『ジャクソン・ブラウン』(1972年)

寝コケてしまいました。
せっかくおいでくださってるので、また本館より蔵だしいたします。
申し訳ない。

最後に出てくる「コーヒーカップ」。
僕に何か贈り物をしようとすると、どんな物がいいのかわからなくて困るのだろう。
そのころ、僕は女の子からコーヒーカップをもらうことが多かった。
贈った本人はもう覚えていないのだろうが、どのカップも壊れずにいるので、僕は遠い日の女の子たちの顔を思い出すことがあるのだ。

[2003年3月19日付日録]————————————–
[精神のリレー]

「ETV特集 死霊」の続きを観る。
これを観るのは深夜がいい。
アナウンサーは「プロジェクトX」でおなじみの国井雅比古さん。
「死霊」の声の方がずっと落ち着いていていい。

埴谷さんは浴衣というより寝間着姿で熱弁をふるっていたが、今回はお洒落をして文壇バーへ。
アルコールをあおりながら、精神のリレーということを語る。
昔の人の本を読んでわかるということは、その人と友達になれるということ。
その友達の精神を次代につないでいく義務が私たちにはあるのだと。

遠い昔に死んでしまった人達とつきあうのは、気持ちのうえでは楽なことだ。
もうこの人達は、他人を裏切ったりしないから。
生きるということは、変わるということでもある。


僕はとにかく党派が嫌いだった。
口だけは革命を目指してセクトのために動くことは、紺のスーツを着てネクタイを絞め企業を回ってペコペコすることと、僕の目には同質に見えた。
実際、威勢のいいことを言っていたいっぱしの活動家が、妙にきちんとした身なりをして就職活動に励むなどという変身を見掛けて、欺瞞だと思った。
人は変わる。
あたりまえのことだ。
でも、そんな変わり方は本当にかっこ悪いと思った。

80年代に入る前に、新左翼系とされる雑誌がいくつか創刊された。
その中に、新左翼の運動と思想に疲れて今で言う「癒し系」に走ったと、世間的に評価されている雑誌があった。
千秋がその編集部で仕事をするようになり、僕もそこへ顔を出すようになった。
世間の評価とは違い、埴谷さんの言う「社会革命だけではだめだ、存在の革命が必要だ」に近いのではないかと感じた。
僕は別の出版社に勤めるようになったが、帰りにはその編集部に寄って、フリースペースでごろごろしていた。

千秋が少しずつ僕から離れていくのは、よくわかった。
嘘を積み重ねるのが見えた。
きっと彼女は引き止めてほしかったのだろう。

でも僕はそんな努力をする気が失せていた。
妻子ある男性は千秋ではなく、妻と生まれたばかりの娘の方を選んだ。
そんな結果は千秋も知っていたはずだ。

千秋が手首を切った時、僕が呼ばれた理由がわからなかった。
以前はおなじみだった部屋で大量に湯が沸かされ、優しい表情をした人達が集まっていた。
そんなことで死ねるわけがないし、今更自分が呼ばれることが不愉快だった。
腹立たしく思いながらも、元気のない千秋を見ると涙が出た。

その夜、僕を含めたみんなはどうしたのだったろうか。
帰ったのか、泊まったのか、まったく覚えていない。
ただ黙ってにこにこしてみせていたことだけ覚えている。

僕は毎晩のように誰かと酒を飲んでいたのだが、自分が何をしたのかわからなくなったのは、そのころの一度だけだ。
ザ・タイガースの「廃墟の鳩」を歌って、そのまま眠ってしまったそうだ。
人は誰も悪いことを覚えすぎたこの世界。

千秋は大学を中退し、それからセクトの活動家になった。
ローザ・ルクセンブルクの名を口にするようになり、人民戦線を唱えた。
それなら内ゲバはやめろよと、僕は言った。
高田馬場の駅前に呼び出され、セクトの活動家を紹介された。
千秋はセクトの拠点となっている大学に入りなおし、そこで名を知られるようになった。

千秋が完全に姿を消した後も、僕は仕事帰りに雑誌の編集部に寄った。
千秋の友達だったサトと一緒に夜歩くようになった。
まだ仏文科の学生で、僕以上に愛想がなかった。
誰かが「……に行こうよ」と言うと、「行けば」と答えてしまうような女の子だった。

