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ウディ・ガスリー自伝"Bound for Glory"の邦題が『ギターをとって弦をはれ』なのは不思議だなあと思っていたら、これは長谷川四郎さんの詩から採ったタイトルなのだそうな。
早速長谷川四郎さんの詩集を探したのだが……ない。
もう出ていないのだ。
「日本の古本屋」で1冊見つけたので、注文を出しておいた。
大学を出てからアルバイトをしていた本屋さんではそんな本ばかりを扱っていたので、いつでも手に入るような錯覚を抱いてしまったのだろう。

→Chapter 5: River of Ice
ディランはウディの歌を歌いまくります。
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Now that I crossed the divide, I was head over heels in singing nothing but Guthrie songs--at house parties, in the coffeehouses, street singing, with Koerner, not with Koerner--if I had a shower I would have sung them in there, too.
今や分水嶺を越えたので、僕はただただガスリーの歌を歌うことだけに没頭した。パーティでも、コーヒーハウスでも、コーナーと一緒の時も、コーナーと一緒でない時も。シャワーを浴びるなら、その時も歌っていただろう。
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また、あちこちでガスリーのレコードを聴こうとします。
ウディ・ガスリーはとてもたくさんの歌を作っていたのですが、手に入るものは少なかったのです。
古いレコードも、主要な曲を除けば再発売されることはありません。
ミネアポリスの図書館の、フォークウェイズのコーナーに行きます。
フォークウェイズのレコードが揃っているのは、公共図書館だったから。
これはうなずけます。
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I'd always be checking the repertoires of every out of town performer who came through to see what Guthrie songs they knew that I didn't, and I was beginning to feel the phenomenal scope of Woody's songs--the Sacco and Vanzetti ballads, Dust Bowl and children songs, Grand Coulee Dam songs, venereal disease songs, union and workingman ballads, even his rugged heartbreak love ballads. Each one seemed like a towering tall building with a variety of scenarios all appropriate for different situations.
他所から歌手が来ると、自分の知らないガスリーの曲を歌っていないか確かめようと、そのすべてのレパートリーを調べた。すると、ウディの歌が驚くほど多岐に渡っていると感じるようになった。サッコとバンゼッティのバラッド、砂塵と子供たちの歌、グランドクーリーダムの歌、性病の歌、組合と労働者の歌、飾り気のない自分の失恋の歌。どの歌も、さまざまな状況にぴったりと合ったいろいろな筋書きを持った、高くそびえる高い建物のように思われた。
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→Wikipedia: サッコ・バンゼッティ事件
→The Trial of Sacco and Vanzetti 1921
→WOODY GUTHRIE: BALLADS OF SACCO & VANZETTI
→Woody Guthrie: Dust Bowl Balladeer
→WOODY GUTHRIE: DUST BOWL BALLADS
→Guthrie, Woody (1912-1967): His Northwest Days
私も輸入盤でウディ・ガスリーの4枚組CDを買いました。
これからゆっくり聴いていこうと思います。

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