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2004年12月 Archive

ありがとう♪

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月31日 20:45
  • 日常雑記

今年一年、一緒に遊んでくださいましてありがとうございました。

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ありがとうございました

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月31日 20:34
  • 日常雑記
今年一年、一緒に遊んでくださいましてありがとうございました。




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幻泉館サーバについてお知らせ

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月30日 03:22
  • 日常雑記

ダイナミックDNSの不都合と格闘しております。
う?ん。

まだまだ[http://gensenkan.hn.org/]のドメインが使えません。
幻泉館サーバをご利用の方は、urlの上記部分を下のどちらかに置き換えてください。

[幻泉館本館blog]
http://gensenkan.hn.org/~blog/
  ↓ ↓ ↓

http://goodmusic.ddo.jp/~blog/
http://goodmusic.dyndns.org/~blog/

とりあえずさっき書いたメモをちょこっとだけアップ。


小さなころに聴いたラジオ番組の話をしていると思ったら、また突然二行空けて、歌作りについて語り始めます。

------------------------------------------
自分の歌を書こうなんていつ思いついたのかわからない。自分が歌っているフォークソングの歌詞が世界をどう感じるか決めてくれたのだけど、それに似たようなものを作ることも僕にはできなかった。そういうことはきっと少しずつ起こるものなのだろう。ある日目を覚ましたて歌を書こうと決めるというものではない。特にたくさんの歌を知っていて、毎日さらに多くの歌を覚える歌手の場合は。
------------------------------------------


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幻泉館サーバについてお知らせ

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月30日 00:00
  • 日常雑記

ダイナミックDNSの不都合と格闘しております。
う?ん。

まだまだ[http://gensenkan.hn.org/]のドメインが使えません。
幻泉館サーバをご利用の方は、urlの上記部分を下のどちらかに置き換えてください。

[幻泉館本館blog]
http://gensenkan.hn.org/~blog/
  ↓ ↓ ↓

http://goodmusic.ddo.jp/~blog/
http://goodmusic.dyndns.org/~blog/

とりあえずさっき書いたメモをちょこっとだけアップ。




小さなころに聴いたラジオ番組の話をしていると思ったら、また突然二行空けて、歌作りについて語り始めます。

------------------------------------------
自分の歌を書こうなんていつ思いついたのかわからない。自分が歌っているフォークソングの歌詞が世界をどう感じるか決めてくれたのだけど、それに似たようなものを作ることも僕にはできなかった。そういうことはきっと少しずつ起こるものなのだろう。ある日目を覚まして歌を書こうと決めるというものではない。特にたくさんの歌を知っていて、毎日さらに多くの歌を覚える歌手の場合は。
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CHRONICLES #45 ディランとマイク・ハマー

【連絡】

またもや[http://gensenkan.hn.org/]のドメインが使えません。
幻泉館サーバをご利用の方は、urlの上記部分を下のどちらかに置き換えてください。

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千本浜 2004年12月27日


ディラン少年はラジオドラマ『パラディン』で人生を学びます。

「石(stones)」というのは宝石のことだよ。
悪者はコンバーティブルに乗ってるんだ。
もしも木を隠すのなら、誰にも見つからないように森の中へ隠せ。

わくわくとラジオを聴いて、こんなことを覚えながら成長したのです。
ラジオ番組は世間がどんなものなのかを知る手掛かりを与えてくれた。
番組が終わってからも、楽しい空想をかきたててくれた。

ラジオのCMからも、ディラン少年はいろいろなことを学びました。
実際に消費活動を行なうずっと前に、ラジオのCMによって特定の商品を使う生活が頭に刷り込まれていたのです。

----------------------------------------------------
Before I had ever gone into any departmentstore, I was already an imaginary consumer.

デパートというものに入る前から、僕は既に想像上の消費者だった。
----------------------------------------------------

1940年からら1950年代に、こんな商品のラジオCMがよく流れていたのでしょう。
ディラン少年は幻の消費者になります。

----------------------------------------------------
僕は「ラバソープ」を使い、「ジレットのブルーブレード」で髭を剃り、髪には「バイタリス」をつけていた。
お通じが悪ければ「フィーナミント」の錠剤を。
それから「ドクター・ライアン」の歯磨き粉。
----------------------------------------------------

 →LAVA SOAP
  ラジオCMを聴くことができます。
  
豊かな大量消費時代のディラン少年。
なんだか不思議です。

僕は鉄腕アトムに正義を学びましたが、ディラン少年はマイク・ハマー(Mike Hammer)に学んだそうです。
あれれ?

----------------------------------------------------
My sentiment was that the law is fine but this time, I'm the law----the dead can't speak for themselves.
----------------------------------------------------

ハードボイルドですな。

 →the Unofficial Mickey Spillane Mike Hammer Site

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CHRONICLES #45 ディランとマイク・ハマー

千本浜 2004年12月27日

ディラン少年はラジオドラマ『パラディン』で人生を学びます。

「石(stones)」というのは宝石のことだよ。
悪者はコンバーティブルに乗ってるんだ。
もしも木を隠すのなら、誰にも見つからないように森の中へ隠せ。

わくわくとラジオを聴いて、こんなことを覚えながら成長したのです。
ラジオ番組は世間がどんなものなのかを知る手掛かりを与えてくれた。
番組が終わってからも、楽しい空想をかきたててくれた。

ラジオのCMからも、ディラン少年はいろいろなことを学びました。
実際に消費活動を行なうずっと前に、ラジオのCMによって特定の商品を使う生活が頭に刷り込まれていたのです。

----------------------------------------------------
Before I had ever gone into any departmentstore, I was already an imaginary consumer.

デパートというものに入る前から、僕は既に想像上の消費者だった。
----------------------------------------------------

1940年からら1950年代に、こんな商品のラジオCMがよく流れていたのでしょう。
ディラン少年は幻の消費者になります。

----------------------------------------------------
僕は「ラバソープ」を使い、「ジレットのブルーブレード」で髭を剃り、髪には「バイタリス」をつけていた。
お通じが悪ければ「フィーナミント」の錠剤を。
それから「ドクター・ライアン」の歯磨き粉。
----------------------------------------------------

 →LAVA SOAP
  ラジオCMを聴くことができます。
  
豊かな大量消費時代のディラン少年。
なんだか不思議です。

僕は鉄腕アトムに正義を学びましたが、ディラン少年はマイク・ハマー(Mike Hammer)に学んだそうです。
あれれ?

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My sentiment was that the law is fine but this time, I'm the law----the dead can't speak for themselves.
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ハードボイルドですな。

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CHRONICLES #44 ディランとパラディン

千本浜 2004年12月27日


70年代初頭、田舎町の少年であった私もよくラジオを聴いていました。
AM局の受信報告書を書くことはありませんでしたが、北京放送やモスクワ放送もちょこっと聴きました。
タモリさんの芸で北京放送の真似というのがありましたが、似たようなことをやっていました。

両手で口を覆って、開いたり閉じたりしながら、あの独特なイントネーションでアナウンサーの真似をするのです。
「アメリカ帝国主義」
「ソビエト修正主義裏切り者集団」
こんな言葉を使いながら、時々シューシューというとよろしい。

彼の国は文化大革命の真っ最中でありました。

FENもよく聴きました。
「Far East Network」、つまり米軍の「極東放送網」ですね。
今は聴きませんが、確かAFNに名前が変わっていたように思います。
「American Forces Network(米軍放送網)」だったと思いますが、もしかしたら「Armed Forces Network」かもしれません。

FENは音楽番組がお目当てでした。
「American Top 40」みたいな番組ね。
番組スケジュールがわからないので、なんとなくスイッチを入れて、ヒットチャートをやっていればアタリなわけです。
フットボール中継だとハズレ。
わけわからないんですもの。
ラジオドラマもよく流れていて、これはビミョーにハズレかな。

田舎町のディラン少年がラジオを聴いていたということで、そんなことを思い出しました。
1950年代から60年代の、アメリカのラジオ番組。
昨日書いた「Inner Sanctum」「Suspense」「The Lone Ranger」はなんとなく雰囲気がわかります。
でも、他に挙げられた番組はお手上げです。

「This Is Your FBI」
 →Jerry Haendiges Vintage Radio Logs

「Fibber McGee and Molly」
 →The Unoffical Fibber McGee and Molly Home Page

 →Frequently Asked Questions about Fibber McGee and Molly

「The Fat Man」
 →Brad Runyon

「The Shadow」
 →The old-time radio show The Shadow

「Dragnet」
 →Dragnet

「The Colgate Comedy Hour」
 →The Colgate Comedy Hour

なるほど、ディランが覚えている番組は人気があったものばかりなようですね。
人気番組はそのままテレビにひきつがれたようです。
日本でパクって番組にしてしまったものもあるみたい。

-----------------------------------------
遠すぎる場所なんてなかった。
全部目に見えた。
サンフランシスコに関して僕が知る必要があるのは、パラディンがそこでホテル暮らしをしていることと、彼が雇われガンマンだということだけだった。
-----------------------------------------

なんとなくこのパラディン(Paladin)を辞書で引いてみると、ちゃんと載っていました。
さすが「リーダーズプラス」!

-----------------------------------------
(西部の男)パラディン 《米国テレビの西部劇 `Have Gun Will Travel'_ の主人公; ふだんは高級ホテルで優雅に過ごし `Have Gun, Will Travel …' (腕に自信あり, 依頼により参上) と書いた名刺を持ち歩く雇われガンマン; 依頼があると黒装束で出向いて仕事をする; Richard Boone (1917-81) が演じた》.
-----------------------------------------

 →Paladin

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CHRONICLES #44 ディランとパラディン

千本浜 2004年12月27日

70年代初頭、田舎町の少年であった私もよくラジオを聴いていました。
AM局の受信報告書を書くことはありませんでしたが、北京放送やモスクワ放送もちょこっと聴きました。
タモリさんの芸で北京放送の真似というのがありましたが、似たようなことをやっていました。

両手で口を覆って、開いたり閉じたりしながら、あの独特なイントネーションでアナウンサーの真似をするのです。
「アメリカ帝国主義」
「ソビエト修正主義裏切り者集団」
こんな言葉を使いながら、時々シューシューというとよろしい。

彼の国は文化大革命の真っ最中でありました。

FENもよく聴きました。
「Far East Network」、つまり米軍の「極東放送網」ですね。
今は聴きませんが、確かAFNに名前が変わっていたように思います。
「American Forces Network(米軍放送網)」だったと思いますが、もしかしたら「Armed Forces Network」かもしれません。

FENは音楽番組がお目当てでした。
「American Top 40」みたいな番組ね。
番組スケジュールがわからないので、なんとなくスイッチを入れて、ヒットチャートをやっていればアタリなわけです。
フットボール中継だとハズレ。
わけわからないんですもの。
ラジオドラマもよく流れていて、これはビミョーにハズレかな。

田舎町のディラン少年がラジオを聴いていたということで、そんなことを思い出しました。
1950年代から60年代の、アメリカのラジオ番組。
昨日書いた「Inner Sanctum」「Suspense」「The Lone Ranger」はなんとなく雰囲気がわかります。
でも、他に挙げられた番組はお手上げです。

「This Is Your FBI」
 →Jerry Haendiges Vintage Radio Logs

「Fibber McGee and Molly」
 →The Unoffical Fibber McGee and Molly Home Page

 →Frequently Asked Questions about Fibber McGee and Molly

「The Fat Man」
 →Brad Runyon

「The Shadow」
 →The old-time radio show The Shadow

「Dragnet」
 →Dragnet

「The Colgate Comedy Hour」
 →The Colgate Comedy Hour

ディランが覚えている番組は人気があったものばかりなようです。
人気番組はそのままテレビにひきつがれているんですね。
日本でパクって番組にしてしまったものもあるようです。

-----------------------------------------
遠すぎる場所なんてなかった。
全部目に見えた。
サンフランシスコに関して僕が知る必要があるのは、パラディンがそこでホテル暮らしをしていることと、彼が雇われガンマンだということだけだった。
-----------------------------------------

なんとなくこのパラディン(Paladin)を辞書で引いてみると、ちゃんと載っていました。
さすが「リーダーズプラス」!

-----------------------------------------
(西部の男)パラディン 《米国テレビの西部劇 `Have Gun Will Travel'_ の主人公; ふだんは高級ホテルで優雅に過ごし `Have Gun, Will Travel …' (腕に自信あり, 依頼により参上) と書いた名刺を持ち歩く雇われガンマン; 依頼があると黒装束で出向いて仕事をする; Richard Boone (1917-81) が演じた》.
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夕陽とおじさん

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月27日 20:18
  • 日常雑記
千本浜 2004年12月27日

今日は丸一日オフだったが、餅つきに始まりドタバタ忙しく動き回った。
それでも夕方なんとか浜に出ることができた。
大晦日までずっと予定が入っているので、これが今年最後の夕陽撮影かな。

平日なのでそれほど人は多くなかったのだが、元気に散歩をしている初老の方が声をかけてきた。
勝手にカメラの話を始めたのだが、実はこの手が一番タチが悪い。
自分のカメラの話をしたいだけなのである。
ニコンのデジカメを持っていて、アドビで彩度を上げるときれいな写真になるのだそうな。

困ったな。
PENTAXのデジタル一眼レフを触らせろと言い出す。
無礼者め。
本当に迷惑なおっさんやなあ。
あっという間に日が沈んでしまうから、時間が貴重なのだよ。
CONTAXのコンパクトカメラには興味を示さない。
ご存知ではないようだ。

善意の人なのである。
退職教員にありがちなタイプだ。
人間関係のプロというプライドを持っているが、実は世間知らず。
写真雑誌や本でデジカメの使い方を勉強したんだろうな。
デジカメの画像をホームページにアップするような時には、彩度を上げろと書いてあったりしそうだ。
それを私に教えてくださらなくても結構です。

私の場合、たとえば鳥の部分を切り取るトリミング、画像の大きさを変えるリサイズ、画像の外側に少し影を付ける、この3種類の処理以外は行なわない。
元々空が様々な色に撮れるのがおもしろくて始めた撮影なので、明度や彩度をいじりたいとは思わない。

他の人にどう見えるかわからないということもある。
今はノートPCの液晶画面に向かうことが多いのだが、家にはナナオのモニターが2台ある。
CRTだと、液晶画面の画像とはまったく違うものに見える。
自分できれいだと思う画像に加工したい場合、どちらでいじればいいのだろう。
わからないし、面倒くさい。

というわけで、本日もイフェクトなしで夕陽画像をアップしました。

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CHRONICLES #43 ディランとローン・レンジャー

【追記】No.2

千本浜 2004年12月27日


今日は丸一日オフだったが、餅つきに始まりドタバタ忙しく動き回った。
それでも夕方なんとか浜に出ることができた。
大晦日までずっと予定が入っているので、これが今年最後の夕陽撮影かな。

平日なのでそれほど人は多くなかったのだが、元気に散歩をしている初老の方が声をかけてきた。
勝手にカメラの話を始めたのだが、実はこの手が一番タチが悪い。
自分のカメラの話をしたいだけなのである。
ニコンのデジカメを持っていて、アドビで彩度を上げるときれいな写真になるのだそうな。

困ったな。
PENTAXのデジタル一眼レフを触らせろと言い出す。
無礼者め。
本当に迷惑なおっさんやなあ。
あっという間に日が沈んでしまうから、時間が貴重なのだよ。
CONTAXのコンパクトカメラには興味を示さない。
ご存知ではないようだ。

善意の人なのである。
退職教員にありがちなタイプだ。
人間関係のプロというプライドを持っているが、実は世間知らず。
写真雑誌や本でデジカメの使い方を勉強したんだろうな。
デジカメの画像をホームページにアップするような時には、彩度を上げろと書いてあったりしそうだ。
それを私に教えてくださらなくても結構です。

私の場合、たとえば鳥の部分を切り取るトリミング、画像の大きさを変えるリサイズ、画像の外側に少し影を付ける、この3種類の処理以外は行なわない。
元々空が様々な色に撮れるのがおもしろくて始めた撮影なので、明度や彩度をいじりたいとは思わない。

他の人にどう見えるかわからないということもある。
今はノートPCの液晶画面に向かうことが多いのだが、家にはナナオのモニターが2台ある。
CRTだと、液晶画面の画像とはまったく違うものに見える。
自分できれいだと思う画像に加工したい場合、どちらでいじればいいのだろう。
わからないし、面倒くさい。

というわけで、本日もイフェクトなしで夕陽画像をアップしました。


【追記】No.1

餅つき終了。
もらった餅米が妙に固くて、とても疲れました。
昨年のように撮影をしている余裕はなかったのです。

 →2003年12月29日付幻泉館日録@楽天「おもちつき♪」

今日は銀行へ行って、墓参りして、畑仕事をして……予定がぎっしり。
暮れだわ。




八幡町歩道橋 2004年12月26日


クリスマスケーキで思い出したのだが、去年の日記では今年読んだ本のベストとして『やちまた』を挙げていたのだった。

 →2003年12月26日付幻泉館日録@楽天:足立巻一『やちまた』

私の読書速度はめちゃくちゃ速いのでその気になればあっという間に読み終えたはずなのですが、とにかくゆっくりと読んだ本です。
早く終わってしまうのがもったいないのです。

今年のベストはもちろんBob Dylanの"Chronicles: Volume One"。
googleを使って調べないと出てくる固有名詞がわからないので、いつ読み終わるのかわかりません。
もちろんそれが楽しいのです。

「Kettle of Fish」は何と訳したらいいのかわかりません。
店の名前なので「ケトル・オブ・フィッシュ」でもいいのですが、まあ「魚鍋」ということで。
未来に向けて壁があったという記述の後で、また二行空き。
いきなり「魚鍋」の話になります。

それでライブハウスの様子を書くのかと思ったら、田舎で聴いたラジオ番組のタイトルを列挙し始めます。
御大ディランおやじ、やっぱり思いつくままに書いているのではないかしら。

ラジオ番組は、中西部にいたころのディランの心象風景の大きな部分を占めているのです。
その時は今生きている時間が永遠に続くかのように感じる多感な思春期。
ディランは田舎町でこんな番組を聴いていました。
1940年代と50年代の、アメリカのラジオ番組。

★「Inner Sanctum(心の聖域)」
★「Suspense(サスペンス)」
 ディランはホラーとユーモアという解説を付けていますが、傑作ドラマが多かったようです。
 テレビの「ヒッチコック劇場」が始まったのは1955年。
 「ミステリー・ゾーン」「ロアルド・ダール劇場/予期せぬ出来事」も同系統ですね。

 →全米ラジオドラマ傑作選

★「The Lone Ranger(ローン・レンジャー)」
 テレビ版は私も知っています。
 小さなころ、おもちゃの拳銃とガンベルトを買ってもらいました。
 白馬シルバーに乗っています。
 「ハイヨー、シルバー!」
 ストーリーはまったく覚えていません。

 →The Lone Ranger

 →CLAYTON MOORE, THE LONE RANGER

 →ノスタルジック ワールド

田舎町の少年ディランは、こんなラジオ番組を夢中になって聴いていたんですね。
ただいまp.50です。
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餅つき

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月27日 12:05
  • 日常雑記

餅つき終了。
もらった餅米が妙に固くて、とても疲れました。
昨年のように撮影をしている余裕はなかったのです。

 →2003年12月29日付幻泉館日録@楽天「おもちつき♪」

今日は銀行へ行って、墓参りして、畑仕事をして……予定がぎっしり。
暮れだわ。

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CHRONICLES #43 ディランとローン・レンジャー

八幡町歩道橋 2004年12月26日

クリスマスケーキで思い出したのだが、去年の日記では今年読んだ本のベストとして『やちまた』を挙げていたのだった。

 →2003年12月26日付幻泉館日録@楽天:足立巻一『やちまた』

私の読書速度はめちゃくちゃ速いのでその気になればあっという間に読み終えたはずなのですが、とにかくゆっくりと読んだ本です。
早く終わってしまうのがもったいないのです。

今年のベストはもちろんBob Dylanの"Chronicles: Volume One"。
googleを使って調べないと出てくる固有名詞がわからないので、いつ読み終わるのかわかりません。
もちろんそれが楽しいのです。

「Kettle of Fish」は何と訳したらいいのかわかりません。
店の名前なので「ケトル・オブ・フィッシュ」でもいいのですが、まあ「魚鍋」ということで。
未来に向けて壁があったという記述の後で、また二行空き。
いきなり「魚鍋」の話になります。

それでライブハウスの様子を書くのかと思ったら、田舎で聴いたラジオ番組のタイトルを列挙し始めます。
御大ディランおやじ、やっぱり思いつくままに書いているのではないかしら。