小さくて細いので初対面の人はなめてかかることが多いのだが、そういうやつは決まってサトにひどく不愉快な思いをさせられることになる。

でも、僕と東京の夜空を見上げる時は素直だった。
自分の容姿にコンプレックスを持っているようだったが、僕に見せてくれる、はにかんだ笑顔はかわいいと思った。
実際は近づきがたいだけで、男の子には人気があった。

サトは一見虚弱体質で食が細そうなのだが、埋め立てられる前の飯田堀にあったステーキハウスで、安いホルモン焼きを食べるのが好きだった。
吉祥寺の「のろ」で焼酎を飲んだ。
サトとは毎晩静かにデートをしているようなものだった。

サトの下宿がある中野のスナックで飲んでいると、ジャクソン・ブラウンがかかった。
力のない声がかえって誠実さを感じさせた。
西海岸といえばニール・ヤングぐらいしか興味がなかったのだが、いいなと思った。
日ごろは冷静なサトが、無邪気に笑って喜んだ。
ジャクソン・ブラウンについて、ファンクラブの会報に記事を書くようにサトから頼まれた。
サトはファンクラブの会長をしていて、来日時には握手をしたのだと嬉しそうに言った。
結局記事は書けなかったのだが、僕はその時よりも今の方がずっとジャクソン・ブラウンが好きだ。

サトは自分には大きすぎるからと、弟の古着を僕にくれた。
そのダンガリーシャツは、確かに僕にぴったりだった。
コーヒーカップと違って、もうそのシャツはない。

Jackson Browne(1972)
1. Jamaica Say You Will
2. Child in These Hills
3. Song for Adam
4. Doctor My Eyes
5. From Silver Lake
6. Something Fine
7. Under the Falling Sky
8. Looking into You
9. Rock Me on the Water
10. My Opening Farewell


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身捨つるほどの祖国はありや

今は亡き親父様の祥月命日なので墓参り。
墓石に水が流れるのを見ているのは好きだ。

【追記】————————————————-
あの単なる石の塊に、やっぱり感情移入できてしまうのが不思議だ。
いつか夜中にテレビで見た『イン・カントリー(In Country)』(1989年)という映画で主人公の少女が戦没者の碑銘にある父親の名前を見つけ出すところが良かったな。
(この映画、なかなか拾い物)
亡くなった者の象徴を求める感情は宗教を問わないんだなと妙に納得した次第。
———————————————————

そのまま選挙の投票所に行った。
卒業した小学校の体育館がなくなっていた。
私はあそこで最初に卒業式をやった学年でした。
それも、私が最初に名前を呼ばれて。
学年は二百人ぐらいだったかな。
あの体育館がなくなっていたのは、ちょっと寂しい。

開票速報はあまり興味がないのだが、夜なべ仕事などあるので、テレビをつけておいてちらちら見るのかもしれない。

午後、少しごろごろしてから畑仕事。
なんとか雨は降らずに済んだが、午後4時にはもう夜のようになってしまた。
夕陽なし。
柚子の写真を本館掲示板に揚げてあります。

選挙区で土井たか子落選。
象徴的だ。
あたりまえの国家とやらを目指して、改憲への扉が開いた。

今年の四月に私が見た夢を自家引用しておきます。

[2003年4月16日付日録]—————————————
[身捨つるほどの祖国はありや]

本人は覚えていないのだが、私は小さなころ、「戦争に行くのはいやだ」と言って泣いたのだそうな。
どういう経緯でそんなことを言ったのかわからない。
三つ子の魂百まで。
私が御国のために戦争で人を殺すことは、絶対にない。

私怨ならあるかもしれない。
他人を殺したいと思ったことはある。
愛する者を守ったり、そのために復讐したり、そんなことで人を殺してしまうことはあるかもしれない。
もちろんそれは犯罪だから、裁かれることになる。
でも、たかが国家に、自分の良心まで裁かれはしない。

夢を見た。

徴兵制が敷かれているらしい。
召集令状が届いたと、女の子に言う。
その女の子が誰なのかは書かない。
きっと「僕」は恋をしているのだろう。
その子が抱きついて「死なないで」と泣く。
僕たちは初めてくちづけをした。

