- 2004年12月 3日 14:49
- ボブ・ディラン自伝『クロニクルズ』
私が学校で習った「英語」は、意味が漂白された一般名詞の言葉だった。
たとえば人種差別にしたって、それは遥かな国遠い昔のできごとなのだ。
生きている言葉ではなかった。
数行に渡ってただ並べられた固有名詞の羅列に、そんなものは役に立たない。
1961年2月のアメリカ合州国ニューヨーク。
米ソ対立やハリウッド映画のコラージュはどんな意味を持つのだろうか。
別に裏など読む必要もない。
その固有名詞にどんな音や映像を思い浮かべることができるのか。
それがディランの言葉を楽しむということだろう。
どうも誤解されているフシがあるようですが、私はボブ・ディランのことは歌以外にはまったく知らないのです。
コンサートは一回しか観たことがありません。
本は片桐ユズルさんと中山容さんの訳詞集を持っているだけです。
音楽雑誌は買いません。
おっと『ロック画報』という日本の音楽雑誌は買うようになりました。
洋楽雑誌は買いません、だな。
だから、まったく虚心にディランの散文を読んで、そこに現われる固有名詞がよくわからないのでいろいろ調べてみている。
そんな読書ノート、読書メモです。
ソ連のフルシチョフ第一書記は、1959年に訪米しています。
アイゼンハワー大統領とキャプデービッドで会談するのですが、テンガロンハットのようなものをかぶってはしゃいでみせたり、ニクソン米副大統領と一緒にテレビに登場してカラーテレビぐらいソ連でもすぐに開発してみせるわと強がってかわいいところを見せたりしていました。
そのニクソンは1960年に大統領選に出ますが、ご存知のようにテレビのためケネディに敗れています。
「祖国があなたのために何ができるかを尋ねてはなりません、あなたが祖国のために何を行うことができるか尋ねてほしい。」
有名な就任演説は、1961年1月20日。
清新なイメージでケネディ大統領(42歳)が登場したばかりのころなのです。
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