ラジオ番組は、中西部にいたころのディランの心象風景の大きな部分を占めているのです。
その時は今生きている時間が永遠に続くかのように感じる多感な思春期。
ディランは田舎町でこんな番組を聴いていました。
1940年代と50年代の、アメリカのラジオ番組。

★「Inner Sanctum(心の聖域)」
★「Suspense(サスペンス)」
 ディランはホラーとユーモアという解説を付けていますが、傑作ドラマが多かったようです。
 テレビの「ヒッチコック劇場」が始まったのは1955年。
 「ミステリー・ゾーン」「ロアルド・ダール劇場/予期せぬ出来事」も同系統ですね。

 →全米ラジオドラマ傑作選

★「The Lone Ranger(ローン・レンジャー)」
 テレビ版は私も知っています。
 小さなころ、おもちゃの拳銃とガンベルトを買ってもらいました。
 白馬シルバーに乗っています。
 「ハイヨー、シルバー!」
 ストーリーはまったく覚えていません。

 →The Lone Ranger

 →CLAYTON MOORE, THE LONE RANGER

 →ノスタルジック ワールド

田舎町の少年ディランは、こんなラジオ番組を夢中になって聴いていたんですね。
ただいまp.50です。


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今年のクリスマスケーキ

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月26日 17:28
  • 日常雑記

昨年に続き、あやりん(仮名♀十代)のお手製ケーキ。
今年はクリスマス翌日になってしまいましたが、わいわいとおいしくいただきました。
ろうそくのサンタさんが、犬っころみたい。

クリスマスケーキ 2004年12月26日
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CHRONICLES #42 ディランとハロルド・アーレン

クリスマスの土曜日夕方、浜に行ってみた。 海も空も静かで、夕陽を眺めに来る人も多い。 昨年のクリスマスイブに見かけた高校生とよく似たカップルがいたのだが、別人なのだろう。

人は去り時は流れ、でも海と空は変わらない。
来年のクリスマスにもまたほほえましいカップルが夕陽を見に来るのだろうか。

千本浜 2004年12月25日

ジュディ・ガーランド(Judy Garland)が歌った名曲"The Man That Got Away"と"Some where Over the Rainbow"はハロルド・アーレン(Harold Arlen)が書いた曲です。
アーレンはハーレムのあのコットン・クラブでピアノを弾いていた人です。
デューク・エリントンとの競演もあるそうですが、このあたりではもう私にはわからない世界です。

ディランはアーレンのヒット曲として次のようなタイトルを挙げています。
つまり、好きだったんですね。

"Blues in the Night"
"Stormy Weather"
"Come Rain or Come Shine"
"Get Happy"

「ハロルドの曲には、田舎のブルーズとフォークが聞こえた」とディランは書いています。
なんだか仲間のような感情(emotional kinship)を抱いたのですね。
当時のディランはウッディ・ガスリーに夢中だったのですが、その前にはハンク・ウィリアムズが大好きだったそうです。

ハロルド・アーレンのほろ苦く、孤独な歌の世界が大好きになったのですが、ヴァン・ロンクはそういう歌を歌うことができました。
ディランは自分もそんなふうに歌うことができたはずだが、そうしようとは夢にも思わなかったと言っています。
自分の台本にはそんなことが書いていなかった。
自分の未来にもそんなことはなかった。

-------------------------------------------
What was the future? The future was a solid wall, not promising, not threatening----all bank. No gurantees of anything, not even the guarantee that life isn't one big joke.

未来はどんなものだったのだろうか。未来は固い壁だった。見込みがあるわけでも、不気味なわけでもない堤。何の保証もまったくなかった。人生がおおげさな冗談ではないという保証さえなかった。
-------------------------------------------


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CHRONICLES #42 ディランとハロルド・アーレン


【追記】No.1

昨年に続き、あやりん(仮名♀十代)のお手製ケーキ。
今年はクリスマス翌日になってしまいましたが、わいわいとおいしくいただきました。
ろうそくのサンタさんが、犬っころみたい。

クリスマスケーキ 2004年12月26日





クリスマスの土曜日夕方、浜に行ってみた。
海も空も静かで、夕陽を眺めに来る人も多い。
昨年のクリスマスイブに見かけた高校生とよく似たカップルがいたのだが、別人なのだろう。

人は去り時は流れ、でも海と空は変わらない。
来年のクリスマスにもまたほほえましいカップルが夕陽を見に来るのだろうか。

千本浜 2004年12月25日


ジュディ・ガーランド(Judy Garland)が歌った名曲"The Man That Got Away"と"Some where Over the Rainbow"はハロルド・アーレン(Harold Arlen)が書いた曲です。
アーレンはハーレムのあのコットン・クラブでピアノを弾いていた人です。
デューク・エリントンとの競演もあるそうですが、このあたりではもう私にはわからない世界です。

ディランはアーレンのヒット曲として次のようなタイトルを挙げています。
つまり、好きだったんですね。

"Blues in the Night"
"Stormy Weather"
"Come Rain or Come Shine"
"Get Happy"

「ハロルドの曲には、田舎のブルーズとフォークが聞こえた」とディランは書いています。
なんだか仲間のような感情(emotional kinship)を抱いたのですね。
当時のディランはウッディ・ガスリーに夢中だったのですが、その前にはハンク・ウィリアムズが大好きだったそうです。

ハロルド・アーレンのほろ苦く、孤独な歌の世界が大好きになったのですが、ヴァン・ロンクはそういう歌を歌うことができました。
ディランは自分もそんなふうに歌うことができたはずだが、そうしようとは夢にも思わなかったと言っています。
自分の台本にはそんなことが書いていなかった。
自分の未来にもそんなことはなかった。

-------------------------------------------
What was the future? The future was a solid wall, not promising, not threatening----all bank. No gurantees of anything, not even the guarantee that life isn't one big joke.

未来はどんなものだったのだろうか。未来は固い壁だった。見込みがあるわけでも、不気味なわけでもない堤。何の保証もまったくなかった。人生がおおげさな冗談ではないという保証さえなかった。
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グァンタナメラ

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月25日 12:19
  • 音楽

「グァンタナメラ」

グァンタナモの娘よ

グァンタナモの農民の娘よ

私は椰子の木の生える場所の真面目な男

死ぬ前に私は心の詩を歌いたい

 →キューバ独立の父ホセ・マルティ

 →ジョルジョ・アガンベン「例外状態」

 →反米嫌日戦線:米軍の捕虜虐待がFBIのメモより判明

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Ring Them Bells

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月25日 12:11
  • 日常雑記
【追記】No.1

「グァンタナメラ」

グァンタナモの娘よ

グァンタナモの農民の娘よ

私は椰子の木の生える場所の真面目な男

死ぬ前に私は心の詩を歌いたい

 →キューバ独立の父ホセ・マルティ

 →ジョルジョ・アガンベン「例外状態」

 →反米嫌日戦線:米軍の捕虜虐待がFBIのメモより判明






Merry - Christmas.com


昨年のクリスマスイブに、千本浜で見かけたほほえましい高校生カップル。
この二人、今年はどこで何をしているのだろう。

千本浜 2003年12月24日





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Ring Them Bells

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月25日 00:14
  • 日常雑記

Ring Them Bells


昨年のクリスマスイブに、千本浜で見かけたほほえましい高校生カップル。
この二人、今年はどこで何をしているのだろう。

千本浜 2003年12月24日
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CHRONICLES #41 ディランとジュディ・ガーランド

【連絡】

ただいま[http://gensenkan.hn.org/]のドメインが使えません。
幻泉館サーバをご利用の方は、urlの上記部分を下のどちらかに置き換えてください。
復旧は午後11時過ぎの予定です。

http://goodmusic.ddo.jp/
http://goodmusic.dyndns.org/




【追記】No.2

『Chronicles: Volume One』の翻訳権はソフトバンク パブリッシングが獲得した模様。

ビミョーだな。
あそこには、書籍の本文用紙を使った本を作ったことのある人がいるのだろうか。
ソニー・マガジンズの『メイキング・オブ・ブレードランナー』のようなひどい本作りはしてほしくないものだ。
頼みますよ。


2004年12月19日


ジュディ・ガーランド(Judy Garland)はミネソタ州グランドラピッズ(Grand Rapids)の出身で、ディランの生まれたところから20マイルほどのところなのだそうです。
ミシガン州のグランドラピッズ以外に、ミネソタ州にもあるのですね。
ディランはミネソタ州ヒビング(Hibbing)の出身だそうです。

それで、ジュディの歌を聴くと、なんだか隣の家の女の子が歌っているような感じがしたのだと書いています。
なるほどね。
うちの親父様が若い頃に伊豆の山中で代用教員をやっていたのですが、研ナオコさんが出てきた時、隣の家の娘のことのように話していました。
研ナオコさんの親戚をよく知っていたのですね。

ジュディはディランよりずっと前の時代の人なので……ここでディランはエルトン・ジョン(Elton John)の歌を引用しています。

 ♪ I would have liked to have known you,
 ♪ but I was just a kid.
 
これは「Candle In The Wind」という曲ですね。
冒頭は

 ♪ Goodbye Norma Jean
 ♪ Though I never knew you at all
 ♪ You had the grace to uphold yourself
 ♪ While those around you crawled

そう。
これはノーマ・ジーン、つまりマリリン・モンローのことを歌った曲なんです。

 ♪ Goodbye Norma Jean
 ♪ Goodbye Norma Jean
 ♪ Goodbye
 ♪ Goodbye Norma Jean

 →MIDI INTERNATIONAL: Elton John

もちろんディランはジュディ・ガーランドのもう一つの名曲「Some where Over the Rainbow」にも触れています。
「the cosmic」という修飾語を付けて。

 →2003年9月15日付幻泉館日録@楽天
  世紀を刻んだ歌 オーバー・ザ・レインボウ


【追記】No.1

私の自己宣伝リンクをご覧になってくださると、なぜディランがジュディを隣の姉ちゃんみたいだったと語りながら、マリリン・モンローを歌ったエルトンの曲を思い出したのか、なんとなく納得できるのではないでしょうか。

ジュディが第二次世界大戦時に軍を慰問したように、マリリン・モンローは朝鮮戦争時に在韓米軍を慰問しています。
二人とも、兵士たちに守るべき「家」を思い起こさせるアイドルだったのでしょう。
スターになってしまったために幸福とは言えない短い一生を送ったジュディとマリリンは、今もやはり偶像として人々の心に中に生き続けているようです。

と、怪しい与太話を付け加えてしまいましたが、googleで「マリリン・モンロー」「慰問」と検索すると、朝鮮戦争で慰問した時のマリリン・モンローを再現したフィギュアなんぞがヒットしました。
驚き。

www.iraqbodycount.orgwww.iraqbodycount.org
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LAN内専用DNSサーバ

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月24日 04:15
  • 日常雑記

MovableTypeを導入したところ、やはりLAN内にDNSサーバを立てないと、まともに運用できないことが判明。
つまらないところでひっかかって試行錯誤を繰り返したのだが、やっと設定が終わった。
ひさしぶりにサーバをいじったのが、うまく動くようになると嬉しいものです。

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CHRONICLES #41 ディランとジュディ・ガーランド

2004年12月19日

ジュディ・ガーランド(Judy Garland)はミネソタ州グランドラピッズ(Grand Rapids)の出身で、ディランの生まれたところから20マイルほどのところなのだそうです。
ミシガン州のグランドラピッズ以外に、ミネソタ州にもあるのですね。
ディランはミネソタ州ヒビング(Hibbing)の出身だそうです。

それで、ジュディの歌を聴くと、なんだか隣の家の女の子が歌っているような感じがしたのだと書いています。
なるほどね。
うちの親父様が若い頃に伊豆の山中で代用教員をやっていたのですが、研ナオコさんが出てきた時、隣の家の娘のことのように話していました。
研ナオコさんの親戚をよく知っていたのですね。

ジュディはディランよりずっと前の時代の人なので……ここでディランはエルトン・ジョン(Elton John)の歌を引用しています。

 ♪ I would have liked to have known you,
 ♪ but I was just a kid.
 
これは「Candle In The Wind」という曲ですね。
冒頭は

 ♪ Goodbye Norma Jean
 ♪ Though I never knew you at all
 ♪ You had the grace to uphold yourself
 ♪ While those around you crawled

そう。
これはノーマ・ジーン、つまりマリリン・モンローのことを歌った曲なんです。

 ♪ Goodbye Norma Jean
 ♪ Goodbye Norma Jean
 ♪ Goodbye
 ♪ Goodbye Norma Jean

 →MIDI INTERNATIONAL: Elton John

もちろんディランはジュディ・ガーランドのもう一つの名曲「Some where Over the Rainbow」にも触れています。
「the cosmic」という修飾語を付けて。

 →2003年9月15日付幻泉館日録@楽天
  世紀を刻んだ歌 オーバー・ザ・レインボウ


【追記】No.1

私の自己宣伝リンクをご覧になってくださると、なぜディランがジュディを隣の姉ちゃんみたいだったと語りながら、マリリン・モンローを歌ったエルトンの曲を思い出したのか、なんとなく納得できるのではないでしょうか。

ジュディが第二次世界大戦時に軍を慰問したように、マリリン・モンローは朝鮮戦争時に在韓米軍を慰問しています。
二人とも、兵士たちに守るべき「家」を思い起こさせるアイドルだったのでしょう。
スターになってしまったために幸福とは言えない短い一生を送ったジュディとマリリンは、今もやはり偶像として人々の心に中に生き続けているようです。

と、怪しい与太話を付け加えてしまいましたが、googleで「マリリン・モンロー」「慰問」と検索すると、朝鮮戦争で慰問した時のマリリン・モンローを再現したフィギュアなんぞがヒットしました。
驚き。


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CHRONICLES #40 ディランとジュークボックス

千本浜 2004年12月21日

ディランは後に親友になるニューワースのことを才能のある人物だったと書いています。
でも、あまり野心というものは持っていなかったとも。
二人は同じものを好むことが多かったそうです。
ジュークボックスの中の曲でさえ。

ジュークボックスというのは、私が高校生だった70年代前半には既にレトロな雰囲気をもったものでした。
小さいころ、あの西武が開発した箱根のスケート場でお兄さんお姉さんたちが興じているイメージ。
高校2年の高原教室では、ホテルのラウンジでこっそりかけたつもりが、大音量で響いてびっくりしてしましました。
「While My Guitar Gently Weeps」を聴くと、今でも志賀高原の夏を思い出します。

ボブとボビーが聴いていたジュークボックスは、ほとんどがジャズだったそうです。
日本のジュークボックスとはだいぶ違いますね。

 →Zoot Simms

 →Hampton Hawes
 
 →Stan Getz
 
リズム&ブルーズ(rhythm-and-blues)もあったそうです。

 →Bumble Bee Slim
 
 →Slim Galliard
 
 →Percy Mayfield
 
ディランによれば、いわゆるビート族はフォークに寛容ではあったが、別に好んでいたわけではないそうです。
好まれたのはモダンジャズ、ビバップです。

なんだかおかしいのは、ディランは実際に自分でコインを入れて、ジュディ・ガーランド(Judy Garland)の「The Man That Got Away」を何度かかけたと書いてることです。
夢中になったわけではないと言ってますが、好きな曲だったんですね。

 →The Man That Got Away Lyrics

音源を探したのですが、歌詞しかみつかりませんでした。
amazon.comあたりで試聴できることでしょう。
ジュディ・ガーランドは去年ベスト盤が出てるんですね。
すごいわあ。

ただいまp.49です。


www.iraqbodycount.orgwww.iraqbodycount.org
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CHRONICLES #40 ディランとジュークボックス

千本浜 2004年12月21日


ディランは後に親友になるニューワースのことを才能のある人物だったと書いています。
でも、あまり野心というものは持っていなかったとも。
二人は同じものを好むことが多かったそうです。
ジュークボックスの中の曲でさえ。

ジュークボックスというのは、私が高校生だった70年代前半には既にレトロな雰囲気をもったものでした。
小さいころ、あの西武が開発した箱根のスケート場でお兄さんお姉さんたちが興じているイメージ。
高校2年の高原教室では、ホテルのラウンジでこっそりかけたつもりが、大音量で響いてびっくりしてしましました。
「While My Guitar Gently Weeps」を聴くと、今でも志賀高原の夏を思い出します。

ボブとボビーが聴いていたジュークボックスは、ほとんどがジャズだったそうです。
日本のジュークボックスとはだいぶ違いますね。

 →Zoot Simms

 →Hampton Hawes
 
 →Stan Getz
 
リズム&ブルーズ(rhythm-and-blues)もあったそうです。

 →Bumble Bee Slim
 
 →Slim Galliard
 
 →Percy Mayfield
 
ディランによれば、いわゆるビート族はフォークに寛容ではあったが、別に好んでいたわけではないそうです。
好まれたのはモダンジャズ、ビバップです。

なんだかおかしいのは、ディランは実際に自分でコインを入れて、ジュディ・ガーランド(Judy Garland)の「The Man That Got Away」を何度かかけたと書いてることです。
夢中になったわけではないと言ってますが、好きな曲だったんですね。

 →The Man That Got Away Lyrics

音源を探したのですが、歌詞しかみつかりませんでした。
amazon.comあたりで試聴できることでしょう。
ジュディ・ガーランドは去年ベスト盤が出てるんですね。
すごいわあ。

ただいまp.49です。
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CHRONICLES #39 ボブとボビー

【追記】No.1

-----------------------------------------------
Like Kerouac had immortalized Neal Cassady in On the Road, somebody should have immortalized Neuwirth.

ジャック・ケルアックが『路上』でニール・キャサディの名を不朽のものとしたように、誰かがニューワースの名をそうしておくべきだったのだが。
-----------------------------------------------

ボブがボビーのことを語る時には、その思い入れがあふれてしまっています。
実際に二人が行なったのは「放浪」ではなかったのでしょうが、でもディランにとってはかけがえのない旅だったのでしょう。

OFFICIAL WEB SITE OF JACK KEROUAC

The Neal Cassady Experience


千本浜 2004年12月21日


「ガス灯」は混雑していたので、ディランはポーカーをやっている楽屋に行くほかに、隣の「魚鍋(Kettle of Fish)」という店にもよく遊びに行っていたようです。
もっとも、そこもいつも混雑していたというのですから、ディランはふらふらするのが好きだったのでしょう。
そこでいろいろな人を見るのがおもしろくてしかたがなかったようです。

お隣さんに出演していた人としては、こんな名前が挙がっています。

 →Richard Pryor
 
 →David Amram
 
 →Gregory Corso
 
 →Ted Joans
 
 →Fred Hellerman

------------------------------------------------
ある夜、ボビー・ニューワース(Bobby Neuwirth)という奴が友人と一緒にやってきて、大騒ぎを起こした。
その後、僕とボビーはフォーク・フェスティバルで何度か会うことになる。
最初から挑発的なやつで、あいつの自由はなにものも制することができないのがすぐにわかった。
何かに対してめちゃくちゃに反乱していた。
------------------------------------------------

ボビーはアクロンの出身で、ボブと同い年のバンジョー弾き。
ボストンの美術学校に通っていて、来年の春には田舎に帰ることになっていたそうです。
後に二人は親友になり、一緒にツアーをします。

 →A MOVIE FOR DAVID GEFFEN

ディラン19歳当時のグリニッチ・ビレッジを説明したサイトがありました。

 →Village Walking Tour

 →Google翻訳サービス:村の歩く旅行(???)

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CHRONICLES #39 ボブとボビー

【追記】No.1

-----------------------------------------------
Like Kerouac had immortalized Neal Cassady in On the Road, somebody should have immortalized Neuwirth.

