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2005年2月 Archive

さようなら、南セントレア!

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2005年2月28日 18:14
  • 日常雑記
「南セントレア市」は幻に終わった。 隣接する市にできた空港の怪しい名前を採用するという合併協議会の目論見は、住民が合併そのものを拒むことによって完全に否定された。

私は美浜町の住民でも南知多町の住民でもないので、まったくの他人事として「南セントレア市」はおもしろいなあと思っていた。
「平成の大合併」なる愚かな行政を歴史に刻み込むには、いい名前ではないかと思ったのだ。

もちろん誰だってそんな愚かな名前のところに暮らしたくはないわね。

さようなら、南セントレア!

ヒナのひるね

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2005年2月28日 17:40
  • 日常雑記
暖かな春の日差し。 そりゃサンルームで寝るわな。 2月28日のヒナのひるねです。

今日は携帯で撮った画像です。
暗くて寒々しく見えますが、本当は明るくてぽっかぽかなんですよ。

ヒナのひるね 2005年2月28日

CHRONICLES #85 地図のない町

千本浜2005年2月11日

ローマックスのロフトで観たマイク・シーガーの演奏は、ディランにとって初めての霊的体験と呼べるものでした。
その時に自分が変わらなければならないのだと気づいたのですが、それをいろいろな表現で書いています。
最後に出てくるのが、地図の比喩です。

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I had the map, could even draw it freehand if I had to. Now I knew I'd have to throw it away. Not today, not tonight, sometime soon, though.
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いつだかわからないけど、近いうちにおなじみの地図を捨てなければならないのです。
でも、それで迷うことはないんですよ。
二十歳前のディランの未来は、輝いて見えます。

マイク・シーガーはフォークウェイズ(Folkways)のモウ・アッシュ(Moe Asch)と話をしています。
ああ、フォークウェイズ!
その時ディランが最も注目していたレーベルなのです。
マイクがいるランブラーズのレコードも、全部フォークウェイズから出ていました。
こことレコーディングの契約できたらいいのになあというのがディランの気持ち。

そろそろ帰らなければならないので、パーティの主役である、死期の近いシスコ(Cisco)のところへ簡単な挨拶に行きます。
このところ病院へウッディを見舞っているのだと言います。
シスコは微笑んで、「ウッディは何もごまかしのないやつだ。今度行った時によろしく伝えてくれ」と言ってくれます。

ディランとデロレスは部屋を出て行きます。

ただいまp.72です。


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串にどて

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2005年2月27日 04:37
  • 音楽
木村充揮さんの「天王寺」に、「どて」が出てきます。 この「どて」を食べたことがないんですわ。 googleすると、すぐにわかりました。

 →どて焼き

名古屋の味噌おでんはおなじみで好きなんです。
八丁味噌で甘く煮込んであるやつ。
似たようなものかと思っていたら、だいぶ違うんですな。
どて焼きは白味噌仕立てで、食感はもう少しコリッとしてしているようで。

ついでに串カツ。

 →串カツ

 ♪ 安酒飲んで 串にどて
 ♪ 5月にゃ野音で 春一番

ああ、楽しみだ。

2月の夕陽

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2005年2月27日 00:16
  • 日常雑記
カメラの中に入っていたフィルムを現像に出した。 紙焼きなしで、CD-Rにスキャンデータを焼いてもらう。 フィルムはざらっとした感じがいいのだが、縮小するとそれがわからないなあ。
千本浜 2005年2月
 →[ I Love Sunset! 夕陽が好き!]

美代子阿佐ヶ谷気分



安部慎一さんの『美代子阿佐ヶ谷気分』を買った。
表題作はあの時代の傑作だと思う。
岡林信康さんが「あんたにゃわかるめー」と歌う絵が挿入されたりする。
黒目ばかりの美代子さんの、独白だけで成立しているマンガ。

以前CAT-Oさんが採り上げてました。
安部さんの略歴や絵はそちらをご覧ください。

 →その後の「美代子阿佐ケ谷気分」...安部慎一の“私マンガ”

 阿佐ヶ谷の
 彼の部屋であたし
 平和よ
 《キスマーク》

アベシン、オウジと並び称されていたころ、『月刊ガロ』を読んでいたのだが、実はアベシンのマンガはちょっと苦手だった。
なんだかいやらしいなという気持が先に立ってしまったのだ。
あれ。
「三バカ」という言い方をしていたと思うのだが、もう一人は誰だったんだっけな。

最後に入っている「キス」という作品は、私の好きな鈴木翁二さんの「ギター壊し浮かれた」に絵もコマ割りも似てるんだけど、この2作品はどういう関係なんだろう。

 →2004年2月18日付日録:70年代フォークとガロ

さらに疑問。
明治時代の筑豊を描いた作品があったと思うのですが、未完のままなのかな。

最近知ったのですが、この安部慎一さんの息子さんたちがバンドをやっています。

 →SPARTA LOCALS

安部慎一『美代子阿佐ヶ谷気分』


安部慎一
『美代子阿佐ヶ谷気分』
 ワイズ出版
 A5判並製 本文251p
 2000年7月3日発行
 定価:本体1800円+悪税

CHRONICLES #84 僕の歌

千本浜 2005年2月23日

マイク・シーガーの完璧な独演に夢中になりながら、ディランは自分のことを考えました。

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僕が取り組まなければならないものを、マイクは既に遺伝子の中に、その遺伝子の構造の中に持っていた。この音楽は、生まれる前からマイクの血の中に流れていたに違いない。誰もそれをただ学ぶなんてことはできないのだ。そして僕は自分の中の思考パターンを変えなければならないのだということが、わかり始めた。以前だったら許さなかったような、可能性というものを信じなければならない。僕はそれまでずっと自分の創造力を、とても狭い、操りやすい規模にまで閉じてしまっていた。それに慣れすぎてしまっているので、僕は自分の頭を混乱させなければならないのかもしれない。
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これは驚きました。
あの自信の塊のようなボブが、本物に圧倒されて、生きかたを変えようと考えたのです。
ボブ・ディランにとっての「私の大学」フォークロア・センターに入り浸って懸命に「フォークソング」を学習していたころです。
生で観るマイクの演奏はすごかったんでしょうね。

