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CHRONICLES #70 カミーラのパーティ

今日(火曜日)の昼下がり、ヒナのサンルームはぽっかぽかだったのだが、後で浜に出て驚いた。 天気青朗なれど波高し。 堤防に近づくと、自動車のフロントガラスはもうびしょびしょなのです。 夕陽の撮影は断念。 惜しかったなあ。

千本浜 2005年2月1日

宵の口からヒマになったのでテレビを点けたのだが、何も見るものがない。
仕方がないので、そのあたりに転がっているDVDを片っ端からかけている。
ディラン御大のは、『DONT LOOK BACK』と『MTV UNPLUGGED』。
どちらも輸入盤だなあ。

1967年と1994年か。
その間27年。
げげ、アンプラグドのブームから、もう十年も経ってしまったのか。
当方の生の薄いことよのぉ。

忘れていたのですが、今『クロニクルズ』は1961年2月のことを語っています。
半世紀近くも昔のことなのです。

さて、ビレッジでレコードを録音したいと思っていたころの青年ディラン。
濃い目の美女カミーラと知り合えたおかげで、後に「ゲルデ・フォーク・シティ(Gerde's Folk City)」で二週間のステージを持つことができたのだそうです。
当時はカミーラのおかげだと知らなかったそうなので、なかなか憎いではありませんか。
おっと、その時の対バンならぬ対マン(何て言うの?)は、ジョン・リー・フッカー(John Lee Hooker)だったそうです。

「フォーク・シティ」をやっていたのはマイクとジョンのポルコ兄弟。
ディランはまだ未成年だったので、マイクがユニオン(組合)とキャバレーのカードの保証人になってくれたそうです。
だからマイクは自分にとって父親みたいなものだと書いています。
シチリア人の父親だと、嬉しそうに。

カミーラのところで開かれたパーティには、デローレス・ディクソン(Delores Dixon)というガール・フレンドを同伴しました。
「my sort of part-time girl-friend」だそうです。

二人が入っていくと、部屋はもう人でいっぱいでした。
香水とタバコの煙、ウィスキーの香りとたくさんの人々。
アパートはビクトリア調で、きれいな装飾がいっぱい。
どうもディラン君はおのぼりさんっぽい感じでびっくりしたようです。
でも、それほど場違いな感じもしなかったということです。

ディランはとっぽい格好をしてたんですよね。
羊皮のジャケットの下に厚いフランネルのシャツ、ひさしのとがったキャップをかぶっていて、カーキのパンツだったそうです。
ご同伴のデローレスはドレスのように見えるナイトガウンの上に、ビーバーの毛皮のコートを着ていました。
って、半世紀近くも前のそんなことをよく覚えてるなあ。
やっぱり緊張してたんでしょう。

ただいまp.64です。


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このページは、幻泉館主人が2005年2月 2日 00:42に書いたブログ記事です。

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