「絶対に死なない。」
僕は戦争には行かないのだから。
逃げるのだ。
兵役忌避である。
「一緒に来てくれるか?」

どうやら土地の有力者にかくまってもらうようだ。
土蔵の地下室のようなところにかくまってもらうらしい。
でも、こもりっきりではなくて、外を歩いたりしている。
古風な制服の警官に見咎められると、有力者が出てきて人を呼ぶ。
私兵のような群れの中に紛れて、僕たちは隠れ家に逃れる。

有力者は異形の者である。
出口王仁三郎なのかもしれない。
ドラム缶に湯を沸かさせ、入ろうとしている。
湯が青白く光っているのは、中にコバルト60が入っているからだ。
「危険ではないか」と問うと、これでなければいかんと言う。
彼が着物を脱ぐと、身体に付いたぬめりが同様に光っている。
それを落とすためには、この湯でないと駄目なのだ。

———————————————————


私の投票行動について書いておきます。
大衆社会状況の出現のおかげで、私のような非国民にも一票があります。
当然ながら、砂の中の一粒です。
さらに、三権分立と言いますが、実際は行政権力が圧倒的に力を持っています。
国家権力の最高機関であるはずの国会自体も軽くなっています。
でも、投票には毎回ちゃんと行きます。
もとより積極的にああせいこうせいと主張することがあまりないので、ネガティブに投票します。
これはダメということが主眼におかれます。
権力を削るという視点です。

最高裁の裁判官にはすべて×を付けます。
だって、これが楽しみで投票所に行くんですから。
内閣を支持していないので当然の行動です。
首相が指名する者にイエスというわけには参りません。
(正確には長官は指名、他は任命ね)

比例区の投票は、護憲のために存続している社民党に投票しました。
私は護憲派ではありません。
「貴族あれば賎族あり」
第1条は削除して共和国になってもらいたいと思っています。
今の「日本国」は他国と違って主権者が誰なのか名乗っていない、珍しい国です。
憲法を読めば明らかに、君主を象徴として定義した立憲君主国家です。
でも、何よりもまず第9条を死守しなければならないと考えています。
したがって護憲政党に投票しました。

選挙区も基準は同じなので、自民・民主は選びません。
でも、どちらかというと両党の候補者が二世議員であるというのが、私が選ばない主な理由です。
白票を投じても良いのですが、元前衛政党の候補者に投票しました。
その方が批判が生きると考えたからです。

下の画像は以前拾い物画像を連結してみたものです。
国民を戦争に駆り立てる、Mr. John BullとMr. Uncle Samです。
とても恐いです。
ずいぶん前の絵なのに、今でもこいつらが世界中で戦争を起こしています。
こいつらに尻尾を振ってついていくようなことは拒む。
これが投票の基準でした。

【さらに追記】
 このアンクル・サム、ちょっと我が国の首相に似てないか?
【さらにさらに追記】
 70年代との、最も大きな違い。
 当時は公明党が平和勢力だった。
 今はアンクル・サムの側にいる。

John Bull & Uncle Sam
【まだまだ追記】
さっき「噂の真相」12月号を買ってきた。
ぱらぱら見ていたら、佐高信さんの連載「タレント文化人 筆刀両断!」を読んで驚いた。

1969年秋に出版された藤原弘達著『創価学会を斬る』に現在の姿が予言されていたというのである。
70年代に平和勢力だったなんてのは、私の寝ぼけた甘い認識でした。
この本、うちにもあるはず。
折伏(しゃくぶく)に悩まされた親が買ったのだと思う。
出版妨害事件、すごかったもんなあ。

以下、佐高さんからの孫引き。
 > もし自由民主党が過半数の議席を失うというような
 > ことになった場合、公明党に手をさしのべて、これ
 > との連立政権によって圧倒的多数の政権を構成する
 > ならば、そのときは、日本の保守独裁体制が明らか
 > にファシズムへのワンステップを踏み出すときでは
 > ないかと思う。

さらに、自民党の中の「右翼ファシズム的要素」と公明党の「宗教的ファナティックな要素」の間に奇妙な癒着関係ができ、「強力にファッショ的要素にもっていく起爆剤的役割として働く可能性」を論じている。