思えば、音楽に対するこの真っ直ぐな姿勢が、ディランの真骨頂なのでしょう。
すべてが歌を中心に回っているのです。

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自分のやっていることが正しい方向にあるということ、正しい道を進んでいるということ、言葉とメロディと変化を覚えて知識を迅速かつ直接手に入れつつあるのだということはわかっていた。でも、僕がその知識を実際に活用するのには残りの人生をすべて費やさなければならないかもしれない。マイクはそんなことをする必要がない。マイクはまさにただそこにいた。
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う?ん、ビデオ"Pete Seeger's Family: SING-A-LONG"を観た時、そんなにすごい人だとは思いませんでした。
ダメですな、やっぱりあたしゃ才能がないのでしょう。

ディランによれば、「フォークソング」とはとらえどころのないものだそうです。

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一つの歌が千以上もの顔を持っている。そしてもしもその曲を演奏したいと思うのなら、そのすべてに会わなければならないのだ。
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ひぇ?。

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フォークソングというのはその意味が様々に変化し、ある瞬間からその次の瞬間に至る間に、もう同じようには見えないかもしれない。それは誰が演奏し、誰が聴いているかによるのだ。
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遺伝子の構造に「フォークソング」が組み込んであるマイクには、「フォークソング」では勝てない。
それでボブ・ディランが下した結論はこういうものです。

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The thought occurred to me that maybe I'd have to write my own folk songs, ones that Mike didn't know.

もしかしたら、僕は自分自身のフォークソングを、マイクの知らないフォークソングを書かなければならないのかもしれないという考えが頭に浮かんだ。
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なんだかあんまり論理的ではないような気もしますが、正しい方向性でしたね。
本日の結論は、強引マイウェイということで。


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刑務所の前

幻泉館の近くには郊外型の大型書店がありまして、以前は毎日寄っていたものです。 だから雑誌や新刊書籍のチェックは怠りなかったのです。 ところがamazonなんて便利なものができてしまったので、立ち寄り率がめっきり落ち込んでしまいました。 マンガ雑誌も読まなくなったので、今はそのあたりも疎いですね。

先日ひさびさにその本屋さんに寄りました。
地元の食品会社が経営している書店で、看板にはなぜかゴリラが描いてあります。
CDの扱いをやめたので、不良在庫を一枚千円ナリで売ってました。

ここはPC書籍が充実しているんですわ。
富士通の工場があるからなのか、情報専門学校があるからなのかわかりません。
以前はLINUX関連の本もよく買ったのですが、情報はネットで入手できるので、PC関連の本も買わなくなりましたなあ。

PCをいじるようになってもう二十年経ちましたが、すべて本や雑誌から得た知識でやりくりしてきました。
一度も本物のUNIXに触れたことがないのに自前サーバを立てたりしてるんですから、ずいぶんたくさん買ったはずです。

コミックのコーナーに行くと、まああの『夕凪の街 桜の国』が大量に平積みしてあるではないですか。

 →2004年10月25日付日録:夕凪の街 桜の国

この本が売れているのなら、捨てたもんじゃないなと思いました。

で、驚いたのは『刑務所の前』。
ああ、こんなの出てたんだ、知らなかった。
これは悔しいです。
なんの躊躇もせずに第1集と第2集を買いました。
「ビッグコミックオリジナル」の増刊号に掲載されていたんですね。

大ヒット『刑務所の中』は世紀末に出たんでしたっけ。
あの花輪さんが捕まったのは知っていましたが、そんなに服役していたとは知りませんでした。

ガロでよく不思議なマンガを見掛けていましたが、驚きました。
『刑務所の中』は、花輪さんでなければ描けないマンガです。
事実に基づいた詳細な描写なのですが、たとえば「豚になっていく感覚」は誰にでも持てるものではないし、表現することもなかなか難しいでしょう。
映画はまだ観てないんですが、どうだったんでしょう。

その『刑務所の中』に至る「犯罪」を描いたのが『刑務所の前』です。
これが、なぜか主に二つの話が並行して描かれているんですね。
花輪さん本人がボロボロになった「本チャン」の銃を復元していく詳細。
表紙に描かれている少女の物語。
これに再び刑務所内部の細部が描かれたり、70年代のガンマニアの合宿が挟まったりしています。

まさに花輪ワールドです。
花輪ワールドなので、誰にでもお勧めするものはありません。
これを読んで怒り出す人もいるかもしれません。

おかしかったのは、ガンマニアの合宿地が本栖湖であったこと。
中学2年生の時、「高原教室」で行ったのが本栖湖なんですよ。
静かでいいところでしたが、ピンク映画の撮影隊が来ていて、私たちは大騒ぎしたものです。

『刑務所の前 第1集』
『刑務所の前 第2集』
 花輪和一著
 小学館
 定価:各本体952円+悪税


花輪和一『刑務所の中』『刑務所の前』

CHRONICLES #83 マイクに夢中

千本浜 2005年2月23日

さて、独りで何でも演っちゃってた、夜会でのマイク・シーガーです。

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He was tense, poker-faced and radiated telepathy, wore a snowy white shirt and silver sleeve bands.
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やっぱりサムライっぽいですね。
テレパシーを放射しちゃってるあたり、やっぱりディランの文章はおもしろいです。
白いシャツに銀色のスリーブ・バンドは実にレトロな雰囲気ですが、これはダンディなんでしょうか。
宮本武蔵が決闘の時にたすき掛けをしているような光景を想像しました。

あ、そういえばイチロー選手もバッターボックスで袖引っ張ってますね。
関谷ひさしさんの『ジャジャ馬球団』では、血の気の多い選手たちが袖を引っ張るので、ユニフォームのアンダーシャツはノースリーブになってましたっけ。

そして、次に挙げるような様々な楽曲をしっかりと古典的な様式で演奏するのです。
説明はおなじみ『リーダーズ英和辞典』に拠ります。
わからないところは、後でgoogle検索してみましょう。

