたりするのと似ているかな。
北欧では今もクリスマスを指してこの系統の言葉を遣うようです。

 →Wikipedia: ユール

ロバート・ジョンソンが「青くなったミルク」と歌うとディランは気持ちが悪くなります。
「クリスマス」と歌えば、ディランは幼い頃のクリスマスを思い出します。

----------------------------------------------
On the Iron Range it had been positively Dickensian.

アイアンレンジでは、クリスマスはまったくディケンズ的だった。
----------------------------------------------

お、この比喩は私にもすっとわかりますぞ。

 →Wikipedia: チャールズ・ディケンズ

 →Wikipedia: クリスマス・キャロル

 →青空文庫:クリスマス・カロル

「今日がクリスマスイブだったら」という行は"Hellhound on My Trail"にありますね。
「地獄の猟犬がつきまとう」という、ずいぶん不吉な歌詞です。

 →Robert Johnson: Hellhound on My Trail

ただいまp.284です。
残り10ページとなってしまいましたが、ディランさん、"Chronicles: Volume Two"はまだでしょうか。

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青いミルク CHRONICLES #480

千本浜 2007年3月14日

 →Chapter 5: River of Ice

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The songs were layered with a startling economy of lines. Johnson masked the presence of more than twenty men. I fixated on every song and wondered how Johnson did it. Songwriting for him was some highly sophisticated business. The compositions seemed to come right out of his mouth and not his memory, and I started meditating on the construction of the verses, seeing how different they were from Woody's.

その歌は驚くほど行が節約されていた。ジョンソンは二十人以上の人がいるのを隠していた。僕はひとつひとつの歌をじっくりと聴き、そしてジョンソンがどうやっているのかと考えた。彼にとって歌を作るのは、とても精巧な作業だった。曲はまさに彼の口から生まれるもので、記憶から生まれるのではなかった。ウディの歌とはとても違うと思いながら、その詩の構造をよく考えた。
----------------------------------------------

この部分はたぶんお手上げです。
どれだけディランが一所懸命に説明してくれても、私が聴くウディ・ガスリーやロバート・ジョンソンは、ディランの耳に聞こえる歌とはまるで違うのだろうと思います。
音楽的な部分でも、言葉の響きでも、言葉の意味でも。

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Johnson's words made my nerves quiver like piano wires. They were so elemental in meaning and feeling and gave you so much of the inside picture. It's not that you could sort out every moment carefully, because you can't. There are too many missing terms and too much dual existence. Johnson bypasses tedious descriptions that other blues writers would have written whole songs about. There's no guarantee that any of his lines either happened, were said, or even imagined. When he sings about icicles hanging on a tree it gives me the chills, or about milk turning blue...it made me nauseous and I wondered how he did that.

ジョンソンの言葉は僕の神経をピアノ線のように震わせる。言葉の意味と感情はとても根源的なものであり、心の中にとても大きな絵を描く。いくら注意してもその瞬間ごとに意味を理解することができるものではない。できるわけないのだから。見えない言葉が数多くあり、そして二重の存在があまりにも多すぎる。他のブルーズ作者なら歌全体を費やして書いていたであろうような、長たらしくて退屈な描写を、ジョンソンは迂回する。彼の詞はどれも実際に起きたことなのか、言われたことなのか、想像されたことなのかさえ、まったく保証がない。彼が樹に下がったつららを歌うと僕は寒くなったし、彼が青くなっているミルクのことを歌うと……僕は吐き気を催したのだが、どうやって彼はそんなことができるのかと思った。
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「つらら」は"Steady Rollin' Man"のことでしょうか。

 ♪ I am the man that rolls
 ♪ when icicles are hanging on the tree.

「青くなっているミルク」は、腐って黴が生えているのかしら。

 →Milkcow's Calf Blues


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幽霊 CHRONICLES #479

千本浜 2007年3月13日

 →Chapter 5: River of Ice

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I let Dave go back to his newspaper, said I'd see him later and put the acetate back in the white cardboard sleeve. It wasn't a printed cover. The only identification was written by hand on the disc itself and what it said was simply the name Robert Johnson and a listing of the songs. The record that didn't grab Dave very much had left me numb, like I'd been hit by a tranquilizer bullet. Later, at my West 4th Street apartment I put the record on again and listened to it all by myself. Didn't want to play it for anybody else.

デイヴがまた新聞に戻ったので、僕はまたねと言ってアセテート盤を白いボール紙のジャケットに戻した。それは印刷されたジャケットではなかった。それが何であるかが手書きでレコードに書いてあるだけで、ただロバート・ジョンソンの名前と歌の一覧だけが書いてあった。デイヴの心をあまりとらえなかったそのレコードだが、僕はトランキライザーのカプセルを飲んだみたいに痺れていた。後で西4番街の自分の部屋でまたレコードをかけて、独りきりで聴いた。他の誰にも聴かせたくなかった。
----------------------------------------------

デイヴの反応にディランはがっかりしたようですが、かえってそのレコードを独り占めして聴く気になったのでしょう。
まだ市販のレコードの形になっていないというのもいいですね。
いきなりメジャーの業界人になったような気分がしたのではないでしょうか。

それから数週間、ディランはロバート・ジョンソンのレコードを何度も繰り返して聴きます。
たった一度聴いただけで曲をすっかり暗記してしまうようなディランが、何度も何度も繰り返して聴いたということは、ロバート・ジョンソンからおそろしくたくさんのものをディランが吸収したということを意味します。

ディランは椅子に腰を下ろし、レコードプレイヤーを見つめて、同じレコードを繰り返して聴いています。

----------------------------------------------
Whenever I did, it felt like a ghost had come into the room, a fearsome apparition.

こうしているといつも、恐ろしい幽霊が部屋に現れたように感じた。
----------------------------------------------

悪魔と取り引きしたという伝説のあるロバート・ジョンソンの幽霊は、やはり恐ろしかったようです。


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ニュースの生き地獄 CHRONICLES #478

千本浜 2007年3月6日

 →Chapter 5: River of Ice

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I wasn't that comfortable with all the psycho polemic babble. It wasn't my particular feast of food. Even the current news made me nervous. I liked old news better. All the new news was bad. It was good that it didn't have to be in your face all day. Twenty-four-hour news coverage would have been a living hell.

あの変質者みたいな論争好きの連中が、ぺちゃくちゃやらかすおしゃべりが、僕は得意ではなかった。とりわけ嬉しいというものではなかった。最新のニュースにも不安になった。僕は古いニュースの方が好きだった。すべての新しいニュースは、悪いものだった。一日中そんなものに顔を突き合わせる必要がないというのは良いことだった。二十四時間のニュース報道なんてものがあったら、生き地獄だったろう。
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わかる気がします。
今は二十四時間のニュース報道があります。
たぶんディランの言っていることとはまったく違うのでしょうが、生き地獄に陥った気分です。


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敗因と

右翼の言い分

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大統領候補 CHRONICLES #477

 →[夕陽が好き! I Love Sunset!]
千本浜 2007年3月6日

 →Chapter 5: River of Ice

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Dave thought Johnson was okay, that the guy was powerful but that it was all derivative. There was no point in arguing with Dave, not intellectually anyway. I had a primitive way of looking at things and I liked country fair politics. My favorite politician was Arizona Senator Barry Goldwater, who reminded me of Tom Mix, and there wasn't any way to explain that to anybody.

ジョンソンは良いし力があるけれど、どれも独創的ではないと、デイヴは思ったのだ。デイヴと論争してもまったく意味がない。どのみち知的論争においては。僕はものごとの見方が素朴だったので、田舎の品評会に出てくるような政治家が好きだった。お気に入りの政治家はトム・ミックスを思い出すような、アリゾナ州選出の上院議員バリー・ゴールドウォーターだったが、誰にもそれは説明できなかった。
----------------------------------------------

 →Wikipedia: Tom Mix

 →Tom Mix

トム・ミックスを知らなかったのですが、20世紀前半の映画スターだったんですね。
何か物腰が似ているのでしょうか。
ゴールドウォーターがカウボーイっぽいのかしら。

バリー・ゴールドウォーターは、この後、1964年の大統領選挙で民主党ジョンソン大統領の対立候補になった共和党の上院議員です。

 →Wikipedia: バリー・ゴールドウォーター

ゴールドウォーターは公民権法に反対したことでジョンソン側に人種差別主義者というレッテルを貼られ、非常に悪いイメージを持たされてしまいます。
実際反共主義者でマッカーシーにも近かったのですが、ところがあのケネディとも非常に仲が良かったというのだから、よくわかりません。

人種差別には非常に敏感なディランが、少なくとも60年代初めにはゴールドウォーターが大のお気に入りだったというのは、実に意外です。

あ、なるほど、反共だけど、アリゾナ州でのNAACP(全米有色人種地位向上協会)設立メンバーで、人種差別には反対していたんですね。
それならディランの言ってることも、わからんでもないな。
映画『ジャイアンツ(Giant)』のロック・ハドソンみたいな感じかな。


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魚釣りブルース CHRONICLES #476

千本浜 2007年2月27日

 →Chapter 5: River of Ice

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Johnson's voice and guitar were ringing the room and I was mixed up in it. Didn't see how anybody couldn't be. But Dave wasn't.

ジョンソンの声とギターが部屋を鳴り響かせ、僕はその中に浸った。それに浸らない者なんているはずがなかった。でも、デイヴは浸らなかった。
----------------------------------------------

ディランはロバート・ジョンソンのギターと歌に酔いしれたのですが、デイヴ・ヴァン・ロンクはそうでもなかったようです。
ジョンソンはそれほど独創的ではなくて、元歌は何であるといったようなことを指摘し続けます。

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I knew what he meant, but I thought just the opposite. I thought Johnson was as original as could be, didn't think him or his songs could be compared to anything. Dave later played some sides by Leroy Carr and Skip James and Henry Thomas, and said, "See what I mean?" I did see what he meant, but Woody had taken a lot of old Carter Family songs and put his own spin on them, too, so I didn't think much of whatever it meant.

デイヴの言いたいことはわかったが、僕はその正反対だと思った。ジョンソンはこの上もなく独創的で、彼や彼の歌に比肩できるものなどいないと思った。デイヴはその後でリロイ・カーとスキップ・ジェイムズとヘンリー・トーマスのレコードをかけて、「俺の言いたいことがわかるだろ?」と言った。言いたいことはわかるけれど、でもウディだってカーター・ファミリーの歌をたくさん採り上げて、独特の解釈をしていたのだから、デイヴの言いたいことをあまり重視しなかった。
----------------------------------------------

このあたりのことは、高田渡という良い例が身近にありますね。
渡さんの歌の元歌が何であるかわかると、とても嬉しいものですが、でも高田渡の世界が独創的なものであったことは確かです。

人が歌う歌というものは、元々そういうところが多いのではないでしょうか。
昨今の若者向け流行歌の「パクリ」とは違うように思います。
あれは金儲けですから。

 →Wikipedia: Leroy Carr

 →Skip James 解説

 →Nehemiah Curtis "Skip" James - Delta School

 →YouTube - Skip James sings "Crow Jane"

 →Wikipedia: Henry Thomas (blues musician)

 →Henry Thomas - Complete Recorded Works



ブルース・ビフォア・サンライズ
ソウル・オブ・マン
ブラック・ミュージックの伝統~ブルース、ブギ&ビート篇


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クロスロード CHRONICLES #475

千本浜 2007年2月13日

 →Chapter 5: River of Ice

----------------------------------------------
I immediately differentiated between him and anyone else I had ever heard. The songs weren't customary blues songs. They were perfected pieces--each song contained four or five verses, every couplet intertwined with the next but in no obvious way. They were so utterly fluid. At first they went by quick, too quick to even get. They jumped all over the place in range and subject matter, short punchy verses that resulted in some panoramic story--fires of mankind blasting off the surface of this spinning piece of plastic.

僕は即座に、彼が今までに聴いた他の誰とも違うということがわかった。その歌はおなじみのブルーズではなかった。完璧な曲だった。歌はどれも4節から5節で成り立っていて、対句になっている二行連句がその次の二行連句と編み合わさっているのだが、単純な形で絡んでいるわけではない。まったく優美でなめらかなのだ。最初は素速く過ぎ去る。聴き取れないほど素速く過ぎ去る。それからその世界は大きく飛躍し、次々と光景を繰り広げるようなパンチの効いた言葉が、主題となる。回転するこのプラスチック板の表面から、人間の炎が吹き出してくる。
----------------------------------------------

ディランの言葉がすごいですね。
これを聴いて、髪が逆立ったのです。
ギターの演奏で窓が割れそうになり、歌い出すと「ゼウスの頭から完全武装して生まれてきた奴のようだった」というのは、こういうことだったのです。
詩的な表現をきちんと説明してくれるところが、ディランの散文なんですな。
おもしろうございます。

この後に曲名を3つ並べています。

"Kind Hearted Woman," "Traveling Riverside Blues," "Come On in My Kitchen."

ディランのお気に入りの三曲なんでしょう。

 →Wikipedia: Kind Hearted Woman

 →Kindhearted Woman Blues (take 1) Real Audio

 →Wikipedia: Traveling Riverside Blues

 →Come on in My Kitchen (take 1) Real Audio

 →映画 クロスロード

 
Complete Recordings  クロスロード

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頭山 CHRONICLES #474

 →[ I Love Sunset! 夕陽が好き!]
千本浜 2007年2月20日

 →Chapter 5: River of Ice

----------------------------------------------
The stabbing sounds from the guitar could almost break a window. When Johnson started singing, he seemed like a guy who could have sprung from the head of Zeus in full armor.

ギターから出る突き刺すような音で、窓が割れそうだった。ジョンソンが歌い始めると、ゼウスの頭から完全武装して生まれてきた奴のようだった。
----------------------------------------------

なんだかよくわからない比喩です。
ロバート・ジョンソンの歌がすごいということらしいんですが、さて、ゼウスの頭から生まれたとは?

 →†オリュンポス神々の伝説†

アテナのことのようですね。
戦いと知恵の女神と書いてありますが、リーダーズ英和では「知恵・芸術・戦術の女神」となっています。
ということは、芸術の女神みたいに感じられたということでしょうか。

しかし、身ごもった母親ごと食べちゃったら頭から生まれてきたとは、すさまじいですなあ。
宿主を間違えた寄生虫みたいです。
鯖を生で食べたらいけませんよ、アニサキスが暴れるから。

 →Wikipedia: アニサキス

そうそう、落語で「頭山」というのがありました。
サクランボの種まで食べてしまったら頭から桜の木が生えてきて、みんなで花見をしたりするというお話です。

おお!
この咄をアニメ映画にしてしまった人がいるんですね。
すごいなあ。
どうやったんだろう。

 →Yamamura Animation's page

ここで動画が少し見れますね。
なるほどなぁ。

 →平成14年度文化庁メディア芸術祭 最優秀賞 頭山


BlogPet  「頭山」山村浩二作品集
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逆髪 CHRONICLES #473

千本浜 2007年2月13日

 →Chapter 5: River of Ice

----------------------------------------------
Dave looked up, peering at me over a pair of horn-rimmed glasses. I had the thick acetate of the Robert Johnson record in my hands and I asked Van Ronk if he ever heard of him. Dave said, nope, he hadn't, and I put it on the record player so we could listen to it. From the first note the vibrations from the loudspeaker made my hair stand up.

デイヴは顔を上げて、ホーンフレームのメガネ越しに僕をじっと見た。僕は手にぶ厚いアセテートでできたロバート・ジョンソンのレコードを手に持って、聴いたことがあるかとヴァン・ロンクに尋ねた。デイヴが一度も聴いたことがないと答えたので、聴けるようにレコードプレイヤーにそれを載せた。拡声器からの振動の、その最初の音から、僕の髪の毛は逆立った
----------------------------------------------

ホーン(角)フレームのメガネというのは、べっ甲みたいに見えるやつですね。
楽天市場で検索すると、「絶滅危惧種バイソンの角で出来たメガネフレーム」というのがヒットしまして、89,250円(悪税込・送料別)だそうです。

もっとも、プラスチック製でも外見が似せてあれば「ホーンフレーム」と呼ぶようです。
ヴァン・ロンクのメガネが本物の角だったのかどうかはわかりません。

  

もちろんディランの髪の毛は静電気で逆立ったのではありません。
霊界アンテナならぬ、音楽アンテナがビビビと反応したんですな。
そういえば、当時のディランって、寝癖がすごそう。

歌舞伎十八番の内「毛抜」では、天井裏に潜んだ忍者が、磁石を使って鉄の簪を吸い寄せ、姫の髪の毛を逆立てます。
そんなアホな。

 →壽 初春大歌舞伎

この、髪が逆立つという奇病は、謡曲の『蝉丸』にも登場します。

 →松岡正剛の千夜千冊『日本架空伝承人名事典』

私は小さな頃、百人一首の絵札の中で妙に蝉丸がお気に入りでした。
異形というところが良かったのでしょうか。
長じて、フィクションとはいえ蝉丸には逆髪という、さらに異形の姉がいたと知って驚きました。

70年代末の日本には、DEPというゼリー状の整髪料で髪を逆立てる若者が出現しました。
蝉丸姉の逆髪には歴史から消される者の怒りや憤りが象徴されていたようですが、あの頭髪は何だったんでしょうか。

 


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ネヴァダの核実験 CHRONICLES #472

 →[ I Love Sunset! 夕陽が好き!]
ES屋上駐車場 2007年2月4日

 →Chapter 5: River of Ice

ディランが部屋に入ると、デイヴはデイリー・ニューズ(the Daily News)を読んでいました。

「Daily News」で検索すると、世界の様々な新聞がヒットします。
もちろんデイヴが読んでいたのは、ニューヨーク・デイリー・ニューズ紙でしょうね。

 →New York Daily News

リーダーズ英和の「Daily News」だと、カリフォルニア州の新聞が最初に来ます。
これかな。

 →LA Daily News

他のデイリー・ニューズ、たとえばこんなものです。
NHKや毎日新聞もヒットします。

 →Daily News 南アフリカ

 →The Daily News カナダ

 →Dailynews タイ

テリがパンプディングを作っていて、デイヴが新聞を読んでいる。
平和な風景ですが、紙面には暗いニュースが載っています。
合州国政府が、ネヴァダで核実験を行いました。
ロシア人たちも国中で核実験をしていました。
ミシシッピ州では、ジェイムズ・メレディスという黒人学生が州立大学の教室に入れないように妨害されました。

核兵器と人種差別に関する報道。
ディランの関心領域がよくわかります。
ディランは人種差別に敏感ですね。

 →Wikipedia: James Meredith

 →メレディス事件

 →ミシシッピ大学初の黒人学生ジェイムズ・メレディスの転入にともなう暴動(1962)

メレディスの闘いは、この後も続きます。

 →ジェイムズ・メレディスの「恐怖への行進」(1966)

核実験の方は広瀬隆さんの『ジョン・ウェインはなぜ死んだか』を思い出します。
ジョン・ウェイン、ゲイリー・クーパー、ロバート・テイラー、スティーブ・マックィーン、ヘンリ・フォンダ。
ハリウッドの大物俳優が癌で亡くなっているのは、核実験のせいではないかという検証です。
今は古本でないと手に入らないようですね。
核実験に参加させられた兵士たちを描いたローゼンバーグの『アトミックソルジャー』も入手できません。
残念です。

 →Wikipedia: ネバダ核実験場


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バナナブレッドのプディング CHRONICLES #471

千本浜 2007年1月29日


 →Chapter 5: River of Ice

契約書にサインをすると、早速初仕事の打ち合わせです。

----------------------------------------------
John picked out a date on the calendar for me to come back and start recording, what studio to come to and all that, and I left high as a kite, took the subway back downtown and raced over to Van Ronk's apartment.