ジャック・ケルアックが『路上』でニール・キャサディの名を不朽のものとしたように、誰かがニューワースの名をそうしておくべきだったのだが。
-----------------------------------------------

ボブがボビーのことを語る時には、その思い入れがあふれてしまっています。
実際に二人が行なったのは「放浪」ではなかったのでしょうが、でもディランにとってはかけがえのない旅だったのでしょう。

OFFICIAL WEB SITE OF JACK KEROUAC

The Neal Cassady Experience


千本浜 2004年12月21日

「ガス灯」は混雑していたので、ディランはポーカーをやっている楽屋に行くほかに、隣の「魚鍋(Kettle of Fish)」という店にもよく遊びに行っていたようです。
もっとも、そこもいつも混雑していたというのですから、ディランはふらふらするのが好きだったのでしょう。
そこでいろいろな人を見るのがおもしろくてしかたがなかったようです。

お隣さんに出演していた人としては、こんな名前が挙がっています。

 →Richard Pryor
 
 →David Amram
 
 →Gregory Corso
 
 →Ted Joans
 
 →Fred Hellerman

------------------------------------------------
ある夜、ボビー・ニューワース(Bobby Neuwirth)という奴が友人と一緒にやってきて、大騒ぎを起こした。
その後、僕とボビーはフォーク・フェスティバルで何度か会うことになる。
最初から挑発的なやつで、あいつの自由はなにものも制することができないのがすぐにわかった。
何かに対してめちゃくちゃに反乱していた。
------------------------------------------------

ボビーはアクロンの出身で、ボブと同い年のバンジョー弾き。
ボストンの美術学校に通っていて、来年の春には田舎に帰ることになっていたそうです。
後に二人は親友になり、一緒にツアーをします。

 →A MOVIE FOR DAVID GEFFEN

ディラン19歳当時のグリニッチ・ビレッジを説明したサイトがありました。

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CHRONICLES #38 ディランとポーカー

千本浜 2004年12月17日

「ガス灯」では出番が終わると演者は楽屋に上がっていったそうです。
そこでは夜通しポーカーをやっていました。
いつもそこにいたメンバーとしては、ヴァン・ロンク(Van Ronk)の他にストゥーキー(Stooky)、ロムニー(Romney)、ハル・ウォーターズ(Hal Waters)ポール・クレイトン(Paul Clayton)ルーク・ファウスト(フォースト? Luke Faust)レン・チャンドラー(Ren Chandler)の名前が挙がっています。

この中のストゥーキー(Stooky)とロムニー(Romney)が誰なのかわかりません。
Stookeyというと、Peter, Paul and Maryのポール・ストゥーキーしか知りませんが、そうなのでしょうか。
 →Noel Paul Stookey
 
そこは出入り自由で、小さなスピーカーからステージの様子が流れていました。
自分の出番が近づいたらわかるようになっていたわけです。

掛け金はニッケル(5セント)、ダイム(10セント)、クォーター(25セント)といった小銭の硬貨だったけれど、時には総掛け金(pot)が20ドルといった大勝負(?)になることもあったそうです。

ここで確認しておきますと、ディランが後に初めてレコード契約をした時に渡された当面の生活費が100ドルでした。
週末に観光客の投げ銭目当てに徹夜で演奏して得たお金が一晩20ドルで、これは悪くない金額のようでした。

さて、若造ディラン君は、正直ポーカーをしていて助言をもらったようです。

------------------------------------------------------
二度目か三度目のドローでワンペアもできなければ、僕はいつもカードを伏せてゲームを投げた。
ある時チャンドラーが教えてくれた。
「ブラフのかけ方を覚えなきゃ。それをやらなきゃ、このゲームでは絶対に勝てないよ。ブラフでしくじることだって必要なんだ。後で、勝ち札を持っているのにブラフをかけていると他の連中に思わせたい時に、役に立つだろ。」
------------------------------------------------------

悪いこと教えるオトナがいるもんですな。
いや、チャンドラーさんは親切なんです。
こうやってオトナの仲間入りをしていくものなんでしょう。

ポーカーの用語やルールはこちらをどうぞ。

 →ポーカーの種類とルール

ただいまp.47です。


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CHRONICLES #38 ディランとポーカー


千本浜 2004年12月17日


「ガス灯」では出番が終わると演者は楽屋に上がっていったそうです。
そこでは夜通しポーカーをやっていました。
いつもそこにいたメンバーとしては、ヴァン・ロンク(Van Ronk)の他にストゥーキー(Stooky)、ロムニー(Romney)、ハル・ウォーターズ(Hal Waters)ポール・クレイトン(Paul Clayton)ルーク・ファウスト(フォースト? Luke Faust)レン・チャンドラー(Ren Chandler)の名前が挙がっています。

この中のストゥーキー(Stooky)とロムニー(Romney)が誰なのかわかりません。
Stookeyというと、Peter, Paul and Maryのポール・ストゥーキーしか知りませんが、そうなのでしょうか。
 →Noel Paul Stookey
 
そこは出入り自由で、小さなスピーカーからステージの様子が流れていました。
自分の出番が近づいたらわかるようになっていたわけです。

掛け金はニッケル(5セント)、ダイム(10セント)、クォーター(25セント)といった小銭の硬貨だったけれど、時には総掛け金(pot)が20ドルといった大勝負(?)になることもあったそうです。

ここで確認しておきますと、ディランが後に初めてレコード契約をした時に渡された当面の生活費が100ドルでした。
週末に観光客の投げ銭目当てに徹夜で演奏して得たお金が一晩20ドルで、これは悪くない金額のようでした。

さて、若造ディラン君は、正直ポーカーをしていて助言をもらったようです。

------------------------------------------------------
二度目か三度目のドローでワンペアもできなければ、僕はいつもカードを伏せてゲームを投げた。
ある時チャンドラーが教えてくれた。
「ブラフのかけ方を覚えなきゃ。それをやらなきゃ、このゲームでは絶対に勝てないよ。ブラフでしくじることだって必要なんだ。後で、勝ち札を持っているのにブラフをかけていると他の連中に思わせたい時に、役に立つだろ。」
------------------------------------------------------

悪いこと教えるオトナがいるもんですな。
いや、チャンドラーさんは親切なんです。
こうやってオトナの仲間入りをしていくものなんでしょう。

ポーカーの用語やルールはこちらをどうぞ。

 →ポーカーの種類とルール

ただいまp.47です。
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アンデスのケーナ

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月20日 15:55
  • 音楽
ケーナを吹く人

ぼ・う・ね・ん・か・い?

アンデスのケーナをいただきました。
ケーナを物色していたところなので、とても嬉しいです。
立派なG管ですが、まだちゃんと音が出ません。
来年の春一番を目標に、少しずつ練習しましょう。

ガス灯の楽屋風景など読んだのですが、人名をチェックしている時間がなかったのでクロニクルズはお休みします。

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アンデスのケーナ

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月20日 00:00
  • 音楽
【追記】No.1

自宅サーバにMovableTypeというblogシステムを入れたり、gooやlivedoorにミラーを作ってみて気づいたこと。
楽天広場の不便な点です。

一日に一つしかエントリーが作れない。
携帯からコメントの読み書きができない。
サイト検索機能がない。

幻泉館本館blogでも、gooやlivedoorのblogでもできることです。
日記サイトをやめてblogを名乗りたいのなら、こういう標準を満たさないといけませんな。
中途半端にカレンダーを表示してblogでございと名乗っていてもダメですよ。




ケーナを吹く人


ぼ・う・ね・ん・か・い?

アンデスのケーナをいただきました。
ケーナを物色していたところなので、とても嬉しいです。
立派なG管ですが、まだちゃんと音が出ません。
来年の春一番を目標に、少しずつ練習することにしましょう。

ガス灯の楽屋風景など読んだのですが、人名をチェックしている時間がなかったのでクロニクルズはお休みします。

幻泉館 リンク用バナー


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CHRONICLES #37 ディランと「ガス灯」

千本浜 2004年12月18日

クラウゼヴィッツに触れて「政治は力だ」と言い、バルザックに触れて「人生は金だ」と語るディラン。
これだけだとなんだかその辺にいる普通のおじさんみたいに見えますね。

でも、二十歳ぐらいのディランがやってたことは尋常ではありません。
普通のおじさんがやらなかったことです。
歌手になるという目標を決めて、そのために突っ走っているのです。
自らの定義が「歌手」なんですから、他の仕事はしません。
自分の部屋はなくてもなんとかなるから、その分の時間を人脈作りと学習に当てます。

学習といえば、フォークロア・センター(the Folklore Center)はディランにとって文字どおり「私の大学」だったのではないかと思います。
レイとクローイの部屋も大衆文化の一般教育課程のようなものですから、グリニッチビレッジが「私の大学」かな。

バルザックの話から二行空けて、いきなり「The Gaslight(ガス灯)」の話に戻ります。
覚えておいででしょうか。
ヴァン・ロンクと一緒にステージに立つことができるようになってディランが喜んでいた、あのカフェです。

 →GASLIGHT CAFE

-----------------------------------------
「ガス灯」はかぶりつきのテーブルといったような特別なものは何もなかったが、最初から最後までいつもすし詰めの混雑だった。
テーブルに腰掛ける者もいれば、壁際に立っている者もいた。
壁は煉瓦造りで、照明は暗く、パイプが剥き出しだった。
-----------------------------------------

唐突です。
これでレイとクローイの部屋の回想は終わったのかしら。
よくわからないまま読み進みます。

-----------------------------------------
寒い冬の夜でも、入るのに列ができた。
地階にある二つの入り口まで、人の塊が続いていた。
中にはいつもとてもたくさん人がいるので、息もできないほどだった。
どれぐらい収容できたのか知らないが、いつも一万人以上いるみたいだった。
-----------------------------------------

ディランのおやじギャグです。
そんなに入るわけがない。
こういう状態ですから、いつも消防署長が出たり入ったりしていたそうです。

ディランはここで二十分の持ち時間で演奏をしました。
持ち歌のフォークソングを歌って、何が起こるか注意していたそうです。

はい、半端ですが、今夜はここまで。
ただいまp.46です。


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CHRONICLES #37 ディランと「ガス灯」

千本浜 2004年12月18日


クラウゼヴィッツに触れて「政治は力だ」と言い、バルザックに触れて「人生は金だ」と語るディラン。
これだけだとなんだかその辺にいる普通のおじさんみたいに見えますね。

でも、二十歳ぐらいのディランがやってたことは尋常ではありません。
普通のおじさんがやらなかったことです。
歌手になるという目標を決めて、そのために突っ走っているのです。
自らの定義が「歌手」なんですから、他の仕事はしません。
自分の部屋はなくてもなんとかなるから、その分の時間を人脈作りと学習に当てます。

学習といえば、フォークロア・センター(the Folklore Center)はディランにとって文字どおり「私の大学」だったのではないかと思います。
レイとクローイの部屋も大衆文化の一般教育課程のようなものですから、グリニッチビレッジが「私の大学」かな。

バルザックの話から二行空けて、いきなり「The Gaslight(ガス灯)」の話に戻ります。
覚えておいででしょうか。
ヴァン・ロンクと一緒にステージに立つことができるようになってディランが喜んでいた、あのカフェです。

 →GASLIGHT CAFE

-----------------------------------------
「ガス灯」はかぶりつきのテーブルといったような特別なものは何もなかったが、最初から最後までいつもすし詰めの混雑だった。
テーブルに腰掛ける者もいれば、壁際に立っている者もいた。
壁は煉瓦造りで、照明は暗く、パイプが剥き出しだった。
-----------------------------------------

唐突です。
これでレイとクローイの部屋の回想は終わったのかしら。
よくわからないまま読み進みます。

-----------------------------------------
寒い冬の夜でも、入るのに列ができた。
地階にある二つの入り口まで、人の塊が続いていた。
中にはいつもとてもたくさん人がいるので、息もできないほどだった。
どれぐらい収容できたのか知らないが、いつも一万人以上いるみたいだった。
-----------------------------------------

ディランのおやじギャグです。
そんなに入るわけがない。
こういう状態ですから、いつも消防署長が出たり入ったりしていたそうです。

ディランはここで二十分の持ち時間で演奏をしました。
持ち歌のフォークソングを歌って、何が起こるか注意していたそうです。

はい、半端ですが、今夜はここまで。
ただいまp.46です。
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CHRONICLES #36 ディランとバルザック

千本浜 2004年12月17日

ディランの書物談義はまだ続きます。
ロバート・グレイブス(Robert Graves)の『白い女神たち(The White Goddess)』を読んだと書いています。
どうも映画『アマゾネス(The Amazoness)』(1973年)はこの人が原作者なんですね。
この映画は高校生の頃、友人たちと観に行きましたぞ。
お目当ては『燃えよドラゴン』(1973年)。
もちろん、あのブルース・リーの主演作です。
のんびり市では、この二本立てで興業していたのでありました。

あ、ロバート・グレイブスが映画になってるんですね。
来年公開のようです。
 →Poetic Unreason
 グレイブスの詩にリンクを張ってくれてます。

ディランは数年後、ロンドンでグレイブスに会います。
あれれ?
"Don't Look Back"のころかしら。
二人でパディトン広場を元気に歩き回ったということです。

本に書いてあったことをグレイブス本人に尋ねたかったけれど、その場ではあまり思い出すことができなかったそうです。
それはそういうものですね。

それからまたまた意外なことに、ディランはあのバルザックが好きだったようです。
たくさん読んだと書いています。
『従兄ポンス(Le Cousin Pons)』はわかるんですが、『運と革(Luck and Leather)』というのはのは何なんでしょう。

------------------------------------------------
バルザックはとてもおもしろかった。
彼の哲学は平明で単純。
狂気に対する処方箋は基本的には純粋な物質主義であると言っている。
------------------------------------------------

う?ん、よくわかりません。

------------------------------------------------
B氏からはたくさん学ぶことができる。
彼を仲間として迎えることは、おもしろい。
彼は修道士のローブをはおり、絶えずコーヒーを飲み続ける。
眠り過ぎると、動きが滞ってしまうのだ。
歯の一本が抜け落ちると、こう言う。
「これはどういう意味だ?」
あらゆることを尋ねる。
彼の服はろうそくの火がついて燃える。
燃えるのはいい兆しかもしれない。
バルザックは楽しい。
------------------------------------------------

私の鬼門領域なのでありますが、確かに文豪というだけあって、バルザックは豪快さんらしいです。


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CHRONICLES #36 ディランとバルザック

千本浜 2004年12月17日


ディランの書物談義はまだ続きます。
ロバート・グレイブス(Robert Graves)の『白い女神たち(The White Goddess)』を読んだと書いています。
どうも映画『アマゾネス(The Amazoness)』(1973年)はこの人が原作者なんですね。
この映画は高校生の頃、友人たちと観に行きましたぞ。
お目当ては『燃えよドラゴン』(1973年)。
もちろん、あのブルース・リーの主演作です。
のんびり市では、この二本立てで興業していたのでありました。

あ、ロバート・グレイブスが映画になってるんですね。
来年公開のようです。
 →Poetic Unreason
 グレイブスの詩にリンクを張ってくれてます。

ディランは数年後、ロンドンでグレイブスに会います。
あれれ?
"Don't Look Back"のころかしら。
二人でパディトン広場を元気に歩き回ったということです。

本に書いてあったことをグレイブス本人に尋ねたかったけれど、その場ではあまり思い出すことができなかったそうです。
それはそういうものですね。

それからまたまた意外なことに、ディランはあのバルザックが好きだったようです。
たくさん読んだと書いています。
『従兄ポンス(Le Cousin Pons)』はわかるんですが、『運と革(Luck and Leather)』というのはのは何なんでしょう。

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バルザックはとてもおもしろかった。
彼の哲学は平明で単純。
狂気に対する処方箋は基本的には純粋な物質主義であると言っている。
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う?ん、よくわかりません。

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B氏からはたくさん学ぶことができる。
彼を仲間として迎えることは、おもしろい。
彼は修道士のローブをはおり、絶えずコーヒーを飲み続ける。
眠り過ぎると、動きが滞ってしまうのだ。
歯の一本が抜け落ちると、こう言う。
「これはどういう意味だ?」
あらゆることを尋ねる。
彼の服はろうそくの火がついて燃える。
燃えるのはいい兆しかもしれない。
バルザックは楽しい。
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私の鬼門領域なのでありますが、確かに文豪というだけあって、バルザックは豪快さんらしいです。
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CHRONICLES #35 (Bob Dylan)

千本浜 2004年11月

昨日のゴージャズ・ジョージは強烈でしたが、読んでいて映画『ブルース・ブラザーズ』のジェームズ・ブラウンを思い出しました。
ジェイクとエルウッドが歌って踊る説教に天啓を受けてしまうところね。

ディランに聞こえた"You're making it come alive."は、まあ「君はそれを生きている状態にさせている」なんですが、たとえばナベサダさんの言葉だったら、「ゴキゲンだね」という誉め言葉になるんでしょう。

当然ながら、その時一緒に演奏していたバンドは例によって引き抜かれてしまいます。
他にも演奏を観ていた人がいたんですね。
またバンドのメンバーを集めようとはするのですが、結局その時から独りで演奏して歌うというスタイルを練習することになります。
「お金を払ってバンドを雇うことができるようになるまで。」

ここで、やっとクラウゼヴィッツの名前が出てくるのです。

----------------------------------------------------
クラウゼヴィッツの本は時代遅れのようだったが、その中には本当のことがたくさん書いてあった。
それを読めば、慣習的な生活と環境からの圧力が理解できた。
政治が道徳に取って代わったが、政治とは暴力なのであるとクラウゼヴィッツが言う時、それは別にふざけているのではない。
それは信じなければならない。
----------------------------------------------------

道義ではなく、力が人間関係を支配しているのだと、やや露悪的な書き方をしています。
その現実を直視しなければならない。

----------------------------------------------------
クラウゼヴィッツはいくつかの点において預言者である。
気づかぬうちに、この本の中のいくつかのものが君の考え方を形成するかもしれない。
もしも自分が夢想家だと思うのなら、この本を読んで、自分が夢見ることさえできないのだと気づくかもしれない。
夢を見るのは危険なことだ。
----------------------------------------------------

ただいまp.45です。


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CHRONICLES #35 ディランとクラウゼヴィッツ

千本浜 2004年11月


昨日のゴージャズ・ジョージは強烈でしたが、読んでいて映画『ブルース・ブラザーズ』のジェームズ・ブラウンを思い出しました。
ジェイクとエルウッドが歌って踊る説教に天啓を受けてしまうところね。

ディランに聞こえた"You're making it come alive."は、まあ「君はそれを生きている状態にさせている」なんですが、たとえばナベサダさんの言葉だったら、「ゴキゲンだね」という誉め言葉になるんでしょう。

当然ながら、その時一緒に演奏していたバンドは例によって引き抜かれてしまいます。
他にも演奏を観ていた人がいたんですね。
またバンドのメンバーを集めようとはするのですが、結局その時から独りで演奏して歌うというスタイルを練習することになります。
「お金を払ってバンドを雇うことができるようになるまで。」

ここで、やっとクラウゼヴィッツの名前がふたたび出てくるのです。

----------------------------------------------------
クラウゼヴィッツの本は時代遅れのようだったが、その中には本当のことがたくさん書いてあった。
それを読めば、慣習的な生活と環境からの圧力が理解できた。
政治が道徳に取って代わったが、政治とは暴力なのであるとクラウゼヴィッツが言う時、別にふざけているのではない。
それは信じなければならない。
----------------------------------------------------

道義ではなくて力が人間関係を支配しているのだと、やや露悪的な書き方をしています。
この現実を人は直視しなければならないのです。

----------------------------------------------------
クラウゼヴィッツはいくつかの点において預言者である。
気づかぬうちに、この本の中のいくつかのものが君の考え方を形成するかもしれない。
もしも自分が夢想家だと思うのなら、この本を読んで、自分が夢見ることさえできないのだと気づくかもしれない。
夢を見るのは危険なことだ。
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ただいまp.45です。
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ほうろくでコーヒー豆を

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月16日 15:48
  • 日常雑記

コーヒー豆の焙煎を始めたのです。
ずっと前からやってみたかったのね。
焙煎器なる道具はとても高いのでずっと躊躇していたのだけど、ほうろく(焙烙・炮烙)で良いのだ。
通信販売のコーヒー豆屋さんだと2千円台だが、「ほうろく」で検索すると、千円ぐらいからあった。

まだちょっとヘタクソ。
豆がはじけてから長く煎り過ぎるらしい。
煎った後は、家中が天津甘栗屋さんのように香ばしくなってしまう。
見掛けがちょっと黒いのだけど、でも、飲んでみるととてもおいしいのです。

それを見て、おっ母さんが青大豆を買って来た。
煎って食べるつもりらしい。
大豆ならかまわないが、魚はやめてもらいたいなと思った。

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CHRONICLES #34 (Bob Dylan)

八幡町歩道橋 2004年12月15日

ディランのバンドが復員軍人会のロビーで演奏していても、誰も振り向いてはくれませんでした。
ところが突然ドアが開いてゴージャス・ジョージ本人が入って来ました。
これもすごいリングネームですね、ゴージャスって自分で名乗っちゃうんですよ。
「豪華絢爛ジョージ」って、あぁた、叶姉妹じゃないんだから。
で、その豪華絢爛な登場の仕方を描写するディランの筆致がおもしろいのです。

---------------------------------------------------
He roared in like the storm, didn't go through the backstage area, he came right through the lobby of the building and he seemed like forty men. It was Gorgeous George, in all his magnificent glory with all the lightning and vitality you'd expect.
---------------------------------------------------

まさに一騎当千、後光がきんきらきんにまぶしいゴージャス・ジョージです。
従者が何人も付き、薔薇の花束を抱えた女性が取り囲み、長いブロンドの巻き毛がなびいていたそうです。