●デルタブルース(Delta blues)
 ブルースの影響をうけたカントリーミュージック
 →Mississippi delta

●ラグタイム(ragtime)
 シンコペーションを効かせて演奏される。
 多くは2/4拍子の楽曲
 19世紀末から1920年代にかけて米国の黒人ピアニストの演奏で流行したもの

●ミンストレル(minstrel songs)
 これがわからないのですが、ミンストレルショーで歌われた曲でしょうか。
 ミンストレルショーは、白人が黒人に扮して行なう(黒人生活を茶化した)寄席演芸

●バックアンドウィング(buck-and-wing)
 黒人のダンスとアイルランド系のクロッグダンスの入りまじった複雑な速いタップダンス

●ダンスリール(dance reels)
 リール(reel)は「スコットランド高地人の軽快な舞踏」です。
 ここではヴァージニアリール(Virginia Reel)を指すのでしょうか。
 「米国のフォークダンスの一種で男女が向かい合って2列に並んで踊る; その音楽」だそうです。

●プレイパーティ(play party)
 あ、これは全然わかりません。
 う?ん?

●賛美歌(hymns)

●ゴスペル(gospel)

ラグタイムと賛美歌とゴスペルはわかりますが、他のはだいたいああいう感じかなぐらいですね。
当時のディランはフォークソングの資料を読み漁り、レコードを聴きまくっていたわけですが、そのディランがお手本にするような、正統な演奏を、とびきり上手にやっているわけです。
マイク・シーガーという人はいろんな楽器が演奏できるだけではないのですね。

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I was so absorbed in listening to him that I wasn't even aware of myself.
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ディラン君、夢中になっております。

p.71に入りました。


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水牛楽団

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2005年2月23日 00:11
  • 音楽
[水牛楽団]休業 カセット

音楽CD(CD-DA)の規格を定めたRed Bookは1981年。
実際にCDプレイヤーが普及して、アナログレコードが市場から消えて行くのにはそれからしばらく時間がかかるのだが、私は80年代半ばにポータブルCDプレイヤーを買ったのだったかしら。
カセットテープ型のアダプタをカーステレオに差し込んで、CDをカーステレオで聴いた時期があった。

そうだ、その過渡期にはカセットテープでアルバムを買ったこともあった。
初期のレベッカや尾崎豊は、カセットで買った覚えがある。
まだJICCという名前だった「宝島」が不良在庫整理でカセットブックを放出した時には、遠藤ミチロウさんのテープを何本か、捨て値で買ったなあ。

水牛楽団のテープは、本屋さんで買ったのだ。
カセットブック『[水牛楽団] 休業』は浅田彰+坂本龍一編集。
如月小春さんも『私の「水牛楽団」体験』という文章を寄せていて、実に80年代的な代物に見える。
ただ、このテープを聴く度に、私は70年代のタイに思いをはせていたのだ。
静かで短い「インターナショナル」や「ワルシャワ労働歌」が不思議だった。

自分でデジタル化してCD-Rに焼いたりしたのだが、数年前にCD-Extraでベスト盤のようなものが出たので、購入した。

 →水牛楽団

先日ふと思い立って高橋悠治さんの本が読みたいと思ったのだが、これがなかなかないのである。
ヤフオクで白水社から出ていた『水牛楽団のできるまで』に入札したのだが、締め切り時にアクセスできなかったので、逃してしまった。
3200円で終了していた。
1981年発行、定価1400円の本である。
まあ、品切れ再版未定や絶版の本はぼちぼちと探すことにしよう。
ウェブで読める文章もかなりある。

 →高橋悠治:著作

昔の本がなかなか見つからないので、平凡社ライブラリーの『高橋悠治 コレクション1970年代』を見つけて買った。

高橋悠治 コレクション1970年代

『高橋悠治 コレクション1970年代』
平凡社ライブラリー
2004年7月10日
文庫判 本文334p
定価:本体1300円+悪税

 第一章 ことばから音楽へ
 第二章 時空の網目をくぐって
 第三章 生きるためのうた

晶文社から出ていた次の3冊の本から抜粋して編集した、よりぬき高橋悠治といった趣。

 『ことばをもって音をたちきれ』(1974年)
 『音楽のおしえ』(1976年)
 『たたかう音楽』(1978年)

小林秀雄を葬り去った文章やサティ論、芸能山城組批判、コンピューターによる音楽の可能性など、まあ密度の濃いおもししろい文章が多いこと。
でも、今回は水牛楽団のことを考えたかったので、とりあえず「第三章 生きるための歌」をまず読む。

両手を砕かれて射殺されたビクトル・ハラや、軍事クーデターの日に殴り殺され、木に吊るされ、古タイヤと一緒に燃やされたというニタヤの話。
歌のために殺された人達だ。

音楽を語る時に闘争や生活なんて余計なことは不要だと、「春一番コンサート」に来た人でさえそんなことを言ったりする。
高橋悠治さんは負けてしまったように見えるかもしれない。
でも、「9.11」の犠牲者追悼コンサートで、ニール・ヤングは放送自粛曲となっていた「イマジン」を歌った。
そのことに、どれだけ多くの人が共感できたことか。

巻末に三橋圭介さんの解説が付いていたが、ウェブでよく似た文章を見つけた。

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水牛楽団(1978?1985)はそれまでの生活をすて、音楽をすてた。人々と対 話し、手づくりの雑誌で反体制の声をくみとり、発言しつづけた。全国をめぐり、さまざまな集会でケーナ(西沢幸彦)をふき、タイコ(八巻美恵)をたたき、ハルモニウム(福山伊都子)に風をおくり、大正琴(高橋悠治)をつま弾き、歌(福山敦夫)をうたった。

西洋音楽を操るような洗練された技術はそこにない。ないというより、あえてそういう技術を否定したところに水牛楽団はあった。不慣れな楽器にふりまわされた手と手のあいだから、楽譜には書きあらわせない音の厚みや綾がうまれる。
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 →水牛楽団について 三橋圭介

日本の音楽は高橋悠治さんが考えるような方向には変わらなかった。
意味は薄まり、快楽的に消費されるだけだ。
でも、本当に「音楽で社会を変えることはできない」のか?
ソウル・フラワー・ユニオンが歌うように、「あのブッシュやシャロンみたいなゴロツキは」「世界のあまたの歌が 首根っこを押さえる」ことができる。
きっとこの戦争をやめさせることもできると思うのだ。