ジョンはカレンダーを見て、僕がまた来てレコーディングを始める日を選び、どんなスタジオに行くとかいったことを決めた。それから僕は凧みたいに舞い上がって地下鉄で街に戻り、ヴァン・ロンクのアパートまで走った。
----------------------------------------------

若いディランの高揚した感情が伝わってきます。
もちろん、走らずにはいられなかったんですね。

ヴァン・ロンクのアパートの描写が、とても具体的です。
テリがパンプディングを作っています。
小さな台所にちらかった食材。
フランスパン、レーズン、バニラ、卵。
その時目にしたものが書いてあります。

テリは鍋の底にマーガリンを塗って、砂糖が溶けるのを待っています。
ディランきっとその香りも覚えていることでしょう。
生涯で最高のひとときだったのかもしれません。

パンプディングなんですねえ。
「プリン」なんですけど、穀類ベースの方のプディングですね。
そういえば私は以前痛風だったんですけど、「プリン質」の多い食べ物はダメと言われてました。
あれは尿酸化合物の原質の「purine」です。

              「リーダーズ英和」
----------------------------------------------
pudding
n
1a プディング《1) 牛乳と卵を混ぜて蒸すなどしたデザート 2) 穀類をベースに蒸したり焼いたりした食べ物; Yorkshire pudding など 3) スエット (suet) と小麦粉をこねたものに肉などを包んで蒸したもの》.
・The proof of the pudding is in the eating. 《諺》 実際に試さなければ真価はわからない, `論より証拠'.
----------------------------------------------

 →パンプディング レシピ 61品

ん、夜中におなかがすいてきました。
明日はのんびりできるかな。
「バナナブレッドのプディング」に挑戦してみようかしら。

BlogPet バナナブレッドのプディング バナナブレッドのプディング

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悪魔の十字路 CHRONICLES #470

千本浜 2007年1月23日

 →Chapter 5: River of Ice

コロンビアとの契約書にサインをした日、ジョン・ハモンドがディランに手渡したレコードの一枚は、ディランがラジオでよく聴いていたおなじみのミュージシャンが演奏するカントリー音楽でした。
もう一枚は、知らない名前でした。

----------------------------------------------
But I'd never heard of Robert Johnson, never heard the name, never seen it on any of the compilation blues records. Hammond said I should listen to it, that this guy could "whip anybody."

でも、ロバート・ジョンソンの噂を聞いたことは一度なかった。その名前は一度も聞いたことはなかったし、どんなブルーズの寄せ集めレコードにもその名前を見たことがなかった。ハモンドはこれを聴くべきだと言った。こいつは「誰にでも勝つ」と。
----------------------------------------------

あちこちでレコードを聴きまくって暗記していたディランが、初めて出会った名前です。
ジャケットにするという絵も見せてもらいました。

ロバート・ジョンソン。

そう、悪魔と契約したという伝説のあるミュージシャンです。
ディランはその師匠に当たるロニー・ジョンソンから奏法を教わったという話が、以前出てきました。

 →魂を売ったギタリスト CHRONICLES #213

なんといっても、石塚公昭さんの人形を思い出します。

 →十字路に立つロバートジョンソン

 →すべてはクロスロードから始まった

ジョン・ハモンドはロバート・ジョンソンを例の「黒人霊歌からスウィングまで(Sprituals to Swing)」コンサートに出演させようとしていたのですが、当のジョンソンは既に謎の死を遂げていました。
そこで残っていた録音の版権をすべて押さえたのだそうです。
それをコロンビアから発売しようとしていたところだったんですね。
今ではそのすべての録音、全29曲(41テイク)のCDセットが出ています。

BlogPet コンプリート・レコーディングス
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王様のお土産 CHRONICLES #469

千本浜 2007年1月16日

 →Chapter 5: River of Ice

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John Hammond put a contract down in front of me--the standard one they gave to any new artist. He said, "Do you know what this is?" I looked at the top page which said, Columbia Records, and said, "Where do I sign?" Hammond showed me where and I wrote my name down with a steady hand. I trusted him. Who wouldn't? There were maybe a thousand kings in the world and he was one of them.

ジョン・ハモンドは僕の前に契約書を置いた。どの新人にも渡す、標準的な契約書だった。彼は「これが何だかわかるか」と言った。最初のページを見るとコロンビア・レコードと書いてあり、僕は「どこにサインするんですか」と言った。ハモンドがその箇所を教え、僕はしっかりと自分の名前を書いた。僕は彼を信頼していた。信じない者がいるだろうか? 世界にはたぶん千人ぐらい王様がいて、彼はその中の一人なのだ。
----------------------------------------------

出ました。
おなじみのフレーズです。
本当にそう思っているのでしょう。

コロンビアとの契約書にサインをすると、帰る前にディランは2枚のレコードを渡されます。
ディランが興味を持つかもしれないと、ハモンドが思ったレコードで、まだ一般に売り出す前のものです。

当時コロンビアは30年代から40年代の中堅レーベルを買収し、その中からレコードを再発売しようとしていました。
「Brunswick, Okeh, Vocalion, ARC」という名前が挙がっています。

 →Brunswick Records

 →Wikipedia: Okeh Records

 →Wikipedia: Vocalion Records

 →Brunswick and Vocalion

ARCは聞いたことがあるぞと思ったのですが、1976年にできたということなので、これは違いますね。

 →ARC Music

こちらのことだと思います。

 →Wikipedia: American Record Corporation

もらったレコードの一枚は、デルモア・ブラザーズとウェイン・レイニーが一緒にやっているものでした。
ディランはラジオで聴いて好きな人たちだったと書いていますが、さっぱりわかりません。

 →The Delmore Brothers

ウェイン・レイニーを検索すると、1960年生まれのレーサーばかりヒットしてしまいます。
こちらでしょうね。

 →Hillbilly-Music.com - Wayne Raney

契約の時にもらったレコードの一枚は、カントリー・ミュージックだったようです。


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父と子と CHRONICLES #468

 →[ I Love Sunset! 夕陽が好き!]
千本浜 2007年1月23日

 →Chapter 5: River of Ice

アメリカに存在する「本物の貴族」であるジョン・ハモンドは、自分の好きなものを好きなやり方で扱うことができました。

----------------------------------------------
Now he was bringing me to the Columbia Records label--the center of the labyrinth. The folk labels had all turned me down. That was okay now. I was glad about it.

今、彼が僕をコロンビア・レコードのレーベルに、迷宮の中心に連れて行こうとしていた。フォークのレーベルはどこも僕を断った。今はそれで良かったのだ。断られていたのが嬉しかった。
----------------------------------------------

なるほど。
民俗学の研究対象となるような曲をレコード化しているような専門レーベルでデビューしていたら、ボブ・ディランは存在しません。
人生は何が幸いするかわからないものですな。

----------------------------------------------
I gazed around Mr. Hammond's office and saw a picture of a friend of mine, John Hammond Jr. John, or Jeep as we knew him on MacDougal Street, was about my age, a blues guitar player and singer.

ハモンド氏の事務所を見回すと、友人のジョン・ハモンドJr.が写っている写真があった。マクドゥーガル街ではジープという名で知られている、僕と同じぐらいの年齢のブルーズギター奏者兼歌手だ。
----------------------------------------------

マクドゥーガル街という名を以前どこかで見かけました。
それは、あの「ガス灯」があるところです。

            「リーダーズ英和」
----------------------------------------------
MacDougal Alley
n. マクドゥーガル横丁 《New York 市 Manhattan の Washington Square の北にある美しい横丁; かつては厩舎や召使たちの住居があった; 1900 年代の初期, ここに女性彫刻家の Gertrude Vanderbilt Whitney がかつての馬屋でギャラリーを開き, これが Whitney 美術館の前身となった》.
----------------------------------------------

 →John Paul Hammond discography

ディランはとても驚いたそうです。
ヴァンダービルト一族の末裔で「本物の貴族」だと思っているような人物に声をかけられて、大レコード会社と契約することになったら、それが友人の父親だったんですから。

もちろんこの契約に、ディランと息子が知り合いであることは関係ありません。
ジュニア君自身も、父親のことはまったく言わずに活動していたそうです。
誰も「ジープ」が有名なジョン・ハモンドの息子だとは知らなかったということです。
本名だとばれるから、「ジープ」を名乗っていたのかもしれませんね。


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王様と私 CHRONICLES #467

千本浜 2007年1月16日

 →Chapter 5: River of Ice

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Hammond was a music man through and through. He spoke rapidly--short, cut phrases--and was edgy. He talked the same language as me, knew everything about the music he liked, all the artists he had recorded.

ハモンドは徹頭徹尾音楽人だった。短い言い回しを遣い、早口で話をし、ピリピリとしていた。僕と同じような言葉を遣った。好きな音楽のこと、自分がレコーディングをした演奏家のことは何でも知っていた。
----------------------------------------------

こと音楽に関しては、本質的なことをズバリと話したのでしょう。
本物同士の会話ですね。
だらだらと何年もこんなこと書いてるようなアタシとは大違いです。
"through and through"という言い回しがいいですね。
首尾一貫。
これもまたぐずぐずうだうだと蛇行しているアタシとは大違い。

『クロニクルズ』の最初の方に、ジョン・ハモンドは本物のアメリカの貴族だといった言い回しが出てきました。
その時にはてなと思ったのですが、また出てきます。

ハモンドはあまりお金に関心を持っていませんでした。
それは貴族だからだというのです。

----------------------------------------------
One of his forebears, Cornelius Vanderbilt, had stated somewhere, "Money? What do I care about money? H'ain't I got the power!"

彼の先祖の一人、コーネリアス・ヴァンダービルトがどこかでこう言ったことがある。「金? どうしてわしが金の心配などするんだ? わしにゃ権力がじゃないか!」
----------------------------------------------

「h'ain't」は「ain't」の古い形あるいは方言だそうなので、ちょっと大仰に訳してみました。
コーネリアス・ヴァンダービルトは伝説的な人物なんですね。
リーダーズ英和にも載っています。

----------------------------------------------
Vanderbilt
ヴァンダービルト 《海運・鉄道王 Cornelius Vanderbilt (1794-1877) を祖とし, その長男 William Henry によって継承された米国の財閥の家系》.
----------------------------------------------

そういえば、広瀬隆さんの本で読んだような気もします。
泥棒貴族という言い方もできるでしょう。
ディランは南北戦争時代の歴史物などが大好きなようなので、特にそのあたりには詳しいのではないでしょうか。

ジョン・ハモンドは、そのヴァンダービルト一族なんですね。


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黒人霊歌からスウィングまで CHRONICLES #466

千本浜 2007年1月9日

 →Chapter 5: River of Ice

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My whole life was now about to be derailed. It seemed like eons ago since I'd been in Flo Castner's brother's apartment in southeast Minneapolis listening to the Spirituals to Swing album and the Woody Guthrie songs. Now, incredulously, I was sitting in the office of the man responsible for the Spirituals to Swing album and he was signing me to Columbia Records.

今や僕の人生全体がひっくりかえりそうになっていた。ミネアポリス南東部にあったフロー・キャスナーのお兄さんのアパートまで行って、『黒人霊歌からスウィングまで』というアルバムやウディ・ガスリーの歌を聴いたのは、もうずっと遠い昔のことのようだった。信じがたいことに、僕は今その『黒人霊歌からスウィングまで』を制作した人のオフィスに腰をおろしていて、そしてその人が僕にコロンビア・レコードと契約させようとしているのだ。
----------------------------------------------

フロー・キャスナーや、そのお兄さんのことはすっかり忘れていました。
半年ほど前に読んだところです。
ウディ・ガスリーを教えてくれた、大恩人みたいな兄妹でした。

 →黒衣の女 CHRONICLES #393

 →ジョイスの眼鏡 CHRONICLES #394

 →わが心のふるさと CHRONICLES #395

 →From Spirituals to Swing: Carnegie Hall Concerts, 1938-1939

"From Spirituals to Swing"が正しいアルバム名のようですが、歴史的コンサート、歴史的名盤なんでしょうね。
Wikipediaにも記述がありました。

 →Wikipedia: From Spirituals to Swing

このアルバム、楽天市場では扱っていませんが、amazonでは3枚組の輸入盤が 7,380円(悪税込)でした。
中古(マーケットプレイス)も出品されていて、こちらは 4,912円(悪税込)からありました。

 →From Spirituals To Swing

ディランはいきなり憧れの世界に入れと言われたのです。
その時の驚きが伝わってきますね。


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際だったスタイル CHRONICLES #465

千本浜 2007年1月9日

 →Chapter 5: River of Ice

キャロリンのアパートで大物プロデューサー、ジョン・ハモンドと会った後、ディランの周辺事情は急激に変化していきます。
大津波(tidal wave)が起きたみたいだったと、ディランは書いています。

このころ、ディランは「ゲルデ・フォーク・シティ(Gerde's Folk City)」に出演しました。
懐かしいですね。
2年ほど前にこのあたりの記述を読みました。
おっと、読み方は「ガーディース」だと教えていただきましたっけ。

 →CHRONICLES #67 エヴァ・ガードナー

 →CHRONICLES #70 カミーラのパーティ

当時フォーク・シティはアメリカ随一のフォーククラブだったそうです。
ディランはここに、グリーン・ブライアー・ボーイズの前座で出ます。
そのコンサートの評が「ニューヨーク・タイムズ」に載りました。
そこでディランが絶賛されていたのです。

このロバート・シェルトン(Robert Shelton)が書いた記事は、以前調べたことがあります。

 →BOB DYLAN: A DISTINCTIVE STYLIST, The New York Times, Sep 29, 1961

 →今日をこえて CHRONICLES #135

この記事が載ったのは、キャロリンのレコーディングの前日でした。
ハモンドはレコーディングの当日、この記事を読みました。

----------------------------------------------
The sessions went well and as everyone was packing up and leaving, Hammond asked me to come into the control booth and told me that he'd like me to record for Columbia Records. I said that, yeah, I would like to do that.

セッションはうまくいき、みんなが荷物をまとめて出て行こうとしていると、ハモンドは僕をコントロールブースに呼んで、コロンビアから僕のレコードを出したいと言った。僕は、はい、そうしたいですと言った。
----------------------------------------------

ただいまp.279です。


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転機 CHRONICLES #464

 →[ I Love Sunset! 夕陽が好き!]
千本浜 2007年1月9日

トマス・ピンチョンの名前が出てきたので、PENGUIN CLASSICSの"GRAVITY'S RAINBOW"を取り寄せて、ぼつぼつと読んでいます。
まるで手に負えないだろうと思っていたのですが、余計なことを考えずに読んでいると、楽しいです。

ボブ・ディラン自伝もそうですが、変な雑音に惑わされずに直接本物に触れるというのがいいのではないかと、今更ながら思うのであります。

Thomas Pynchon "GRAVITY'S RAINBOW"の扉には、確かに"For Richard Farina"と書いてありました。


 →Chapter 5: River of Ice

----------------------------------------------
Carolyn had asked me to play harmonica on some songs for her debut record on Columbia and to teach her a couple of other things that she had heard me do. I was happy to do that.

キャロリンは僕に、コロンビアから出すデビュー・レコードでハモニカを演奏するように頼んでいた。それと、僕がやってるのを聴いて教えてほしいことがあると言っていた。僕はそうするのが嬉しかった。
----------------------------------------------

それは嬉しかったことでしょう。
ディランはキャロリンが大好きだったんですから。

プロデューサーのジョン・ハモンドは、録音の前にちゃんと準備をしておきたいということで、キャロリンの部屋にみんなを集めました。
もちろんディランはそこで初めてハモンドと会ったのです。

ディランはギターを弾き、ハモニカを吹き、キャロリンにコーラスを付けます。
ディランは、ハモンドが自分に関心を持つなどとは想像もできません。

----------------------------------------------
I was just there for her and that was all. Before leaving he asked me if I recorded for anybody. He was the first authoritative figure who ever asked me that. He just kind of said it in passing. I shook my head, didn't hold my breath to hear him respond and he didn't and that was that.

僕はただ彼女のためにそこにいたのであり、それがすべてだった。帰る前に彼が僕にどこかでレコーディングをしたかと尋ねた。僕にそんなことを尋ねた最初の権威ある人物だった。彼はただついでのことのように言った。僕は首を横に振ったが、彼の反応を期待してかたずをのむということはなかったし、彼は反応しなかった。それだけのことだった。
----------------------------------------------

さすが大物プロデューサーですね。
さりげなくディランの才能を見抜き、他の契約がないか確認をしています。
これでディランはコロンビアからデビューするこになるのでしょう。
人生が大きく動く時というのは、こんなものなんでしょうね。


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世界一の果報者 CHRONICLES #463

千本浜 2007年1月1日

またずいぶん間があいてしまいましたが、このごろはわざとあけているところもあります。
残りがわずかになったので、少しずつ、少しずつね。

ボブ・ディランの自伝『クロニクルズ』(Bob Dylan "CHRONICLES VOLUME ONE")なんだけど、読んだ先からどんどん忘れていって人の名前がわからなくなるので、ちょっとメモしておこう。
こんなことを言って書き始めたのは、2004年11月4日深夜のようです。

ディランさん、"VOLUME TWO"はまだかいな。

 →Chapter 5: River of Ice

リチャード・ファリーニャは、トマス・ピンチョンやピーター・ヤロウと仲が良かったというところまででした。

とんでもない噂もある人物でしたが、彼が何者であれ、キャロリンと結婚しているなんて世界一幸運な奴だと思ったとディランは書いています。
正直者ですね。
その後まもなく離婚して、まだ若いバエズの妹と結婚し、そしてオートバイ事故で死んでしまうなどとは想像もできなかったことでしょう。

----------------------------------------------
We met over there at her apartment, me and guitarist Bruce Langhorne and stand-up bass player Bill Lee, whose four-year-old son would become the filmmaker Spike Lee. Eventually, Bruce and Bill would play on my records. They'd played with Odetta and could play everything from melodic jazz to rockin' blues. If you had them playing with you, that's pretty much all you would need to do just about anything.