そして、音楽がする方向を向くと、ディランと視線を合わせ、ウィンクして言うのです。

---------------------------------------------------
"You're making it come alive."
---------------------------------------------------

さらにおかしいのは、本当にゴージャス・ジョージがそう言ったかどうかは問題ではないと、ディランが続けて書いていることです。
ゴージャス・ジョージがそうつぶやいたように、ディランに聞こえたということ、そしてそれを決して忘れてはいないということが大切なんだそうです。
自分が人に認めてもらって、それに励まされたということ。
とても嬉しかったんでしょうね。

ただいまp.44であります。


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CHRONICLES #34 ディランとゴージャス・ジョージ


【追記】No.1

コーヒー豆の焙煎を始めたのです。
ずっと前からやってみたかったのね。
焙煎器なる道具はとても高いのでずっと躊躇していたのだけど、ほうろく(焙烙・炮烙)で良いのだ。
通信販売のコーヒー豆屋さんだと2千円台だが、「ほうろく」で検索すると、千円ぐらいからあった。

まだちょっとヘタクソ。
豆がはじけてから長く煎り過ぎるらしい。
煎った後は、家中が天津甘栗屋さんのように香ばしくなってしまう。
見掛けがちょっと黒いのだけど、でも、飲んでみるととてもおいしいのです。

それを見て、おっ母さんが青大豆を買って来た。
煎って食べるつもりらしい。
大豆ならかまわないが、魚はやめてもらいたいなと思った。




八幡町歩道橋 2004年12月15日


ディランのバンドが復員軍人会のロビーで演奏していても、誰も振り向いてはくれませんでした。
ところが突然ドアが開いてゴージャス・ジョージ本人が入って来ました。
これもすごいリングネームですね、ゴージャスって自分で名乗っちゃうんですよ。
「豪華絢爛ジョージ」って、あぁた、叶姉妹じゃないんだから。
で、その豪華絢爛な登場の仕方を描写するディランの筆致がおもしろいのです。

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He roared in like the storm, didn't go through the backstage area, he came right through the lobby of the building and he seemed like forty men. It was Gorgeous George, in all his magnificent glory with all the lightning and vitality you'd expect.
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まさに一騎当千、後光がきんきらきんにまぶしいゴージャス・ジョージです。
従者が何人も付き、薔薇の花束を抱えた女性が取り囲み、長いブロンドの巻き毛がなびいていたそうです。

そして、音楽がする方向を向くと、ディランと視線を合わせ、ウィンクして言うのです。

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"You're making it come alive."
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さらにおかしいのは、本当にゴージャス・ジョージがそう言ったかどうかは問題ではないと、ディランが続けて書いていることです。
ゴージャス・ジョージがそうつぶやいたように、ディランに聞こえたということ、そしてそれを決して忘れてはいないということが大切なんだそうです。
自分が人に認めてもらって、それに励まされたということ。
とても嬉しかったんでしょうね。

ただいまp.44であります。
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CHRONICLES #33 (Bob Dylan)

千本浜 2004年12月14日

私が初めてクラウゼヴィッツの名を目にしてから二十年ぐらい経ったころのことだろうか。
広瀬隆さんが『クラウゼヴィッツの暗号文』という本を出したので、ふむふむと読んだ。
どうも閨閥などというのがピンと来なかった。
わたしゃ血で人を語るのが好きではないんだな。

従妹が防衛大出身の自衛官と結婚した時、うちの家族で私だけ結婚式に招待されなかった。
反戦自衛官の本を出したりしている会社にいたので、出世に関わるとでも思ったのだろうか。
その後NHKの下請け仕事をしている時には、その叔父さん(従妹の父親)が揉み手をしながら近寄ってきたのはおかしかった。

ディランが絶大な信頼を寄せていたおばあちゃんは、傷心のディランにこういったことを言います。

"There are some people you'll never be able to win over. Just let it go--let it wear out."
 「お前が絶対に勝てない連中もいるんだよ。それが廃れるまで放っておきなさい。」

そりゃそうなんだけど、ディラン少年の気持ちは収まりません。
せっかく作りかけたバンドを取り上げてしまう連中は、地域の議会や商店会にコネのあるやつらでした。
こういった血縁関係は、どの地域でもいたるところでさまざまに結びついていました。
なんだか丸裸にされたような気がしたと、ディランは言っています。

だからといって、それでスネるということもなかったそうです。
一族のコネはそれはそれで正当なのだと、オトナです。
コネがあるからといって誰も責めることはできない。
だからディラン少年はほとんどいつも自分のバンドを失ってしまうし、もし失ってもこれ以上ショックを受けることはなくなりました。

失ったら、また作ったのです。
とにかく演奏したい、だからバンドを作り続けました。
何度も停止して待ち続けても、認められることがほとんどありません。
それでも続けるのです。
すると、時にはこの不可解な存在の退屈さを変化させるようなウィンクや合図が訪れることもあるのです。

50年代半ば当時のディラン少年は、町の復員軍人会の建物にある州兵軍事教練場(the National Guard Armory)のロビーで演奏していたそうです。
なんだかすごい場所ですが、いろいろな催しを行なうイベント会場になっていたのですね。
ディランはここでSlim WhitmanHank SnowWebb Pierceといった歌手のステージを観たそうです。

この会場に、ゴージャス・ジョージ(Gorgeous George)という偉大なレスラーがやってきました。

 →Gorgeous George
  おっと、このサイトかなりおもしろいです。
  力道山やタイガーマスクもいます。

ゴージャス・ジョージと一緒に来たレスラーのリングネームが笑えます。
 ゴリアテ(Goliath)
 吸血鬼(The Vampire)
 竜巻(The Twister)
 絞殺魔(The Strangler)
 骨砕き(The Bone Crusher)
 厄介者(The Holy Terror)
ディランはプロレスが好きだったのでしょうか。
妙に記憶が詳しいですね。
女子プロレスや小人プロレス(midget wrestlers)も一緒に来たというのですから、田舎町ではすごいイベントだったのでしょう。

ああ、あの有名なゴージャズ・ジョージが、ディラン少年に声をかけてくれたのです。
とっても嬉しかったんですね。
その話はまた明日。

ただいまp.47です。
実はディランはまだクラウゼヴィッツのことを書いているつもりなんですよ。


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CHRONICLES #33 ディランとプロレス


【追記】No.1

楽天広場にメンテナンス入りますね。
 →12月16日 1時00分?10時00分

12/15(水)の深夜です。
システムの改変を行なうようなので、休止時間が延びたりシステムが不安定になったりすることもあるかもしれません。

幻泉館に御用の方は、本館(自宅サーバ)やミラーサイトにいらしてください。

[幻泉館 本館]
 幻泉館 本館

 幻泉館 blog(試験運用中)

[幻泉館日録 ミラー]
 幻泉館日録@goo

 幻泉館@livedoor

 幻泉館@So-net

googleで「幻泉館」を検索すると、やたらにヒットするはずです。
サイトが楽天広場から突然削除されることもあるようなので、その際もこちらへどうぞ。
楽天広場の削除は理由を一切説明しないそうです。

2ちゃんねるなどで呼びかけて、気に入らないサイトの削除要請を楽天広場対して集中的に行なう卑劣な連中もいるようです。
特に、戦争に反対している女性のサイトが狙われるようです。
ストーカーみたいなものですな。

楽天広場は簡単にそういう理不尽な要求を受け入れるようなので、同じ内容を書き込んでおくミラーの構築をお勧めします。
無料のblogサービスをいろいろ試していますが、楽天広場住民の場合はgooのblogが使いやすいのではないかと思います。




千本浜 2004年12月14日


私が初めてクラウゼヴィッツの名を目にしてから二十年ぐらい経ったころのことだろうか。
広瀬隆さんが『クラウゼヴィッツの暗号文』という本を出したので、ふむふむと読んだ。
どうも閨閥などというのがピンと来なかった。
わたしゃ血で人を語るのが好きではないんだな。

従妹が防衛大出身の自衛官と結婚した時、うちの家族で私だけ結婚式に招待されなかった。
反戦自衛官の本を出したりしている会社にいたので、出世に関わるとでも思ったのだろうか。
その後NHKの下請け仕事をしている時には、その叔父さん(従妹の父親)が揉み手をしながら近寄ってきたのはおかしかった。

ディランが絶大な信頼を寄せていたおばあちゃんは、傷心のディランにこういったことを言います。

"There are some people you'll never be able to win over. Just let it go--let it wear out."
 「お前が絶対に勝てない連中もいるんだよ。それが廃れるまで放っておきなさい。」

そりゃそうなんだけど、ディラン少年の気持ちは収まりません。
せっかく作りかけたバンドを取り上げてしまう連中は、地域の議会や商店会にコネのあるやつらでした。
こういった血縁関係は、どの地域でもいたるところでさまざまに結びついていました。
なんだか丸裸にされたような気がしたと、ディランは言っています。

だからといって、それでスネるということもなかったそうです。
一族のコネはそれはそれで正当なのだと、オトナです。
コネがあるからといって誰も責めることはできない。
だからディラン少年はほとんどいつも自分のバンドを失ってしまうし、もし失ってもこれ以上ショックを受けることはなくなりました。

失ったら、また作ったのです。
とにかく演奏したい、だからバンドを作り続けました。
何度も停止して待ち続けても、認められることがほとんどありません。
それでも続けるのです。
すると、時にはこの不可解な存在の退屈さを変化させるようなウィンクや合図が訪れることもあるのです。

50年代半ば当時のディラン少年は、町の復員軍人会の建物にある州兵軍事教練場(the National Guard Armory)のロビーで演奏していたそうです。
なんだかすごい場所ですが、いろいろな催しを行なうイベント会場になっていたのですね。
ディランはここでSlim WhitmanHank SnowWebb Pierceといった歌手のステージを観たそうです。

この会場に、ゴージャス・ジョージ(Gorgeous George)という偉大なレスラーがやってきました。

 →Gorgeous George
  おっと、このサイトかなりおもしろいです。
  力道山やタイガーマスクもいます。

ゴージャス・ジョージと一緒に来たレスラーのリングネームが笑えます。
 ゴリアテ(Goliath)
 吸血鬼(The Vampire)
 竜巻(The Twister)
 絞殺魔(The Strangler)
 骨砕き(The Bone Crusher)
 厄介者(The Holy Terror)
ディランはプロレスが好きだったのでしょうか。
妙に記憶が詳しいですね。
女子プロレスや小人プロレス(midget wrestlers)も一緒に来たというのですから、田舎町ではすごいイベントだったのでしょう。

ああ、あの有名なゴージャズ・ジョージが、ディラン少年に声をかけてくれたのです。
とっても嬉しかったんですね。
その話はまた明日。

ただいまp.44です。
実はディランはまだクラウゼヴィッツのことを書いているつもりなんですよ。
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CHRONICLES #32 (Bob Dylan)

千本浜 2004年7月24日

私がクラウゼヴィッツの名を知ったのは、たぶん高校生の時に寺山修司の『さかさま世界史』といったものを読んだ時だと思います。
「怪物伝」だったか「英雄伝」だったか、覚えていません。
漠然と『戦争論』は読んでおいた方がいいんだろうなあと思って読んだのですが、どうもあまり残っていません。
似たような経緯で読んだジョルジュ・ソレルの『暴力論』の方が強烈な印象を受けたように記憶しています。
もっとも中身を全然覚えていないので、今読めばだいぶ印象が違うのでしょう。
そうそう、ベンヤミンの『暴力批判論』を読もうとして忘れていました。

ディランの場合は、クラウゼヴィッツの『戦争論』がかなり気に入ったようです。
もしかしたら、本に載っていた肖像画のためかもしれません。
詩人か俳優のような容貌に好感を持ったのでしょう。

----------------------------------------------
クラウゼヴィッツにとって、石を投げたりするのは戦争ではなかった。少なくとも、理想的な戦争ではなかった。彼は戦場において大きな役割を演じる、天候や気流といった心理的偶然的要因について多くを語っている。
----------------------------------------------

ディランの言葉に妙に力が入っているのは、実は歌手を志す前には陸軍士官学校(West Point)に入ろうかと思ったこともあるかららしいです。
これは意外です。

----------------------------------------------
Years earlier, before I knew I was going to be a singer and my mind was in full swing, I had even wanted to go to West Point. I'd always pictured myself dying in some heroic battle rather than in bed.
----------------------------------------------

思春期の少年が畳の上で死ぬより戦場で英雄的な死を遂げたいと夢見たりするのは、わからないでもありません。
でも、ディランがベトナムで死んだりしなくて良かったです。

少年ディランは、どうしたら陸軍士官学校に入れるのか、父親に尋ねたのだそうです。
すると、名前に"De"や"Von"が入っていないから、コネや身元証明書が必要だと言われました。
なんともとぼけた親父さんです。
とにかくコネを探せと。

叔父さんはもっとずっとそっけなかったそうです。
「政府のために働かなきゃいけないなんて思うな。兵隊ってのはおまんの方だ、モルモットだ。鉱山に行って働け。」

ディランは父親の「コネと身元証明書」という言葉にカチンと来たようです。
その言葉を思い出して、どうも人生ではうまく行かないことが起こるものだという回想を始めます。
自分のバンドのメンバーが揃いそうになると、誰かに持っていかれてしまう。
毎回そうだった。
演奏でお金が稼げるぞという甘言で、みんな釣られていってしまったのだそうです。
その度にディラン少年は、一緒に暮らしていたおばあちゃんに愚痴をこぼしていたのであります。

話はどこへ行ってしまうのか。
これでまだクラウゼヴィッツの話は終わってないのですよ。


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CHRONICLES #32 (Bob Dylan)

千本浜 2004年7月24日


私がクラウゼヴィッツの名を知ったのは、たぶん高校生の時に寺山修司の『さかさま世界史』といったものを読んだ時だと思います。
「怪物伝」だったか「英雄伝」だったか、覚えていません。
漠然と『戦争論』は読んでおいた方がいいんだろうなあと思って読んだのですが、どうもあまり残っていません。
似たような経緯で読んだジョルジュ・ソレルの『暴力論』の方が強烈な印象を受けたように記憶しています。
もっとも中身を全然覚えていないので、今読めばだいぶ印象が違うのでしょう。
そうそう、ベンヤミンの『暴力批判論』を読もうとして忘れていました。

ディランの場合は、クラウゼヴィッツの『戦争論』がかなり気に入ったようです。
もしかしたら、本に載っていた肖像画のためかもしれません。
詩人か俳優のような容貌に好感を持ったのでしょう。

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クラウゼヴィッツにとって、石を投げたりするのは戦争ではなかった。少なくとも、理想的な戦争ではなかった。彼は戦場において大きな役割を演じる、天候や気流といった心理的偶然的要因について多くを語っている。
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ディランの言葉に妙に力が入っているのは、実は歌手を志す前には陸軍士官学校(West Point)に入ろうかと思ったこともあるかららしいです。
これは意外です。

----------------------------------------------
Years earlier, before I knew I was going to be a singer and my mind was in full swing, I had even wanted to go to West Point. I'd always pictured myself dying in some heroic battle rather than in bed.
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思春期の少年が畳の上で死ぬより戦場で英雄的な死を遂げたいと夢見たりするのは、わからないでもありません。
でも、ディランがベトナムで死んだりしなくて良かったです。

少年ディランは、どうしたら陸軍士官学校に入れるのか、父親に尋ねたのだそうです。
すると、名前に"De"や"Von"が入っていないから、コネや身元証明書が必要だと言われました。
なんともとぼけた親父さんです。
とにかくコネを探せと。

叔父さんはもっとずっとそっけなかったそうです。
「政府のために働かなきゃいけないなんて思うな。兵隊ってのはおまんの方だ、モルモットだ。鉱山に行って働け。」

ディランは父親の「コネと身元証明書」という言葉にカチンと来たようです。
その言葉を思い出して、どうも人生ではうまく行かないことが起こるものだという回想を始めます。
自分のバンドのメンバーが揃いそうになると、誰かに持っていかれてしまう。
毎回そうだった。
演奏でお金が稼げるぞという甘言で、みんな釣られていってしまったのだそうです。
その度にディラン少年は、一緒に暮らしていたおばあちゃんに愚痴をこぼしていたのであります。

話はどこへ行ってしまうのか。
これでまだクラウゼヴィッツの話は終わってないのですよ。



【追記】No.1

思えば軍人というのは、ディランの父親が言うように支配階級に属していたのです。
たとえば天皇の一族も、天皇にならない場合は軍人か学者になるものでありました。

圧倒的な数の人々は、軍人になるのではなくて、兵隊さんにとられるのです。
軍事おたくというような連中は、自分が内務班でいじめられるところを思い描くほどの想像力を持っていません。
脳内でいきなり参謀になっちゃってます。
そりゃ楽しかろうよ。

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CHRONICLES #31 (Bob Dylan)

千本浜 2004年12月11日

今はamazonなんぞで本を買うことが多くなったので、本屋さんで立ち読みをすることが少なくなりました。
中学生や高校生ぐらいの時はどんなジャンルの本でもおもしろくて、何時間でもいろいろな本を読んでいたものです。
レコード屋さんでも、LPの大きなジャケットを一枚ずつ引っ張り出しては眺めていたものです。

二十歳ぐらいのディランも、何にでも目を通していたようです。
近くに大きな本屋さんがなかったそうなので、レイとクローイの部屋の本棚を隅から隅まで漁ったのでしょう。
曲がった膝の治し方、助産のやり方、寝室での虫垂切除法といった"how-to"もの。
こういった本はホットな夢を与えてくれるかもしれないとディランは書いていますが、これはヤバイなあ。

フェラーリドゥカッティのデッサンや、アマゾネスの女たち、ファラオのエジプトの本。
サーカスのアクロバットや、恋人たちや、墓地の写真集。
思いつくままにそこで見た本のことを書き出しています。

でも、やっぱり歴史物が好きなんですね。
フリードリヒ大王が作曲もしていたと知って驚いたと書いています。
詳述しているのは、クラウゼヴィッツ『戦争論(Vom Kriege)』
名前はヒンデンブルクみたいだけど、本にある肖像画では詩人のロバート・バーンズ(Robert Burns)俳優のモンゴメリー・クリフト(Montgomery Clift)みたいだと、妙な感想を書いています。

ただいまp.41です。


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CHRONICLES #31 (Bob Dylan)


千本浜 2004年12月11日



今はamazonなんぞで本を買うことが多くなったので、本屋さんで立ち読みをすることが少なくなりました。
中学生や高校生ぐらいの時はどんなジャンルの本でもおもしろくて、何時間でもいろいろな本を読んでいたものです。
レコード屋さんでも、LPの大きなジャケットを一枚ずつ引っ張り出しては眺めていたものです。

二十歳ぐらいのディランも、何にでも目を通していたようです。
近くに大きな本屋さんがなかったそうなので、レイとクローイの部屋の本棚を隅から隅まで漁ったのでしょう。
曲がった膝の治し方、助産のやり方、寝室での虫垂切除法といった"how-to"もの。
こういった本はホットな夢を与えてくれるかもしれないとディランは書いていますが、これはヤバイなあ。

フェラーリドゥカッティのデッサンや、アマゾネスの女たち、ファラオのエジプトの本。
サーカスのアクロバットや、恋人たちや、墓地の写真集。
思いつくままにそこで見た本のことを書き出しています。

でも、やっぱり歴史物が好きなんですね。
フリードリヒ大王が作曲もしていたと知って驚いたと書いています。
詳述しているのは、クラウゼヴィッツ『戦争論(Vom Kriege)』
名前はヒンデンブルクみたいだけど、本にある肖像画では詩人のロバート・バーンズ(Robert Burns)俳優のモンゴメリー・クリフト(Montgomery Clift)みたいだと、妙な感想を書いています。

ただいまp.41です。

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CHRONICLES #30 (Bob Dylan)

千本浜 2004年12月11日

ディランはスティーヴンズの伝記の他にも、テディ・ルーズベルトの伝記を読んだそうです。
第二次大戦時のフランクリン・ルーズベルトではなくて、20世紀初頭のセオドア・ルーズベルト大統領です。
この人も共和党。
とてもとんがった印象のある若きボブ・ディランが、共和党の政治家の伝記を読みふけっていたというのは、なんだか不思議です。

 →The White House: Theodore Roosevelt

 →WikiPedia: セオドア・ルーズベルト

「ルーズベルト」という表記は原音と比べてあんまりだと思うのですが、「ロウズヴェルト」と書くと誰のことだかわからないので、おなじみの「ルーズベルト」で行きます。

ルーズベルトは農場主でそれから警察(crime buster)に勤めたのだが、カリフォルニアをめぐる戦争(米西戦争)のため、職を辞さなければならなかった。
当時のアメリカのほとんどを所有してしまったのがJ.P.モルガン。
ルーズベルトはモルガンを退却させようとして、投獄するぞと脅した。