カセットブック [水牛楽団]休業
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電波なおじさん

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2005年2月22日 12:17
  • 日常雑記
フランス社会党のミッテランは大統領になる前、電波の国家独占は許さないと主張して、海賊放送をしてましたね。

経団連に擦り寄ってパシリを買って出たミキタニさんと比べると、ホリエモン君は財界政界にとって横紙破りをする危険なやつに見えるんでしょうね。
わたしゃ財界とも政界とも関係ないんで、エライさんが既得権益を脅かされて慌てているようにしか見えませんわ。

電波が公共財だと言うのなら、土地も公共財だなあ。
限られた資源を金で分配してますが。
水や空気はどうなんだろう。
東レは富士山の雪解け水を汲み上げて、楽寿園の池を涸らしてしまったぞ。

 →なぜ腐食NHKは《国営》ではないのか?

しかしコイズミさんの親分、森前首相はいろいろおもしろいことを言ってくれますなあ。
電波な人です。
この人が首相だったら、憲法改正を政治日程に乗せることは不可能だったろうに。
せっかくだからポスト小泉は森さんでどうだろう。

春一番コンサート 2005年

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2005年2月22日 00:50
  • 音楽
さっき「春一番」のスタッフページで、2005年の告知を見ました。 おお! やった! 開催決定!

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5月1日(日) 2日(月) 4日(水) 5日(木)
 大阪・服部緑地野外音楽堂
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 →Haruichiban-Staff Page

 →黒猫館主人(仮名)の春一番2004

CHRONICLES #82 遠い世界に

千本浜 2005年2月20日

アラン・ローマックスの夜会に、ディランは一度か二度出かけて行ったことがあり、その時にマイク・シーガーが独りで演奏するのを観たのだそうです。
普段マイクはThe New Lost City Ramblersとして活動していたのですね。
たまたま夜会だったから、ソロでやるところを観たのでしょう。

その時マイクが歌った曲として具体的に3曲の名が挙がっています。。

 →"The Five Mile Chase"

 →"Mighty Mississippi"

 →"Claude Allen Blues"
  これは見つかりませんでした。
  "Claude Allen"ならamazon.comあたりで試聴できます。

他にも演奏したようですが、よく覚えてますね。
あ、私も三十年以上前、中学生の時に観た六文銭や吉田拓郎さんのコンサート、何をやってくれたかはっきり覚えてますわ。

マイクのすごいところは、その曲で必要になるいろいろな楽器を、なんでも自分で演奏してしまうところです。
ディランが観た時には、バンジョー、フィドル、マンドリン、オートハープ、ギター、それにホルダー(rack)に付けたハーモニカでした。

以前私が買って観た輸入ビデオでも、マイクさんは実にいろいろな楽器を器用に弾きこなしていました。

 →2004年8月23日付日録:Pete Seeger's Family: SING-A-LONG

小さい画像ですが、マイクさんがバンジョーとオートハープを弾いているのがわかりますね。
オートハープというのは、五つの赤い風船で西岡たかしさんが「遠い世界に」を歌う時にじゃらんじゃらんと弾いてましたね。

 →オートハープ

眺めているとついつい欲しくなりますが、使いこなせないだろうなあ。
マイクさんで驚いたのは、実に若いんですよ。
私はビデオを観た時、ピートさんの息子さんかと思ったのですから。


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万物流転

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2005年2月20日 00:17
  • 音楽
90年代に再結成された時の頭脳警察のライブビデオ『万物流転』を以前中古で買ったことがある。 既にテープがちょっとアレで、今ひとつだったんだよなあ。 でも、最後の「万物流転」の演奏はこのビデオのものが好きだった。

一昨日の夜だが、なにげなくamazonで「万物流転」と検索したら、DVDが出ていた。
定価2000円(悪税込)。
なおかつ400円引きになっていたので、思わず注文してしまいました。
それがまたすぐ届くところがすごいなあ。

しかし、PANTAさんが「PANTA RHEI(万物は流転する)」とは見事だなあ。
いつ考えたんだろう。
だいたいどうして中村治雄さんがパンタさんになったのか?
私は知らない。

googleで検索してみたら、「はてなダイアリー」がひっかかりました。
 →パンタ

「一説にはパンタロンともパンタグラフとも・・・」

ん?、わからない。

頭脳警察『万物流転』
DVD 頭脳警察『万物流転』
1. 腐った卵
2. 銃をとれ
3. スホーイの後で
4. 夜明けまで離さない
5. 悪たれ小僧
6. BLOOD BLOOD BLOOD
7. さよなら世界夫人よ
8. 万物流転

amazon価格: ¥1,600 (悪税込)
OFF: ¥400 (20%)


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CHRONICLES #81 夜会

IP屋上駐車場 2004年1月7日

ディランが映画の話を書いている時に、アラン・ローマックス(Alan Lomax)という名前が出てきました。
フォークソングの研究家のようです。

 →CHRONICLES #54 甘い生活

ディランは三番街にあるローマックスのロフトで、マイク・シーガーが演奏するのを観たことがあったと書いています。
ローマックスはそこで月に二回パーティを開き、フォークシンガーに歌ってもらっていたそうです。

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There weren't really parties or concerts. I don't know what you'd call them...soirees?
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パーティともコンサートとも呼び難い、音楽と談話の夕べ……夜会(ソワレ)とはまあ魅力的な言葉ですね。
こんな人が来ていたそうです。

Roscoe Holcomb
ロスコー・ホルコム
 →Roscoe Holcomb : An Untamed Sense of Control

Clarence Ashley
クラレンス・アシュレイ
 →Clarence Ashley The Official Web Site

 →フィドル少年漂流記♪:ドク・ワトソン&クラレンス・トム・アシュレイ★世代を超えた絆

Dock Boggs
ドク・ボグズ
 →Dock Boggs : Biography

Mississippi John Hurt
ミシシッピ・ジョン・ハート
 →Mississippi John Hurt and the Delta Blues

 →ミシシッピ・ジョン・ハート

Robert Pete Williams
ロバート・ピート・ウィリアムズ
 →Robert Pete Williams : Discography

Don Stover and The Lilly Brothers
ドン・ストーヴァー&リリー・ブラザーズ
 →Don Stover Interview by Hank Edenborn

