【追記】No.1
ふと気づいたのだが、どうも管理工学研究所は、松茸のサポートをやめたのではないだろうか。
日本語IME(入力ソフト)の話であります。
DOSの時代にVZeditor+松茸という組み合わせで文章を書くようになった。
あれはまだ80年代だったかしら。
一太郎Ver.4で書いていたらPCがフリーズして、一晩の成果およそ四千字ほどが消えてしまったのだ。
これに懲りて新松に乗り換え、松茸に馴染んだ。
さらにワープロよりもエディターの方が軽いので、VZ+松茸になったのだ。
日本語FEP(Front End Processor)という呼び方をしていたなあ。
Windowsの時代になってからはWZeditor+松茸。
WZは一つ前のバージョン(Ver.4)の方が軽いので、それを使い続けている。
私は手書きだと四百字詰め原稿用紙5枚程度でもヒーヒー泣きが入るほど字を書くのが苦手なのだが、PCのキーボードを打つのなら、一晩で400字×20枚程度でもそれほど苦ではない。
以前はそれで糊口を凌いでいたのだ。
こうなると、松茸は手放せない。
少しでも違う動作の入力ソフトだと、途端に入力速度が落ちるのだ。
特にM$の日本語IMEとかいうのは使えない。
それなのに、松茸はどうも生産終了品扱いになっているらしい。
自動車を運転していて、じゃあ5分後にメガネ外しますよと言われた感じ。
夜中に、急に心配になってしまった。
そこでWnnに乗り換えようという結論になった。
LinuxやBSDでおなじみのソフトだ。
FreeWnnというのもあるが、その製品版のWnn7をオムロンが出していて、Linux機で作業をする時はこれを使っている。
Wnn98というWindows版のWnnが出ていたはずだ。
ところがオムロンのサイトに行ってみると、本来の対応OSは「Windows95/98/NT4.0」。
あら、Wnnよ、お前もか……。
うんぬ、困った。
ちなみに、携帯電話の日本語入力には、このWnnを採用しているメーカーが増えているはずです。
第一章「Markin' Up the Score」では、プロとして契約を結ぶところと、その少し前にニューヨークに出てきてグリニッチ・ビレッジで歌うところが描かれていました。
年代記という意味のタイトルなのに、何年何月にこういうことがあったという編年体ではありません。
とりあえずプロとして活動を始めた時に強烈に印象に残っていること、鮮やかに思い出すことから書き始めたのかもしれません。
自信と希望に満ちた若者が第一章のボブ・ディランでした。
登場する曲名や人名もさることながら、やはり文章そのものがやっぱりディランなのでわかりにくいところがあります。
本人は曲を作る時ほど凝っていない素直な言い回しのつもりなのでしょうが、よく調べないと大誤読しそうです。
いや、間違って読んだっていいんですよ。
日本語の歌詞や文章だって、そんなに厳密に読み取ってはいませんよね。
第二章は「The Lost Land」という題が付いています。
ウッディ・ガスリーの「This Land Is Your Land」や、一神教(ユダヤ教/キリスト教/イスラム教)の「promised land」なんぞ思い浮かべながら、p.25に入っていきます。
ベッドの中で身体を起こして、周囲を見回した。
そこはベッドではなくてリビングのソファで、ヒーターからは湯気が上がっていた。
いきなり回想記っぽいですね。
本当にそういう目覚めがあったのでしょう。
暖炉の上には、植民地時代のかつらを付けた肖像画がこちらを見つめています。
引き出しの付いた楕円形のテーブル、手押し車のような椅子、小さな机、長椅子(カウチ)、フランス風の敷物……ディランはどこで寝ていたのでしょうか。
ブラインドを通して光が差し込んでいます。
その部屋はジントニックと木精と花の香りがしています。
連邦様式の建物(a Federal style building)の最上階と書いてありますが、何だかわからないので辞書を引いてみます。
リーダーズ英和辞典によると、「1790年ころから1830年ころの米国で流行した古典主義復興の様式」だそうです。
なんとなくわかったような感じもしますが、一応googleで探してみると、なるほど、やっぱりこういう感じねとわかります。
インターネットというのは、何よりもまず巨大な検索システムなんですね。
→ARCHITECTURAL STYLES of AMERICA / FEDERAL (1780-1820)
→American Federal(Adam Style)c. 1780 - c. 1840
→Federal Style 1790-1830
リーダーズ英和の定義と少し時期がずれている説明もありますが、だいたい見当がつきました。
この建物は運河近くのベストリストリート(Vestry Street)にあって、ハドソン川も近くです。
同じブロックにはブルズヘッドという居酒屋があって、ブース(John Wilkes Booth)がよく飲みに行っていたとディランは書いています。
アメリカのブルータス、ジョン・ウィルクス・ブースと言われても、誰のことかわかりませんね。
1865年4月14日に、リンカーン大統領を撃った人物です。
→A History of John Wilkes Booth
ディランはそこで悪酔いして、ブースの亡霊を見たことがあるそうです。
で、これはいつのことを書いているのかしら。
まだp.25が終わったところです。
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