私もずっと以前にモルガンとルーズベルトの話は読んだことがあるのですが、何がどうだったのか、まるで覚えていません。
モルガンのことをディランは「a deity figure」と書いています。
アメリカ経済界の絶対神だったんですな。

ステーヴンズにしても、ルーズベルトにしても、モルガンにしても、まるでバラッドの中の人物が外に出てきたみたいだったとディランは言います。
バラッドを聴くように、歴史物の本を読んでいたのでしょう。
そんなバラッドの例として、ディランは三つの曲名を挙げています。

「Walkin' Boss」
 フレイトフル・デッドが演ってますね。
 →Walkin' Boss

「The Prisoner's Song」
 Jimmy Martinのバージョンが有名?
 →The Prisoner's Song

「Ballad of Charles Guiteau」
 Charles Guiteauは1881年7月2日にガーフィールド大統領を暗殺した犯人です。
 猟官運動に失敗したために逆恨みして大統領暗殺に走ったのだそうです。
 →Ballad of Charles Guiteau(すごい音源が聴けます)

次には、書棚で見た美術書を思い出しています。

マザウェル(Robert Motherwell)

ジャスパー・ジョーンズ(Jasper Johns)

アドルフ・メンツェル(Adolf von Menzel)

この辺りの本の方が自然ですね。


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CHRONICLES #30 (Bob Dylan)

千本浜 2004年12月11日


ディランはスティーヴンズの伝記の他にも、テディ・ルーズベルトの伝記を読んだそうです。
第二次大戦時のフランクリン・ルーズベルトではなくて、20世紀初頭のセオドア・ルーズベルト大統領です。
この人も共和党。
とてもとんがった印象のある若きボブ・ディランが、共和党の政治家の伝記を読みふけっていたというのは、なんだか不思議です。

 →The White House: Theodore Roosevelt

 →WikiPedia: セオドア・ルーズベルト

「ルーズベルト」という表記は原音と比べてあんまりだと思うのですが、「ロウズヴェルト」と書くと誰のことだかわからないので、おなじみの「ルーズベルト」で行きます。

ルーズベルトは農場主でそれから警察(crime buster)に勤めたのだが、カリフォルニアをめぐる戦争(米西戦争)のため、職を辞さなければならなかった。
当時のアメリカのほとんどを所有してしまったのがJ.P.モルガン。
ルーズベルトはモルガンを退却させようとして、投獄するぞと脅した。

私もずっと以前にモルガンとルーズベルトの話は読んだことがあるのですが、何がどうだったのか、まるで覚えていません。
モルガンのことをディランは「a deity figure」と書いています。
アメリカ経済界の絶対神だったんですな。

ステーヴンズにしても、ルーズベルトにしても、モルガンにしても、まるでバラッドの中の人物が外に出てきたみたいだったとディランは言います。
バラッドを聴くように、歴史物の本を読んでいたのでしょう。
そんなバラッドの例として、ディランは三つの曲名を挙げています。

「Walkin' Boss」
 フレイトフル・デッドが演ってますね。
 →Walkin' Boss

「The Prisoner's Song」
 Jimmy Martinのバージョンが有名?
 →The Prisoner's Song

「Ballad of Charles Guiteau」
 Charles Guiteauは1881年7月2日にガーフィールド大統領を暗殺した犯人です。
 猟官運動に失敗したために逆恨みして大統領暗殺に走ったのだそうです。
 →Ballad of Charles Guiteau(すごい音源が聴けます)

次には、書棚で見た美術書を思い出しています。

マザウェル(Robert Motherwell)

ジャスパー・ジョーンズ(Jasper Johns)

アドルフ・メンツェル(Adolf von Menzel)

この辺りの本の方が自然ですね。
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楽天広場の暴挙

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月11日 02:30
  • 日常雑記

また楽天広場がやってくれた模様です。
理由を明示しないまま「平和の砦」さんが削除されました。
これはひどいですな。

詳細はこちらでどうぞ。

 →なんとまた楽天がとんでもないことを!!
 

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CHRONICLES #29 (Bob Dylan)


【追記】No.1

また楽天広場がやってくれた模様です。
理由を明示しないまま「平和の砦」さんが削除されました。
これはひどいですな。

詳細はこちらでどうぞ。

 →なんとまた楽天がとんでもないことを!!
 




千本浜 2004年12月8日


ページの途中で二行空けて、ディランの意識はまたレイの部屋に戻ります。
その部屋は本当に静かな部屋でした。
ラジオやレコードを聴いていなければ、墓場のような静けさの中でディランは本に没頭していたのです。
考古学者のように本を発掘していたと書いています。

共和党急進派サディウス・スティーヴンズ(Thaddeus Stevens)の伝記を読んだそうです。
アンドリュー・ジョンソン(Andrew Johnson)大統領弾劾の中心人物ですね。

 →『剣なき闘い』

ジョンソン大統領はリンカーン大統領の時の副大統領で、リンカーン暗殺によって大統領に昇格した人物です。
ケネディ大統領暗殺の時もリンドン・ジョンソン副大統領が昇格したので、二人とも「ジョンソン」だと話題になりましたが、まあ平凡な姓ですからね。

奴隷解放を推し進め、黒人の待遇改善や公民権授与を求めて努力したのが、スティーヴンズです。
死後は黒人墓地に埋葬してくれという遺言を残したそうですが、現在のブッシュ大統領で共和党をとらえていると、ちょっと想像できませんね。

ディランの記述によれば、スティーヴンズはバイロンと同様に内反足(clubfoot)でした。
バイロンと同様にと書くところがディランです。

 →先天性内反足

貧しかったけれど自分の力で財を成し、そして社会的弱者を擁護するために戦ったのだそうです。
リンカーン大統領がアメリカン・ドリームの一つの典型として引き合いに出されるのと似ています。
リンカーンもスティーヴンズも共和党。
スティーヴンズが糾弾したジョンソン大統領は元々民主党なんですが、共和党に鞍替えして副大統領になったのだそうです。

スティーヴンズはブラックユーモアのセンスがあり、鋭い口舌で、当時の傲慢な「貴族」に対する熾烈な憎悪を表現しました。
奴隷所有者の土地を没収しようとしていました。
議会の同僚議員のことを「自分の粘液の中をこそこそ歩く」などと評しました。
反メーソンであり、敵対するフリーメーソンを口元から血煙が上がっていると批難しました。
政敵の真っ只中にいながら、その敵を「光を避けて群れの中に隠れている、動きののろい、弱っちい爬虫類」と呼びました。

この伝説的な共和党員に、ディランはずいぶん惚れ込んだようです。
ただいまp.40。
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CHRONICLES #29 (Bob Dylan)

千本浜 2004年12月8日

ページの途中で二行空けて、ディランの意識はまたレイの部屋に戻ります。
その部屋は本当に静かな部屋でした。
ラジオやレコードを聴いていなければ、墓場のような静けさの中でディランは本に没頭していたのです。
考古学者のように本を発掘していたと書いています。

共和党急進派サディウス・スティーヴンズ(Thaddeus Stevens)の伝記を読んだそうです。
アンドリュー・ジョンソン(Andrew Johnson)大統領弾劾の中心人物ですね。

 →『剣なき闘い』

ジョンソン大統領はリンカーン大統領の時の副大統領で、リンカーン暗殺によって大統領に昇格した人物です。
ケネディ大統領暗殺の時もリンドン・ジョンソン副大統領が昇格したので、二人とも「ジョンソン」だと話題になりましたが、まあ平凡な姓ですからね。

奴隷解放を推し進め、黒人の待遇改善や公民権授与を求めて努力したのが、スティーヴンズです。
死後は黒人墓地に埋葬してくれという遺言を残したそうですが、現在のブッシュ大統領で共和党をとらえていると、ちょっと想像できませんね。

ディランの記述によれば、スティーヴンズはバイロンと同様に内反足(clubfoot)でした。
バイロンと同様にと書くところがディランです。

 →先天性内反足

貧しかったけれど自分の力で財を成し、そして社会的弱者を擁護するために戦ったのだそうです。
リンカーン大統領がアメリカン・ドリームの一つの典型として引き合いに出されるのと似ています。
リンカーンもスティーヴンズも共和党。
スティーヴンズが糾弾したジョンソン大統領は元々民主党なんですが、共和党に鞍替えして副大統領になったのだそうです。

スティーヴンズはブラックユーモアのセンスがあり、鋭い口舌で、当時の傲慢な「貴族」に対する熾烈な憎悪を表現しました。
奴隷所有者の土地を没収しようとしていました。
議会の同僚議員のことを「自分の粘液の中をこそこそ歩く」などと評しました。
反メーソンであり、敵対するフリーメーソンを口元から血煙が上がっていると批難しました。
政敵の真っ只中にいながら、その敵を「光を避けて群れの中に隠れている、動きののろい、弱っちい爬虫類」と呼びました。

この伝説的な共和党員に、ディランはずいぶん惚れ込んだようです。
ただいまp.40。


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URCシングルズ

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月10日 04:21
  • 音楽

またamazonからギフト券が届いたので、何かないかと思ってうろうろしていた。
文庫の新刊を眺めたり、おなじみの名前を検索してみたり。
「いしいひさいち」「つげ義春」「つげ忠男」「田中克彦」「田川建三」
「Bob Dylan」「Neil Young」「春一番」「高田渡」……お。

12月15日に、URCのシングル盤を集めたシリーズが出るらしい。
1998年に東芝EMIから出た時は3枚のCDだった。
今回は2枚組み×2なので、少し曲が増えているはずだ。
しょうがない、買うか??

URC シングルズ vol.1
URC シングルズ vol.1
1. イムジン河(ミューテーション・ファクトリー)
2. リムジンガン(ミューテーション・ファクトリー)
3. 坊や大きくならないで(トソン・コーン・ソン)
4. もしも平和になったら(トソン・コーン・ソン)
5. 大ダイジェスト版三億円強奪事件の唄(高田渡)
6. 大ダイジェスト版三億円強奪事件の唄(実況)
7. 転身(高田渡)
8. 電車問題(高田渡)
9. いやなやつ-ボクを郵便でおくりましょう(西岡たかし)
10. 退屈なうつりかわり-ポケットは空っぽ(西岡たかし)
11. 私の大好きな街(藤原秀子,中川砂人)
12. この道(藤原秀子,中川砂人)
13. 坊やの絵(ザ・ムッシュ)
14. ともだち(ザ・ムッシュ)
15. お父帰れや(赤い鳥)
16. 竹田の子守唄(赤い鳥)
17. 砂漠(西岡たかし)
18. 森・梟(西岡たかし)
19. オーソドックスなフォーク・ソング(小森豪人)
20. 青春のキャンパス(小森豪人)
21. あくまのお話(秘密結社○○教団)
22. アリス(秘密結社○○教団)
23. なあお母ちゃん(バラーズ)
24. この広い海に(バラーズ)
25. ホーチミンのバラード(高石友也)
26. ベトナムの空(高石友也)
27. 殺し屋のブルース(中川五郎)
28. うた(中川五郎)
29. 血まみれの鳩(五つの赤い風船)
30. まるで洪水のように(五つの赤い風船)
31. 追放の歌(休みの国)
32. 楽しいさすらい人(休みの国)
33. 九官鳥(やまたのおろち)
34. 明日なき世界(やまたのおろち)
35. 腰まで泥まみれ(中川五郎)
36. 恋人よベッドのそばにおいで(中川五郎)

URC シングルズ vol.2
URC シングルズ vol.2
1. 自衛隊に入ろう(高田渡)
2. 東京フォークゲリラの諸君達を語る(高田渡)
3. こもりうた(アテンションプリーズ)
4. 私が一番きれいだった時(アテンションプリーズ)
5. それから(六文銭)
6. 五年目のギター(六文銭)
7. あかりが消えたら(愚)
8. マリアンヌ(愚)
9. 悩み多き者よ(斉藤哲夫)
10. とんでもない世の中だ(斉藤哲夫)
11. 7月21日早朝に(山平和彦&ザ・シャーマン)
12. そっと二人で(山平和彦&ザ・シャーマン)
13. アナポッカリマックロケ(久保田誠)
14. 昭和元禄ぼけぼけ節(久保田誠)
15. されど私の人生(斉藤哲夫)
16. われわれは(斉藤哲夫)
17. 風がなにかを…(五つの赤い風船)
18. ふる里の言葉は(五つの赤い風船)
19. 男らしいってわかるかい(ザ・ディランII)
20. プカプカ(ザ・ディランII)
21. 教訓I(加川良)
22. ゼニの効用力について(加川良)
23. 風がなにかを…(仏語)(五つの赤い風船)
24. ポケットの中の明日(加川良)
25. その朝(加川良)
26. 夢は夜ひらく(三上寛)
27. 誰を怨めばいいのでございましょう(三上寛)
28. 青森県北津軽郡東京村(三上寛)
29. よいしょよいしょ(三上寛)
30. えんだん(五つの赤い風船)
31. 小さな夢(五つの赤い風船)
32. もう春だね(友部正人)
33. 乾杯(友部正人)
34. 僕の街(ザ・ディランII)
35. ガムをかんで(ザ・ディランII)
36. ジャンジャン町ぶるうす(五つの赤い風船)
37. ある朝こっそり(五つの赤い風船)

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CHRONICLES #28 (Bob Dylan)

千本浜 2004年12月8日

ディランはそのころまで、書物や作家に夢中になったということはなかったのだが、物語は好きだったと言っています。
mythical(神話的な、伝説的な、架空の)といった語を何度も使って、昔お気に入りだった物語に触れています。

エドガー・バロウズ(Edgar Rice Burroughs)
 裸のランチじゃありませんよ、ターザンです。
 →TARZAN
  
ルーク・ショート(Luke Short)
 19世紀のガンマンではなくて、1975年に亡くなった西部劇作家だと思います。
 →Luke Short (Frederick Dilley Glidden)

ジュール・ヴェルヌ(Jules Verne)
 →Jules Verne Page

H.G.ウェルズ(H. G. Wells)
 →H.G.ウェルズ(1866-1946)

1950年代の中学生が夢中になって読んだ大衆小説という感じですね。
少年ディランはこういう読み物が好きだった。

私も中学生ぐらいの時にフレデリック・ブラウンを読んで、もう少し大きくなってからP.K.ディックに進んだりしたのでした。
ああ、図書館にあった「SFマガジン」で筒井康隆さんの連載『脱走と追跡のサンバ』を読んだな。

でも、ディランはフォークソングを発見したのです。
フォークシンガーなら、こういった本まるごと一冊を、数行の詞で歌うことができる。
ディランがここで言っているフォークソングは、バラッド(ballad)と呼ばれるものに近いようです。
物語詩に節をつけた流行歌、ぐらいでしょうか。

-------------------------------------------------------------
どうしたらある人物や出来事がまともなフォークソングになるのか、説明するのは難しい。
たぶん、公明正大で正直な性格といったものと関係があるのだろう。
つまり、勇敢さといったものと。
アル・カポネはギャングとして成功してシカゴの地下世界を支配することができたが、誰もカポネの歌など作らなかった。
どのような点においてもカポネはおもしろくないし、英雄でもなかった。
カポネではつまらない(frigid)。
-------------------------------------------------------------

バラッドというと無法者を歌っているような気がしますが、やはり感情移入できる気持ちのいい人物でなければ、歌の主人公にはならないわけです。
高倉健さんの時代の東映ヤクザ映画は歌になるけれど、『仁義なき戦い』シリーズでは歌になりません。

ディランはカポネのことをボロクソに書いてます。
カポネは凶悪犯や暴漢といった類いのもので、歌の中で名前を与えられるほどの価値もない。
それに対して「美少年フロイド(Pretty Boy Floyd)」は、わくわくさせてくれる。
彼のことを歌った曲は、本当に血肉を持っているし、人間というものを表現して、感動的だ。

ディランがアル・カポネに対峙させた無法者「美少年フロイド」はオクラホマ州で活躍した義賊。
ディランはそう書いていませんが、ウッディ・ガスリー(Woody Guthrie)の歌のことを言っているのです。

 →Woody Guthrie Lyrics: Pretty Boy Floyd

 →Digital Tradition Mirror: Pretty Boy Floyd

 →Pretty Boy Floyd 美少年フロイド

ウッディ・ガスリーとレッドベリーに捧げられた『Folkways: A Vision Shared』では、ディランはこの曲を選んで歌っています。

 →11月24日付幻泉館日録 我が祖国


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CHRONICLES #28 (Bob Dylan)

千本浜 2004年12月8日


ディランはそのころまで、書物や作家に夢中になったということはなかったのだが、物語は好きだったと言っています。
mythical(神話的な、伝説的な、架空の)といった語を何度も使って、昔お気に入りだった物語に触れています。

エドガー・バロウズ(Edgar Rice Burroughs)
 裸のランチじゃありませんよ、ターザンです。
 →TARZAN
  
ルーク・ショート(Luke Short)
 19世紀のガンマンではなくて、1975年に亡くなった西部劇作家だと思います。
 →Luke Short (Frederick Dilley Glidden)

ジュール・ヴェルヌ(Jules Verne)
 →Jules Verne Page

H.G.ウェルズ(H. G. Wells)
 →H.G.ウェルズ(1866-1946)

1950年代の中学生が夢中になって読んだ大衆小説という感じですね。
少年ディランはこういう読み物が好きだった。

私も中学生ぐらいの時にフレデリック・ブラウンを読んで、もう少し大きくなってからP.K.ディックに進んだりしたのでした。
ああ、図書館にあった「SFマガジン」で筒井康隆さんの連載『脱走と追跡のサンバ』を読んだな。

でも、ディランはフォークソングを発見したのです。
フォークシンガーなら、こういった本まるごと一冊を、数行の詞で歌うことができる。
ディランがここで言っているフォークソングは、バラッド(ballad)と呼ばれるものに近いようです。
物語詩に節をつけた流行歌、ぐらいでしょうか。

-------------------------------------------------------------
どうしたらある人物や出来事がまともなフォークソングになるのか、説明するのは難しい。
たぶん、公明正大で正直な性格といったものと関係があるのだろう。
つまり、勇敢さといったものと。
アル・カポネはギャングとして成功してシカゴの地下世界を支配することができたが、誰もカポネの歌など作らなかった。
どのような点においてもカポネはおもしろくないし、英雄でもなかった。
カポネではつまらない(frigid)。
-------------------------------------------------------------

バラッドというと無法者を歌っているような気がしますが、やはり感情移入できる気持ちのいい人物でなければ、歌の主人公にはならないわけです。
高倉健さんの時代の東映ヤクザ映画は歌になるけれど、『仁義なき戦い』シリーズでは歌になりません。

ディランはカポネのことをボロクソに書いてます。
カポネは凶悪犯や暴漢といった類いのもので、歌の中で名前を与えられるほどの価値もない。
それに対して「美少年フロイド(Pretty Boy Floyd)」は、わくわくさせてくれる。
彼のことを歌った曲は、本当に血肉を持っているし、人間というものを表現して、感動的だ。

ディランがアル・カポネに対峙させた無法者「美少年フロイド」はオクラホマ州で活躍した義賊。
ディランはそう書いていませんが、ウッディ・ガスリー(Woody Guthrie)の歌のことを言っているのです。

 →Woody Guthrie Lyrics: Pretty Boy Floyd

 →Digital Tradition Mirror: Pretty Boy Floyd

 →Pretty Boy Floyd 美少年フロイド

ウッディ・ガスリーとレッドベリーに捧げられた『Folkways: A Vision Shared』では、ディランはこの曲を選んで歌っています。

 →11月24日付幻泉館日録 我が祖国



【追記】No.1

またamazonからギフト券が届いたので、何かないかと思ってうろうろしていた。
文庫の新刊を眺めたり、おなじみの名前を検索してみたり。
「いしいひさいち」「つげ義春」「つげ忠男」「田中克彦」「田川建三」
「Bob Dylan」「Neil Young」「春一番」「高田渡」……お。

12月15日に、URCのシングル盤を集めたシリーズが出るらしい。
1998年に東芝EMIから出た時は3枚のCDだった。
今回は2枚組み×2なので、少し曲が増えているはずだ。
しょうがない、買うか??