フォーク、カントリー、ブルーグラス、ブルース、ジャンルはいろいろ分類されると思いますが、つまり、ディランがフォークウェイズで親しんだ歌手たちです。
こういう人達を招いて月に二回夜会を開くというのはすごいですね。
1960年ごろのフォークリバイバル。
その仕掛け人のような人がローマックスだったんでしょう。

三十年以上前の歌手を発掘するという感じ。
時間の幅としては、今なら1970年ごろのフォーク歌手を再評価するぐらいの感じになります。

中川イサトさんの「ミシシッピ・ジョン」を思い出しました。


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近代の奈落

以前書いたかとも思いますが、『近代の奈落』を読んだ時の日録の一部を再掲しておきます。

----------[2002年11月18日付日録より]

宮崎学『近代の奈落』
宮崎学『近代の奈落』
解放出版社
四六版上製 本文475p
定価:2100円(悪税込)

第1章 川筋のボタ山に立つ―筑豊の部落解放運動と羽音豊
第2章 突破者から見た解放の父―もう一つの松本治一郎伝
第3章 曙光をもたらした青年たち―柏原三青年と全国水平社
第4章 水平社精神を継ぐもの―戦後奈良の部落解放運動と川口正志
第5章 渦巻く大都市部落―京都部落解放運動の光と影
第6章 歴史に呼び出された男たち―松田喜一、泉野利喜蔵、栗須七郎、そして大阪の水平運動
第7章 大逆事件から水平社まで―明治・大正期和歌山の被差別部落
第8章 眼醒めたものは悲しくなかった―『破戒』と長野県の水平運動
第9章 水平線上の赤と黒―アナ・ボル対立と平野小劔・高橋貞樹


『近代の奈落』読了
本文が470ページを超える厚い本だが、易しく書かれているので読み終わるのにこれほど時間がかかるとは思わなかった。
久しぶりにヒトサマにお勧めできる本です。

突破者・宮崎学氏が部落解放運動の黎明期からの歴史を、綿密なルポと調査によって熱く語っています。
どうしてこんなに時間をかけることができるのか読みながら不思議に思っていたら、これは『月刊部落解放』に連載された記事をもとにしたのだそうな。なるほど。

日本の歴史に登場する、おそらく最も感動的な文言「全国水平社宣言」を、誰がどのように書いたのか。
日本の近代の夜明けに、懸命に生きた青年たちの姿は美しいぞ。

歴史から消された青年たちを語る口調が優しい。
明けるはずだった夜がなぜ明けなかったのか。
キツネ目のおっちゃんの偉いところは、敵を確定できるところ。
「平沼騏一郎」という指摘は正しい。

今日本の構造がすごい勢いで変わろうとしているのは、首相ががんばっているからではない。
官僚が本気だからだ。
「クリーン」な「正しい」方向へ国を変えていこうと真剣なのだ。
だからこそ、大変困ったことなのである。

大西巨人の大傑作『神聖喜劇』に、魅力的な人物が登場する。
今手元にないので具体的に書けないのだが、映画『戦場のメリークリスマス』に出てくる二人がそれによく似ている。
『戦メリ』の場合はビートたけしと坂本龍一が演じた。

日常的に差別し、搾取する直接の敵は「兵隊」であるビートたけしたちである。粗野で乱暴で、しかし愛すべき庶民でもある。その日常的な差別を正してくれることさえあるのが、清廉なる「軍人」坂本龍一。そこでほいほいと「軍人」の番犬になっちゃいけない。本当の敵は国家を体現する「軍人」の方なんだ。

電気グルーヴ&みうらじゅん

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2005年2月19日 04:01
  • 日常雑記
「NEWS23」の金曜深夜便に電気グルーヴが出てましたね。 びっくり。 でも、トークだけだったのがちょっと残念。

その後の番組「R30」のゲストがみうらじゅんさんで、これも実に楽しかったです。
ボブ・ディランに会いに行った話がありましたよぉ。
かなり笑っちゃいました。

みうらじゅんさんはまあ私と同世代で、髪の長さも今は同じぐらい、メガネに色が付いているところまでは同じなんですが、あんまり似ていません。
同じ括りには入れられそうですがね。

CHRONICLES #80 孤高の騎士マイク

千本浜 2005年2月11日

プロレスラーのゴージャス・ジョージのことを覚えていますか?
ディランが田舎でバンド演奏をしている時に、声をかけてくれた(らしい)。
めちゃくちゃ豪華絢爛なオーラを放っているジョージの一言が、大いに励みになったと書いてましたね。
ハリー・ベラフォンテと一緒にいると、ちょうどその時と同じような気持になれたそうです。
「聖なる油を注がれた(anointed)」ような気がしたそうです。

さて、時刻も遅くなったので、ディランとデロレスはそろそろ帰ろうかとしていました。
すると突然マイク・シーガーが目に入りました。
ああ、やっと出てきましたね。
四十年以上経った今でも、その瞬間を覚えているのだと思います。
「あ、マイクだ!」って感じね。
やっぱりとっても嬉しかったのでしょう。

The New Lost City Ramblersの演奏は見たことがあったそうです。
「eerie」な気持がしたというのですから、尋常ではありません。
「unprecedent(前例がない)」存在だったのです。
これまた凄まじい表現ですなあ。

 →New Lost City Ramblers : 1965 Newport Folk Festival

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As for being a folk musician, he was the supreme archetype. He could push a stake through Dracula's black heart.
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う?ん。
「arcehtype(原型、典型)」はなんとなく雰囲気がわかります。
でも、「ドラキュラの黒い心臓に杭を突き通すことができる」というのは、これはおもしろいんですが正直な話、よくわかりません。
あ、その後に書いてある「彼の血には騎士道的精神(chivalry)があった」にそのまま繋がるのか。