いつまでもこんなことばかり書いていたくないので、レスが付けにくいと言われた今日の日録に押し込めておきます。

楽天の掲示板は書き込み制限を解除しました。
同時に、このホームページの詳細なアクセスログを取得できるように設定しました。
いたずらや「あらし」に関しては、お礼に伺います。



私の場合、楽天広場の自分のページでログを取るのに一番簡単な方法は、自宅サーバから何かを読み込ませることです。
たとえばページトップのヒナは、幻泉館鯖にある画像ファイルを表示させてみました。
そうすると、ApacheというWWWサーバのログが自動的にブラウザから出された要求を記録しているので、ヒナを見た人はみんな足跡を残してくれることになります。
幻泉館鯖に対してこのような要求だけを出した人は、楽天でヒナを見た人だということになります。
   ↓
[GET /~saturate/hina03.jpg]

画像を表示させないブラウザもありますね。
その場合どうするかは、ひ・み・つ(は?と)。
フリーのLinuxやFreeBSDには、いろいろなプログラム言語やスクリプト言語がセットで入っていますから、少しだけ勉強すればたいていのことはできてしまいます。

簡単なことしかしていませんが、やっぱ鯖持ってると何でもできるんだなあと実感。
よく、無料サービスで「アクセスログ解析」なんてのがありますね。
あれがちょこちょこっとやるだけで、自分でできちゃいます。

普通のブラウザなら、IPと呼ばれる自分の接続先を吐き出します。
これでおおむね身元がわかります。
それを隠すために、proxyサーバを通すということをする人がいます。
これがいわゆる「串」です。
ただ、実際は生のIPを洩らしている「洩れ串」も多いですし、「匿名串」のつもりでも、わざわざ覆面をして外を歩いていますよと言っているようなものなので、その人は目を付けられます。
「匿名串」の管理者が悪意を持っていれば、かなりヤバイことになります。

リファラーといって、どこのリンク先から飛んできたかという情報も吐き出します。
楽天の「ランダム」でアクセスしてきた人は、こんな足跡が残るのですぐにわかります。
   ↓
[http://plaza.rakuten.co.jp/?action=random&p_user_id=2035075]

ブラウザは自分が何者かを名乗ることになっているので、こんな足跡を残します。
   ↓
[Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 5.1; ja-JP; rv:1.4) Gecko/20030624 Netscape/7.1 (ax)]
これは私が普段あちこち残す足跡で、珍しくNetscapeを使ってる人だとわかります。
さらに、Micro$oft社WindowsXP用のNetscapeなので、OSもたぶんWinXPだろうということがわかります。

皆さんが普段受信しているe-mailにも、ヘッダーといってこんな情報を記述してある部分があります。
普通はどんなメーラーを使っているか、どんなサーバを通ってきたのか書いてあるので、読んでみるとおもしろいかも、です。

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よしだたくろう「もう寝ます」(1971年)

いやあ、寝コケちまいました。
帰宅して遅い晩飯食って、サッカーの結果など気にしながら、風呂入ろうか。
いや、先にメールだけチェックしておこう。
ここで書斎のデスクトップに向かえばよいものを、なぜか寝室のノートPCに向かう。
枕元に置いてあるので、当然横になって、ああ気持ちいい。
例によって目的意識を喪失して目を閉じると。
はい、午前2時です。

夜なべ仕事が待っているので、お風呂は割愛。
皆様に、初期「よしだたくろう」の曲を捧げます。
「もう寝ます」
寝れないのですが。

 ♪起きてても♪
 ゲラゲラ?