URC シングルズ vol.1
URC シングルズ vol.1
1. イムジン河(ミューテーション・ファクトリー)
2. リムジンガン(ミューテーション・ファクトリー)
3. 坊や大きくならないで(トソン・コーン・ソン)
4. もしも平和になったら(トソン・コーン・ソン)
5. 大ダイジェスト版三億円強奪事件の唄(高田渡)
6. 大ダイジェスト版三億円強奪事件の唄(実況)
7. 転身(高田渡)
8. 電車問題(高田渡)
9. いやなやつ-ボクを郵便でおくりましょう(西岡たかし)
10. 退屈なうつりかわり-ポケットは空っぽ(西岡たかし)
11. 私の大好きな街(藤原秀子,中川砂人)
12. この道(藤原秀子,中川砂人)
13. 坊やの絵(ザ・ムッシュ)
14. ともだち(ザ・ムッシュ)
15. お父帰れや(赤い鳥)
16. 竹田の子守唄(赤い鳥)
17. 砂漠(西岡たかし)
18. 森・梟(西岡たかし)
19. オーソドックスなフォーク・ソング(小森豪人)
20. 青春のキャンパス(小森豪人)
21. あくまのお話(秘密結社○○教団)
22. アリス(秘密結社○○教団)
23. なあお母ちゃん(バラーズ)
24. この広い海に(バラーズ)
25. ホーチミンのバラード(高石友也)
26. ベトナムの空(高石友也)
27. 殺し屋のブルース(中川五郎)
28. うた(中川五郎)
29. 血まみれの鳩(五つの赤い風船)
30. まるで洪水のように(五つの赤い風船)
31. 追放の歌(休みの国)
32. 楽しいさすらい人(休みの国)
33. 九官鳥(やまたのおろち)
34. 明日なき世界(やまたのおろち)
35. 腰まで泥まみれ(中川五郎)
36. 恋人よベッドのそばにおいで(中川五郎)


URC シングルズ vol.2
URC シングルズ vol.2
1. 自衛隊に入ろう(高田渡)
2. 東京フォークゲリラの諸君達を語る(高田渡)
3. こもりうた(アテンションプリーズ)
4. 私が一番きれいだった時(アテンションプリーズ)
5. それから(六文銭)
6. 五年目のギター(六文銭)
7. あかりが消えたら(愚)
8. マリアンヌ(愚)
9. 悩み多き者よ(斉藤哲夫)
10. とんでもない世の中だ(斉藤哲夫)
11. 7月21日早朝に(山平和彦&ザ・シャーマン)
12. そっと二人で(山平和彦&ザ・シャーマン)
13. アナポッカリマックロケ(久保田誠)
14. 昭和元禄ぼけぼけ節(久保田誠)
15. されど私の人生(斉藤哲夫)
16. われわれは(斉藤哲夫)
17. 風がなにかを…(五つの赤い風船)
18. ふる里の言葉は(五つの赤い風船)
19. 男らしいってわかるかい(ザ・ディランII)
20. プカプカ(ザ・ディランII)
21. 教訓I(加川良)
22. ゼニの効用力について(加川良)
23. 風がなにかを…(仏語)(五つの赤い風船)
24. ポケットの中の明日(加川良)
25. その朝(加川良)
26. 夢は夜ひらく(三上寛)
27. 誰を怨めばいいのでございましょう(三上寛)
28. 青森県北津軽郡東京村(三上寛)
29. よいしょよいしょ(三上寛)
30. えんだん(五つの赤い風船)
31. 小さな夢(五つの赤い風船)
32. もう春だね(友部正人)
33. 乾杯(友部正人)
34. 僕の街(ザ・ディランII)
35. ガムをかんで(ザ・ディランII)
36. ジャンジャン町ぶるうす(五つの赤い風船)
37. ある朝こっそり(五つの赤い風船)

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のび太という生き方

千本浜 2004年12月8日

いつも出先でちょこっと"Chronicles: Volume One"に目を通して、家に帰ってから気になったところをgoogleなんぞで調べるという毎日なのですが、今日は家に本を忘れて出てしまいました。

じゃあ日記に何を書こうかと新聞を見ると、横山泰行富山大学教授が、「のび太という生き方」というコラムを書いていました。(12/8付 東京新聞統合版)
この先生は同じタイトルの本まで出しているんですね。
主旨としては、「あんな夢」「こんな夢」といった夢を抱き続けることが、人生では大切なのだということです。
う?ん、本は買わないかな。
ドラえもんの学問的研究には興味がわきません。

 →ドラえもんコロキアム

ドラえもんの雑誌連載開始は60年代末、たぶん小学館の学習雑誌1970年1月号からだと思います。
1973年にNTV系列で半年間ほどアニメが放映されたそうですが、のどかな県では流れなかったので、一度も見たことがありません。

 →テレビアニメ 旧ドラえもん 大研究

テレビ朝日系列でのアニメ化は1979年。
これがおなじみの、テレビのドラえもんです。
なんと不思議なことに、ドラえもんは70年代サブカルチャーだったんですなあ。

70年代に青春を送った私は、60年代にはお子ちゃまでした。
例のトキワ荘の面々がまだ若者で、新しく子供向けのマンガを創り出していたのですが、同時代に子供としてそのマンガを力いっぱい享受できたのは幸せであります。
もちろん藤子不二雄さんがAとFに分裂する前です。

ただ、ドラえもんの時はもう少し大きくなりすぎていたのですね。
『オバケのQ太郎』や『パーマン』のように読むことはありませんでした。
どこで最初にドラえもんを読んだのかは覚えていません。
ただ、のび太君のキャラクターが、それ以前の少年たちに比べて特殊だなと思いました。

たとえばオバQの正ちゃんは、普通なんです。
今から見ればおとなしい「よい子」にも思える、普通の少年として設定されています。
普通の少年がオバケと暮らしたり、パーマンに変身したりするわけです。

のび太君は、もっと極端に人間の弱い部分が誇張された登場人物ですね。
最初に雑誌で読んだ時は、そこに違和感を感じました。
でも、だからこそドラえもんが登場するのであり、そして夢を追い続けるわけです。

ところで、結構大きくなってしまっていたのでそれほど感情移入はしなかった『ドラえもん』なんですが、読んで泣いた話が一つあります。
前にも書いたかな。


www.iraqbodycount.orgwww.iraqbodycount.org
www.iraqbodycount.org

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のび太という生き方

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月 9日 00:07
  • マンガ
千本浜 2004年12月8日


いつも出先でちょこっと"Chronicles: Volume One"に目を通して、家に帰ってから気になったところをgoogleなんぞで調べるという毎日なのですが、今日は家に本を忘れて出てしまいました。

じゃあ日記に何を書こうかと新聞を見ると、横山泰行富山大学教授が、「のび太という生き方」というコラムを書いていました。(12/8付 東京新聞統合版)
この先生は同じタイトルの本まで出しているんですね。
主旨としては、「あんな夢」「こんな夢」といった夢を抱き続けることが、人生では大切なのだということです。
う?ん、本は買わないかな。
ドラえもんの学問的研究には興味がわきません。

 →ドラえもんコロキアム

ドラえもんの雑誌連載開始は60年代末、たぶん小学館の学習雑誌1970年1月号からだと思います。
1973年にNTV系列で半年間ほどアニメが放映されたそうですが、のどかな県では流れなかったので、一度も見たことがありません。

 →テレビアニメ 旧ドラえもん 大研究

テレビ朝日系列でのアニメ化は1979年。
これがおなじみの、テレビのドラえもんです。
なんと不思議なことに、ドラえもんは70年代サブカルチャーだったんですなあ。

70年代に青春を送った私は、60年代にはお子ちゃまでした。
例のトキワ荘の面々がまだ若者で、新しく子供向けのマンガを創り出していたのですが、同時代に子供としてそのマンガを力いっぱい享受できたのは幸せであります。
もちろん藤子不二雄さんがAとFに分裂する前です。

ただ、ドラえもんの時はもう少し大きくなりすぎていたのですね。
『オバケのQ太郎』や『パーマン』のように読むことはありませんでした。
どこで最初にドラえもんを読んだのかは覚えていません。
ただ、のび太君のキャラクターが、それ以前の少年たちに比べて特殊だなと思いました。

たとえばオバQの正ちゃんは、普通なんです。
今から見ればおとなしい「よい子」にも思える、普通の少年として設定されています。
普通の少年がオバケと暮らしたり、パーマンに変身したりするわけです。

のび太君は、もっと極端に人間の弱い部分が誇張された登場人物ですね。
最初に雑誌で読んだ時は、そこに違和感を感じました。
でも、だからこそドラえもんが登場するのであり、そして夢を追い続けるわけです。

ところで、結構大きくなってしまっていたのでそれほど感情移入はしなかった『ドラえもん』なんですが、読んで泣いた話が一つあります。
前にも書いたかな。

【追記】No.1

私が泣いてしまう『ドラえもん』は、のび太君が亡くなったおばあちゃんに会いに行く話です。
映画版もできたようですが、少しお話が違うようです。

おばあちゃんの思い出

原作、TVアニメ版、劇場版、どれを見ても、今でも泣いてしまうと思います。
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1980年12月8日

また12月8日が来た。
I don't remember "the" Pearl Harbor.
I remember John.

1980年。
僕は深夜に7-11で、それから吉祥寺のちょっと特殊な本屋のアルバイトをして暮らしていたのだ。
金がないのでアルバム『ダブル・ファンタジー』は買っていなかった。
篠山紀信が撮ったジョンとヨーコが、小学館の雑誌『写楽』の表紙になっていた。
バイト先でそれを立ち読みしたのだ。

毎年、この日にはその表紙を思い出す。

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CHRONICLES #27 (Bob Dylan)


【追記】No.1

また12月8日が来た。
I don't remember "the" Pearl Harbor.
I remember John.

1980年。
僕は深夜に7-11で、それから吉祥寺のちょっと特殊な本屋のアルバイトをして暮らしていたのだ。
金がないのでアルバム『ダブル・ファンタジー』は買っていなかった。
篠山紀信が撮ったジョンとヨーコが、小学館の雑誌『写楽』の表紙になっていた。
バイト先でそれを立ち読みしたのだ。

毎年、この日にはその表紙を思い出す。




千本浜 2004年12月7日


さらにレイとクローイの蔵書に関する記述が続きます。

-------------------------------------------------
潜在意識の王者フロイト(Sigmund Freud)の「快感原則の彼岸(Beyond the Peasure Principle)」という本があった。
ある時僕がその本をかじっているとレイが入ってきて、その本を見て言った。
「その分野のトップは広告代理店で仕事をしてる。あいつら、空気を売ってるんだ。」
僕はその本を戻して、二度と手に取ることはなかった。
-------------------------------------------------

金の動くところにはどこにでも現われて、需要どころか欲望まで創り出して、後は草も生えない状態にしてしまう、日本の大手広告代理店を思い出しました。
ディランの若い頃に近い時期だと、日本ではウィスキーや化粧品が思い浮かびます。

南軍の総指揮官だったリー将軍(Robert E. Lee)の伝記も読んだそうです。
この人は敗軍の将なんですが、アメリカでは非常に高い評価を受け、尊敬されてるんですな。
ディランは特に、その父親が家族を捨てて西インド諸島へ出奔してしまうところに興味を持っていたようです。
敗戦後は南部の人達へ、連邦への忠誠を説いていたそうで、この人の言葉のおかげで合州国は内戦の泥沼が続かずに済んだのだと、ディランは高く評価しています。
ディランは歴史物が好きなんですね。

ディランは言葉の響きが好きだったので、多くの書物を音読したのだそうです。
詩を読むのなら、正しい態度ですね。
ミルトン(John Milton)の「ピエモンテの大虐殺」がお気に入りで、「フォークソングの詞のようで、しかもずっと優美だった」と言っています。

 →On the Late Massacre in Piedmont

書棚にあるロシアの本は、ひときわ暗い存在でした。
革命的だと考えられていたプーシキン(Aleksandr S. Pushkin)の政治的な詩。
貧農たちを教育していたトルストイ(Count Leo Tolstoy)の本。

ディランはそれから二十年以上経ってからトルストイの家に行ったと書いています。
モスクワの「トルストイの家博物館」に行ったようですね。
ツアー・ガイドがトルストイの自転車に乗らせてくれたと、嬉しそうに書いています。

 →tolstoy.ru

ドストエフスキーが社会主義の宣伝をしたかどでシベリア送りになったことも書いています。

-------------------------------------------------
He was eventually pardoned and wrote stories to ward off his vreditors.
Just like in the early '70s I wrote albums to ward off mine.
 結局ドストエフスキーは赦免され、債権者から逃れるために作品を書いた。
 ちょうど僕が70年代初めに債権者から逃れるためにアルバムを書いたのと同じように。
-------------------------------------------------

p.39に入ったところです。
www.iraqbodycount.orgwww.iraqbodycount.org
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CHRONICLES #27 (Bob Dylan)

千本浜 2004年12月7日

さらにレイとクローイの蔵書に関する記述が続きます。

-------------------------------------------------
潜在意識の王者フロイト(Sigmund Freud)の「快感原則の彼岸(Beyond the Peasure Principle)」という本があった。
ある時僕がその本をかじっているとレイが入ってきて、その本を見て言った。
「その分野のトップは広告代理店で仕事をしてる。あいつら、空気を売ってるんだ。」
僕はその本を戻して、二度と手に取ることはなかった。
-------------------------------------------------

金の動くところにはどこにでも現われて、需要どころか欲望まで創り出して、後は草も生えない状態にしてしまう、日本の大手広告代理店を思い出しました。
ディランの若い頃に近い時期だと、日本ではウィスキーや化粧品が思い浮かびます。

南軍の総指揮官だったリー将軍(Robert E. Lee)の伝記も読んだそうです。
この人は敗軍の将なんですが、アメリカでは非常に高い評価を受け、尊敬されてるんですな。
ディランは特に、その父親が家族を捨てて西インド諸島へ出奔してしまうところに興味を持っていたようです。
敗戦後は南部の人達へ、連邦への忠誠を説いていたそうで、この人の言葉のおかげで合州国は内戦の泥沼が続かずに済んだのだと、ディランは高く評価しています。
ディランは歴史物が好きなんですね。

ディランは言葉の響きが好きだったので、多くの書物を音読したのだそうです。
詩を読むのなら、正しい態度ですね。
ミルトン(John Milton)の「ピエモンテの大虐殺」がお気に入りで、「フォークソングの詞のようで、しかもずっと優美だった」と言っています。

 →On the Late Massacre in Piedmont

書棚にあるロシアの本は、ひときわ暗い存在でした。
革命的だと考えられていたプーシキン(Aleksandr S. Pushkin)の政治的な詩。
貧農たちを教育していたトルストイ(Count Leo Tolstoy)の本。

ディランはそれから二十年以上経ってからトルストイの家に行ったと書いています。
モスクワの「トルストイの家博物館」に行ったようですね。
ツアー・ガイドがトルストイの自転車に乗させてくれたと、嬉しそうに書いています。

 →tolstoy.ru

ドストエフスキーが社会主義の宣伝をしたかどでシベリア送りになったことも書いています。

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He was eventually pardoned and wrote stories to ward off his vreditors.
Just like in the early '70s I wrote albums to ward off mine.
 結局ドストエフスキーは赦免され、債権者から逃れるために作品を書いた。
 ちょうど僕が70年代初めに債権者から逃れるためにアルバムを書いたのと同じように。
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p.39に入ったところです。


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CHRONICLES #26 (Bob Dylan)

IP屋上駐車場 2004年12月5日

ディランは友人の果てしない蔵書について、続けて書いています。

ソポクレース(Sophocles)の、神々の本質と機能に関する本……性が二種類しかない理由。
アレクサンダー大王はペルシャに進軍したのだが、部下たちを現地の女性と結婚させたので、反乱などで苦労することはなかった。
完全に支配する方法を知っていたのだ。
シモン・ボリバル(Simon Bolivar)の伝記もあった。

フォークナー(William Faulkner)の『響きと怒り(The Sound and the Fury)』を少し読んで好みには合わなかったのですが、フォークナーはすごいと思ったそうです。
アルベルトゥス・マグヌス(Albertus Magnus)も少し読んでみました。
彼にまつわる伝説を少し書いていますが、これは読破するには至らなかったようです。
「足の大きな人に合う巨大な靴のようなもので、読むには大きすぎる本も多かったのだ。」

大抵は詩集を読んでいたようです。

バイロン(George Gordon Byron)

シェリー(percy Bysshe Shelley)

ロングフェロー(Henry Wadsworth Longfellow)

ポー(Edgar Allan Poe)

ポーの「鐘のうた(The Bells)」はギターを爪弾きながら暗唱したそうです。
これは聴いてみたいですな。

モルモン教の創始者ジョセフ・スミス(Joseph Smith)の本や、イタリアの詩人レオパルド(Leopardi)の"La Vita Solitaria"についても、少し書いています。

まだp.37であります。


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CHRONICLES #26 (Bob Dylan)

IP屋上駐車場 2004年12月5日


ディランは友人の果てしない蔵書について、続けて書いています。

ソポクレース(Sophocles)の、神々の本質と機能に関する本……性が二種類しかない理由。
アレクサンダー大王はペルシャに進軍したのだが、部下たちを現地の女性と結婚させたので、反乱などで苦労することはなかった。
完全に支配する方法を知っていたのだ。
シモン・ボリバル(Simon Bolivar)の伝記もあった。

フォークナー(William Faulkner)の『響きと怒り(The Sound and the Fury)』を少し読んで好みには合わなかったのですが、フォークナーはすごいと思ったそうです。
アルベルトゥス・マグヌス(Albertus Magnus)も少し読んでみました。
彼にまつわる伝説を少し書いていますが、これは読破するには至らなかったようです。
「足の大きな人に合う巨大な靴のようなもので、読むには大きすぎる本も多かったのだ。」

大抵は詩集を読んでいたようです。

バイロン(George Gordon Byron)

シェリー(percy Bysshe Shelley)

ロングフェロー(Henry Wadsworth Longfellow)

ポー(Edgar Allan Poe)

ポーの「鐘のうた(The Bells)」はギターを爪弾きながら暗唱したそうです。
これは聴いてみたいですな。

モルモン教の創始者ジョセフ・スミス(Joseph Smith)の本や、イタリアの詩人レオパルド(Leopardi)の"La Vita Solitaria"についても、少し書いています。

まだp.37であります。
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BOB DYLAN the collection

申し訳ありません。
昨夜ちゃんと書き込めなかったようです。

千本浜 2004年11月13日


loveminus0さんが『Oh Mercy』の「Ring Them Bellsをベタぼめしていたので、買いました。
輸入盤なら千円ぐらいだろうとと思ってamazon. co. jpで見ると、1310円(悪税込)。
日本盤と比べると安いのだが、なんだか少し割高感があったので躊躇していたら、3枚のアルバムのボックスセットを見つけました。

BOB DYLAN the collection
Oh Mercy/Time Out of Mind/Love and Theft

これで3282円(悪税込)。
常々『欲望(Desire)』(1975年)で私のディランは終わったと公言していたのですが、まあ食わずぎらいみたいなものなので、これを機に残りのアルバムも聴こうと思いまして。
どうせ買うんだから、この方がお買い得だろうと。

それで、届いてから驚いたのです。
あら、こういう格好していたの。
これは収納に困るなあ。

オリジナルのジャケット(といってもぺらぺらの紙ですが)は中に入っているので、この箱の写真がオマケみたいなものかしら。
このヒゲがなあ。
ダリみたいなインチキおじさんの雰囲気出してますねえ。

BOB DYLAN the collection
Oh Mercy/Time Out of Mind/Love and Theft
[BEST OF] [BOX SET] [FROM US] [IMPORT]
Bob Dylan
BOB DYLAN the collection
disc 1: Time Out of Mind (1997)
1. Love Sick
2. Dirt Road Blues
3. Standing in the Doorway
4. Million Miles
5. Tryin' to Get to Heaven
6. 'Til I Fell in Love With You
7. Not Dark Yet
8. Cold Irons Bound
9. Make You Feel My Love
10. Can't Wait
11. Highlands

disc 2: Love and Theft (2001)
1. Tweedle Dee & Tweedle Dum
2. Mississippi
3. Summer Days
4. Bye and Bye
5. Lonesome Day Blues
6. Floater (Too Much to Ask)
7. High Water (For Charley Patton)
8. Moonlight
9. Honest With Me
10. Po' Boy
11. Cry a While
12. Sugar Baby

disc 3: Oh Mercy (1989)
1. Political World
2. Where Teardrops Fall
3. Everything Is Broken
4. Ring Them Bells
5. Man in the Long Black Coat
6. Most of the Time
7. What Good Am I?
8. Disease of Conceit
9. What Was It You Wanted
10. Shooting Star