「君主制が復活して現われた人物のように、彼は教会を浄化しに来たのだ。」

今のご時世ではとても誉め言葉には聞こえないのですが、凛と立つ孤高の騎士を想像すれば良いのでしょう。
バッターボックスに立ったイチローみたいな感じかな。

p.70に入りました。


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タカダワタル的時代コンサート

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2005年2月18日 12:22
  • 音楽
雛祭りの三月三日(木)、京都府京丹後市の夕日ヶ浦で「タカダワタル的時代コンサート」があるそうです。

夕日を眺めて模擬店やフリーマーケットを楽しんだ後にコンサートがあるという、楽しい催しですね。
なんと無料!
ただし整理券を配付しているようです。
お早めに。

 →タカダワタル的時代コンサート
 

CD『タカダワタル的』

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2005年2月18日 05:04
  • 音楽

古い日記を他人様にトラックバックしていて思い出した過去日録。
2004年6月15日付です。

【追記】No.2
夕方浜に出たのだが、本格的に夕焼け空になる前に立ち去らなければならなかった。
残念。

その後のんびり駅近くの保線区で少し写真を撮った。
東京でも国分寺駅あたりでいい夕陽が見えるよね。

更新しました。
夕陽が好き![I Love Sunset!]
保線区 2004年6月15日

【追記】No.1
「6.15」の昼下がりに。

以前、社会保険事務所で年寄りが怒鳴られているのを見たのだが、そのことを書いた時、人を見下すのは人から見下されていると思っている人なのだと考えた。
権力者にぺこぺこへいこらしちゃう人は、弱い者をいじめるものなのだ。

貴い家柄をありがたがる気持ちは、必然的に卑しい家柄というものを作り出す。
歴史の浅いアメリカでは、金銭という尺度を使うことが多いようだ。
金持ちはマジメに働いて成り上がった勝者だからという理由で尊敬し、貧乏人はダメ人間だと軽蔑されたりする。
素朴な共有物だった知的財産を、姑息に立ち回って独占したビル・ゲイツのような人を、尊敬したくはないなあ。

これも経験則から書いたのだが、昔の中学校の体育教師はそういう人が多かった。
まさに体育会的体質。
天皇制と同じ無限無責任の構造で、他人の責任ばかり追及していたものだ。
というより、言い掛かりなんだけどね。
「自己責任」主張も、これと実によく似ていた。

戦争を語る時に、どうしてあんな高みに立ってものを考えることができるのかなと不思議に思う。
イラクの民主主義とか、日本の国益とか、これまで自分の行動原理に絶対登場してこなかったものをふりかざして、自衛隊を送れと番犬が騒ぐ。

あげくの果てには、アジア諸国の独立に役立ったという大東亜戦争肯定論までよく見かけるようになった。
新鮮に映ったんだろうな。
アホだ。
無知とは悪だと思った。

そういうほんのひとかけらの大義がなければ戦争は遂行できなかったが、実際は日本が帝国主義列強の仲間入りをしたかっただけなんだよ。

参謀クラスの視点に立って語れちゃうのもよくわからない。
そのくせ、自分が兵隊になって苦しむ状況を思い描く想像力は持ち合わせていないらしい。
日本に徴兵制が復活したら、当然ながら大日本帝国陸軍内務班のいじめも復活するぞ。

TVゲームの水準で戦争を認識しているなんて冗談かと思っていたら、結構そういう若者が増えているようなので驚いた。
当然のように、神の視点や参謀の視点に立っているのだが、あんたは神ではないし、99%以上、参謀にもなれない。
わけのわからないまま犬死にする兵隊にはなってしまうかもしれないがね。


渡さんの新しいアルバムができたのだが、まだ上映会場でないと購入できない。
そこでテアトル新宿までてこてこ行ってきましたよ。
眠い、眠い。

『タカダワタル的』
2枚組み3800円(悪税込)

高いなあ。

MDにダビングしようとしたところ、80分MDなら1枚に収まりそう。
つまり、650MBのCDだと無理だけど、700MBのCDなら入るデータ量なのだ。
どうせ2枚組みにするなら、もっと曲やMCを増やしてほしかったなあ。

ジャケットは映画のチラシと同じ写真を使っていて楽しいです。
驚いたことに、赤ちょうちんをデザインした「いせやRECORDS」のマークが入ってます。
あれま、吉祥寺いせやさん、CDまで作っちゃったんでしょうか。

音源はすべてライブ
 2003年3月26日 拾得
 2003年5月3日 吉祥寺音楽祭
 2003年5月4日 春一番コンサート
 2003年5月5日 ザ・スズナリ
映画に出てきたライブだけど、曲が少し違いますね。

「相子」という曲の作詞は高木護さんと書いてあります。
これは以前未来社から『人夫考』なんかを出していて最近影書房から『爺さんになれたぞ!』を出した、日雇い詩人の高木護さんのことだと思います。

『タカダワタル的』
『タカダワタル的』
DISC 1
1. 仕事さがし
2. アイスクリーム
3. スキンシップ・ブルース
4. 魚つりブルース
5. 酒心
6. 値上げ
7. あきらめ節
8. ねこのねごと
9. コーヒーブルース
10. 朝日楼
11. 酒
12. すかんぽ
13. 鉱夫のいのり

DISC 2
1. 鎮静剤
2. 相子
3. トンネルの唄
4. ブラザー軒
5. 夕暮れ
6. 生活の柄
7. 自転車に乗って
8. 私の青空
9. ミケランジェロ
10. くつが一足あったなら
11. ごあいさつ

CHRONICLES #79 ディランの初録音

小さな空 2005年2月13日

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I could identify with Harry in all kinds of ways.
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歌というものに関する姿勢で、ディランは全面的にハリー・ベラフォンテに賛同しています。
すごいなあ、そんなに好きなんだ、知らなんだわ。

コパカバーナの有名クラブでハリーが肌の色のために締め出されたエピソードも書いてありますが、ディランの人種差別に対する姿勢は一貫してますね。
日本ではこの部分を故意に無視するファンが多いように思います。

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Astonishingly and as unbelievable as it might have seemed, I'd be making my professional recording debut with Harry, playing harmonica on one of his album called Midnight Special.
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あれま。
プロとしての初レコーディングは、ハリー・ベラフォンテのバックでハーモニカを吹いていたということなんですわ。
とっても嬉しそうに書いてますね。
その後何年も、忘れられない日付になったそうですよ。
かわいいなあ。