最初に聴いたのはお風呂で。
NHKラジオ、馬場こずえさんの「若いこだま」かな。
拓郎さんは馬場さんに「お尻みたいな顔してますねえ」と大変欠礼なこと言ってた。
うまいこと言うなあと、私も欠礼なリスナー。

『よしだたくろう・オン・ステージ!! ともだち』(1971年)に入っている曲です。
このころのエレックは実にいいかげんにアルバムを作っていました。
ただ、そのおかげで拓郎さんのライブの雰囲気がよく伝わるものとなっています。
「わっちゃいせい」なんて一発芸の曲(?)なんですが、拓郎さんがR&Bやってたのがわかります。
そうだ、朝日ソノラマの盤のこともいつか書かないと。

ともだち

このアルバムはフォーライフがCD化したのですが、今は廃盤。
おそらくそのままの形で再びCD化されることはもうありません。
MCや曲に自粛したいとされるような言葉遣いがてんこもりなのであります。

CDがヤフオクで出品されると、かなりの高値が付きます。
ただ、アナログ盤はエレックの元盤、CBSソニーが出した盤、ともによく見かけますし、千円程度で買えます。
ソニーの盤はジャケットが写真から絵に変わっているのではないかな。

エレックが契約切れの前にずっこいことして出した『たくろう オン・ステージ 第二集』なんてのもあります。
これはCD化されてません。
ボブ・ディランの曲に詞を付けてしまった「準ちゃんが吉田拓郎に与えた偉大なる影響」なんかが入ってるんですが、本人に無断で出したアルバムなので、これも丸ごと復刻されることはありません。


せっかくなのでまた本館より蔵だし。
まったく季節外れの日記です。

2003年4月24日付日録 —————————————–
[サンジョルディの日 / 小さな恋のメロディ]

日録の日付は4/24になってしまいましたが、これを書いている「今」はまだ4/21になったばかりです。
で、ふと思い出したのが、「書店くじ」なくなっちゃったなあということ。
秋の読書週間じゃなくて、春の「サンジョルディの日」の日書連のくじね。
前はよく100円の図書券もらいました。
4/23がサンジョルディの日なのでございます。

サンジョルディさんというのは、Saint Georgeつまり聖ジョージ(ゲオルギオス)さんのことです。
ベッカム様のイングランド代表が着ているユニフォーム、あれは白地に赤十字の「Saint George’s cross(聖ジョージ十字)」がモチーフですよね。
つまり、イングランドの守護聖人なんですが、ディオクレティアヌス帝によるキリスト教徒迫害で殉教したんですね。
その命日が303年4月23日。
私は中学校の時に英語の教科書でドラゴンを退治する聖ジョージさんの話を読んだ覚えがありますぞ。

この4月23日という日付は他にもいろいろ意味がありまして、イングランドのシェイクスピア(1564-1616)の誕生日にして命日(日付は怪しいようですが)。
ヒトゴロシのイロイロね。
それからスペインでシェークスピアに相当する、ドン・キホーテを書いたセルバンテス(1547-1616)の命日でもあります。
イーコヨナ、イロイロね。
同年同日というのがわかりやすい。

ついでに言うと、私が中学3年の時に初めて女の子と映画を見に行った、その相手の誕生日が4月23日でございました。
同級生なんですけど、半年ほど年上状態が続くのを気にしておりました。
かわいいやね。

実はこれもイングランドがらみ。
見に行った映画が『小さな恋のメロディ』というイングランドの映画なのでございます。
マーク・レスター、トレーシー・ハイド、ジャック・ワイルド、いやあ、良かった、良かった。

この映画、音楽も実に良かったんですよ。
The Bee Geesの「Melody Fair」「First of May」、それからなんつってもCSN&Yの「Teach Your Children」。
併映が、やっぱりガキの恋愛モノだったんすけど、こっちはベッドシーンまであってとっても恥ずかしかったっす。
あ、話が逸れた。

Melody...

で、聖ジョージ、聖ゲオルギウス信仰はケルト文化の中で語り継がれていたものが、例の十字軍の時に戦士たちの守護者として各地に定着したそうです。
それがイングランドであり、カタロニア(カタルーニャ)であったわけです。

カタロニアでは、ドラゴンの血の色をした赤い薔薇を、聖ゲオルギウスの日に男性が女性に送るようになったそうです。
その後、スペイン語(カッシリア語)の使用を義務付けられるようになったカタロニアでは、禁止されたカタロニア語の本をこっそりとプレゼントするようになりました。
カタロニアというのはカッシリア(カスティリア・カステラ)にまつろわぬ者どもですから、今でもバルセローナのレアルに対する敵愾心はすごいですよね。
レアル・マドリッドは、独裁者フランコのチームでもありました。
スペイン内乱で共和国派が破れた後、カタロニアの庶民は独裁者フランコを聖ゲオルギウスが倒したドラゴンに擬していたのです。

