さらにレイとクローイの蔵書に関する記述が続きます。
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潜在意識の王者フロイト(Sigmund Freud)の「快感原則の彼岸(Beyond the Peasure Principle)」という本があった。
ある時僕がその本をかじっているとレイが入ってきて、その本を見て言った。
「その分野のトップは広告代理店で仕事をしてる。あいつら、空気を売ってるんだ。」
僕はその本を戻して、二度と手に取ることはなかった。
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金の動くところにはどこにでも現われて、需要どころか欲望まで創り出して、後は草も生えない状態にしてしまう、日本の大手広告代理店を思い出しました。
ディランの若い頃に近い時期だと、日本ではウィスキーや化粧品が思い浮かびます。
南軍の総指揮官だったリー将軍(Robert E. Lee)の伝記も読んだそうです。
この人は敗軍の将なんですが、アメリカでは非常に高い評価を受け、尊敬されてるんですな。
ディランは特に、その父親が家族を捨てて西インド諸島へ出奔してしまうところに興味を持っていたようです。
敗戦後は南部の人達へ、連邦への忠誠を説いていたそうで、この人の言葉のおかげで合州国は内戦の泥沼が続かずに済んだのだと、ディランは高く評価しています。
ディランは歴史物が好きなんですね。
ディランは言葉の響きが好きだったので、多くの書物を音読したのだそうです。
詩を読むのなら、正しい態度ですね。
ミルトン(John Milton)の「ピエモンテの大虐殺」がお気に入りで、「フォークソングの詞のようで、しかもずっと優美だった」と言っています。
→On the Late Massacre in Piedmont
書棚にあるロシアの本は、ひときわ暗い存在でした。
革命的だと考えられていたプーシキン(Aleksandr S. Pushkin)の政治的な詩。
貧農たちを教育していたトルストイ(Count Leo Tolstoy)の本。
ディランはそれから二十年以上経ってからトルストイの家に行ったと書いています。
モスクワの「トルストイの家博物館」に行ったようですね。
ツアー・ガイドがトルストイの自転車に乗させてくれたと、嬉しそうに書いています。
→tolstoy.ru
ドストエフスキーが社会主義の宣伝をしたかどでシベリア送りになったことも書いています。
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He was eventually pardoned and wrote stories to ward off his vreditors.
Just like in the early '70s I wrote albums to ward off mine.
結局ドストエフスキーは赦免され、債権者から逃れるために作品を書いた。
ちょうど僕が70年代初めに債権者から逃れるためにアルバムを書いたのと同じように。
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p.39に入ったところです。
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