僕たちは彼女のアパートで出会った。僕と、ギター奏者のブルース・ラングホーンと、ウッドベース奏者のビル・リーだ。4歳だったビルの息子は、映画制作者のスパイク・リーになる。結局ブルースとビルは僕のレコードで演奏することになる。二人はオデッタのバックをやっていて、メロディアスなジャズから激しいブルーズまでなんでも演奏することができた。この二人が一緒に演奏すれば、何に関しても必要になるものはすべてちゃんと揃っていた。
----------------------------------------------

前出のビル・リーですね。
非常に有能なスタジオ・ミュージシャンだったということでしょう。

 →The Band for the first Columbia album

キャロリンのファーストアルバムのメンバーです。
見れば誰でもわかりますが、左からブルース、キャロリン、ボブ・ディラン、ビルの順です。

 →Bruce Langhorne discography

ビル・リーの方は野球選手のサイトばかりヒットします。

 →Bruce Langhorne discography

この二人と一緒に、キャロリンのレコーディングでディランはバックを務めます。
「ガス灯」にも最初はハモニカ奏者としてステージに立ってましたね。
今回もハモニカ奏者ボブ・ディランです。

ただいまp.278です。


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重力の虹 CHRONICLES #462

千本浜 2006年12月23日

 →Chapter 5: River of Ice

ディランはキャロリンのことが大好きで子犬のように周りをうろうろしていました(ちょっと言い過ぎか)。
ところが、残念なことにキャロリンは既婚者でした。

夫の名前はリチャード・ファリーニャ。
噂ではシエラマドレ山地でカストロと一緒にいたとか、IRA(Irish Republican Army アイルランド共和軍)と共に戦ったと言われていたと、怪しげなことが書いてあります。

検索してちょっと驚きました。
この話の翌年(1962年)に、ファリーニャはジョーン・バエズの妹ミミ・バエズと出会って、キャロリンと離婚します。
そして1963年に、17歳だったミミと結婚したのです。

ミミ&リチャード・ファリーニャとしてレコードを出しますが、リチャードは1966年、ミミが21歳を迎えた誕生日に、オートバイの事故で亡くなってしまいました。

 →Wikipedia: Richard Farina

もっと驚いたのは、ファリーニャがコーネル大学でトマス・ピンチョン(Thomas Pynchon)やピーター・ヤロウ(Peter Yarrow)と仲の良い友達だったということです。
ピンチョンとPP&Mのピーターの関係も初めて知りましたが、ピンチョンのあの怪物のような作品『重力の虹(Gravity's Rainbow)』(1973年)は、このファリーニャに捧げられていたのです。

あわてて本棚から『重力の虹』を発掘しました。
翻訳書の方ですが、確かに目次の前の扉に書いてありました。

「リチャード・ファリーニャに捧ぐ」

 Gravity's Rainbow (Penguin Classics)


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眼鏡をかけたロックンローラー CHRONICLES #461

八幡町 2006年12月21日

ずいぶん間があいてしまいました。
どこまで読んだのかすっかり忘れてしまいましたな。

ディランがいきなりメジャーレーベルのコロンビアからからデビューするきっかけになったのは、フォーク歌手キャロリン・ヘスターのアパートで大物プロデューサーのジョン・ハモンドと会ったから、というところでした。

 →Chapter 5: River of Ice

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Carolyn was a Texan guitar-playing singer who I knew and played with around town. She was going places and it didn't surprise me. Carolyn was eye catching, down-home and double barrel beautiful. That she had known and worked with Buddy Holly left no small impression on me and I liked being around her. Buddy was royalty, and I felt like she was my connection to it, to the rock-and-roll music that I'd played earlier, to that spirit.

キャロリンはギターを弾き語りするテキサス人の歌手で、僕は知り合いだったし、そのあたりで演奏していた。彼女は成功しつつあったが、それには驚かなかった。キャロリンは美しさと気さくさという二連銃を持っていたので、人目をひいた。彼女がバディ・ホリーと知り合いで一緒に仕事をしたことがあったということに、僕は強い印象を受け、彼女の近くにいるのが好きだった。バディは王様だった。そして、彼女がその王国、僕が以前やっていたロックンロールとその精神に、僕を繋いでいるみたいに感じた。
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バディ・ホリーの名前はずっと前に出てきましたね。
いいかげんな名前を名乗ったり、適当なことを言ってボビー・ヴィー(Bobby Vee)のバンドにくっついていった話の時です。

 →CHRONICLES #98 ピアノ弾きディラン

バディ・ホリーが亡くなったのは1959年ですから、当時はまだその事故死が生々しい記憶だったでしょう。
ディランはバディに会うことができなかったし、これからももう会うことはできません。
でも、キャロリンはバディと知り合いだったし、一緒に演奏をしたことがあるのです。
ディランがキャロリンの周りでうろうろするのもわかる気がします。
キャロリンは美人みたいだし。

 →BuddyHolly.com

 →Wikipedia: バディ・ホリー

そういえば、NHK BS11で放映した『ロック誕生50年』に、バディ・ホリーの映像がありました。
「ペギー・スー(Peggy Sue)」でした。

 →ペギー・スー

バディ・ホリー&鮎川誠

番組には鮎川誠さんが出てきましたが、ちょっとバディ・ホリーに似てますね。


41 Original Hits From The Soundtrack Of American Graffiti

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ひとりの手 CHRONICLES #460

 →夕陽が好き! 2006年 > 12月
幟り道 2006年12月10日

 →Chapter 5: River of Ice

いきなり大メジャー(こういう言葉遣いは間違いね)レコード会社コロンビアからレコードを出すことになったのは、やはり僥倖と言って良いのでしょう。
お髭で笑顔のミッチ・ミラーといった、トップ・アーティストを抱えていたレコード会社なんですから。

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What put me there amongst that crowd came about because of John Hammond. John had first seen and heard me at Carolyn Hester's apartment.

僕がその人たちの中に入れたのは、ジョン・ハモンドのおかげで起きたことなのだ。ジョンはキャロリン・ヘスターのアパートで僕と初めて会って、歌を聴いた。
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出ました。
懐かしい名前ですね。
この本の最初の方に出てきた超大物プロデューサー、ジョン・ハモンドです。

 →CHRONICLES #2 (Bob Dylan)

つまり、やっと話が振り出しに戻るわけで、『ボブ・ディラン自伝(CHRONICLES VOLUME ONE)』も終わりに近づいてきたことがわかります。

ちょこちょことメモを続けて、もう丸二年以上が経ってしまいました。
私が書くスタイルもだいぶ変わりましたね。
良い日本語訳も出たので、読んでくださってる方も減ったようですが、本当に面白い本なので、ぜひディランの言葉に直接触れることをお勧めします。

キャロリン・ヘスターという人を知らないので、やっぱり検索します。
Googleのおかげで、このブログは続いています。

 →Wikipedia: Carolyn Hester

 →Carolyn Hester's Welcome Page

堂々たるフォーク・シンガーですね。
おっとっと、私はキャロリン・ヘスターの歌が入ったCDを持っておりました。

"Seeds: The Songs of Pete Seeger, Vol. 3"
 →わたしが一番きれいだったとき #4

ピート・シーガーの「わたしが一番きれいだったとき(When I Was Most Beautiful)」がどんな曲なのか聴きたくて買ったCDです。
この中で「ひとりの手(One Man's Hands)」を歌っているのがキャロリン・ヘスターでした。

そういえば、この「ひとりの手」の原曲がどれだけ具体的に戦う歌であったかということも書きましたね。

 →ピート・シーガー「わたしが一番きれいだったとき」

  私の手だけじゃ牢屋は壊せない
  私の声だけじゃ彼らに届かない
  私の力だけじゃ原爆は止められない
  私の力だけじゃ人種差別は破れない
  私の力だけじゃ組合は作れない
  私の足だけじゃこの国を横断できない
  私の目だけじゃ未来をはっきり見ることはできない

「みんなが力を合わせれば何かができるよ」というようなことを歌っているのではないのです。
管理上手な中学校の文化祭ではありません。
ブルーズが好きな、黒人差別主義者の肌の色は真っ黄色、みたいなのがいるのは、こんなところから来てるのではありませんかね。
明治維新で和魂漢才から和魂洋才に変わって、でも、元々和魂なんてないんじゃ、元の魂殺すだけ。

ほい、書き過ぎた。
キャロリン・ヘスターね。
上記サイトに、ディランと一緒に写った写真があります。

 →Carolyn Hester Photo 10

ディランも書いていますが、キャロリンのレコーディング用バンドです。
右側でウッドベースに片腕掛けてるのがビル・リー(Bill Lee)で、スパイク・リー監督のお父さんだそうです。
言われてみればそっくりですね。


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ミッチと歌おう CHRONICLES #459

千本浜 2006年11月13日

 →Chapter 5: River of Ice

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Suze was there by my side when I began recording for Columbia Records. The events which led up to it were very unexpected, and I had never really fixed my gaze on any big recording company. I would have been the last one to believe it if you'd have told me I'd be recording for Columbia Records, one of the top labels in the country and one with big name mainstream artists like Johnny Mathis and Tony Bennett and Mitch Miller.

僕がコロンビア・レコードでレコーディングを始めた時には、スージーがそばにいた。レコーディングにいたったいろいろなできごとはまったく予想外だった。実際、大きなレコード会社は僕の視野に全然入っていなかった。コロンビア・レコードで録音するのだと言われても、僕はまったく信じなかったことだろう。国内のトップ・レーベルで、ジョニー・マティスやトニー・ベネットやミッチ・ミラーのような主流派の大物アーティストを抱えていたのだから。
----------------------------------------------

 →Johnny Mathis.com

 →TonyBennett.net

ジョニー・マティスやトニー・ベネットはあまりピンと来ないのですが、ミッチ・ミラーの髭や笑顔は、どういうわけかおなじみです。
調べてみたら、私は小さい頃に、NHKで放送していた「ミッチと歌おう(Sing Along with Mitch)」というテレビ番組を見ていたようです。

 →ミッチ・ミラー

「セサミ・ストリート」のボブはミッチ・ミラー合唱団だったんですね。
知りませんでした。

ディランが夢見ていたのは、たぶんフォークウェイズ(Folkways)のようなフォークソングの専門レーベルだったのでしょう。
当然小さな会社です。
いきなりコロンビアのようなトップ企業からレコードを出せるなんて、思いもよらなかったということです。

More Sing-Along with Mitch

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私に人生と言えるものがあるなら CHRONICLES #458

千本浜 2006年11月3日

 →Chapter 5: River of Ice

一行空けて、スージーとの関係が終わったということが書かれます。
なんだか唐突ですが、それは必然だったんだという書き方です。

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It had to end. She took one turn in the road and I took another. We just passed out of each others' lives, but before that, before the fire went out, we stayed together a lot at the West 4th Street apartment. During the summers there was more than enough stifling heat. The small place was like an oven full of suffocating air that you could just about chew and swallow. In the winter, there was no heat. It was biting cold and we kept each other warm snuggled under blankets.

それは終わらなければならなかった。彼女は行路をある方向へ向きを変え、そして僕も別の方向へ向きを変えた。僕たちはお互いの人生から出ていったのだが、でも、火が消えるまでは、西四番街のアパートで多くの時間を共に過ごした。夏の間は息が詰まるほど暑かった。その狭い場所は、噛んで飲み込むことができそうな重苦しい熱気ていっぱいのオーブンのようだった。冬は火の気がまったくなかった。刺すように寒かったので、僕たちは毛布の下で抱き合ってあたためあった。
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四十年以上も前のことです。
「summers」が複数形で「winter」が単数形であることに、意味はあるのでしょうか。
一年半ぐらい二人は一緒にいたように読みました。

「夏は暑くて眠れない。冬は寒くて眠れない」

黒澤明監督の映画『天国と地獄』に出てくるセリフです。
逆だったかな、冬から言ってたかもしれません。

 →赤い花束/Oの悲劇 Oの喜劇

孤独な誘拐犯はうだるような暑さに耐えきれず、犯罪を重ねてしまいます。
鶴巻小学校のプールにゴミを投げ込んだ学生もそうだったのでしょう。

ディランの場合は、二人で過ごした懐かしい日々です。

 ♪ 私に人生と言えるものがあるなら
 ♪ あなたと過ごした あの夏の日々

ザ・ナターシャー・セブンが歌っていた歌を思い出します。

 →私に人生といえるものがあるなら MIDI 音量注意!

"Faded Roses"を検索してみると、20世紀初頭ぐらいに活躍したCaro Roma(Carrie Northly)という女性が作曲したようです。

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白雪姫の殺人 CHRONICLES #457

千本浜 2006年11月21日

 →Chapter 5: River of Ice

ブレヒト&クルト・ヴァイルの「海賊ジェニー」を分析しながら、ディランは歌作りのきっかけを掴もうとしていました。

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I'd think about this later in my dumpy apartment. I hadn't done anything yet, wasn't any kind of songwriter but I'd become rightly impressed by the physical and ideological possibilities within the confines of the lyric and melody. I could see that the type of songs I was leaning towards singing didn't exist and I began playing with the form, trying to grasp it--trying to make a song that transcended the information in it, the character and plot.

もっと後になって、僕は自分のみすぼらしいアパートでこのことをいろいろ考えた。僕はまだ何もしていなかったのでソングライターなんてものではなかったのだが、歌詞とメロディの中に閉じ込められたものが、身体と観念に対して持っている可能性に、僕は正しく感動していた。自分が歌おうと進んでいる先にあるような歌がまだ存在していないことに、僕は気づいたので、その歌を掴もうとして歌の形をいじり始めた。歌の中にある情報や、登場人物や、筋書きを超えるような歌を作ろうとしていたのだ。
----------------------------------------------

ディランは現実の事件に取材したバラッドを作ろうとしました。
牧師の娘に生まれながらクリーヴランドで「白雪姫(Snow White)」という通り名を持つようになった娼婦が、客たちを怪奇的で醜悪な方法で殺したという事件です。

この事件が気になったのですが、どうもわかりません。
「クリーヴランド」「殺人事件」などと検索すると、19世紀イギリスの切り裂きジャックや、「マッド・ブッチャー」はヒットするのですが、白雪姫が出てきません。
う?ん。

ディランは「警察週報」といったようなタイトルの新聞で事件のことを読んだそうです。

 →Wikipedia: Police Gazette

ディランの曲作り。
既存の曲を雛形にして、短い言葉を組み合わせます。
自由な形式で6番ぐらいまで作って、リフレインには"Frankie & Albert"の最初の二行を使いました。

 →bobdylan.com: Frankie & Albert

おや、歌詞が違いますね。
"CHRONICLES"ではこうです。

 ♪ Frankie was a good girl.
 ♪ Everybody knows.
 ♪ Paid a hundred dollars for Albert's new suit of clothes.

 ♪ フランキーは良い娘だった。
 ♪ 誰もがみんな知っている。
 ♪ アルバートの新しいスーツに100ドル払ってやった。

----------------------------------------------
I liked the idea of doing it, but the song didn't come off. I was missing something.

僕はこういうやり方が気に入ったのだが、結局うまく歌を作ることはできなかった。何かが足りなかったのだ。
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ただいまp.276です、


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ゲルニカ CHRONICLES #456

 →夕陽が好き! 2006年 > 11月 No.3
千本浜 2006年11月21日

 →Chapter 5: River of Ice

人々(人民/人間)に対する愛を感じないのに、なぜ「海賊ジェニー」に引き付けられたのか。
ディランはその分析をします。

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Later, I found myself taking the song apart, trying to find out what made it tick, why it was so effective. I could see that everything in it was apparent and visible but you didn't notice it too much. Everything was fastened to the wall with a heavy bracket, but you couldn't see what the sum total of all the parts were, not unless you stood way back and waited 'til the end. It was like the Picasso painting Guernica.

僕は後でこの歌をばらばらにして、どうしてこの歌がこんなふうに機能するのか、そしてどうしてこんなに効果的なのかを知ろうとした。この歌の中ではあらゆるものがはっきりとしていて目に見えるのに、それがあまりわからない。すべてのものが壁に重い腕木でしっかり留めてあるのだが、後ろに下がって最後まで待たないとわからない。まるでピカソが描く「ゲルニカ」のようだった。
----------------------------------------------

 →Wikipedia: ゲルニカ

 →Wikipedia: Guernica (painting)

英語版Wikipediaの方が、ずっと詳しいですね。
スペイン内乱の際に、フランコ将軍の側についたナチスドイツがバスクの町を無差別爆撃しました。
その時のピカソの絵です。

 →ゲルニカを忘れないで 加藤尚武

「海賊ジェニー」の分析から「ゲルニカ」を連想するのが、ディランです。
唐突な気がしますが、読んでいくと納得できます。

この歌の形式は非常に自由なのだそうです、よくわからんのですが。
各連の関係も自由で、音楽的な構造も、いわゆる常識を無視しています。
非常に斬新な形式で作られた歌が「海賊ジェニー」だということです。

独特な音楽構造と歌詞を持っているがゆえに、「海賊ジェニー」は並外れた力を持っています。
ディランは、自分もまたその鍵を使いこなしたいと思いました。

あれあれ、この歌には愛がないと言いながら、ディランは「海賊ジェニー」の影響を大きく受けているのですね。


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愛なき世界 CHRONICLES #455

千本浜 2006年11月14日

 →Chapter 5: River of Ice

やがてディランは霧笛のことを忘れ、「海賊ジェニー」の世界に浸って想像を広げます。
下働きの女が抱く敵意に、客たちは気づきません。
「黒い貨物船」は、何か救世主のようなものの象徴(some messianic thing)ではないかと言っています。

----------------------------------------------
"every building ... a flat one, the whole stinking place will be down to the ground."

「どの建物もぺちゃんこに潰れて、このおぞましい場所はまるごとたたきつぶされる。」
----------------------------------------------

町がつぶれ、下働きの女がいる建物だけが残りますが、ベッドに眠るはずだった「紳士たち」の運命は、女の手にゆだねられています。
暴力的な呪咀の歌です。

ステージで劇がクライマックスに達してこの歌が歌われると、観客は反応できなくなります。
演劇を観に来ている観客は、歌の中で呪われている「紳士たち」だからです。

----------------------------------------------
This piece left you flat on your back and it demanded to be taken seriously. It lingered. Woody had never written a song like that. It wasn't a protest or topical song and there was no love for people in it.