「本を贈る」という点に着目した広告代理店が仕掛けたのが、サンジョルディの日。
カタロニアでは、この日に本を贈るという行為が、自分たちの言葉を取り戻して、自分たちの国を作るという意味が込められていました。
そりゃ日本では無理よ。
いまどき、本なんて贈らないわなあ。
結局定着しなかったですね。

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高田渡「火吹竹」(1973年)

 ♪毎晩 夜通し 起きていて♪
 ♪ボクは 何にもしてやしないのです♪

高田渡さんが、亡父高田豊さんの詩に曲を付けたのが、この「火吹竹」。
ベルウッドからの3枚目のアルバム『石』の最後に入っている。
静かな、とてもいい曲です。

これから夜なべ仕事をします。
時々気分転換になんか書くかも。
です。

ほい、忘れてた。
掲示板に書いたことです。
以下、自家引用。

> とりあえずここも少し防御措置をとることにしました。
> 少なくともみなさんのブラウザが吐き出す情報はうち
> から丸見えになるようにいたしましたので、あしからず。
> つまらない「串」はかえって命取りになりますから、
> お間違えのなきよう。

—————————————————-
あ、しまった。
メッセージをくださった方がいたので、ついついず?っと気分転換してしまっていた。

うう、泣きそう。

しかし、あれだね、楽天の4:00am-5:00amごろ、閉まってるの痛いね。
でも、これがないと寝れない人も多いのかしら。
その間インフォシーク・プロフィールへ行って……んなことやってちゃ、ダメ、ダメ。
(この、「ダメ、ダメ」ってなんだかよくわかってないんすけど)


せっかくいらしてくださった方に悪いので、本館より蔵だし。

2002年12月15日付日録 ———————————–

[すかんぽ/哀れな草]

日曜の夜に冒頭を見逃した『世界・わが心の旅「ドイツ 僕と生きてきた詩(うた)」高田渡』のリピート放送を怪人KIRIさんが教えてくれた。
おかげで今夜最初から見ることができました♪
渡さんがドイツに行って、詩人ヨアヒム・リンゲルナッツ(1883-1934)の足跡を辿るものです。
正確にはリンゲルナッツの伝記ものではなくて、「哀れな草」という題の詩を辿るのですね。
語りは柄本明さん。
東京乾電池の面々は恭蔵さんのコンサートにも出演してたな。

「哀れな草」は高田渡さんの「すかんぽ」という歌の原詩である。
渡さんは60年代末から歌っているのだが、主にアメリカのフォークソングやブルースのメロディに、現代詩をのせて歌うという不思議な手法を開発してしまった。
思えば私が山之口貘やラングストン・ヒューズの詩集を買ったのは、渡さんのおかげであります。
つまり、師匠と呼んでいい人なのである。
吉祥寺東急デパートの裏あたりで、酔っ払っておまわりさんにからんでいた姿も、私の師匠そのものであると言える。

 ♪ 土堤の上ですかんぽは
 ♪ レールの間に立っていた

埃にまみれ、ただ立ち尽くすだけの「すかんぽ」に自身を重ね合わせ、渡師匠は哀感を込めて歌うのである。
ところが、本国ドイツでこの詩に付けられた曲は軽くユーモラスなのであった。
お? 師匠は間違っていたのか?
ドイツの若造ミュージシャンたちもこの詩を「滑稽な詩だ」と言う。

ヘンクドーベルというグループは、実に滑稽に演奏する。
どこかで聴いたような歌だな??
思い出した。
「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」
(Supercalifragilisticexpialidocious)
ディズニー映画『メリー・ポピンズ(Mary Poppins)』で使われている曲にそっくりです。
ここで少し調べてみると、このおまじないにはちゃんと意味があるそうで、

> 高度に教育できる極端で繊細な美しさを償うこと
> (super-超,cali-美,fragilistic-繊細な,expiali-償う,docious教育できる)

なんだそうな。ほんまかいな。
さて、ヘンクドーベルの諸君は雑草が擬人化されるのが滑稽だと言う。
まあ、第一言語の詩を語る連中にはかなわないわな。
渡師匠敗れたり。
リンゲルナッツは道化を詠った詩人なんだそうな。
「ユーモアと人間愛」が放浪詩人リンゲルナッツのキーワード。

