- 2009年3月 4日 00:01
- テレビ

日曜日のETV特集は「ひとりと一匹たち 多摩川 河川敷の物語」。
狛江あたりだろうか。
河川敷で暮らすホームレスと犬や猫のドキュメンタリー。
NHKといえばふんだんに制作費をつかえるので、取材にはやたらに余計なスタッフがいるという印象がある。
ところがこの番組は「私」がカメラを回して取材する。
民放の下請けで森達也さんが作っていたドキュメンタリーのようだ。
「私」でなければ、成立しない番組なのかもしれない。
経済的な失敗、人間関係の破綻。
なんらかの事情で世間からはじきだされ、世を捨てるように河川敷で暮らすようになった人々。
彼らは、捨てられた命を救い、寄り添うように暮らしている。
空き缶を拾って得たわずかな現金収入で、猫や犬の餌を買う。
猫の目をつぶして河原に捨てるのは、普通の生活を送っている人々だ。
河原の猫を毒殺するのも、普通の人々だ。
「私」の視点は、ホームレスと同じ場所に移動していく。
動物たちのために活動している小西さんの奥さんが、死んで硬直した猫を抱き上げておいおいと泣く。
そう、これを写してこそドキュメンタリーだ。
河川敷の暮らしから脱出を図って工場勤めを始めた一人が、解雇されたところで番組が終わる。
経済不況は、最も弱いところに、最も深刻な打撃を与えるのだ。
この番組を見た後、不思議なニュースが流れた。
古紙を圧縮した塊の中から、男性の遺体が発見されたというのだ。
「セメント樽の中の手紙」を思い出した。
「先月まで勤務していたアルバイト先」と聞いたのだが、月初めのことなので、つまり「昨日まで勤務していた会社」だ。
退職した翌日になぜ?
「事件と事故の両面から捜査」して、結局事故ということで報道は収まりそうだ。
自分で選んだ死だったということはないのだろうか。