この曲は聴いている者の背にのしかかり、真剣に考えることを要求した。ずっと心に残った。ウィディだったら、こんな歌は書かなかっただろう。これはプロテストソングでも、トピカルソングでもなく、そして人々に対する愛がまったくなかった。
----------------------------------------------

すごいですね。
「海賊ジェニー」が持っている圧倒的な力を認めながらも、人々(人間とも人民とも訳せます)に対する愛情がまったくないと、喝破しています。
愛の人ウディ・ガスリーなら作らない歌だと。

共産主義者が資本家への憎悪を増幅して、闘争心をかきたてる。
そういう憎悪をディランは不快に感じるようです。


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霧の中 CHRONICLES #454

 →夕陽が好き! 2006年 > 11月 No.2

千本浜 2006年11月13日

 →Chapter 5: River of Ice

霧笛の音を比喩に遣ったことで、ディランは故郷の町を思い出します。
育った鉄鉱の町ヒビングではなくて、生まれたダルースの町です。

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Duluth, even though it's two thousand miles from the nearest ocean, was an international seaport. Ships from South America, Asia and Europe came and went all the time, and the heavy rumble of the foghorns dragged you out of your senses by your neck.

ダルースは海から2千マイルも離れているのだが、国際港だった。いつも南米やアジアやヨーロッパの船が行き来していて、重い霧笛の音が響くので人は首のところから意識が惑う。
----------------------------------------------

霧笛の音を聴くと、人は正気でいられなくなるということでしょう。
ダルースはスペリオール湖に面した港町だそうです。
だから外国船が出入りするんですね。

霧が深くて船体が見えなくても、その重厚な霧笛の音で船が通るのがわかります。
それを「ベートーベンの第五のように轟く」と、ディランは表現しています。
最初の音が長い、二つの音の組み合わせ。
ファゴット(basoon)のように鳴り響くというのです。
やっぱりディランの書くことはおもしろいですね。

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Foghorns sounded like great announcements. The big boats came and went, iron monsters from the deep--ships to wipe out all spectacles. As a child, slight, introverted and asthma stricken, the sound was so loud, so enveloping, I could feel it in my whole body and it made me feel hollow. Something out there could swallow me up.

霧笛は大きな声明を発しているかのようだった。深淵から鉄の怪物が……大きな船が現われて行き来した。船は風景をすべて拭い去った。僕がちっぽけで内向的な喘息持ちの子供であった頃、その音は僕の身体の中でいっぱいになって、自分が空っぽであるように感じた。外にある何かが、僕を飲み込んでしまうみたいだった。
----------------------------------------------

青年ディランも、ちょっとそんな面影を残していましたが、小柄な喘息持ちの子供だったんですね。
霧の中から聞こえる大きな音を、多感な少年が身体全体で受け止めていたのです。

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海賊ジェニー CHRONICLES #453

千本浜 2006年11月3日

 →Chapter 5: River of Ice

さて、私は『三文オペラ』を観たことがないのですが、なんとなく歌曲は知っています。
「海賊ジェニー」なあ。

そうだ、お登紀さんが歌っていたんだわ。
80年代前半、本郷にある零細企業で働いている時、真砂図書館でレコードを借りて聴いたのだった。

『愛はすべてを赦す』(1982年)

 →加藤登紀子 ディスコグラフィー

 →愛はすべてを赦す

 →愛はすべてを赦す

坂本龍一さんのピアノで加藤登紀子さんが昔の曲を歌っているのです。
映画『会議は踊る』の「唯ひとたびの」が印象的でした。

原詞を検索してみると、ニーナ・シモンのサイトに掲載されていました。
たぶんこれでいいのだと思います。

 →The Nina Simone Web - Pirate Jenny

ディランが言うように、歌詞に「海賊ジェニー」は出てきません。
ただ、「雑用をする洗濯女のような衣装を着て(dressed up like a scrubbing lady who performs petty tasks)」という部分は、この歌詞に由来するのではないかと思いました。

佐藤信さんの翻訳ではこんな感じになっているようです。

 →ブレヒトソング?KONTA the Knife
----------------------------------------------
4.海賊ジェニー

三文オペラより
作曲/Kurt Weill・訳詞/佐藤信
「三文オペラ」でマックの愛人の娼婦ジェニーが歌います。
宿の女中って、みんな私をこき使うけど、誰も私の正体を知らないわ。ある日海賊が港にやってくれば、みんな捕らえられるのよ。海賊は私に聞くわ「どいつをばらしやしょう?」私は言うわ「みんなよ」。首が次々落ちるわ。そして私は海賊と一緒に港から去るのよ。という内容の歌。
----------------------------------------------

ところで、Googleで「海賊ジェニー」を検索すると、幻泉館日録@So-netが最初の方にヒットするようです。
これはちょっと変だなと思いました。

ご存知のように、幻泉館日録は自前サーバ幻泉館本館の他、@楽天、@goo、@livedoor、@So-net、@Teacupといったところに同じ内容をアップしています。
今まではGoogleで検索すると、だいたいそんな順に表示されていたのです。
ところが、ここのところ急に@So-netが飛び抜けて上位に表示されることが多いようです。
So-netで何かあったのかな。

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霧笛が俺を呼んでいる CHRONICLES #452


千本浜 2006年11月3日

 →Chapter 5: River of Ice

リース劇場の小さなステージには、雑然とした世界が詰め込まれていました。
力強い言葉をもった歌を、泥棒や屑拾い(scavengers)ややくざ者(scallywags)が怒鳴るように歌います。

ディランが一番強烈な印象を受けた歌は、「黒い貨物船(A Ship the Black Freighter)」というバラッドでした。

----------------------------------------------
Its real title was "Pirate Jenny," but I didn't hear that in the song so I didn't know what the real title was. It was sung by some vaguely masculine woman, dressed up like a scrubbing lady who performs petty tasks, goes about making up beds in a ratty waterfront hotel. What drew me into the song at first was the line about the ship the black freighter, that comes after every verse. That particular line took me back to the foghorns of ships that I'd heard in my youth and the grandiosity of the sounds had stuck in my mind. Seemed like they were right on top of us.

その本当の題は「海賊ジェニー」というのだが、その中に「海賊ジェニー」は出てこなかったから、本当のタイトルが何なのかはわからない。なんだか男まさりの女が歌っていた。みすぼらしい港の宿屋でベッドメイクのような雑用をする洗濯女のような衣装を着ていた。最初に僕が引きつけられたのは黒い貨物船を歌った一行で、各連の後に繰り返された。この特別な行を聴くと、僕は小さな頃に聴いて心にずっと残っている船の霧笛を思い出した。僕たちの頭の真上で響いているみたいだった。
----------------------------------------------

船の霧笛!
ディランが好きな音ですね。

静かな夜中に遠くから聞こえてくる汽笛はとてもいいものですが、ディランが言っているのはとても大きな迫力のある音のようです。
ただディランの耳は私とはだいぶ違うようなので、小さな音でもそんなふうに感じることがあるのかもしれません。

おっと。
このエントリーのタイトルを「遠くで汽笛を聞きながら」にしようと思ったら、既に使っておりました。

 →遠くで汽笛を聞きながら CHRONICLES #319

しかたがないので、「霧笛が俺を読んでいる」。
よくわかっておりません。

 →CinemaScape: 霧笛が俺を呼んでいる

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日本三文オペラ CHRONICLES #451

 →[ I Love Sunset! 夕陽が好き!]
千本浜 2006年11月7日

 →Chapter 5: River of Ice

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I went there to wait for Suze and was aroused straight away by the raw intensity of the songs... "Morning Anthem," "Wedding Song," "The World Is Mean," "Polly's Song," "Tango Ballad," "Ballad of the Easy Life." Songs with tough language.
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おやおや、本当に「牛にひかれて善光寺参り」です。
並んでいるのは、やはり『三文オペラ(The Threepenny Opera)』の曲ですね。
ディランは並んだ歌曲を"Songs with tough language"と表現しています。
これは文字どおり「たくましくて乱暴」という意味でしょう。
つまり、オペラやミュージカルよりも、フォークソングに近い歌だと感じたようです。
フォークソングより洗練されている(sophisticated)けれど。

特に輸入盤でいろいろな録音が出ているようです。
amazonだと試聴できます。

マウチェリー/ワイル:三文オペラ The Threepenny Opera (1954 New York Cast)

ヴァイル:「三文オペラ」 Music From the Threepenny Opera

 →三文オペラにハマる

 →三文オペラ 資本主義の矛盾をおちょくるマック・ザ・ナイフ

観てないんですが、これは観たくなりますな。
あら、黒テントの『三文オペラ』観たかったなあ。

 →三文オペラ 新装黒テント版

私の場合は開高健さんの『日本三文オペラ』に親しんでいたのでした。
全然違うのにね、観た気になっちゃってたみたい。

 →くいだおれ大阪どっとこむ! 「日本三文オペラ」開高健

3monopera.jpg 日本三文オペラ

三文オペラ 三文オペラ

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三文オペラ CHRONICLES #450

千本浜 2006年11月3日

 →Chapter 5: River of Ice

とりあえずオリジナル曲ができたのですが、ディランはこれを堂々と自分の曲だと言って歌うことはありませんでした。
当時ディランは古いフォークソングやウディ・ガスリーの曲を歌っていたのですが、その中に紛れ込ませて歌いました。
ウィーバーズの曲だと言って歌ったりしたそうです。

照れ臭かったのでしょうか。
でも、嘘はいけませんね。
当時のディランはよくいろいろな嘘をついていたようです。

 →Folk Music Archives: The Weavers

一行空けて、話が変わります。

そんなディランの状況を変えたのは、意外にもブレヒトの演劇でした。
もちろん、スージーの影響です。
リース劇場(the Theatre de Lys)で上演された音楽劇に、スージーが関わっていたそうです。

 →Lucille Lortel Theatre/Theatre de Lys, 1952-1999

----------------------------------------------
It was a presentation of songs written by Bertolt Brecht, the antifascist Marxist German poet-playwright whose works were banned in Germany, and Kurt Weill, whose melodies were like a combination of both opera and jazz. Previously they had had a big hit with a ballad called "Mack the Knife" that Bobby Darin had made popular. You couldn't call this a play, it was more like a stream of songs by actors who sang.
----------------------------------------------

 →Wikipedia: ベルトルト・ブレヒト

 →Wikipedia: クルト・ワイル

 →松岡正剛の千夜千冊:『クルト・ヴァイル』

 →Bobby Darin / ボビー・ダーリン

「マック・ザ・ナイフ」はおなじみの曲です……あれ?
歌としてはあまり聴いたことがありません。
ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)の名盤、"SAXOPHONE COLOSSUS"で一番よく聴いたのかもしれません。
このアルバムでは"Moritat"というタイトルになっています。
友人の一人がロリンズの大ファンだったので、よく聴きました。
私はコルトレーンの方が好きでした。

つまり、私の場合は本来の「歌」ではなくて、ジャズのスタンダード・ナンバーとして馴染んでいたんですな。
70年代半ばによく行った吉祥寺のジャズ喫茶を思い出します。

BlogPet SONNY ROLLINS/SAXOPHONE COLOSSUS Saxophone Colossus


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アトミック・カフェ CHRONICLES #449

 →[ I Love Sunset! 夕陽が好き!]
千本浜 2006年11月3日

 →Chapter 5: River of Ice

「自分の生き方を貫いて死なせておくれ(Let Me Die in My Footsteps)」の後、ディランは核シェルターの話を始めます。
ディランの故郷であるミネソタ州の北東部、アイアンレンジ(Iron Range)と呼ばれる地域では、そんなものまったく売れなかったという話です。

U2のボノが訪ねてきた時の話で、「メサビ鉄鉱山地、アイアントレイル(the Iron Trail, the Mesabi Iron Range)」という言い方をしていた地方のことでしょう。
日本で言えば、「筑豊」といった感じに近いでしょうか。

 →巨人の地 CHRONICLES #250

 →Wikipedia: Iron Range

アイアンレンジでは、近所で一軒だけ核シェルターを持っているという状態を、皆が嫌ったのだそうです。
人間関係が壊れるのを恐れたのですね。

核攻撃に対する恐怖は確かに存在しました。
でも、なんだかピント外れな感じがします。
ディランは"CHRONICLES"の最初の方でも書いてましたね。

 →CHRONICLES #16 (Bob Dylan)

そうそう、アトミックカフェ。

 →アトミック・カフェ - THE ATOMIC CAFE -

代わりによく売れたのは、ガイガー・カウンターだったようです。
近未来を描いた映画『マッドマックス』のシリーズでも、出てきましたね。
ディランも、ニューヨークのアパートに1台備えていたそうです。

デジタル表示ガイガーカウンター

ガイガー・カウンターを楽天市場で検索したら扱っている店がありましたが、日本ではあまり売れなさそうですね。

BlogPet アトミック・カフェ アトミック・カフェ


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ぼくは地下には潜らない CHRONICLES #448

千本浜 2006年10月31日

 →Chapter 5: River of Ice

ディランは当時の自作自演屋としてレン・チャンドラー(Len Chandler)が好きだったそうです。
何度か出てきた名前ですね。

 →CHRONICLES #101 みんな泰子さんには触りたかった

 →夕暮れ CHRONICLES #112

 →仲間たち CHRONICLES #424

レン・チャンドラーの歌は彼の個性を反映したものなので、それはあまりお手本にならなかったとディランは言っていますが、実際はかなり影響を受けていたようです。
創造は模倣から始まるものです。
もちろんウディ・ガスリーが一番のお手本でした。

絵を描いていた同じテーブルで、ディランは歌を書くようになります。
最初に作ったのは、"Let Me Die in My Footsteps"という、ちょっと皮肉な歌(a slightly ironic song)でした。
"BOB DYLAN / THE BOOTLEG SERIES VOL.1-3"に入ってますね。
元歌はロイ・エイカフ(Roy Acuff)の古いバラッドだそうです。

 →bobdylan.com: Let Me Die in My Footsteps

 →Roy Acuff: Making Hillbilly Music Respectable

おやおや、おもしろいことが書いてあります。
日本軍が突撃する時に、「ベーブ・ルースと地獄に落ちろ! ロイ・エイカフと地獄に落ちろ!」と叫んだという伝説があるそうです。
もちろん嘘です。

"Let Me Die in My Footsteps"は「立ってるところで死なせてくれ」ぐらいの意味でしょう。
中川五郎さんは、「自分の生き方を貫いて死なせておくれ」と訳しています。
いいなあ。

第一連だけ引用しておきましょう。

----------------------------------------------
I will not go down under the ground
"Cause somebody tells me that death's comin' 'round
An' I will not carry myself down to die
When I go to my grave my head will be high,
Let me die in my footsteps
Before I go down under the ground.

ぼくは地下には潜らない
死の恐怖が迫っていると誰かに言われたからといって
ぼくはむざむざと死んだりはしない
墓に入る時はこうべを高く上げていることだろう
自分の生き方を貫いて死なせておくれ
地下に潜ったりする前に
            (中川五郎訳)
----------------------------------------------

もちろんこれは東西冷戦下、アメリカで核シェルターが売れたころの歌です。

BlogPet dylanbootleg The Bootleg Series, Vols. 1-3


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もっと突き詰めろ CHRONICLES #447

 →[ I Love Sunset! 夕陽が好き!]
千本浜 2006年10月31日

 →Chapter 5: River of Ice

いいなあと思うと、自分でもやってみたくなるものでございます。
だいたい音楽もそれで始めたのがディランでした。

----------------------------------------------
About that time I began to make some of my own drawings. I actually picked up the habit from Suze, who drew a lot. What would I draw? Well, I guess I would start with whatever was at hand. I sat at the table, took out a pencil and paper and drew the typewriter, a crucifix, a rose, pencils and knives and pins, empty cigarette boxes. I'd lose track of time completely. An hour or two could go by and it would seem like only a minute. Not that I thought that I was any great drawer, but I did feel like I was putting an orderliness to the chaos around--something like Red did, but he did it on a much grander level. In a strange way I noticed that it purified the experience of my eye and I would make drawings of my own for years to come.

その頃僕は自分でも絵を描き始めた。実際は、たくさん絵を描いていたスージーの習慣を真似して覚えたのだ。何を描こうか? そう、とりあえず手近にあるものを何でも描いたのだと思う。僕はテーブルに向かって座り、鉛筆と紙を手に取って描いた。タイプライター、十字架、薔薇、鉛筆やナイフやピン、タバコの空き箱。時が経つのをまったく忘れたものだった。一時間から二時間が過ぎ去っても、一分ぐらいにしか感じなかった。自分がすごい絵描きだとは思わなかったが、レッドがやったように、周囲の混沌を秩序あるものにしているのだと感じた。レッドはそれをずっと壮大な水準でやったのであるが。僕は奇妙なことに、それで自分の目が経験したことを純化されることに気づいた。そして、それから何年も僕は絵を描くことになる。
----------------------------------------------

鉛筆デッサンですね。
目が捕らえた情報は膨大なものですが、鉛筆で紙に描き出すのは、そのほんの一部です。
余分なものをできるかぎり削ぎ落とす。
これが絵です。

身近な言葉を遣い、身近なものを描写して、自分の世界を創り出す。
歌を作る時の指針を、ディランはデッサンから学んだようです。

早川義夫さんが歌ってました。

 ♪ 足りないのではなくて
 ♪ 何かが多いのだ
             「いつか」

 →坊さんごっこ:早川義夫

一見乱雑に詰め込んだように聞こえる"Desolation Row"のような曲も、削りに削った結果なのでしょう。

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マーラーズ・パーラー CHRONICLES #446

千本浜 2005年10月14日

 →Chapter 5: River of Ice

スージーにひかれて美術館参り。
ディランはスージーと同様にすっかりレッド・グルームズのファンになりました。
ここで重要な点は、ディランがまだ本格的に歌作りを始める前だということです。

レッド・グルームズの作品は、どのように作品世界を創り上げるかというお手本になりました。

----------------------------------------------
He incorporated every living thing into something and made it scream--everything side by side created equal--old tennis shoes, vending machines, alligators that crawled through sewers, dueling pistols, the Staten Island Ferry and Trinity Church, 42nd Street, profiles of skyscrapers.