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BOB DYLAN the collection

千本浜 2004年11月13日

loveminus0さんが『Oh Mercy』の「Ring Them Bellsをベタぼめしていたので、買いました。
輸入盤なら千円ぐらいだろうとと思ってamazon. co. jpで見ると、1310円(悪税込)。
日本盤と比べると安いのだが、なんだか少し割高感があったので躊躇していたら、3枚のアルバムのボックスセットを見つけました。

BOB DYLAN the collection
Oh Mercy/Time Out of Mind/Love and Theft

これで3282円(悪税込)。
常々『欲望(Desire)』(1975年)で私のディランは終わったと公言していたのですが、まあ食わずぎらいみたいなものなので、これを機に残りのアルバムも聴こうと思いまして。
どうせ買うんだから、この方がお買い得だろうと。

それで、届いてから驚いたのです。
あら、こういう格好していたの。
これは収納に困るなあ。

オリジナルのジャケット(といってもぺらぺらの紙ですが)は中に入っているので、この箱の写真がオマケみたいなものかしら。
このヒゲがなあ。
ダリみたいなインチキおじさんの雰囲気出してますねえ。

BOB DYLAN the collection
Oh Mercy/Time Out of Mind/Love and Theft
[BEST OF] [BOX SET] [FROM US] [IMPORT]
Bob Dylan
BOB DYLAN the collection
disc 1: Time Out of Mind (1997)
1. Love Sick
2. Dirt Road Blues
3. Standing in the Doorway
4. Million Miles
5. Tryin' to Get to Heaven
6. 'Til I Fell in Love With You
7. Not Dark Yet
8. Cold Irons Bound
9. Make You Feel My Love
10. Can't Wait
11. Highlands

disc 2: Love and Theft (2001)
1. Tweedle Dee & Tweedle Dum
2. Mississippi
3. Summer Days
4. Bye and Bye
5. Lonesome Day Blues
6. Floater (Too Much to Ask)
7. High Water (For Charley Patton)
8. Moonlight
9. Honest With Me
10. Po' Boy
11. Cry a While
12. Sugar Baby

disc 3: Oh Mercy (1989)
1. Political World
2. Where Teardrops Fall
3. Everything Is Broken
4. Ring Them Bells
5. Man in the Long Black Coat
6. Most of the Time
7. What Good Am I?
8. Disease of Conceit
9. What Was It You Wanted
10. Shooting Star

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暴風被害あり

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月 5日 12:01
  • 日常雑記

明け方の暴風がすごかったです。
幻泉館の二階はがたがた揺れておりました。
先日フェンスを修理してもらったばかりなので心配でしたが、それは大丈夫。

でも、事務所の方は被害が出たようです。
ベランダのドアがロックしてなかったようで、壊れた模様。
窓も割れてしまったということで、やれやれ。
人に被害がなかったのが不幸中の幸いでしょうか。

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CHRONICLES #25 (Bob Dylan)


【追記】No.1

明け方の暴風がすごかったです。
幻泉館の二階はがたがた揺れておりました。
先日フェンスを修理してもらったばかりなので心配でしたが、それは大丈夫。

でも、事務所の方は被害が出たようです。
ベランダのドアがロックしてなかったようで、壊れた模様。
窓も割れてしまったということで、やれやれ。
人に被害がなかったのが不幸中の幸いでしょうか。




千本浜 2004年11月16日


今日はネタがないからはっぴいえんどの「12月の雨の日」のタイトルだけ書いておこう。
というのが幻泉館日録のスタイルだったのですが、そんなことがなくなってしまいました。
夜にクロニクルズのネタはつきまじ。
どこまで行っても終わりません。

日本語版が出たら?
その時は誤訳指摘サイトに変わってしまうかもしれませんね。
あの『メイキング・オブ・ブレードランナー』や『9.11』の訳者だったら絶対に間違えるよなあという箇所が毎ページ出てきます。

英文を読む時はいちいち日本語に訳したりしないものですが、さすがにこのペースだと、ここはどう訳すといいのかなあなどと考えてしまいます。
私が立ち止まって考えたところでは、品川四郎さん(の下請け?)や山崎淳さんは間違えるはずです。
そんな水準で訳書を出したら、力いっぱい誤訳指摘サイトに変身しますよ。
一粒で何度でもおいしい『クロニクルズ』です。
良質な翻訳書を出してくださいよ、あなた。

もちろん私の間違いがたくさんわかったら、大お詫びサイトになります。

さて、段落が変わっても、ディランはまだレイとクローイの書庫を描写しています。
二十歳ぐらいの時の友人の蔵書……確かに結構はっきり覚えているものです。

Standing in this room you could take it all for a joke.
There were all types of things in here.
  この部屋の中に立っていると、全部が冗談のようにも思えた。
  部屋の中にはあらゆる種類のものがあったのだ。

活版印刷(typography)
碑文研究(epigraphy)
哲学(philosophy)
政治思想(political ideologies)

このあたりは、私の部屋も似たようなものです。
エピグラフィの本はありませんがね。
その後にまた固有名詞が続きます。
う?ん。

『ローマ皇帝伝(The Twelve Caesars)』
ペリクレス『民主主義の理想国家(Ideal State of Democracy)』?
トゥキュディデス『アテネの将軍(The Athenian General)』?

こりゃわかりませんわ。
ディランは読んでますよ、これ。
「寒気を催すような物語だ」と書いています。
キリストが生まれる400年も前に、人間というのはさらに優れたモノに対して常に敵であったと書かれた、のだそうです。

「トゥキュディデスは、彼の時代の言葉が、その本来の意味からどれだけ変わってしまったか、瞬きする間に行動や意見がどれだけ変わるのか、書いている。
彼の時代から今まで、それはまったく変わっていないのだ。」

その後には、もっとおなじみの名前が並んでいます。
ゴーゴリ、バルザック、モーパッサン、ユーゴー、ディケンズ。
ディランは適当に本を手に取って真ん中辺を数ページ読んで、気に入ったら最初から読んだそうです。

『薬物学(Materia Medica) 病気の原因と治療』はいい本だったと言っているのがおかしいです。
自分が受けなかった分野の教育を求めたのだそうです。

表紙に走り書きのしてある本もありました。
レイとクローイが一言で感想をメモしたのでしょう。
マキャベリの『君主(The Price)』には、「活動家の精神(The spirit of the hustler)」と書いてあり、ダンテの『地獄篇(Inferno)』(『神曲(La Divina Commedia)』中の初篇)には「コスモポリタン」と書いてありました。

本は特定の秩序やテーマもなく並んでいました。
ルソーの『社会契約論(Social Contract)』は『聖アントニウスの誘惑(Temptation of St. Anthony)』の隣にあり、オウィディウスの『変身物語(Metamorphoses)』はデイビー・クロケットの自伝の横にありました。

ディランは本が好きですね。
この後まだ延々と書物の話が続きます。
ただいまp.37に入ったところ。
www.iraqbodycount.orgwww.iraqbodycount.org
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CHRONICLES #25 (Bob Dylan)

今日はネタがないからはっぴいえんどの「12月の雨の日」のタイトルだけ書いておこう。
というのが幻泉館日録のスタイルだったのですが、そんなことがなくなってしまいました。
夜にクロニクルズのネタはつきまじ。
どこまで行っても終わりません。

日本語版が出たら?
その時は誤訳指摘サイトに変わってしまうかもしれませんね。
あの『メイキング・オブ・ブレードランナー』や『9.11』の訳者だったら絶対に間違えるよなあという箇所が毎ページ出てきます。

英文を読む時はいちいち日本語に訳したりしないものですが、さすがにこのペースだと、ここはどう訳すといいのかなあなどと考えてしまいます。
私が立ち止まって考えたところでは、品川四郎さん(の下請け?)や山崎淳さんは間違えるはずです。
そんな水準で訳書を出したら、力いっぱい誤訳指摘サイトに変身しますよ。
一粒で何度でもおいしい『クロニクルズ』です。
良質な翻訳書を出してくださいよ、あなた。

もちろん私の間違いがたくさんわかったら、大お詫びサイトになります。

さて、段落が変わっても、ディランはまだレイとクローイの書庫を描写しています。
二十歳ぐらいの時の友人の蔵書……確かに結構はっきり覚えているものです。

Standing in this room you could take it all for a joke.
There were all types of things in here.
  この部屋の中に立っていると、全部が冗談のようにも思えた。
  部屋の中にはあらゆる種類のものがあったのだ。

活版印刷(typography)
碑文研究(epigraphy)
哲学(philosophy)
政治思想(political ideologies)

このあたりは、私の部屋も似たようなものです。
エピグラフィの本はありませんがね。
その後にまた固有名詞が続きます。
う?ん。

『ローマ皇帝伝(The Twelve Caesars)』
ペリクレス『民主主義の理想国家(Ideal State of Democracy)』?
トゥキュディデス『アテネの将軍(The Athenian General)』?

こりゃわかりませんわ。
ディランは読んでますよ、これ。
「寒気を催すような物語だ」と書いています。
キリストが生まれる400年も前に、人間というのはさらに優れたモノに対して常に敵であったと書かれた、のだそうです。

「トゥキュディデスは、彼の時代の言葉が、その本来の意味からどれだけ変わってしまったか、瞬きする間に行動や意見がどれだけ変わるのか、書いている。
彼の時代から今まで、それはまったく変わっていないのだ。」

その後には、もっとおなじみの名前が並んでいます。
ゴーゴリ、バルザック、モーパッサン、ユーゴー、ディケンズ。
ディランは適当に本を手に取って真ん中辺を数ページ読んで、気に入ったら最初から読んだそうです。

『薬物学(Materia Medica) 病気の原因と治療』はいい本だったと言っているのがおかしいです。
自分が受けなかった分野の教育を求めたのだそうです。

表紙に走り書きのしてある本もありました。
レイとクローイが一言で感想をメモしたのでしょう。
マキャベリの『君主(The Price)』には、「活動家の精神(The spirit of the hustler)」と書いてあり、ダンテの『地獄篇(Inferno)』(『神曲(La Divina Commedia)』中の初篇)には「コスモポリタン」と書いてありました。

本は特定の秩序やテーマもなく並んでいました。
ルソーの『社会契約論(Social Contract)』は『聖アントニウスの誘惑(Temptation of St. Anthony)』の隣にあり、オウィディウスの『変身物語(Metamorphoses)』はデイビー・クロケットの自伝の横にありました。

ディランは本が好きですね。
この後まだ延々と書物の話が続きます。
ただいまp.37に入ったところ。

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王様達のハイキング

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月 4日 01:03
  • 音楽
保線区 2004年12月3日

先日ふと見かけた中古CD市。
980円均一コーナーにディランがかなり揃っていたのだが、みんな持っているものだったし、それにレンタル落ちの中古では980円は高い。
輸入CDならほとんど変わらない値段で新品が買えてしまう。

和モノは80年代が中心のようで、あら懐かしいわね、なんだけど、980円はちょっと高いなあ。
と思っていたら、二枚組みも980円なのであった。
これなら許せるか。
(根拠は希薄だが)

それで、吉田拓郎さんのライブ盤を2セット買ったのだ。
こういうものはプレイヤーでかからないと悲しいのだが、特に問題はなかった。
う?ん、何か違和感があるなあ、拓郎さん。

『王様達のハイキング』は、とても懐かしいアルバムだ。
飯代を心配するような生活をしていたころ、図書館でレコードを借りたのだった。
レンタル屋さんに行く金もなかったのだ。
職場の近くあった、文京区真砂町の図書館。
レコードの貸し出しは人気があったので、棚に残っているものは少なかった。

加藤登紀子さんの『ほろ酔いコンサート』や、坂本龍一さんと一緒にやっているアルバムを借りて聴いた。
図書館で出会わなければ聴かなかったかもしれないアルバムだろう。
拓郎さんの『王様達のハイキング』『無人島で…。』も、その図書館で見つけて借りた。
カセットテープだけは買い置きの安物がやたらにあったので、ダビングして何度も聴いたのだ。

70年代初頭にショックを受けた、あの圧倒的な存在感のある拓郎さんではなかった。
ギター一本の弾き語りで強烈な個性を放っていた、あの輝きはもうなかった。
それが寂しかったのだが、自分の暮らしのわびしさに合って、かえって良かったのかもしれない。

なんとなく寂しい拓郎さん。
結局二十年経って、980円で中古を買ったのだよ。

『王様達のハイキング イン・武道館』
 オリジナルLP発売日1982年11月21日
王様達のハイキング イン・武道館
ディスク: 1
1. 夏休み
2. 春を呼べ2
3. あの娘といい気分
4. 爪
5. 王様達のハイキング
6. 悲しいのは

ディスク: 2
1. この指とまれ
2. 狼のブルース
3. 外は白い雪の夜
4. 愛してるよ
5. サマータイムブルースが聴こえる
6. 唇をかみしめて
7. 祭りのあと
8. マーク2

『吉田拓郎 ONE LAST NIGHT IN つま恋』
 オリジナルアルバム発売日1985年9月21日
吉田拓郎 ONE LAST NIGHT IN つま恋ディスク: 1
1. 暑中見舞い
2. 誕生日
3. I'm In Love
4. 大阪行きは何番ホーム
5. サマーピープル
6. 言葉
7. 今夜も君をこの胸に
8. 夏休み
9. やせっぽちのブルース
10. ビートルズが教えてくれた

ディスク: 2
1. いつも見ていたヒロシマ
2. 川の流れの如く
3. Life
4. 7月26日未明
5. 俺が愛した馬鹿
6. この指とまれ
7. 明日に向って走れ


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王様達のハイキング

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月 4日 00:44
  • 音楽
保線区 2004年12月3日


先日ふと見かけた中古CD市。
980円均一コーナーにディランがかなり揃っていたのだが、みんな持っているものだったし、それにレンタル落ちの中古では980円は高い。
輸入CDならほとんど変わらない値段で新品が買えてしまう。

和モノは80年代が中心のようで、あら懐かしいわね、なんだけど、980円はちょっと高いなあ。
と思っていたら、二枚組みも980円なのであった。
これなら許せるか。
(根拠は希薄だが)

それで、吉田拓郎さんのライブ盤を2セット買ったのだ。
こういうものはプレイヤーでかからないと悲しいのだが、特に問題はなかった。
う?ん、何か違和感があるなあ、拓郎さん。

『王様達のハイキング』は、とても懐かしいアルバムだ。
飯代を心配するような生活をしていたころ、図書館でレコードを借りたのだった。
レンタル屋さんに行く金もなかったのだ。
職場の近くあった、文京区真砂町の図書館。
レコードの貸し出しは人気があったので、棚に残っているものは少なかった。

加藤登紀子さんの『ほろ酔いコンサート』や、坂本龍一さんと一緒にやっているアルバムを借りて聴いた。
図書館で出会わなければ聴かなかったかもしれないアルバムだろう。
拓郎さんの『王様達のハイキング』『無人島で…。』も、その図書館で見つけて借りた。
カセットテープだけは買い置きの安物がやたらにあったので、ダビングして何度も聴いたのだ。

70年代初頭にショックを受けた、あの圧倒的な存在感のある拓郎さんではなかった。
ギター一本の弾き語りで強烈な個性を放っていた、あの輝きはもうなかった。
それが寂しかったのだが、自分の暮らしのわびしさに合って、かえって良かったのかもしれない。

なんとなく寂しい拓郎さん。
結局二十年経って、980円で中古を買ったのだよ。

『王様達のハイキング イン・武道館』
 オリジナルLP発売日1982年11月21日
王様達のハイキング イン・武道館ディスク: 1
1. 夏休み
2. 春を呼べ2
3. あの娘といい気分
4. 爪
5. 王様達のハイキング
6. 悲しいのは

ディスク: 2
1. この指とまれ
2. 狼のブルース
3. 外は白い雪の夜
4. 愛してるよ
5. サマータイムブルースが聴こえる
6. 唇をかみしめて
7. 祭りのあと
8. マーク2

『吉田拓郎 ONE LAST NIGHT IN つま恋』
 オリジナルアルバム発売日1985年9月21日
吉田拓郎 ONE LAST NIGHT IN つま恋ディスク: 1
1. 暑中見舞い
2. 誕生日
3. I'm In Love
4. 大阪行きは何番ホーム
5. サマーピープル
6. 言葉
7. 今夜も君をこの胸に
8. 夏休み
9. やせっぽちのブルース
10. ビートルズが教えてくれた

ディスク: 2
1. いつも見ていたヒロシマ
2. 川の流れの如く
3. Life
4. 7月26日未明
5. 俺が愛した馬鹿
6. この指とまれ
7. 明日に向って走れ
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CHRONICLES #24 (Bob Dylan)


【追記】No.3

ヒナのひるね 2004年12月3日


ひさしぶりにヒナのひるね画像。
寒くなると、二階の廊下がサンルーム状態になるのです。


【追記】No.2

ところで幻ちゃんの最新大人のおもちゃZaurus君は、ミニ6穴システム手帳と同じぐらいの大きさです。
amazon.co.jpでたくさんもらったビニール製文庫カバーにピタリと収まる……はずだったのですが、通信用のカードがはみ出ているので、ぴったり収まらないのです。
それで、三省堂あたりで買った革製の新書版ブックカバーに入れています。
ちょっと大きすぎるんだなあ。

システム手帳型の専用革製ケースを発注したのですが、納期は三週間。
それまでちょっと恐々と扱うことになりそうです。

住所録の入力は面倒だなと思っていたのですが、さすがにZaurusは成熟しています。
ちょっとしたアシストで、ずいぶん入力しやすくなっているなあと思いました。




千本浜 2004年8月


【追記】No.1

私が学校で習った「英語」は、意味が漂白された一般名詞の言葉だった。
たとえば人種差別にしたって、それは遥かな国遠い昔のできごとなのだ。
生きている言葉ではなかった。

数行に渡ってただ並べられた固有名詞の羅列に、そんなものは役に立たない。
1961年2月のアメリカ合州国ニューヨーク。
米ソ対立やハリウッド映画のコラージュはどんな意味を持つのだろうか。
別に裏など読む必要もない。
その固有名詞にどんな音や映像を思い浮かべることができるのか。
それがディランの言葉を楽しむということだろう。

どうも誤解されているフシがあるようですが、私はボブ・ディランのことは歌以外にはまったく知らないのです。
コンサートは一回しか観たことがありません。
本は片桐ユズルさんと中山容さんの訳詞集を持っているだけです。

音楽雑誌は買いません。
おっと『ロック画報』という日本の音楽雑誌は買うようになりました。
洋楽雑誌は買いません、だな。

だから、まったく虚心にディランの散文を読んで、そこに現われる固有名詞がよくわからないのでいろいろ調べてみている。
そんな読書ノート、読書メモです。

ソ連のフルシチョフ第一書記は、1959年に訪米しています。
アイゼンハワー大統領とキャプデービッドで会談するのですが、テンガロンハットのようなものをかぶってはしゃいでみせたり、ニクソン米副大統領と一緒にテレビに登場してカラーテレビぐらいソ連でもすぐに開発してみせるわと強がってかわいいところを見せたりしていました。

そのニクソンは1960年に大統領選に出ますが、ご存知のようにテレビのためケネディに敗れています。
「祖国があなたのために何ができるかを尋ねてはなりません、あなたが祖国のために何を行うことができるか尋ねてほしい。」
有名な就任演説は、1961年1月20日。
清新なイメージでケネディ大統領(42歳)が登場したばかりのころなのです。




ディランはラジオのスイッチを切って、部屋の筋向かいにある白黒テレビを点けます。
そう、『巨人の星』で一球投げるのに何週間もかかったのと同じように、今までディランはラジオを聴いていたのです。
もっとも、本文では丸三ページ分ほど。
おそらくそんなに長い時間ではありません。

1961年2月の寒い日に、ディランがレイとクローイの部屋に泊まったのは事実だと思います。
その部屋にあるラジオでロイ・オービソンの新曲を聴いたあたりまではやはり事実だと思いますが、実際にラジオを聴きながら今まで書いたようなことを、その時に考えたのかどうかは、怪しいなと思います。
もうすぐ二十歳という年齢のころに考えていたことではあるのでしょうが、レイとクローイの部屋ではどうだったんでしょう。

もちろん意図的に伝説を作ろうとしているのではないでしょう。
再構成された、ディランにとっての事実。
それでいいのだと思います。

二行空けて、僕はラジオを切ったという文が出てくるので、読者はハッと我に返るのです。
そうなんだ、ディランはラジオを聴いていろいろ考えていたのだと。

テレビでは"Wagon Train"を放映していました。
この番組は知らないので調べてみると、日本では『幌馬車隊』というタイトルだったようです。
平尾昌晃さんが主題歌を歌っていたとか。

 ♪ 隊長アダムスの指揮のもと
 ♪ 時には憎み、また、愛し合う
 ♪ 野越え、山越え、幌を連ね
 ♪ 行くぞ、我らがWAGON TRAIN

うん、まるでわかりませんわ。
60年代前半のテレビ番組は、日本のドラマやバラエティは生放送。
アメリカ生まれのドラマはフィルムのものを流していました。
うちはお金持ちではなかったのでテレビが来たのは遅かったし、地方局の民放は一つしかなかったので、たぶん見ていません。

ディランはすぐにテレビのスイッチを切って、別の部屋に行きます。
窓のない、洞穴のような書斎です。
床から天井までジャンルを問わずぎっしりと本が詰まっていて、過剰な存在感があります。
固有名詞が列挙してありますが、その関連の本があったということでしょう。

Brando
 マーロン・ブランド(Marlon Brando)のことでしょうか。
 『波止場(On the Waterfront)』は1954年の作品です。

James Dean
 ジェームズ・ディーンの死(1955年)から六年後です。

Milton Berle
 ヴォードヴィルの人気者で、テレビの寵児となったそうです。
 「Uncle Miltie」「Mr. Television」と呼ばれる。

Marilyn Monroe
 マリリン・モンローが亡くなるのはこの翌年、1962年です。

Lucy
 この流れから行くと、「I Love Lucy」や「Lucy Show」のルーシーでしょう。
 ルシール・ボールさんの当たり役ね。

Earl Warren
 最高裁判所首席裁判官(1953-69)
 ケネディ大統領暗殺事件調査委員会の長(1963-64)

Khrushchev
 フルシチョフ、もちろん共産党第一書記&首相。
 脱スターリンの時代です。

Castro
 1959年にカストロが首相になって、まだ2年しか経っていません。
 21世紀になっても君臨しているとは、ディランも夢にも思わなかったことでしょう。

Little Rock
 高校でアフリカ系アメリカ人が登校することを阻まれた人種差別事件のことだと思います。
 →Little Rock Crisis

Peyton Place
 これはテレビドラマですね。
 ん、小説の映画化(1957年)の方かな。
 →The PEYTON PLACE Pages

Tennessee Williams
 おお、これぞグリニッチ・ビレッジの青春ですな。

Joe DiMaggio
 こちらもアメリカの英雄ですな。
 →Joe DiMaggio

J. Edgar Hoover
 半世紀近く(1924-1972)FBIの長官を務めた人物です。
 →FBIの歴史

Westinghouse
 わかりませんが、総合電機メーカーのWestinghouse Electric社のことでしょうか。
 Westinghouse

The Nelsons
 これがどちらのネルソンさんなのかわかりません。
 このシリーズなのかなあ。
 →Here Comes the Nelsons

Holiday Inn
 これは普通にホテルのチェーンでしょう。
 1952年創立だそうです。

hot-rod Chevys
 シボレーの改造車でしょうか。
 チバラギなスカG?