 →The Midnight Special

確かに"Bob Dylan, harmonica"と書いてあります。
思えばニューヨークに出てきて最初にレギュラーの仕事をもらった「Cafe Wha?」でも、ディランはハーモニカを吹いていましたね。
プロになるに当たって、ハーモニカは非常に重要な役割を演じていたようです。

 →[Fred Neil]
Bob Dylan, Karen Dalton and Fred Neil
at the Cafe Wha? Feb. 1961
Photo by Fred W. McDarrah

ただいまp.69です。


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「同和利権の真相」の深層

「同和利権の真相」の深層 「死ぬのはやつらだ」さんのところ(「反米嫌日戦線 LIVE and LET DIE(三流偏向不公正独断蝦夷自分趣味)」)で『「同和利権の真相」の深層』(解放出版社)という本のことを知り、早速買ってくる。

宝島社から出ている『同和利権の真相』というシリーズを批判した本だ。
巻頭宮崎学さんへのインタビュー構成に始まり、呉智英さんへのインタビュー、森達也さんの原稿と、なかなか充実している。
宝島のシリーズでは、共産党系のライターが部落解放同盟憎しのあまりに、差別意識を増幅しているのが、実にいたたまれない。

今、差別は新しい形で広がっているようだ。
見ないふりをしてもダメだよ。
ネット上でよく見掛けるじゃないか。
斎藤貴男さんが担当している章「新・生活保守主義のメンタリティと"差別"の時代」はその具体例を挙げている。

自分の実生活の中で被差別部落の人や在日韓国朝鮮人と触れ合って生まれた差別ではない。
ネットで流される「情報」から「知識」として得た差別意識なのである。
社会的弱者を見下す視線を露骨に公言する政治家、石原都知事が人気を得るのと同じ心情である。

斎藤さんのルポには、解放同盟の関係者宅に対して執拗に嫌がらせの葉書を出し続けている例が出てくるのだが、ネット上で見掛ける差別者と非常によく似ている。
実生活での鬱憤をネットにぶつける、逆恨みの人生を送る者どもである。
社会的弱者を差別することで自分が「癒される」のだという、実に迷惑な連中だ。

楽天広場で主に女性のサイトに現われては難癖をつける、いわゆるネット右翼、私がネズミの糞未満と呼ぶストーカー人格も、「ぼくちん」が癒されるために、他人に嫌がらせを続ける。
「部落差別」「在日差別」「女性差別」、ネット上の「ぼくちん」たちの中に生き続ける残忍な差別は、本人たちにとっては「クリーン」に見えるのだからタチが悪い。
ぼくちんたち、そりゃめちゃくちゃ汚いモノなんだよ。
早く捨ててきなさい。

『「同和利権の真相」の深層』
 解放出版社
 A5判並製 本文206p.
 定価:1500円+悪税
 
 Round1 インタビュー・宮崎学
     何がリアルや!
     「部落と利権」をめぐる『宝島Real』のリアリズムについて
 Round2 角岡伸彦
     部落解放運動が残してきたもの
 Round3 秋山良+グループM78
     『真相』なるものが覆い隠した真実
 Round4 斎藤貴男
     新・生活保守主義のメンタリティと"差別の時代"
 Round5 インタビュー・呉智英
     根源から問う!
     「人権真理教」と差別
 Round6 森達也
     『真相』への違和感
 Round7 和田献一
     自ら陥穽におちいってはならない

そーすか

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2005年2月17日 12:53
  • 日常雑記
英語に「sauce」という語があります。 語源は「salt(塩)」と同じようですな。 「味をつけるもの、刺激、おもしろみ」なんて意味です。 生活に密着した言葉なんで、諺がいろいろあります。

 →Hunger is the best sauce.
  空腹にまずいものなし。

 →The sauce is better than the fish.
  添え物のほうが主要部より上出来。
  (あはは、追記の方が面白いという日記かしらん。)

もちろんデザートや料理にかけるソースも同じ言葉です。
アイスクリームや鶏料理にクランベリーソース(cranberry sauce)なんてかけますね。

口語では、「ずうずうしさ、小生意気な言葉や振る舞い」なんて意味もあります。
「sass」という綴ることもあります。

 →What sauce!
  まあ失礼な!
  
 →None of your sauce!
  失礼なこと言うな!

楽天広場では、そういうネズミの糞以下の汚い言葉を垂れ流すストーカー人格もよく見掛けますな。
そんなに数は多くないんだけど、なんといっても下品なんで目立つんですよ。
そういう書き込みやトラックバックは即削除してもまったく問題ありません。
サイトの編集権はネズミの糞以下のモノを塗りたくるストーカー側にはないんですから。

日本語では同じ「ソース」という音/綴りになってしまう外来語に、英語の「source」があります。
「spring(泉)」や「surge(大波)」に近い言葉でしょうか、「源泉」を意味する言葉です。
おお、「ゲンセンカン」!

日本語と同様に水源だけではなくて、電源、熱源、供給源なんぞも指します。
「the source of revenue」というと財源ね。
情報源や出典も意味しますね。
「a news source」はニュースの出処。

不思議なことに、この意味で「ソース」「ソース」と言いたがる輩は、どうも外国語のソースには弱いようです。
世界日報やサンケイ新聞という、反共メディアをソースと呼ぶ傾向がありますな。
とても「a reliable source」とは言いにくいのですが。
ま、自分のアホを晒す自由も、ネットにはあるということで。

へい、お後がよろしいようで。

KANSAS CITY

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2005年2月17日 01:20
  • 映画
amazonから500円のギフト券が届いた。 コブラクローさんがアルトマン監督の『カンザス・シティ』を絶賛していたのを思い出して検索してみる。 DVDもビデオも出てないなあ。

あ、輸入ビデオがあった。
VHSが悪税込みで2,221円ナリ。
こいつを500円引きで買うことにしよう。
「通常3?5週間以内に発送」というのが大いに不安。

amazonのレビューを見ると、「a vicious black gangster」を演じてるのがハリー・ベラフォンテなんですね。
ジャケット写真がいかにも悪徳ギャングです。
う?ん、役者やのぉ。