彼はあらゆる生き物をひとつに組み入れ、何もかも平等に並べて叫び声を上げさせた。古いテニスシューズ、自動販売機、下水を這うワニ、決闘のピストル、スタテンアイランドのフェリー、42番街、摩天楼の輪郭。
----------------------------------------------
               [リーダーズ英和]
----------------------------------------------
duel pistol 決闘用ピストル《銃身が長い》

Staten Island
スタテンアイランド《1) New York 湾内の島 2) 同島を含む New York 市南西部の自治区 (borough), 38 万; 旧称 Richmond; 略 SI》.

Trinity Church
n. トリニティ教会 《(3) New York 市 Wall 街のいちばん西の起点, Broadway に面して立つ, ゴシック風の尖塔をもつ教会; Richard Upjohn_ の設計で, 1846 年建立; 墓地には, New York の有名人の墓がある》
----------------------------------------------

下水を這うワニや決闘のピストルがニューヨークの日常風景なのか大いに疑問ですが、コラージュとしてはおもしろいですね。
そういえば、東京をコラージュした、パンタさんの「マーラーズ・パーラー」という曲がありました。

 →「マーラーズ・パーラー」(1976年)

 →PANTA & HAL 1977-1981

レッド・グルームズのコラージュはまだ続きます。

----------------------------------------------
Brahman bulls, cowgirls, rodeo queens and Mickey Mouse heads, castle turrets and Mrs. O'Leary's cow, creeps and greasers and weirdos and grinning, bejeweled nude models, faces with melancholy looks, blurs of sorrow--everything hilarious but not jokey. Familiar figures from history, too--Lincoln, Hugo, Baudelaire, Rembrandt--all done with graphic finesse, burned out as powerful as possible. I loved the way Grooms used laughter as a diabolical weapon. Subconsciously, I was wondering if it was possible to write songs like that.

バラモンの聖牛、カウガール、ロデオの女王、ミッキーマウスの頭、城の小塔、オリアリー夫人の牝牛、変態男、不良少年、奇人変人、宝石を付けてニヤリと笑うヌード・モデル、憂鬱な表情の顔、ぼんやりとした悲しみ……どれも陽気だけれど、ふざけてはいない。歴史上のおなじみの人物もいる。リンカーン、ユーゴー、ボードレール、レンブラント。すべてが本来の姿で描かれ、可能なかぎり強力な印象を与えている。僕はグルームズが笑いを悪魔のような武器として用いる、その手法が大好きだった。僕は知らず知らずのうちに、そんなふうに歌が書けるのではないかと思っていた。
----------------------------------------------

オリアリー夫人というのは、シカゴ大火災の火元となった家の夫人のことで、童謡まであるそうです。

 →医学都市伝説:シカゴ大火災勃発の日

ディランは実際に自分でも絵を描き始めるのですが、それでもう一つ、歌作りに必要なことを学んだようです。

ただいまp.270です。

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陽気に行こう CHRONICLES #445


千本浜 2006年10月8日


 →Chapter 5: River of Ice

スージーが好きだからということで、ディランもレッド・グルームズが好きになりました。

 →Red Grooms Online

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I loved the way everything he did crushed itself into some fragile world, the rickety clusters of parts all packed together and then, standing back, you could see the complex whole of it all. Grooms's stuff spoke volumes to me. He was the artist I checked out most.

彼が描くあらゆるものはある種の脆い世界に詰まっていく、そのありさまが僕は大好きだった。その世界には今にも崩れそうなそれぞれの集まりがすべて詰め込まれていて、それから少し下がって見ると、複雑な全体が見える。グルームズの作品は僕に多くのことを語りかけた。僕が最もよく見た画家だった。
----------------------------------------------

クレヨン、水彩、グワッシュ(不透明水彩)、彫刻、コラージュ、どんなものでもグルームズが作品をまとめる手法が気に入ったそうです。

----------------------------------------------
There was a connection in Red's work to a lot of the folk songs I sang. It seemed to be on the same stage.

レッドの作品と、僕が歌っている歌の多くには、つながりがあった。それは同じ舞台に立っているようだった。
----------------------------------------------

フォークソングが歌詞で歌っている内容を、グルームズの「歌」は視覚的に描いていました。
浮浪者と警官、大騒ぎ、路地裏。
お祭りのような生命力です。
レッドは美術界のアンクル・デイヴ・メイコン(Uncle Dave Macon)だったと、ディランは言っています。

 →THE DAYS OF UNCLE DAVE MACON


 →Wikipedia: Uncle Dave Macon

う?む、アンクル・デイヴ・メイコン、陽気そうなおっさんです。

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絵画巡り CHRONICLES #444

千本浜 2006年10月17日

 →Chapter 5: River of Ice

スージーの手引きで美術の世界に触れることによって、ディランは精神世界が広がったと感じたそうです。
早い時間からアップタウンの美術館に出かけました。
そこでは大きな油絵の作品を見ました。

 →Wikipedia: ディエゴ・ベラスケス

 →Web Callerry of Art: VELAZQUEZ, Diego Rodriguez de Silva y

 →Wikipedia: フランシスコ・デ・ゴヤ

 →the Artchive: Francisco de Goya

 →salvastyle.com: ルーベンス

 →WebMuseum: Rubens, Peter Paul

 →salvastyle.com: エル・グレコ

 →CGFA: El Greco

古典的な絵画もよく見ていたんですね。
もちろん、現代作家の絵も見たそうです。

 →Wikipedia: パブロ・ピカソ

 →Pablo Picasso : Le site officiel

 →ジョルジュ・ブラック

 →the Artchive: Georges Braque

 →ワシリー・カンディンスキー

 →WebMuseum: Kandinsky, Wassily

 →ルオー展

 →Wikipedia: ジョルジュ・ルオー

 →Georges Rouault Online

 →Wikipedia: ピエール・ボナール

 →Pierre Bonnard Online

やはりこちらの方がおなじみです。
「ルオー爺さんのように ね」

スージーは、レッド・グルームズが好きだったそうです。

 →Red Grooms Online

ディランもレッド・グルームズが好きになりました。
だって、恋しているんだもん。

ただいまp.269です。

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腹話術師 CHRONICLES #443

千本浜 2006年10月17日

 →Chapter 5: River of Ice

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We went to see Comedia Del'Arte, a storefront on the Lower East Side that was built into a small theater with enormous puppets as big as people that jiggled and swung. I saw a couple of plays, one where a soldier, a prostitute, a judge and a lawyer were all the same puppet.

僕たちはコンメディア・デラルテを観に行った。ロワーイーストサイドにあるビルの一画を小さな劇場に改装してあり、人間ぐらいの大きな人形が体を揺すったり、あれこれと動き回ったりした。僕は何回か観たのだが、同じ一体の人形が兵士と娼婦と判事と弁護士を演じたのもあった。
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           リーダーズ英和+プラス
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commedia dell'arte
コンメディア・デラルテ《16-18 世紀のイタリアの即興喜劇; 筋書だけで演じられ, Scaramouche, Pantalone など決まった名前・衣裳・性格の人物が登場する》.
[It=comedy of art]
----------------------------------------------
Lower East Side
n. ロワーイーストサイド 《New York 市 Manhattan の南端地域の東半分を指す; 多くの移民たちが, アメリカでの生活を始めた超過密アパートのひしめくスラム街として有名であった; もはや移民であふれてはいないが, 荒廃したままとなっている; バザールの様相があり, 他地区の店が閉まる日曜日は, 買物客でごった返す》
----------------------------------------------

 →Wikipedia: コメディア・デラルテ

本来は仮面劇のようですが、ディランが観たのは人形劇になっていたんですね。
人形がばかでかいのと、場所が狭いのとで、なんだかとても奇妙な雰囲気だったそうです。
ちょっと気持ち悪かったようですな。

そうではない、おなじみの大好きな人形として、ディランはチャーリー・マッカーシー(Charlie McCarthy)の名前を挙げています。
これはエドガー・バーゲン(Edgar Bergen)という腹話術師の人形だったそうです。

           リーダーズ英和+プラス
----------------------------------------------
Bergen
n. バーゲン
(2) Edgar (John) Bergen (1903-78) 《米国の腹話術師・コメディアン; 人形 Charlie McCarthy と国内・ヨーロッパ各地をまわって成功; 1937 年からラジオ番組 `Chase and Sanborn Hour' をもち, 10 年以上にわたって人気を維持した; 1938 年の映画 A Letter of Introduction で Oscar を獲得》
----------------------------------------------

 →腹話術 KACHI & LEO: Edgar Bergen & Charlie McCarthy

 →Wikipedia: Edgar Bergen

腹話術の人形というのも、ちょっと気持ち悪いんだけどなあ。
『新青年』の香りがします。

エドガー・バーゲンの人気ラジオ番組は、人形のチャーリー・マッカーシーと一緒にやっていたんですね。
下のリンク先で少しだけ聴けます。
ラジオで腹話術というのも、なんだか不思議です。

 →Radio Hall of Fame

腹話術師 つげ義春全集 (2)

三橋一夫ふしぎ小説集成 三橋一夫ふしぎ小説集成 (1)

魔法人形 魔法人形

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真空地帯 CHRONICLES #442

千本浜 2006年10月8日

 →Chapter 5: River of Ice

ディランがスージーと観に行ったオフブロードウェイの演劇には、リビング・シアター(the Living Theater)の『営倉(The Brig)』もありました。
といっても、私には何のことかわかりませんがな。

 →Wikipedia: The Living Theatre

 →The Living Theatre

公演がドキュメンタリー映画で残っているようですね。

 →作品紹介:営倉(The Brig)

                広辞苑第五版
----------------------------------------------
えい‐そう【営倉】
兵営内にあって犯則者を拘置した施設。また、そこに入れられる罰。陸軍懲罰令では重営倉と軽営倉との別があった。
----------------------------------------------

リビング・シアターの『営倉』は、合州国海軍の営倉を舞台としているようですね。

野間宏さんの『真空地帯』を思い出しました。
ん?
前にも書いたことがあるような。
あ、これですね。

 →幻泉館日録:真空地帯

他に、スージーとは、芸術家が出入りするような場所に出かけました。

 →Caffe Cino

 →Aegis Gallery

もう一つ書いてある"Camino Gallery"は見つかりませんなあ。
これは別物かしら。

 →GALLERY CAMINO REAL

BlogPet 真空地帯(上巻) 真空地帯 上巻


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ザ・コネクション CHRONICLES #441


外に開いていない、閉じたサイトからのリンクは御遠慮願いたい。
たとえばこちら。

 →http://mixi.jp/view_diary.pl?id=237912711&owner_id=2374136


千本浜 2006年10月8日

 →Chapter 5: River of Ice

ディランはスージーと一緒に、ゲルバー作のジャンキー劇(junkie play)『ザ・コネクション』を観に行きました。

 →The Connection

            「リーダーズプラス+」
----------------------------------------------
connection
n. [The C_] 『ザ・コネクション』 《米国映画 (1962); 女流監督 Shirley Clarke_ の長編第 1 作; 1959 年に off Broadway で反響を呼んだ Jack Gelber (1932- ) の舞台劇の映画化; ジャズメンたちの練習風景をドキュメンタリー風にとらえて, Hollywood のタブーであった麻薬中毒者たちを正面から描いた, off Hollywood_ 映画の中の New York 派を代表する作品の一つ; 公開後, 無罪とはなったが, 風俗を乱すという理由で告発された; カンヌ映画祭に非公式参加し, 国際映画批評家賞の対象になった》.
score a connection _《俗》 麻薬の売人に会う, コネをつける.
----------------------------------------------

"connection"は麻薬の売人や、密輸組織などの流通ルートを指します。
私の場合は、ジーン・ハックマンが主演した映画『フレンチ・コネクション』(1971年)を思い出します。
悪役の黒幕フェルナンド・レイがいいですなあ。

 →Wikipedia: The French Connection

しかし、麻薬はいけませんや。
ジャンキーは、人間やめちゃった人たちです。
当時ニューヨークで、ジャズ・ミュージシャンがことごとく麻薬中毒になったのを利用したような演劇ですね。
私は映画も演劇も観ていません。

あ、『てなもんやコネクション』という映画もありましたな。
あれはナチュラルでハイになっちゃってる人たちの映画です。

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新しい地平 CHRONICLES #440

千本浜 2006年10月10日

 →Chapter 5: River of Ice

ニューヨークにやってきて一年近くが経ってから、やっとディランは自分の部屋を借りました。
さあ、これで正々堂々スージーと……おやおや、いちゃいちゃしていただけではないようです。

----------------------------------------------
Suze and I were spending more and more time together, and I began to broaden my horizons, see a lot of what her world was like, especially the Off-Broadway scene . . . a lot of LeRoi Jones's stuff, Dutchman, The Baptism.

スージーと僕はますます多くの時間一緒に過ごすようになって、僕の地平が広がっていった。彼女の世界がどんなものかがわかってきた。特にオフブロードウェイの情況が。リロイ・ジョーンズの『ダッチマン』と『バプティズム』といったものをたくさん観た。
----------------------------------------------

スージーはオフブローデウェイの演劇に関わっていたんですね。
元々ブローデウェイの商業ベースに乗った興行を嫌って地区街で実験演劇を始めたのが、オフブロードウェイです。
グリニッチビレッジは、まさにそのオフブロードウェイでした。

 →The Beat Page: LeRoi Jones

 →Wikipedia: LeRoi Jones

 →Official Web site of Amiri Baraka

ディランはおそらくその頃まではただ歌の好きな、気のいい兄ちゃんみたいなものだったのではないでしょうか。
スージーは前衛演劇や絵画の世界をディランに教えます。
田舎者のディランには、とても眩しかったことでしょう。

げに恐ろし……偉大なる、女の力であります。
だってディランは恋してるんだもん。

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大四畳半物語 CHRONICLES #439

2006年10月8日

 →Chapter 5: River of Ice

ディランは自分の部屋を持つ決心をします。
スージーのお母さんとの戦いに嫌気がさしたのでしょう。
そろそろ潮時だと。

だいたいディランは、他人の家を泊まって歩くのが好きだったのです。
その方が気楽だったから。
レイのところのように、本やレコードがたくさんあれば、暇潰しには事欠きません。
そんな暮らしを一年近く続けていたそうです。

ん?、わからんでもありません。
学生時代に一ヵ月近く、ほとんど下宿に帰らなかったことがあります。
飯+風呂。
これで知人の8ミリ映画制作を手伝って回りました。

ディランの場合は、ステディができたので、自分の部屋がないと都合が悪かったのでしょう。
スージーの家に行けば、どうしてもその母親とぶつかります。
いらいらするようになったので、結局自分の部屋が必要になりました。

----------------------------------------------
Not having a place of my own now was beginning to affect my supersensitive nature, so after being in town close to a year, I rented a third floor walk-up apartment at 161 West 4th Street at sixty dollars a month. It wasn't much, just two rooms above Bruno's spaghetti parlor, next door to the local record store and a furniture supply shop on the other side.
----------------------------------------------

部屋代は月額60ドル。
ちょうど「ガス灯」での週給に相当する金額です。
分相応といったところでしょうか。
一階がスパゲッティ屋とレコード屋だというのは、便利ですね。

"furniture supply shop"は、家具屋さんというよりも、日曜大工の道具を売っている店のようです。
ディランは引っ越すとすぐに下の店で材料を買って、いろいろなものを自分で作ったそうです。
テーブル二脚、戸棚、ベッド。
ディランさん、すごく器用じゃありませんか。
こういう作業が好きなんですね。

----------------------------------------------
I purchased a used TV, stuck it on top of one of the cabinets, bought a mattress and got a rug that I spread across the hardwood floor. I got a record player at Woolworth's and put it on one of the tables. The small room seemed immaculate to me and I felt that for the first time I had a place of my own.

僕は中古テレビを買って戸棚の上に積み、マットレスを買って、敷物を手に入れて板張りの床に敷いた。ウルワースでレコードプレイヤーを買ってテーブルの上に置いた。小さな部屋が完璧に見え、僕は初めて自分の場所を持ったのだと感じた。
----------------------------------------------
           「リーダーズ英和+プラス」
----------------------------------------------
Woolworth
1 ウルワース F(rank) W(infield) Woolworth (1852-1919) 《米国の実業家; 1879 年廉価販売の雑貨店 (いわゆる five-and-ten) を起こして成功; 1911 年 F. W. Woolworth を創立し, 翌年他の雑貨店チェーンを吸収, 没するまでに米国とカナダに 1000 店以上の店舗をもつ大企業に発展させた; 英国にも 1909 年進出》.
2 ウルワース(社) (? Corp.) 《米国の総合小売りチェーン; バラエティーストア Woolworth, Woolco (カナダ), 靴小売店 Kinney を経営; 1911 年 F. W. Woolworth_ が設立; 本社 New York 市》.
----------------------------------------------

 →Wikipedia: F. W. Woolworth Company

二部屋あったけれどとても狭くて、夜には暖房が切れます。
ディランは台所のガステーブルに火を付けて部屋を暖めたそうです。

私も狭い四畳半の下宿で経験しました。
小さなガスコンロでお湯を沸かして、部屋を暖めたものです。
とろ火、とろ、とろ。
私の城、大四畳半でした。

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セヴンティーン CHRONICLES #438

千本浜 2005年9月30日

 →Chapter 5: River of Ice

ディランは恋人スージーの母親に嫌われてしまいました。
彼女のとってディランは「言語道断な暮らし方(nameless way of life)」をしていて、「誰一人として養ったりはできない人間」だったそうです。
そう言われたんですね。
もっとひどいことも言われたようです。
口にタバコをくわえたまま、ディランに喧嘩腰でいちゃもんをつけてきたそうです。
彼女にとってディランとは、夫を亡くした少し後に、とても大切にしていた娘のところに現われた疫病神といったところだったのでしょう。

----------------------------------------------
"How much did that guitar cost?" she asked me once.
"Not much."
"I know, not much, but still something."
"Almost nothing," I said.