Mickey Spillane
 私立探偵マイク・ハマー(Mike Hammer)シリーズの作家ですね。
 →外国テレビ映画紹介

Joe McCarthy
 「赤狩り」を巻き起こした大嘘つきの上院議員です。

Levittown
 大規模な住宅開発が行なわれた町ということでいいのでしょうか。

今ではとてもわかりにくい固有名詞が並んでいるのですが、意外にup-to-dateなモノが詰まった書庫であるようです。
並んだ固有名詞から想像すると、もしかしたら雑誌の方が多かったのかもしれません。

www.iraqbodycount.orgwww.iraqbodycount.org
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1961年2月ニューヨーク

私が学校で習った「英語」は、意味が漂白された一般名詞の言葉だった。
たとえば人種差別にしたって、それは遥かな国遠い昔のできごとなのだ。
生きている言葉ではなかった。

数行に渡ってただ並べられた固有名詞の羅列に、そんなものは役に立たない。
1961年2月のアメリカ合州国ニューヨーク。
米ソ対立やハリウッド映画のコラージュはどんな意味を持つのだろうか。
別に裏など読む必要もない。
その固有名詞にどんな音や映像を思い浮かべることができるのか。
それがディランの言葉を楽しむということだろう。

どうも誤解されているフシがあるようですが、私はボブ・ディランのことは歌以外にはまったく知らないのです。
コンサートは一回しか観たことがありません。
本は片桐ユズルさんと中山容さんの訳詞集を持っているだけです。

音楽雑誌は買いません。
おっと『ロック画報』という日本の音楽雑誌は買うようになりました。
洋楽雑誌は買いません、だな。

だから、まったく虚心にディランの散文を読んで、そこに現われる固有名詞がよくわからないのでいろいろ調べてみている。
そんな読書ノート、読書メモです。

ソ連のフルシチョフ第一書記は、1959年に訪米しています。
アイゼンハワー大統領とキャプデービッドで会談するのですが、テンガロンハットのようなものをかぶってはしゃいでみせたり、ニクソン米副大統領と一緒にテレビに登場してカラーテレビぐらいソ連でもすぐに開発してみせるわと強がってかわいいところを見せたりしていました。

そのニクソンは1960年に大統領選に出ますが、ご存知のようにテレビのためケネディに敗れています。
「祖国があなたのために何ができるかを尋ねてはなりません、あなたが祖国のために何を行うことができるか尋ねてほしい。」
有名な就任演説は、1961年1月20日。
清新なイメージでケネディ大統領(42歳)が登場したばかりのころなのです。

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CHRONICLES #24 (Bob Dylan)

千本浜 2004年8月

ディランはラジオのスイッチを切って、部屋の筋向かいにある白黒テレビを点けます。
そう、『巨人の星』で一球投げるのに何週間もかかったのと同じように、今までディランはラジオを聴いていたのです。
もっとも、本文では丸三ページ分ほど。
おそらくそんなに長い時間ではありません。

1961年2月の寒い日に、ディランがレイとクローイの部屋に泊まったのは事実だと思います。
その部屋にあるラジオでロイ・オービソンの新曲を聴いたあたりまではやはり事実だと思いますが、実際にラジオを聴きながら今まで書いたようなことを、その時に考えたのかどうかは、怪しいなと思います。
もうすぐ二十歳という年齢のころに考えていたことではあるのでしょうが、レイとクローイの部屋ではどうだったんでしょう。

もちろん意図的に伝説を作ろうとしているのではないでしょう。
再構成された、ディランにとっての事実。
それでいいのだと思います。

二行空けて、僕はラジオを切ったという文が出てくるので、読者はハッと我に返るのです。
そうなんだ、ディランはラジオを聴いていろいろ考えていたのだと。

テレビでは"Wagon Train"を放映していました。
この番組は知らないので調べてみると、日本では『幌馬車隊』というタイトルだったようです。
平尾昌晃さんが主題歌を歌っていたとか。

 ♪ 隊長アダムスの指揮のもと
 ♪ 時には憎み、また、愛し合う
 ♪ 野越え、山越え、幌を連ね
 ♪ 行くぞ、我らがWAGON TRAIN

うん、まるでわかりませんわ。
60年代前半のテレビ番組は、日本のドラマやバラエティは生放送。
アメリカ生まれのドラマはフィルムのものを流していました。
うちはお金持ちではなかったのでテレビが来たのは遅かったし、地方局の民放は一つしかなかったので、たぶん見ていません。

ディランはすぐにテレビのスイッチを切って、別の部屋に行きます。
窓のない、洞穴のような書斎です。
床から天井までジャンルを問わずぎっしりと本が詰まっていて、過剰な存在感があります。
固有名詞が列挙してありますが、その関連の本があったということでしょう。

Brando
 マーロン・ブランド(Marlon Brando)のことでしょうか。
 『波止場(On the Waterfront)』は1954年の作品です。

James Dean
 ジェームズ・ディーンの死(1955年)から六年後です。

Milton Berle
 ヴォードヴィルの人気者で、テレビの寵児となったそうです。
 「Uncle Miltie」「Mr. Television」と呼ばれる。

Marilyn Monroe
 マリリン・モンローが亡くなるのはこの翌年、1962年です。

Lucy
 この流れから行くと、「I Love Lucy」や「Lucy Show」のルーシーでしょう。
 ルシール・ボールさんの当たり役ね。

Earl Warren
 最高裁判所首席裁判官(1953-69)
 ケネディ大統領暗殺事件調査委員会の長(1963-64)

Khrushchev
 フルシチョフ、もちろん共産党第一書記&首相。
 脱スターリンの時代です。

Castro
 1959年にカストロが首相になって、まだ2年しか経っていません。
 21世紀になっても君臨しているとは、ディランも夢にも思わなかったことでしょう。

Little Rock
 高校でアフリカ系アメリカ人が登校することを阻まれた人種差別事件のことだと思います。
 →Little Rock Crisis

Peyton Place
 これはテレビドラマですね。
 ん、小説の映画化(1957年)の方かな。
 →The PEYTON PLACE Pages

Tennessee Williams
 おお、これぞグリニッチ・ビレッジの青春ですな。

Joe DiMaggio
 こちらもアメリカの英雄ですな。
 →Joe DiMaggio

J. Edgar Hoover
 半世紀近く(1924-1972)FBIの長官を務めた人物です。
 →FBIの歴史

Westinghouse
 わかりませんが、総合電機メーカーのWestinghouse Electric社のことでしょうか。
 Westinghouse

The Nelsons
 これがどちらのネルソンさんなのかわかりません。
 このシリーズなのかなあ。
 →Here Comes the Nelsons

Holiday Inn
 これは普通にホテルのチェーンでしょう。
 1952年創立だそうです。

hot-rod Chevys
 シボレーの改造車でしょうか。
 チバラギなスカG?

Mickey Spillane
 私立探偵マイク・ハマー(Mike Hammer)シリーズの作家ですね。
 →外国テレビ映画紹介

Joe McCarthy
 「赤狩り」を巻き起こした大嘘つきの上院議員です。

Levittown
 大規模な住宅開発が行なわれた町ということでいいのでしょうか。

今ではとてもわかりにくい固有名詞が並んでいるのですが、意外にup-to-dateなモノが詰まった書庫であるようです。
並んだ固有名詞から想像すると、もしかしたら雑誌の方が多かったのかもしれません。


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CHRONICLES #23 (Bob Dylan)


【追記】No.2

下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるで、乱立したミラーの一つにフィドル演奏家の方がトラックバックを付けてくださった。
若き日の渡さんと写った写真もある、実にいい感じのblogでした。

 →フィドル少年漂流記♪


【追記】No.1

あ、光っちゃいましたね。
ひさびさのペコちゃんです。
冬場の季節商品?

「とろけるミルキー」

少しやわらかいので、ついつい噛んでしまいます。
中からとろ?り。
おいしかったです。

とろけるミルキー

あら不思議、また眉毛生えてますなあ。




千本浜 2004年11月23日


ディランにとって、歌は自分を導いてくれるものでした。
解放された、自由の共和国へ。
それを三十年後にグリール・マーカス(Greil Marcus)が「目に見えない共和国(invisible republic)」と呼ぶことになります。

 →The Official Greil Marcus Home Page

とにかくディランには、大衆文化の主流というものが時代遅れでインチキなものに見えました。
窓の外に壊れることのない霜の海があって、そこを不便な履物で歩かなければならないようなものだった。
誰もそんなことで思い悩んではいなかった。
自分たちがどんな時代にいるのかということも、歴史の真実とは何なのかということも、僕にはわからなかった。

もしも本当のことを言えば、それで万事よくなるだろう。
でも、本当じゃないことを言っても、それで万事よくなってしまうのだ。
フォーク・ソングは僕にそんなことを教えてくれた。

何時だったのかといえば、いつも陽の光が差し始める時だった。
そして僕も歴史のことがちょっとだけわかった。
ほんの数ヶ国の歴史だけ。
それはいつも同じパターンなんだ。

社会が成長し、栄え、そして崩壊していく、歴史のどの時点にアメリカがいるのかということが、ディランには気になっていたようです。
二十歳ぐらいの若者ディランが、一所懸命に時代のことを考えていたんだなあ。
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とろけるミルキー

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月 2日 01:11
  • 日常雑記

あ、光っちゃいましたね。
ひさびさのペコちゃんです。
冬場の季節商品?

「とろけるミルキー」

少しやわらかいので、ついつい噛んでしまいます。
中からとろ?り。
おいしかったです。

とろけるミルキー

あら不思議、また眉毛生えてますなあ。

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CHRONICLES #23 (Bob Dylan)

ディランにとって、歌は自分を導いてくれるものでした。
解放された、自由の共和国へ。
それを三十年後にグリール・マーカス(Greil Marcus)が「目に見えない共和国(invisible republic)」と呼ぶことになります。

 →The Official Greil Marcus Home Page

とにかくディランには、大衆文化の主流というものが時代遅れでインチキなものに見えました。
窓の外に壊れることのない霜の海があって、そこを不便な履物で歩かなければならないようなものだった。
誰もそんなことで思い悩んではいなかった。
自分たちがどんな時代にいるのかということも、歴史の真実とは何なのかということも、僕にはわからなかった。

もしも本当のことを言えば、それで万事よくなるだろう。
でも、本当じゃないことを言っても、それで万事よくなってしまうのだ。
フォーク・ソングは僕にそんなことを教えてくれた。

何時だったのかといえば、いつも陽の光が差し始める時だった。
そして僕も歴史のことがちょっとだけわかった。
ほんの数ヶ国の歴史だけ。
それはいつも同じパターンなんだ。

社会が成長し、栄え、そして崩壊していく、歴史のどの時点にアメリカがいるのかということが、ディランには気になっていたようです。
二十歳ぐらいの若者ディランが、一所懸命に時代のことを考えていたんだなあ。

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チョロQ 25周年

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月 1日 16:46
  • 日常雑記

ミニチョロQ

セブンイレブンで飲料にミニチョロQが付いてました。
こういうのはすごい勢いで買っていく人がいるので、揃えるのは難しいんでしょうね。
画像は左がRX-8、右がキューブです。

 →ミニミニチョロQコレクションキャンペーン

そうか、チョロQが25周年なんですね。

そういえば80年代に毎年チョロQを買ってました。
暮れ正月に実家に帰った時に、高校時代の友人とショッピングセンターにあったおもちゃ屋さんに行くのです。
そこで干支の動物を模したチョロQを買いました。

12個は揃わなかったなあ。
猪なんかをよく覚えてます。
どこに行ったんだろう。

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CHRONICLES #22 (Bob Dylan)


【追記】No.2

ミニチョロQ
セブンイレブンで飲料にミニチョロQが付いてました。
こういうのはすごい勢いで買っていく人がいるので、揃えるのは難しいんでしょうね。
画像は左がRX-8、右がキューブです。

 →ミニミニチョロQコレクションキャンペーン

そうか、チョロQが25周年なんですね。

そういえば80年代に毎年チョロQを買ってました。
暮れ正月に実家に帰った時に、高校時代の友人とショッピングセンターにあったおもちゃ屋さんに行くのです。
そこで干支の動物を模したチョロQを買いました。

12個は揃わなかったなあ。
猪なんかをよく覚えてます。
どこに行ったんだろう。




千本浜 2004年11月22日


し・は・す!

ディランはオービソンや他の歌手たちのことを延々と書き綴っていますが、場面としてはまだレイとクローイの部屋でラジオを聴いているところです。

僕はとにかくレコードを作りたくてしかたがなかったのだが、ラジオで流れているような音楽、45回転のシングル盤を作りたかったわけではない。
フォークシンガー、ジャズ・アーティスト、クラシックの音楽家たちはLPを作っていた。
この溝の中に山のように歌を詰め込んだロング・プレイ・レコード(long-playing records)だ。
LPなら何なのかがはっきりわかるし、重さがわかるし(決定的な影響を及ぼすし)、大きな絵がもっと描けた。
LPは重力みたいだった。
カバーが前も後ろもあって、何時間だって見ていられた。

ディランは最初からアルバムの重要性を強く感じていたようです。
シングル盤のバブリングポップスを歌いたかったわけではないということです。
もちろんビートルズ以前。
ディランは「フォークソング」を歌っていたけれど、商業主義的なラジオで流れるようなレパートリーはまったくなかったと断言しています。
ディランにとって歌とは、単なる軽い娯楽以上のものだった。

大胆にはしょってp.34が終わろうとしています。
私、今夜はちょっと忙しかったのであります。




ザウルスとSo-net専用モデムカードが届いた。
別々なのだが、同じ日に届いて良かったわあ。
即インターネットに繋いでいろいろ試してみる。
いつも光やCATVを使っているので、まあ遅いこと遅いこと。
画面がおもちゃみたいでおもしろい。
アプリケーションが豊富で、とりあえずは困らない。

カレンダー
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インターネットNetFront v3.1
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Movie Player
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HancomWord
プレゼンテーション
イメージノート
マルチメディア辞書(広辞苑/ジーニアス英和和英)
翻訳これ一本
ブンコンピュータ
電卓
世界時計
時計
ファイル検索

ありゃ、コンソール画面はどうやって呼び出すのかしら。
USBでPCとつないでデータのやり取りをしたり、ザウルスを外漬けドライブのようにも使える。

携帯の画面に慣れているので、思ったほど目も疲れないようだ。
こうなると、システム手帖型のケースなんぞが欲しくなるな。

【追記】No.1

ザウルス付属のソフトだが、たぶん私が最もよく使うのはブラウザだろう。
NetFront/3.1という名前なのだが、情報としてはMozila/4.08を吐き出している。
 →[Mozilla/4.08 (PDA; SL-C3000/1.0,Qtopia/1.4.9) NetFront/3.1]

システム側のスイッチから表示を拡大縮小できるのが便利。
やはり極小ノートPCよりも、発展型PDAの方が練られているようだ。

ワープロと表計算はHancomWordとHancomSheet。
Linuxのオフィスとしておなじみなのだが、この前Win用のものも買った。
Micro$oftのWordとExcelのファイルを開けるので、重宝している。
プレゼンテーションビューワやイメージエディタも、このセットなんですな。

 →Hancom Mobile Office

PCといえばWindowsにワード&エクセルが当然という「常識」を学校の教師が教え込むのは良くないんじゃないかな。
Micro$oftの食い物になるお客さんを、公教育で仕込んでるようなものだ。
端末にはLinuxやFreeBSDを使うべきだと思う。

www.iraqbodycount.orgwww.iraqbodycount.org
www.iraqbodycount.org




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ザウルス付属ソフト

  • Posted by: 幻泉館主人
  • 2004年12月 1日 02:36
  • 日常雑記

ザウルス付属のソフトだが、たぶん私が最もよく使うのはブラウザだろう。
NetFront/3.1という名前なのだが、情報としてはMozila/4.08を吐き出している。
 →[Mozilla/4.08 (PDA; SL-C3000/1.0,Qtopia/1.4.9) NetFront/3.1]

システム側のスイッチから表示を拡大縮小できるのが便利。
やはり極小ノートPCよりも、発展型PDAの方が練られているようだ。

ワープロと表計算はHancomWordとHancomSheet。
Linuxのオフィスとしておなじみなのだが、この前Win用のものも買った。
Micro$oftのWordとExcelのファイルを開けるので、重宝している。
プレゼンテーションビューワやイメージエディタも、このセットなんですな。

 →Hancom Mobile Office

PCといえばWindowsにワード&エクセルが当然という「常識」を学校の教師が教え込むのは良くないんじゃないかな。
Micro$oftの食い物になるお客さんを、公教育で仕込んでるようなものだ。
端末にはLinuxやFreeBSDを使うべきだと思う。

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CHRONICLES #22 (Bob Dylan)

千本浜 2004年11月22日

し・は・す!

ディランはオービソンや他の歌手たちのことを延々と書き綴っていますが、場面としてはまだレイとクローイの部屋でラジオを聴いているところです。

僕はとにかくレコードを作りたくてしかたがなかったのだが、ラジオで流れているような音楽、45回転のシングル盤を作りたかったわけではない。
フォークシンガー、ジャズ・アーティスト、クラシックの音楽家たちはLPを作っていた。
この溝の中に山のように歌を詰め込んだロング・プレイ・レコード(long-playing records)だ。
LPなら何なのかがはっきりわかるし、重さがわかるし(決定的な影響を及ぼすし)、大きな絵がもっと描けた。
LPは重力みたいだった。
カバーが前も後ろもあって、何時間だって見ていられた。

ディランは最初からアルバムの重要性を強く感じていたようです。
シングル盤のバブリングポップスを歌いたかったわけではないということです。
もちろんビートルズ以前。
ディランは「フォークソング」を歌っていたけれど、商業主義的なラジオで流れるようなレパートリーはまったくなかったと断言しています。
ディランにとって歌とは、単なる軽い娯楽以上のものだった。

大胆にはしょってp.34が終わろうとしています。
私、今夜はちょっと忙しかったのであります。



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