クラウゼヴィッツに触れて「政治は力だ」と言い、バルザックに触れて「人生は金だ」と語るディラン。
これだけだとなんだかその辺にいる普通のおじさんみたいに見えますね。
でも、二十歳ぐらいのディランがやってたことは尋常ではありません。
普通のおじさんがやらなかったことです。
歌手になるという目標を決めて、そのために突っ走っているのです。
自らの定義が「歌手」なんですから、他の仕事はしません。
自分の部屋はなくてもなんとかなるから、その分の時間を人脈作りと学習に当てます。
学習といえば、フォークロア・センター(the Folklore Center)はディランにとって文字どおり「私の大学」だったのではないかと思います。
レイとクローイの部屋も大衆文化の一般教育課程のようなものですから、グリニッチビレッジが「私の大学」かな。
バルザックの話から二行空けて、いきなり「The Gaslight(ガス灯)」の話に戻ります。
覚えておいででしょうか。
ヴァン・ロンクと一緒にステージに立つことができるようになってディランが喜んでいた、あのカフェです。
→GASLIGHT CAFE
-----------------------------------------
「ガス灯」はかぶりつきのテーブルといったような特別なものは何もなかったが、最初から最後までいつもすし詰めの混雑だった。
テーブルに腰掛ける者もいれば、壁際に立っている者もいた。
壁は煉瓦造りで、照明は暗く、パイプが剥き出しだった。
-----------------------------------------
唐突です。
これでレイとクローイの部屋の回想は終わったのかしら。
よくわからないまま読み進みます。
-----------------------------------------
寒い冬の夜でも、入るのに列ができた。
地階にある二つの入り口まで、人の塊が続いていた。
中にはいつもとてもたくさん人がいるので、息もできないほどだった。
どれぐらい収容できたのか知らないが、いつも一万人以上いるみたいだった。
-----------------------------------------
ディランのおやじギャグです。
そんなに入るわけがない。
こういう状態ですから、いつも消防署長が出たり入ったりしていたそうです。
ディランはここで二十分の持ち時間で演奏をしました。
持ち歌のフォークソングを歌って、何が起こるか注意していたそうです。
はい、半端ですが、今夜はここまで。
ただいまp.46です。
|