「そのギターはいくらしたの?」と、ある時僕に尋ねてきた。
「あんまり高くないです。」
「高くないのはわかってるけど、それでもいくらかしたでしょ。」
「ほとんどただみたいなもんです」と、僕は言った。
----------------------------------------------

どうもディランも良くないですね。

この時ディランが持っていたギターは、ミネアポリスで手に入れたMartin 00-17から次の機種に変わるかどうかといった頃でしょう。

 →ディランのMartin 00-17 CHRONICLES #373

それまで持っていたエレキギターを売り払い、変わりに手に入れたギターです。
ボトムエンドのモデルだと書かれていますが、別に安物でお話にならないというギターではありません。

 →Maritn 00-17

Martin 00-17は現行機種ではありませんが、D-28が25万円だとすれば、10万円ぐらいに相当すると思います。
ディランが入手した00-17は中古でしたし、ヴィンテージと称してふっかけられたようでもないので、今の日本でだと5万円ぐらいで買った中古という感じでしょうか。

ピアノやバイオリンに比べればギターはかなり良いものでも、意外に手ごろな値段です。
それでも、当時のディランにとっては唯一の財産です。
ディランはむしろギターは「魔法の杖」だと自負していたはずです。

値段をストレートに尋ねてくる母親もアレですけど、"Almost nothing"とだけ答えるディランも、なかなかですな。
結局母親はあらゆる手段を使って娘のスージーとディランを引き離そうとします。

ただいまp.267です。

と、ここまで書いて今日のタイトルを「セヴンティーン」にしようと思ったのです。
大江健三郎さんの小説を思い出しました。
「セヴンティーン 第二部」に当たる「政治少年死す」。

Googleで検索したら、不思議なサイトがありました。

 →紙 魚 の 筺

お・は・や・め・に。

 →林光一さん、深沢七郎さん

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蛇蝎の如く CHRONICLES #437

千本浜 2006年9月5日

 →Chapter 5: River of Ice

ディラン青年の恋の苦悩は、一週間ぐらい続きました。

----------------------------------------------
As fate would have it, I ran into Carla again and asked about her sister. Carla asked me if I'd like to see her. I said, "Yeah, you don't know how much," and she said, "Oh, she'd like to see you, too." Soon we met up and began to see each other more and more.

運命の定めにより僕はまたカーラに出くわしたので、妹のことを尋ねた。カーラは会いたいかと訊いてきた。「ああ。どれだけ会いたいかわからないぐらい」するとカーラは言った。「あら、妹もあなたに会いたがってるのよ」
----------------------------------------------

ということで、すぐにうまく行ってしまったのです。
な?んだ。

ディランの場合は、スージーにキューピッドのような姉さんがいたのであっけなく成就(?)しました。
今の若者は……携帯電話のおかげで話が簡単なんでしょうね。

昔は大変だったんですよ。
家に電話をかけて、呼び出してもらうんですから。
普通は男の子が女の子の家に電話をかけて、一番煙ったいのは彼女のお父さんでしょうね。
以前書いたと思いますが、中学生の時にクラスの連絡網で、つまり電話をかけ継ぐ順が決まっていて、次々に伝言をしていくのですが、建設関係のおうちの女の子の家に電話をかけて、非常に恐い思いをいたしました。
何も悪いことしてないのに。

元々手の速いディランは、あっという間にスージーといい関係になりまして、音楽以外の生活はスージーと一緒にいることが中心ということになりました。
二人は魂の友だったのだろうと、ディランは言っています。

----------------------------------------------
Her mother Mary, though, who worked as a translator for medical journals, wasn't having it. Mary lived on the top floor of an apartment building on Sheridan Square and treated me like I had the clap. If she would have had her way, the cops would have locked me up.

でも、医学雑誌の翻訳の仕事をしていた彼女の母親、メアリーはそんなふうに思っていなかった。シェリダン・スクェアのアパートの最上階に暮らしていて、僕を淋病持ちみたいに扱った。もしも自分の好きなようにできるのなら、僕を警察に捕まえてもらっていたことだろう。
----------------------------------------------

また極端な言いようです。
どうしてそんなに嫌われたのでしょうか。

シェリダンスクェアの写真を探していたら、あら、ディランが写ってます。
グリニッジビレッジの通りですね。

 →Shridan Square/Christopher Park

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何処へ CHRONICLES #436

千本浜 2005年9月25日

 →Chapter 5: River of Ice

初めて出会った後、ディランはスージーのことで頭がいっぱいになります。

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For the next week or so I thought of her a lot--couldn't shut her out of my mind, was hoping I'd run into her. I felt like I was in love for the first time in my life, could feel her vibe thirty miles away--wanted her body next to mine. Now. Right now.

次の週かそこらの間、僕は彼女のことをとても思っていた。頭から彼女を追い出すことができず、偶然出会わないかと思っていた。生涯で初めて恋をしたみたいに感じた。30マイル離れていても彼女の霊気を感じた。彼女の身体が僕の身体のすぐ横にいてほしかった。今だよ。今すぐに。
----------------------------------------------

恋ですねえ、恋ですわ。
ドキドキしてるんですね。
「霊気」なんて訳にしましたが、「ドキドキ」ぐらいの方がいいんでしょう。

「待ち伏せ」ではありませんが、好きな人の現われそうなところをうろうろしたりなんて感じを思い出します。
一歩間違えるとストーカーですが。

どれが初恋だったのか。
実はよくわからなかったりするものです。
ほのかな慕情も入れていいんですよね。
でも、いつまで経っても「これが初恋」っていうのも、手だとは思います。

我らがディラン君の場合、少しはスージーを頭から追い出そうと思って、映画を観に行くことにします。
その少し前に『クォ・ヴァディス(Quo Vadis)』と『聖衣(The Robe)』を観たばかりだったけれど、映画を観ようと思い立ったようです。

 →Wikipedia: クォ・ヴァディス

 →クォ・ヴァディス(1951・米)

 →聖衣(1953)

 →Wikipedia: The Robe

どちらも宗教映画ですね。
何年も前の映画なので、2本立てで観たのではないでしょうか。
大作なのでちとキツイですなあ。

気分転換しようと今回観に行ったのは、『謎の大陸アトランティス(Atlantis, the Lost Continent)』と『キング・オブ・キングス(King of Kings)』でした。

 →SF MOVIE DataBank: 謎の大陸アトランティス

 →Wikipedia: Atlantis, the Lost Continent

 →キング・オブ・キングス

 →King of Kings(1961)

先に『キング・オブ・キングス』を観たけれど、物語に入っていけなかったそうです。
そりゃそうだ。
次に『謎の大陸アトランティス』。
もしかしたら最高におもしろい映画だったのかもしれないけれど、集中できなかったそうです。
そりゃそうだ。

映画に誘えばいいのに。

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学園は大騒ぎ CHRONICLES #435

千本浜 2006年9月19日

 →Chapter 5: River of Ice

四十年以上前の恋の様子が続きます。

スージーは17歳。
東海岸の左翼家庭で育ちました。
工場に勤めていた父親は最近亡くなりました。
スージーは絵を描いたり、オフ・ブロードウェイの劇場の仕事をして、公民権運動の委員会の仕事をして……とにかくいろんなことをしていました。

----------------------------------------------
Meeting her was like stepping into the tales of 1,001 Arabian nights. She had a smile that could light up a street full of people and was extremely lively, had a particular type of voluptuousness--a Rodin sculpture come to life. She reminded me of a libertine heroine. She was just my type.

彼女に会うのは、アラビアンナイトの千夜一夜の物語の一つに足を踏み込むようなものだった。彼女の微笑みは大通りいっぱいの人を明るくするとだってできたし、そしてとても活発な人で、独特な艶めかしさがあった。ロダンの彫刻が生命を持ったようだった。彼女を見て、僕は奴隷から解放された物語の主人公を思い出した。彼女はまさにぴったり僕のタイプだった。
----------------------------------------------

ディランさん、恋に舞い上がってるんですが、妙にエッチっぽいですね。
正直者なんでしょう。

シンドバッドやアラジンやアリババといった、小さな頃に絵本で親しんだ物語を、中学生ぐらいの時にバートン版の日本語訳か何かで少し読んで、びっくりした覚えがあります。
テレビで放送できないような言葉がたくさん並んでいたのです。

 →Wikipedia: 千夜一夜物語

 →Wikipedia: The Book of One Thousand and One Nights

ロダンの彫刻というのも、リアルな肉体描写で有名だったのですから、いきなり何かとても官能的な回想です。

 →Wikipedia: オーギュスト・ロダン

 →[ musee RODIN ]

ふと思い出しました。
ロダンの「考える人」のレプリカは、日本に何体あるのでしょう。
いえ、思い出したのは、小さな頃に見たアメリカのテレビドラマです。
お金がない青年が、アルバイトに励みながらニセ学生を続けるといったようなお話。
コメディです。

このドラマに、毎回ロダンの「考える人」が出てきたのです。
キャンパスの通路みたいなところだったでしょうか。

タイトルも何も忘れてしまったのですが、検索しまくって発見しました。
動画も見ることができます。

 →[ Hank ]

「考える人」は、ハンクが憧れた大学生活の象徴だったんですな。

そうか、彼の両親は自動車事故で死んだという設定なのか。
妹を養って、それでニセ学生として大学の授業を受けて。
最終話で奨学金を獲得するといったようなこともまったく覚えていません。

努力すれば報われるのだという、アメリカンドリームを語ることでドラマが成立した、最後の時代だったのかもしれません。

邦題は「学園は大騒ぎ」で、1966年(昭和41年)に放映していたようです。

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たらこ CHRONICLES #434

千本浜 2006年9月19日

 →Chapter 5: River of Ice

カーラは黒髪でしたが、妹のスージーはジャケット写真でおなじみのように、金髪でした。
必然的に肌も白い(fair skinned)のです。
もっとも、今の日本には肌が黄色いのに頭が金髪という人が結構たくさんいます。
不自然ですなあ。

この姉妹はまじりっ気のないイタリア系でした。

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The air was suddenly filled with banana leaves. We started talking and my head started to spin. Cupid's arrow had whistled by my ears before, but this time it hit me in the heart and the weight of it dragged me overboard.

突然空気がバナナの葉でいっぱいになった。話を始めると、僕の頭はぐるぐる回り始めた。以前はキューピッドの矢は僕の耳をひゅーとかすめていたのだが、今回は心に当たったので、僕はその重みで夢中になってしまった。
----------------------------------------------

バナナの葉の比喩はよくわかりません。
トロピカルなムードになったんでしょうか(なんのこっちゃ)。

ちなみにバナナの皮といえば、お約束のつまずきを意味します。
バナナで、「白人べったりの東洋人」ですね。
つまり、自民党に率いられた日本人。
だめじゃん。

キューピッドはもちろんローマ神話で愛の神。

[リーダーズ英和]
----------------------------------------------
Cupid
1 【ロ神】 クピードー, キューピッド 《Venus の子で, 翼の生えた裸の美少年が弓矢を持つ姿で表わされる恋の神; ギリシアの Eros に当たる》.
2 [c-] 愛の使者, 《まれ》 美少年.
[L (cupio to long for)]
----------------------------------------------
Eros
1 【ギ神】 エロース 《Aphrodite の息子で恋愛の神; ローマの Cupid に当たる》.
2 【精神分析】 生の本能, エロス (=life instinct) (cf. →THANATOS).
3 [Oe-]
a 官能の愛, 性愛, 欲情 (cf. →AGAPE).
b 熱望, 渇望.
4 【天】 エロス《太陽に近い小惑星》.
5 エロス《London の Piccadilly Circus の中心にある, キリスト教でいう charity を表わす天使の像》.
[L<Gk er_t- er_s sexual love]
----------------------------------------------

ギリシャ神話のエロースと同じはずなんですが、だいぶ印象が違います。
「エロい」なんて言い方は、キューピッドの場合はされません。
やっぱりキューピー人形を思い浮かべるからでしょうか。

 →Wikipedia: キューピー

マヨネーズを作っている会社は、読みは同じなんですが、綴りは「キユーピー」です。
キャノンが実は「キヤノン」なのと似ていますね。
以前、キューピー人形の著作権侵害を争った裁判があったと思うのですが。
おお、これこれ。

 →キューピー事件

すっごくわかりにくいんですが、控訴棄却でキユーピー社が勝ったということですよね。
良かった、良かった。
おかげで「♪た?らこ?♪」を楽しめるわけです。

 →たらこキユーピー 音量注意!

おっと、作曲は上野耕路さんなんだ。

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みずからフライデー CHRONICLES #433

千本浜 2006年9月5日

 →Chapter 5: River of Ice

一行空けて、話が変わります。

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Backstage the humidity was soaring. Performers came and went, waited to go on and milled around. As usual, the real show was backstage. I was talking to a dark-haired girl, Carla Rotolo, who I knew a little bit.

楽屋では湿度が急上昇した。演奏者が出入りし、出番を待ってうろうろしていた。いつものことだが、本当の見ものは楽屋だった。僕は少しだけ知っていた黒髪の娘、カーラ・ロトロと話をしていた。
----------------------------------------------

カーラ・ロトロ?
そうです。
ディランのアルバム「フリー・ホイーリン(The Freewheelin')」(1963年)のジャケットでおなじみの、スージー・ロトロのお姉さんです。
ここからスージーの話になります。

みうらじゅんさんがNHKの「ロック誕生50年」で、このジャケットのことをこう言ってました。

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フリーホイーリンの、二枚目の21歳の時のジャケットからして、当時つきあってた素人の女の方とジャケットに写って、世界中に撒くと。みずからフライデーってやつですかねえ。
----------------------------------------------

【Aポイント付】ボブ・ディラン Bob Dylan / Freewheelin' Bob Dylan(CD) The Freewheelin' Bob Dylan

サントラ盤CD"NO DIRECTION HOME"のパンフレットには、このジャケット写真と同じ時に撮った写真が使われています。
何よりも、映画"NO DIRECTION HOME"にスージー御本人が出てきたのには驚きました。
実年齢よりもかなり若い感じのする人です。

No Direction Home

カーラはアラン・ローマックス(Alan Lomax)の手伝いをしていたそうです。
私設秘書みたいなものかしら。
アラン・ローマックスはほれ、「偉大なる民俗文書館員」とディランが呼んでいた人ね。
国会図書館のリサーチで、フォークソングを収集していました。

そして、カーラが妹のスージーを紹介してくれたのです。
スージーは本当は"Susie"でしたが、"Suze"と綴っていたそうです。
以前「スーズ・ロトロ」なんて訳を見かけたことがありますが、そのせいですね。

ディランはいきなりすごいこと書いてますよ。

----------------------------------------------
She was the most erotic thing I'd ever seen.
----------------------------------------------

う?ん。

ただいまp.265です。

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バーボンのボトルを抱いて CHRONICLES #432

千本浜 2006年9月1日

 →Chapter 5: River of Ice

ヴァン・ロンクの妻テリはディランに他の町での仕事を探して来てくれましたが、ディラン本人はニューヨークから出たいと思っていませんでした。
もしも外へ行きたいと思っていたら、初めからニューヨークに来たりしなかっただろうと言っています。

----------------------------------------------
I was fortunate to have the regular gig at the Gaslight and wasn't on any wild goose chase to go anywhere. I could breathe. I was free. Didn't feel constrained. Between sets I mostly hung out, drank shooters of Wild Turkey and iced Schlitz at the Kettle of Fish Tavern next door and played cards upstairs at the Gaslight. Things were working out fine. I was learning all I could and stayed keyed up.

僕は幸運にも「ガス灯」で定期的に演奏できるので、当てもなく雁を追うような真似はまったくしなくて済んだ。僕は息をすることができた。僕は自由だった。束縛された感じはしなかった。ステージの幕間にはたいてい外へ出ていって時間をつぶした。隣のケトルオブフィッシュという酒場でワイルドターキーや氷で冷やしたシュリッツを飲んで、ガス灯の二階でカードをやった。すべてうまく行っていた。自分が学べるものはすべて学んでいたし、緊張した状態を保っていた。
----------------------------------------------

ニューヨークに今も"Kettle of Fish"という酒場があるようですが、違う店でしょうかね。

 →Kettle of Fish

ワイルドターキーは、もちろんバーボンですわね。
もう長いこと飲んでいませんが、日本のオフィシャルサイトを見ていたら、飲みたくなりました。
あ、キャンペーン、終わってる。

 →ワイルドターキー

[リーダーズプラス]
----------------------------------------------
wild turkey
n.
1 【鳥】 ゴウシュウオオノガン (plain turkey).
2 [W_ T_] 【商標】 ワイルドターキー 《米国 Austin Nichols Distilling 社製のストレートバーボンおよびライ麦ウイスキー; ともに 101 proof, 8 年熟成で, 1855 年より販売》.
----------------------------------------------

「バーボン」の地名は、独立戦争の際アメリカの味方をしたフランスの「ブルボン朝」に由来するそうです。

シュリッツというビールは飲んだことがありませんが、よく冷えたやつ、うまそうですね。
「ミルウォーキーを有名にしたビール」だそうです。

 →Schlitz Beer

 →Wikipedia: Joseph Schlitz Brewing Company

[リーダーズプラス]
----------------------------------------------
Schlitz
n. 【商標】 シュリッツ 《米国の Stroh Brewery 社製 (もと Joseph Schlitz Brewing 社製) のビール; キャッチフレーズは `The Beer that Made Milwaukee Famous'》.
----------------------------------------------

ただいまp.264です。
喉が渇いたな。

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笑う仏陀 CHRONICLES #431


千本浜 2006年9月1日

 →Chapter 5: River of Ice

ヴァン・ロンクの妻テリは、夫のステージ契約をきりもりしていました。

----------------------------------------------
Terri had managed to get Dave booked in places like Boston and Philly . . . even as far away as St. Louis at a folk club called Laughing Buddha. For me, those gigs were out of the question. You needed at least one record out even if it was on a small label to get work in any of those clubs.

テリはボストンやフィラデルフィアのようなところでの出演契約を取っていた。はるばるセントルイスの「弥勒仏」というクラブの出演契約もあった。僕に関しては、そういうところに出演するのは問題外だった。そういったクラブはどこでも、仕事をするにはたとえ小さなレーベルからでも、少なくとも一枚のレコードを出していなければならなかったから。
----------------------------------------------

それでもテリは頑張って、ディランに仕事を見つけてきてくれました。
ありがたいことですな。
もっとも、ディランはあまりニューヨークから外に出たくなかったのだそうです。

さて、"Laughing Buddha"という不思議な名前のクラブが出てきました。
辞書を引くと、一応「弥勒仏」なんだそうです。

あれ?
弥勒菩薩は笑っているでしょうか?
微笑んでいるのなら、わからんでもないんですが。

どうやら中国の弥勒仏とは、日本では七福神でおなじみの布袋さんを指すようです。
なんだかおかしい感じがしますが、私は弥勒や布袋に関して何を知っているわけでもありません。
布袋は実在した禅僧です。

 →The Laughing Buddha

            リーダーズ英和(プラス)
----------------------------------------------
Laughing Buddha
n. [the ?] 《中国の》 弥勒仏 (=→MI-LE-FO_).