早く届かないかな。

VHS KANSAS CITY

CHRONICLES #78 映画スター、ハリー

千本浜 2005年2月10日

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Harry was an authentic tough guy, not unlike Brando or Rod Steigner.
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また出てきましたね、例がわかりにくいです。
ハリー・ベラフォンテは非常に優れた歌手であるとともに、映画スターだった。
でも、プレスリーとは違う。
映画のハリーは本物のタフガイだったけれど、マーロン・ブランドやロッド・スタイガーとは違う。
あ、これは『波止場』(1954年)ですね。

 →ROD STEIGER ロッド・スタイガー

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映画"Odds Against Tommorow"では、人は彼が役者であることを忘れ、ハリー・ベラフォンテであることを忘れてしまう。
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やっぱり最大級の賛辞だと思います。
ある特定の人達に受けるのではなくて、誰にでも受け入れられる、稀な能力を持っている。
まるでバレンチノ(Valentino)だと、ディランは言っています。
う?ん、やっぱりわかりにくい。

この映画は知らないので調べてみたら、1959年の作品で邦題は『拳銃の報酬』。
マッギヴァーン・ウイリアムの『明日に賭ける』をロバート・ワイズ監督が映画化したものでした。

ディランによれば、ハリー・ベラフォンテはテレビに出るのを好まなかったそうです。
あの小さなスクリーンでは、自分の音楽が十分に表現できないと感じていたからです。
ディランは非常に共感を込めて、ハリーのことを書いています。


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CHRONICLES #77 ハリー・ベラフォンテ

千本浜 2004年4月

え?、まだパーティ出席者の名前が並べてあります。
ハリー・ベラフォンテ(Harry Belafonte)のギターを弾いていたミラード・トーマスが来ていたそうです。

 →Belafonte-a site of sites.com

 →ハリー・ベラフォンテ

ほぉ、ハリー・ベラフォンテはうちのおっ母さんと同じ年に生まれたんだ。

 →Harry Belafonte & Friends

ディランはここでハリー・ベラフォンテに最大級の賛辞を捧げています。

-------------------------------------
Harry was the best balladeer in the land and everybody knew it. He was a fantastic artist, sang about lovers and slaves----chain gang workers, saints and sinners and children.

ハリーはこの国で最も優れたバラッドの歌い手であり、誰もがそのことを知っていた。本当に素晴らしい歌手で、恋人たちや奴隷の歌を、鎖に繋がれて働く者や、聖者と罪人、子供たちの歌を歌った。
-------------------------------------

ハリーのレパートリーには古いフォークソングがたくさんあり、ディランは次のような曲をその例として挙げています。

Jerry the Mule
Tol' My Captain
Darlin' Cora
John Henry
Sinner's Prayer

そしてカリブのフォークソングを「キングストントリオよりもずっと広く」聴衆に訴えるように歌いました。
格が違うよということらしいです。
ハリーはレッドベリとウッディ・ガスリーから直接歌を教わっていたそうです。

ハリー・ベラフォンテはRCAからレコードを出していましたが、"Belafeonte Sings of the Caribbean"はミリオンセラーとなっていました。
当時のレコード百万枚は、今のCDとはちょっと意味合いが違うでしょう。
映画スターでもありましたが、「エルビスのようではなかった」とディランは書いています。

あら、ハリー・ベラフォンテの話が延々と続きそうですよ。
ただいまp.68。


【追記】No.1

ハリー・ベラフォンテが歌っていた曲の歌詞を掲載しているサイトがありました。
もっと探せば、mp3が聴けるところもあるようです。
ディランが挙げていた曲の歌詞はこんな感じです。
"Jerry the Mule"だけはタイトルが違うのですが、納得のいく間違え方ですな。

 →Jerry

 →Tol' My Captain

 →Darlin' Cora

 →John Henry

 →Sinner's Prayer


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小さな空

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2005年2月15日 02:29
  • 音楽
ちょっと忙しいので、間に合わず。 小さな空の夕陽を撮ったので、その辺りで思い出すことどもを追記するのかな。

2005年2月13日 小さな空

僕がのんびり市で高校生だったころ、シュリークスというグループが公演に来た。
ヒット曲は「私は好奇心の強い女」。
タイトルの元ネタはもちろんあのスウェーデン映画だ。
もう山田パンダさんは抜けて、男女のデュエットだった。

女性ボーカルはその後さらに独立して「イルカ」という名でデビュー。
オールナイトニッポンのDJとして活躍し、1975年「なごり雪」の大ヒットで人気者になる。
のだったと思う。

1975年『夢の人』
1976年『イルカライブ』
この2枚のアルバムを友人から借りてテープに採り、それを繰り返して聴いたのではなかっただろうか。

1980年、木田高介さんが事故で亡くなった時、イルカさんが憔悴しきった顔でテレビに出ていたのを思い出す。
木田さんはイルカさんのレコーディング中に亡くなったのだ。

80年代半ば、のんびり市に来たイルカさんのコンサートを観に行ったのだが、歌謡ショーみたいで少しがっかりした覚えがある。

昭和が終わったころ、僕は失業者だった。
3%の消費財導入は、ただただ腹立たしかった。
本当に無一文で東京をうろうろし、図書館で本を読んだ。
新譜のCDなど買うことはできなかった。

天安門事件から湾岸戦争。
雑誌で原稿を書かせてもらったりしてなんとか食いつなぐことができるようになったころ、西武池袋線桜台駅近くのディスカウント屋さんで、安いCDを見つけた。
中古ではなくて、不良在庫の未開封新品が一枚100円ナリ。
段ボール箱に詰まった中から、2枚のCDを買った。

一枚は柄本明さんのCDで、蛭子能収さんがジャケットの絵を描いていた。
もう一枚がイルカ『小さな空』。
これは1978年のアルバムで、やはり昔友人から借りてテープで聴いていたことがある。
青地におなじみのノエルの絵が描いてあるもの。

結局、この時に買ったCDはどちらもあまり聴かなかったと思う。


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