Mi-le-fo
n. 弥勒仏 (=→MAITREYA_) 《中国では布袋(ほてい)和尚が弥勒の化身とされたことから, 布袋像が弥勒仏の像となっており, これは英語で Laughing Buddha とも呼ばれる》

Maitreya
n. 【仏教】 マイトレーヤ, 弥勒(菩薩), 未来仏 (future Buddha) 《「慈氏」とも漢訳される; 釈迦に次いで仏になることが約束された菩薩; 釈迦没後 56 億 7 千万年後に仏となって人びとを救済するとされる》.
----------------------------------------------
                 広辞苑第五版
----------------------------------------------
ほてい【布袋】
後梁の禅僧。明州奉化の人。名は契此かいし、号は長汀子。四明山に住み、容貌は福々しく、体躯は肥大で腹を露出し、常に袋を担って喜捨を求め歩いた。世人は弥勒の化身と尊び、その円満の相は好画材として多く描かれ、日本では七福神の一とする。( ?917)
----------------------------------------------

『ぼくたちの疾走』(山本おさむ)というマンガがあります。
80年代に週刊漫画アクションに連載されました
当初はスチャラカな高校生の日常を描いていたのですが、途中から暗い部分も出てくるようになりました。

マイトレーヤと聞くと、そのマンガを思い出します。
西海岸発の原始仏教ブームを気取った連中が、主人公たちをひどい目に合わせるのです。
私も下北沢あたりで、「マイトレーヤ」などと言いたがる、似たような人たちに嫌な思いをしたことがあります。
オウム真理教事件の時、高橋和巳『邪宗門』とともに、このマンガを思い出しました。

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電動缶切り CHRONICLES #430

 →[ I Love Sunset! 夕陽が好き!]
千本浜 2006年9月5日

 →Chapter 5: River of Ice

一行空けて、ヴァン・ロンクの妻の話に変わります。

----------------------------------------------
Van Ronk's wife, Terri, definitely not a minor character, took care of Dave's bookings, especially out of town, and she began trying to help me out.

ヴァン・ロンクの妻テリが控えめなタイプではないことは明らかで、デイヴの出演契約を管理していた。特にニューヨーク以外の場所での公演は彼女の担当で、私の契約も取ろうとしてくれた。
----------------------------------------------

TerriはTheresaの異形だそうです。
姐御ですね。
ディラン青年、大いに世話になってます。

ヴァン・ロンクと同様にはっきりものを言う人で、特に政治に関しては自説を曲げなかったそうです。
知的で話についていくのが難しかったと言っていますが、難解なものの言いよう(highfalutin')に、ディランは閉口していたのかもしれません。

----------------------------------------------
Both were anti-imperialistic, antimaterialist. "What a ridiculous thing, an electric can opener," Terri once said as we walked past the shop window of a hardware store on 8th Street. "Who'd be stupid enough to buy that?"

二人とも反帝国主義者で、反物質主義者だった。「何て馬鹿なものを、電気缶切りだって」八番街の金物屋のショーウィンドーの前を通りかかった時にテリが言った。「あんなものを買う馬鹿がいるの?」
----------------------------------------------

「反唯物論者」とも読めるんですが、文脈からは「反物質主義者」の方が良さそうです。
しかし、電動缶切りとはどうなんでしょう。
便利なような、不便なような。
少なくともアウトドアや非常時には向きませんね。

検索したら、ありました。
電池で動くようです。


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糸吊り人形 CHRONICLES #429

千本浜 2006年9月1日

 →Chapter 5: River of Ice

----------------------------------------------
He also never phrased the same thing the same way twice. Sometimes I'd hear him play the same song that he'd done in a previous set and it would hit me in a completely different way. He'd play something, and it was like I'd never heard it before, or not quite the way I remembered it.

彼はまた、同じものを二度同じように歌うことがけっしてなかった。前の出番で歌ったのと同じ歌を演るのを聴くことがあったが、僕はまったく違う印象を受けたものだ。彼が何かを演ると、それは僕が一度も聴いたことのない曲のようだったり、僕が覚えているのとまったく違ったりした。
----------------------------------------------

「フレーズ」なので、言葉の遣い方にも、楽節の動きにも取れるのですが、とりあえず「歌い方」と考えておきましょう。

伴奏のリズムやコード進行まで含めるとわかりやすいですね。
あの長調の「朝日のあたる家」を短調に作り替えたのは、劇的でした。
でも、ここでは歌唱力のことだけ言っているように思います。
目を見つめて少しずつ声を変え、ヴァン・ロンクは聴いている者を催眠術にかけます。

----------------------------------------------
He was built like a lumberjack, drank hard, said little and had his territory staked out--full forward, all cylinders working. David was the grand dragon.

彼は材木伐り出し人のような頑丈な体格で、大酒のみだった。口数は少なく、自分の縄張りはしっかりと杭で囲っていた。前に突進し、いつもエンジンがフル回転だった。デビッドは、堂々としたドラゴンだった。
----------------------------------------------

念の為に辞書を引いてみると、Ku Klux Klan の州組織の首領が"grand dragon"と呼ばれているそうです。
「ドラゴン」は「ドン」ぐらいの感じで言っているのかもしれません。

ウディ・ガスリーが商業的成功を捨てたように、ヴァン・ロンクも操りに人形になることは拒んだようです(No puppet strings on him ever)。
まるで巨人の国から来た人のようだったとディランは書いています。

だから、亡くなった今もニューヨークで愛されているのでしょうね。

 →dave van ronk unauthorized

ただいまp.263です。

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君の瞳に CHRONICLES #428

 →[ I Love Sunset! 夕陽が好き!]
千本浜 2006年9月1日

 →Chapter 5: River of Ice

ヴァン・ロンクの話が続きます。

----------------------------------------------
One of his patented dramatic effects would be to stare intently at somebody in the crowd. He'd pin their eyes like he was singing just to them, whispering some secret, telling somebody something where their lives hung in the balance.

彼が始めた劇的効果としては、聴衆の中の誰かをじっと見つめるという手がある。その人のためだけに歌っているかのように視線を固定して、何か秘密の話をするかのようにささやきかけ、人生がどちらに行くのか秤にかかっているところで誰かに大切なことを教える。
----------------------------------------------

これは演技なんですね。
大きな舞台では難しいですが、ライブハウスといった雰囲気のところでは特別な効果がありそうです。

ロバート・アルトマン監督の傑作映画『ナッシュビル』に、ちょうどそんなシーンがあります。
キース・キャラダインが客の目をじっつ見つめながら歌います。

前にどこかで書いたな。
ああ、これこれ。

 →幻泉館日録:ナッシュビル(1975年)

ウディ・ガスリーを演じたデヴィッド・キャラダインの弟、キース・キャラダインが、自作の曲を弾き語りします。
これがいいんですわ。
そりゃ、じっと見つめられたらイチコロですわな。
何のこっちゃ。

ああ、DVD発売してください。
ロバート・アルトマン監督の『ナッシュビル』!

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インターネット翻訳の王様 バイリンガル Version 5 + OCR

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錆びた爆弾の破片 CHRONICLES #427

千本浜 2006年8月17日

 →Chapter 5: River of Ice

----------------------------------------------
Van Ronk's voice was like rusted shrapnel and he could get a lot of subtle ramifications out of it--delicate, gentle, rough, explosive, sometimes all within the same song.

ヴァン・ロンクの声は錆びた榴散弾のようで、それを少しずつ変化させて様々な声を作り出すことができた。やわらかい声、穏やかな声、荒々しい声、爆発するような声。時には同じ歌の中でも使い分けた。
----------------------------------------------

"shrapnel"は「爆弾の破片」でも良いのですが、辞書に載っていた「榴散弾」という言葉を遣ってみました。
漢字のおかげ想像できるのですが、正確には何なのかわかっていません。
こんなものでした。

 →榴散弾(榴霰弾)

それにしても、やっぱりよくわからない比喩です。

ウディ・ガスリーの時にも出てきましたが、いろいろな声を操ることのできる歌手を、ディランは尊敬しているようです。
実際、ディランもいろいろな声で歌っていましたね。
私がこんなことを言うのも変ですが、ディランはとても歌の上手な人なんだと思います。

----------------------------------------------
He could conjure up anything--expressions of terror, expressions of despair. He also was an expert guitar player. All that, and he had a sardonic humorous side, too. I felt different towards Van Ronk than anyone else on the scene because it was him who brought me into the fold and I was happy to be playing alongside him night after night at the Gaslight.

彼は魔法で何でも作り出すことができた。恐怖の表現も、絶望の表現も。また、ギターの名手でもあった。そのうえ、茶化すようなユーモラスな側面もあった。僕はそのころの他の誰に対するのとも違う思いを、ヴァン・ロンクに感じていた。その仲間に入れてくれて、毎晩「ガス灯」で一緒に演奏させてくれているのがとても嬉しかったから。
----------------------------------------------

「ガス灯」は本物の客がいる、本物のステージでした。
そこでは、本物の歌が歌われているのです。
仲間入りができて、本当に嬉しかったのでしょう。

ヴァン・ロンクのアパートにはいつでも泊めてもらえたり、ジャズを演奏している店にあちこち連れていってもらったり、ヴァン・ロンクには本当に世話になっていたそうです。

当時連れていってもらったジャズ・クラブの名前としては、こんなものが挙がっています。
Trudy Heller's, the Vanguard, the Village Gate, the Blue Note

 →The Village Vanguard Web Site

 →The Village Gate

 →Blue Note Jazz Club

ただいまp.262です。

BlogPet デイヴ・ヴァン・ロンク/ラグタイム・ジャグ・ストンパーズ(紙) ラグタイム・ジャグ・ストンパーズ(紙)


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朝日のあたる家 CHRONICLES #426


 →[ I Love Sunset! 夕陽が好き!]
千本浜 2006年8月17日

 →Chapter 5: River of Ice

ポール・クレイトンの友人は他所から来た人たち(out-of-towners)でした。
クレイトンと同様に、みな階級から離れたところ(caste apart)にいようとするのです。
一般的な社会規範から外れ(nonconformists)ているのですが、ケルアックのように自分の活動を世間に認めさせようとするわけでもありません。

クレイトン以外にフォークの連中はいなかったようですが、ディランはこの人たちがとても好きだったそうです。
それはそうですよね、宿無しのディランを自分の部屋に泊めて好き勝手やらせてくれたレイのような人たちなんですから。

その連中の仲間ではありませんが、クレイトンはデイヴ・ヴァン・ロンクとも仲の良い友人でした。

 →dave van ronk unauthorized

 →Wikipedia: Dave Van Ronk

当時、ヴァン・ロンクは最高のフォークシンガーでした。

----------------------------------------------
I was greatly influenced by Dave. Later, when I would record my first album, half the cuts on it were renditions of songs that Van Ronk did. It's not like I planned that, it just happened. Unconsciously I trusted his stuff more than I did mine.

僕はデイヴに大きな影響を受けた。後に最初のアルバムを録音することになった時、その半分はヴァン・ロンクの解釈によるものだった。そういうつもりだったのではなくてそうなってしまったのだ。知らず知らずのうちに、僕は自分の曲よりも彼の曲を信頼するようになっていたのだ。
----------------------------------------------

"No Direction Home"の中で、ヴァン・ロンクが怒ってみせていましたね。
「朝日のあたる家(House of the Rising Sun)」の短調(マイナー)によるコード進行は、ヴァン・ロンクが作ったものです。
それを先にレコードにされてしまったのです。
もう自分はそのコード進行で歌うことができなくなってしまったと。
それが1962年。

元歌は高田渡さんが「朝日楼」というタイトルで好んで歌っていたように、長調で知られていたのでしょう。

このマイナーのコード進行を元にアニマルズが「朝日のあたる家」をブリティッシュロックに仕立て上げて大ヒットさせます。
それが1964年。
東京オリンピックの年です。

これでディランも「朝日のあたる家」が歌えなくなったんだとヴァン・ロンクは大笑いしていました。
でも、その大ヒットのおかげでディランがロックに回帰するきっかけができたのだから、わからないものですね。

 →bobdylan.com: Albums

 →幻泉館日録:朝日楼

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写真的記憶 CHRONICLES #425

 →I Love Sunset!
千本浜 2006年8月10日

 →Chapter 5: River of Ice

「ガス灯」には、ポール・クレイトン(Paul Clayton)も時々出演していました。

 →The Bob Dylan Who's Who: Clayton, Paul

 →Paul Clayton Discography

この名前も、前に出てきました。
インテリで、学者で、詩人。
ディランがその部屋に居候することになったレイ・グーチ(Ray Gooch)を紹介してくれた人です。
若いディランをずいぶんかわいがってくれたんですね。

 →CHRONICLES #14 (Bob Dylan)

 →CHRONICLES #57 アヘン吸飲者レイ

 →CHRONICLES #87 鯨の歌

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Paul got all his versions of songs by adapting transcriptions from old texts. He knew hundreds of songs and must have had a photographic memory. Clayton was unique--elegiac, very princely-part Yankee gentleman and part Southern rakish dandy. He dressed in black from head to foot and would quote Shakespeare. Clayton traveled regularly from Virginia to New York and back, and we got to be friends.

ポールの歌はすべてが、古い文献から書き起こして作り替えたものだった。何百という歌を知っていたのだが、写真のような記憶力を持っていたに違いない。ユニークな人だった。いつも哀調に満ちていた。貴公子然とした北部紳士の側面と、南部の粋な伊達男の側面を持っていた。いつも頭のてっぺんからつま先まで黒い服を着ていて、シェークスピアを引用したものだった。クレイトンは定期的にヴァージニアとニューヨークを行き来してて、そして僕たちは仲良くなった。
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レコードを一回聴いただけで歌を覚えてしまうディランが言ってるのですから、ポール・クレイトンは本当にすごい記憶力だったんでしょう。
わざわざ「写真のような」というを遣っているので、ディランの記憶力とはその作用の仕方が違うのかもしれません。

写真的な記憶力、うらやましいですわ。
どうも丸暗記というのが苦手で、高校の教師がこういうふうに覚えろと言ったまんまに覚えるのはダメでした。
近頃も易しい漢字が書けなかったり……それは老人力が付いてきたのか。

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仲間たち CHRONICLES #424

 →I Love Sunset!
千本浜 2006年8月9日

 →Chapter 5: River of Ice

ロード・バックリーはディランがニューヨークに出る前年に亡くなったので、ステージを見ることができなかったそうです。
レコードで親しんでいたのですね。

「ガス灯」の他の出演者としては、他にハル・ウォーターズ(Hal Waters)、ジョン・ウィン(John Wynn)、ルーク・ファウスト(Luke Faust)、ルーク・アスキュー(Luke Askew)の名前が挙がっています。
ハル・ウォーターズはいいサイトが見つかりませんでした。
ルーク・ファウストは「アパラチアン・バラッドを歌う」と書いてあるのですが、「Insect Trust」というバンドがヒットします。
ルーク・アスキューは後に俳優になったそうです。

 →John Wynn Home

 →The Insect Trust- Tribute

 →the insect trust - hoboken saturday night

 →ルーク・アスキュー

おっと、出演者の名前はまだまだ続きます。

 →Illustrated Len Chandler discography

レン・チャンドラーは前にも出てきました。
3回目ですね。
ディランは、レン・チャンドラーが好きだったんですね。

 →CHRONICLES #101 みんな泰子さんには触りたかった

 →夕暮れ CHRONICLES #112

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サイケなピエロ CHRONICLES #423

千本浜 2006年8月5日

 →Chapter 5: River of Ice

当時の「ガス灯」の出演者に、ヒュー・ロムニーという人物がいました。
いつもブルックス・ブラザーズの明るいグレーのスーツを着ている真面目な雰囲気の独演者(monologist)です。

 →Brooks Brothers

それでいて、うちとけた雰囲気の話し方で、反体制的な話をするのです。
レニー・ブルース(Lenny Bruce)みたいなものでしょうか。
同じ時代ですね。

 →The Complete Lenny Bruce

 →Wikipedia: Lenny Bruce

ディランによれば、ロムニーはロード・バックリー(Lord Buckley)の影響を受けていたけれど、まだまだその域ではなかったそうです。
あら、リンカーンの首が挿げ替えてあるわ。

 →Lord Buckley.com

ヒュー・ロムニーは、後にサイケデリック・ピエロ(psychedelic clown)のウェイヴィ・グレイヴィ(Wavy Gravy)になりました。
サイケデリック・ピエロというのを初めて聞いたのですが、本人のサイトがありました。
確かに、サイケなピエロです。
強烈よ。

 →Wavy Gravy's Homepage

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ノエル CHRONICLES #422

千本浜 2006年8月5日

「ガス灯」では、ノエル・ストーキー(Noel Stookey)がMCをしていました。
PP&Mに参加して「ピーター」を名乗る前ですね。
アルバート・グロスマンの誘いをヴァン・ロンクは断り、そしてストーキーが受け入れて「ピーター」になりました。
グロスマンは聖書のイメージを利用するために「ピーター」が必要だったのです。

 →PP&M誕生 CHRONICLES #136

 →Noel Paul Stookey

「MC」というのは「emcee」と綴ることもありますね。
"master of ceremonies"の頭文字だそうで、つまり司会のことです。
日本だと少し違う意味で遣ってるかしら。
演奏の合間のトークみたいな感じかな。

若き日の坂崎幸之助さんは、林家三平師匠の噺を聞いてトークの勉強をしたそうです。
高田渡さんは、あれは元々の才能でしょうか。
そういえば渡さん、お酒や演奏(高座)途中の居眠りは、五代目志ん生にそっくりですな。

 →Wikipedia: 古今亭志ん生 (5代目)

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He worked in a camera store during the day. At night he was dressed in a neat three-piece suit, was immaculately groomed, a little goatee, tall and lanky, Roman nose.

彼は昼間カメラ店働いていた。夜には三つ揃えを完璧に着こなしていた。あごの下にやぎのような髭を少し生やし、背が高くひょろりとして、ローマ鼻をしていた。
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え?っと、ローマ鼻というのは鼻梁が高い、いわゆる鉤鼻ですな。

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He could imitate just about anything--clogged water pipes and toilets flushing, steamships and sawmills, traffic, violins and trombones. He could imitate singers imitating other singers. He was very funny. One of his more outrageous imitations was Dean Martin imitating Little Richard.

彼は何でも真似することができた。詰まった水道管にトイレで水を流す音、蒸気船と製材所ののこぎり、車の通る音、バイオリンとトロンボーン。歌手が他の歌手の真似をしているところも、物真似することができた。とてもおもしろかった。一番すごい物真似は、ディーン・マーチンがリトル・リチャードの真似をしているところだった。
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ディーン・マーチンの物真似というのは、よくありましたね。
しかし、ディーン・マーチンがリトル・リチャードの真似をすると、どうなるんでしょう。

 →Dean Martin Fan Center

 →Little Richard News

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ガス灯 CHRONICLES #421

保線区 2006年8月4日

 →Chapter 5: River of Ice

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New York City, midwinter, 1961. Whatever I was doing was working out okay and I intended to stay with it, felt like I was closing in on something. I was playing on the regular bill at the Village Gaslight, the premier club on the carnivalesque MacDougal Street.

ニューヨーク市、1961年真冬。僕のやっていることは何もかもうまくいき、そして何かに近づきつつあるのを感じながら、これを続けていくつもりだった。カーニバルのようなマクドゥーガル街の一級クラブ「ビレッジ・ガス灯」へ定期的に出演して演奏していた。
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当時の「ガス灯」のオーナーは、ジョン・ミッチェル(John Mitchell)という伝説的な人物でした。
ディランはミッチェルにはほんの数回会っただけでした。
ジャック・ケルアックが小説で描いたエキゾチックな風貌の女性のモデルとなったガールフレンドがいたそうです。

地元のマフィアにみかじめ料を払わなかったので、「ガス灯」は警察や消防や保健所から嫌がらせを受けていたようです。
弁護士を立ててがんばっていたようですが、ある日突然ミッチェルは「ガス灯」を売り払って、外国へ行ってしまいました。
なんだか興味深い人物です。
その後どうなったんでしょう。

検索したら、不思議なサイトがヒットしました。

 →COLUMN SIX

この時に、ディランが受け取っていた報酬は、週に現金で60ドルでした。
ミネアポリスで歌っていた時は、一回で3ドルから5ドルです。
ルー・レヴィのリーズ音楽出版社と版権の契約を結んだ時には、100ドルを前払いで受け取っています。
「ガス灯」の週60ドルは、悪くない金額だったようですね。

ただいまp.259に入ったところです。

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旅立ち CHRONICLES #420

千本浜 2005年8月31日

 →Chapter 5: River of Ice

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Eventually, it was time for me to get out of Minneapolis. Just like Hibbing, the Twin Cities had gotten a little too cramped, and there was only so much you could do. The world of folk music was too closed off and the town was beginning to feel like a mud puddle.

ついに僕がミネアポリスを出ていくべき時が来た。ヒビングとまったく同じように、ツインシティズも窮屈になったので、できることは本当にごくわずかなことだけになってしまった。ここのフォーク音楽の世界が狭苦しくて、街を泥だらけの水たまりのように感じ始めていた。
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先に挙がったフォーク仲間はごく人数が少なかったので、ディランはすぐに停滞した雰囲気を感じるようになりました。
もっとたくさんのことを吸収できる刺激的な人に巡り遭いたかったのでしょう。
まだ高校を出たばかり。

この感じはよくわかります。
のどかな県のんびり市で暮らしていた高校生の私も、早く東京へ出たいものだと思っていました。

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New York City was the place I wanted to be and one snowy morning around daybreak after sleeping in the back room of the Purple Onion pizza parlor in St. Paul, the place where Koerner and I played ... with only a few tattered rags in a suitcase and a guitar and harmonica rack, I stood on the edge of town and hitchhiked east to find Woody Guthrie.

ニューヨークが僕の行きたい場所だった。コーナーと僕が演奏した、セントポールにあるパープル・オニオン・パーラーのバックルームで眠ってから、ある雪降る夜明けに……わずかなぼろ服だけ詰め込んだスーツケースと、ギターとハーモニカ・ホルダーを持って、僕は町外れに立って、ウディ・ガスリーを見つけるためにヒッチハイクで東へ向かった。
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ああ、いいですね。
かっこいいです。
いよいよディランの旅立ちです。
ミネアポリスでは、まだディランはディランになることに成功していません。

ニューヨークへ向かう車が雪原の中を走る間、ディランはジャック・エリオットとジョーン・バエズのぼんやりとした影(looming shadows)を見ます。
ニューヨークには、本当にジャックとジョーンがいるのです。

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However true that might have been, I, too, had the axe in my hands and needed to tear out of there, head off to where life promised something more--felt that my own voice and guitar would be equal to the situation.

それがどれだけ本当のことであったかわからないが、僕もまた手に斧を持っていて、そしてそこを切り開いてもっと大切なものが約束されたところへ向かわなければならないのだ。僕の声とギターはそんな状況をやっていけるのだと感じながら。
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今の日本では死語になっていると思いますが、ほとんどまさに青雲の志です。
一歩間違えば「男おいどん」なんですが、この青少年がニューヨークで本当にボブ・ディランになるということを私たちは既に知っています。

さて、いよいよ"CHRONICLES VOLUME ONE"も冒頭のニューヨークへ話が戻ることになります。
ただいまp.258です。

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坊や、速すぎるよ CHRONICLES #419


狩野川 2006年7月29日

 →Chapter 5: River of Ice

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I couldn't play like Glover or anything, and didn't try to. I played mostly like Woody Guthrie and that was about it. Glover's playing was known and talked about around town, but nobody commented on mine.

僕はグローヴァーやなんかのようには演奏できなかったし、そんなふうに演奏しようともしなかった。たいていはウディ・ガスリーのように演奏したというわけだった。グローヴァーの演奏は有名だったし、街中で話題になっていたけれど、僕の演奏については誰も何も言わなかった。
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ハーモニカの演奏のことです。
演奏方法が違うのだから、これは仕方がないですね。

ディランが後にニューヨークに出て行って「Cafe Wha?」で最初に仕事をもらったのは、ハーモニカ奏者としてでした。
だからそんなに悪くはないと思うのですが、本人は笑い話のネタにしているようです。

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The only comment that I ever got was a few years later in John Lee Hooker's hotel room on Lower Broadway in New York City. Sonny Boy Williamson was there and he heard me playing, said, "Boy, you play too fast."

僕が貰った唯一のコメントは数年後、ニューヨーク市ローワー・ブロードウェイにあるホテルのジョン・リー・フッカーの部屋でだった。サニー・ボーイ・ウィリアムスンがそこにいて、僕が演奏するのを聴いて言ったのだ。「坊や、速すぎるよ」
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 →John Lee Hooker

 →Sonny Boy Williamson 2

 →Sonny Boy's Lonesome Cabin 映像があります。

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ミネアポリスの音楽仲間 CHRONICLES #418

保線区 2006年7月25日

 →Chapter 5: River of Ice

当時のミネアポリス周辺の歌い手ということで、ディランは二人の名前を挙げています。

一人はデイヴ・レイ(Dave Ray)。
まだ高校生で、12弦ギターを弾いてレッドベリーやボ・ディドリー(Bo Diddley)の曲を歌っていました。
中西部全体でも、12弦ギターはこの1丁しかなかっただろうと言ってますが、本当かしら。

 →BO DIDDLEY - The Originator

 →Wikipedia: Bo Diddley

ボ・ディドリって、いいですよね。
鮎川誠さんが、ボ・ディドリーと一緒に写った写真を嬉しそうにアップしていましたよ。

 →Mo' Photos with Bo Diddley !!

このデイヴ・レイはGoogleで検索するとヒットします。
ディランの兄貴分だったジョン・コーナーと一緒に演奏している写真がありました。
2002年の感謝祭の早朝に、癌で亡くなったそうです。

 →Remembering Dave Ray

ディランがもう一人名前を挙げているのは、トニー・グローヴァー(Tony Glover)です。
歌よりもハーモニカを吹いていることが多かったそうです。
ジョン・コーナーのサイトを覗くと名前が出ているので、今も一緒にやっているようです。

 →SPIDER JOHN KOERNER Official Website

トニー・グローヴァーの場合は「ソニー・テリーやリトル・ウィルターのように」両手でふさぐようにハーモニカを吹いていました。

 →Sonny Terry

 →Little Walter

ディランは、ギターを弾きながら、ハーモニカ・ホルダーを使って吹きました。
あのホルダー(harmonica rack)は、やっぱり手に入らなかったそうです。
当初はハンガーを曲げて代わりに使っていたという話です。

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The real harmonica rack that I found was in the basement of a music store on Hennipen Avenue, still in a box unopened from 1948. As far as harp playing went, I tended to keep it simple.

僕が見つけた本物のハーモニカ・ホルダーは、ヘニペン街の楽器屋の地下室で、1948年以来未開封のままの箱の中にあった。ハーモニカの演奏に関する限り、僕はシンプルな演奏を続けることが多かった。
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銀の短剣 CHRONICLES #417

千本浜 2004年3月11日

 →Chapter 5: River of Ice

その時、ディランとバエズの間は遠く離れていました。
暮らしている世界がまったく違いました。
でも、ディランは自分たちが将来出会うのは必然だと感じました。
不思議なことです。

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I didn't know much about Joan Baez. I had no idea that she'd always been a true loner, kind of like me, but she'd been bounced around a lot and lived in places from Baghdad to San Jose. She had experienced a whole lot more of the world than I did. Even so, to think that she was probably more like me than me would have seemed a little excessive.

僕はジョーン・バエズのことをあまり知らなかった。僕と同じようにいつも一人だけでいるのを好むとはまったく思わなかったのだが、あちこち動き回ってバグダッドやサンホセといったようなところで暮らしたのは知っていた。僕よりもずっと広い世界を体験していたのだ。そうであっても、彼女が僕よりもずっと僕に似ていると考えても、さほど突飛ではなかっただろう。
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そういえば、ミネアポリスの大学に転がり込んだころのディランに、それほどたいした人生経験はまだなかったことでしょう。
"No Direction Home"の証言でも、ミネアポリスの歌手ディランは飛び抜けた存在ではなかったようです。
ただ、歌に関しては真っ直ぐだったんだなあということはわかります。

ジョーン・バエズの最初のレコードからは、バエズが社会変革に興味を持っているとはわからなかったそうです。
ディランはバエズを幸運な人だと思いました。
早い時期からずっと自分にふさわしいフォークに関わり、そしてそれを完璧に表現する技術を修得した、幸運な人物です。

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I was going in the same direction even though I was way in back of her at the moment. She had the fire and I felt I had the same kind of fire.

その時、僕は彼女よりずっと遅れたところにいたけれど、同じ方向を目指していた。彼女の中には火が燃えていて、そして僕も自分の中に同じ種類の火が燃えているのを感じた。
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"Mary Hamilton"
 →Wikipedia: Mary Hamilton

 →Mary Hamilton

 →The Four Marys 音量注意!

"Silver Dagger"
 →Wikipedia: Silver Dagger

 →Silver Dagger 音量注意!

"John Riley"
 →Wikipedia: John Riley

 →John Riley

こういう曲は、誰もが説得力を持って歌える曲ではないのだそうです。
バエズは歌えました。
ディランも、バエズと違う形ではあるけれど、説得力を持って歌えると感じていました。

バエズが"Silver Dagger"を歌うと、本当にジョーン・バエズがそんな家に生まれたかのように感じられたと、ディランは書いています。
娘の隣に眠っている母親が短剣を握りしめていて、娘の恋人を殺そうとしている家庭です。

あれ?
この曲は知ってるなあ。
おお、『ボブ・ディラン ・アット/フィルハーモニック・ホール(Bob Dylan Live 1964)』に入っているのだった。

 →幻泉館日録:ボブ・ディラン Live 1964

2枚目の5曲目。
ジョーン・バエズが歌って、ボブ・ディランがハーモニカを吹いています。

 ♪ Don't sing love songs, you'll wake my mother
 ♪ She's sleeping here right by my side
 ♪ And in her right hand a silver dagger,
 ♪ She says that I can't be your bride.

 ♪ 愛の歌は歌わないで 母さんを起こしてしまう
 ♪ 母さんは私のすぐ横に眠っているの
 ♪ 右手に銀の短剣を持って
 ♪ 私はあなたの花嫁にはなれないと言ってる

おっと、忘れてました。
日本盤は3,600円ですが、二年前に私が買ったのは輸入盤で、980円だったのです。
今は輸入盤でも2,960円だそうです(amazon.co.jp)。

The Bootleg Series, Vol. 6: Bob Dylan Live 1964 - Concert at Philharmonic Hall

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もう一人の僕 CHRONICLES #416

千本浜 2004年7月19日

 →Chapter 5: River of Ice

ジョーン・バエズ以前の女性歌手として、ディランはアント・モリー・ジャクソン(Aunt Molly Jackson)とジーニー・ロビンソン(Jeanie Robinson)の名前を挙げています。
モリー・ジャクソンはサイトが見つかりましたが、ジーニー・ロビンソンはわかりません。
どちらもディランが好きだったフォークシンガーなのですが、ずっと上の世代で、現代の聴衆の心には訴えかけないという文脈です。

 →Aunt Molly Jackson, Kentucky Coal Mining Diva

続けて、メンフィス・ミニー(Memphis Minnie)とマー・レイニー(Ma Rainey)という二人のブルーズシンガーの名前を挙げています。
ジョーン・バエズは、ジャンルこそ違いますが、この人たちの方に似ていたというのです。

 →Trail of the Hellhound: Menphis Minnie

 →Wikipedia: Menphis Minnie

ギターの弾き語りでブルーズを歌うんですか。
Wikipediaの写真だと、ずいぶんかっこいい人だったようですね。
サイトはマー・レイニーの方がずっとたくさんヒットします。

 →Ma Rainey 解説

 →Gertrude "Ma" Rainey

歌い方が似ているというようなことではないようです。
「女の子っぽい(girlish)」ところがなくて、成熟していたという意味合いのようです。

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Both Scot and Mex, she looked like a religious icon, like somebody you'd sacrifice yourself for and she sang in a voice straight to God... also was an exceptionally good instrumentalist.

彼女はスコットランドとメキシコの血を引いていて、聖画像のように見えた。まるで身を生贄に捧げる者のように。そして、真っ直ぐ神に向けた声で歌った。また、楽器の演奏も並外れて上手だった。
-----------------------------------------------

レコードの選曲もバエズの歌も非常に優れたもので、ディランは同じ年齢なのを知って自分が役たたずのように感じたそうです。

-----------------------------------------------
However illogical it might have seemed, something told me that she was my counterpart--that she was the one that my voice could find perfect harmony with.

しかし非論理的ではあるが、何かが僕に、彼女はもう一人の僕なのだと告げた。僕の声が完璧なハーモニーを奏でる人なのだと。
-----------------------------------------------

たいしたものです。
やっぱりディランは天才なのです。
何も言うことはありません。

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青い目のジュディ CHRONICLES #415

千本浜 2004年11月23日

 →Chapter 5: River of Ice

ひとめぼれと言っても、ディランはとりあえず「歌手」ジョーン・バエズに惚れたのです。
将来本当に人間として関わりを持つようになるなどとは、まだ想像もできないことでした。

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She sold a lot of records and it was easy to understand why. The women singers in folk music were performers like Peggy Seeger, Jean Ritchie and Barbara Dane, and they didn't translate well to a modern crowd. Joan was nothing like any of them. There was no one like her. It would be a few years before Judy Collins or Joni Mitchell would come on the scene.

彼女のレコードはよく売れていたが、その理由はわかりやすかった。フォークミュージックの女性歌手はペギー・シーガーや、ジーン・リッチーや、バーバラ・デインのような人達だったが、現代の聴衆にはあまりはっきりとつながらなかった。ジョーンはまったく違っていた。ジョーンのような女性歌手はいなかった。ジュディ・コリンズやジョニー・ミッチェルが登場するまでまだ数年あった。
-----------------------------------------------

ジョーン・バエズ以降という言い方が成り立つのでしょう。
私の場合も、ジョーン・バエズよりジュディ・コリンズやジョニー・ミッチェルの方が、お馴染みでした。
CS&Nの「青い目のジュディ」がとても懐かしいです。

ペギー・シーガーはピート・シーガー、マイク・シーガーの妹さんですね。
バンジョーの名手。
さらに妹がいるようで、まあすごい兄弟だわ。

 →NEW LOST RAMBLERS: スリー・シスターズ

 →Peggy Seeger, Official Site

ジーン・リッチーはアパラチアン・ダルシマーの名手だそうです。
ハンマー・ダルシマーと違って爪弾く方、よしだよしこさんの歌う「ダルシマ」です。

 →アメリカの民俗楽器

 →The Jean Ritchie Homepage

バーバラ・デインという人はまったく知らないのですが、ホームページを見ると、ジャズ評論家の「ステレオのベッシー・スミス」という言葉が掲載されているので、ジャズやブルーズで有名なのでしょうか。

 →Barbara Dane's Home Site

 →Unofficial BARBARA DANE Web Page

ジュディ・コリンズとジョニー・ミッチェルも、一応オフィシャルサイトを覗いておきましょう。
わ、青い目のジュディ、ちょっと恐いです。

 →judcollins.com

 →jonimitchell.com

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ひとめぼれ CHRONICLES #414

保線区 2006年7月15日

 →Chapter 5: River of Ice

ディランがジョーン・バエズのことを知った時、バエズは既にアルバムを一枚出していました。
ヴァンガード(Vanguard)から出ていた"Joan Baez"というアルバムです。

バエズが出演したテレビ番組も見たそうです。

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She'd been on a folk music program broadcast nationwide on CBS out of New York. There were other performers on the show including Cisco Houston, Josh White, Lightnin' Hopkins. Joan sang some ballads on her own and then sat side by side with Lightnin' and sang a few things with him. I couldn't stop looking at her, didn't want to blink. She was wicked looking--shiny black hair that hung down over the curve of slender hips, drooping lashes, partly raised, no Raggedy Ann doll. The sight of her made me high. All that and then there was her voice. A voice that drove out bad spirits. It was like she'd come down from another planet.

CBSがニューヨークから全国放送したフォーク番組に出ていた。シスコ・ヒューストンやジョシュ・ホワイトやライトニン・ホプキンスといった他の歌手も出ていた。ジョーンは自分のバラッドを数曲歌い、それからライトニンと並んで座り、一緒に何曲か歌った。僕は彼女を見ずにはいられなかった。瞬きもしたくなかった。素晴らしい容姿をしていた。艶のある黒髪が、ほっそりした腰の曲線まで掛かって、少し跳ね上がっていたいた。ラゲディー・アン人形とはまったく違った。彼女を見て僕は気持ちが高揚した。それに加えて、あの声だった。悪霊を追い払う声。まるで他の惑星から来た人のようだった。
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ディランは「邪悪な(wicked)」という形容詞を使っていますが、絶賛しているのだと思います。
ここでどうしてこの人形の話が出てくるのかは、よくわかりません。

 →Raggedy Ann and Andy

シスコ・ヒューストンは以前リンクを張りましたね。
ウディ・ガスリーと演奏している写真がありました。

 →Cisco Houston

 →Josh White: Society Blues

シバさんが渡さんに初めて会った時に、「ライトニンの曲」なんかやってみせたって、ずっと昔に言ってました。
ジョーン・バエズと並んで座って歌ってるのは、なんだか不思議です。

 →Wikipedia: Lightnin' Hopkins

しかし、ディランさん、いきなりメロメロですな。

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