だけど、番組ではちゃんとクライマックスを用意してありました。
渡師匠同様に、リンゲルナッツの詩を歌うビリ・ベダルフというフォーク・シンガーが登場します。
ピート・シーガーとブルース・ウィルスを足して二で割ったようなおっちゃんです。
この人との交歓とセッションがヤマ場ね。
う?ん、なかなか良い番組でした。

高田渡 ビリ・ベダルフ

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休みの国「追放の歌」(1969年)

夏見還さんのところで「夢二記念館」と書いてあるので、サイトを覗いてみた。
竹久夢二伊香保記念館

カレンダーか、いいなあ。
夢二キャラメルも素敵ね。(歯に悪いぞ)
ところがよく見ると、去年の宣伝だ。
直接電話をかけてみると、来年のカレンダーもできたそうだ。
早速申し込む。
これは注文書を送ってくれるらしい。

そういえば夜中に「きいちのぬりえ」を思い出したのだった。
蔦谷喜一さん、まだ現役とは存じませんでした。
きいちのぬりえ

幻泉館主人は小さなころ、お従姉ちゃんたちのおもちゃやパシリだったので、女の子の遊びをひととおりやらされたのです。
ぬりえはヘタクソでした。
力を入れてガシガシ塗ろうとするので、きれいな仕上がりにならないのです。

そうか!
中学生の時に「地理」の範囲の授業はどうも好きになれなかったのは、そのせいかもしれない。
境界部分は濃く描いて、中は薄く塗るというようなことを覚えたのだが、やっぱり白地図塗り塗りが苦手だったのです。
絵を描くというような「美術」は好きだったんですよ。
あの、白地図塗り塗りがいけない。


今日は思いっきりイヤミな文章を書いてしまいました。
申し訳ございません。
こんな落書きを読んでくださる方に、「追放の歌」という曲を捧げます。
休みの国(高橋照幸・カイゾク)です。

名曲なので、ディラIIや六文銭など、いろいろな人が歌っています。
私が最初に聴いたのは六文銭。
コンサートで聴いて、いい曲だなあと思いました。
とても演劇的なイメージを喚起させるので、ずっと別役実さんの作詞による六文銭の曲だと思い込んでいました。
演劇のステージで六文銭が歌っているものだと勘違いしたのです。

岡林信康と抱き合わせだった最初のアルバムにある「第五氷河期」なんて題も、安部公房さんの作品と混ざってしまいました。
あほじゃん、オレ。

 ♪きのうは おれも 一緒に 歌ってた♪

休みの国「追放の歌」



大臣がそんな激務だとは知らなかった。
兼務では片手間になるって、ほかならぬ小泉内閣でも兼務大臣がいるじゃないですか。
そうかそうか、片手間で行政改革やってるのか、やっぱし。

選挙らしい。
うるさい。
今回はまだないのだが、車で信号待ちの時に選挙カーも停止して、「御声援ありがとうございます!」などと狙い撃ちされるのが、特に嫌だ。
逃げ場がないから。
声援なんかしてないっつうのに。

そういう時は車の窓を開ける。
右腕を窓の外に突き出す。
選挙カーの連中は手を振ってくれると思って、こちらに視線を合わせてニコニコする。
一段と声に力が入る。
そう、少し間を置いた方がいい。

それから親指を突き出して下に向け、腕をゆっくり上下に振る。
動作はなるべくゆっくりと。
選挙カーの声が止まり、皆視線をそむける。
そんな縁起の悪いものは見なかったことにするのだろう。

1955年に成立した日本の政治システムを「55年体制」と呼ぶことがある。
強大な自民党を1とすると、社会党がその半分の議員数。
それで一と二分の一政党制と呼ぶこともある。
二大政党制ではない。
政権交代能力を持たない社会党だったが、存在意義は大きかった。
自民党に、憲法改正に必要な三分の二の議席数を与えないことである。
政権に参加することによって、この旧社会党は崩壊した。
土井たか子を衆院議長に祭り上げることによってその動きを封じることを考えた知恵者は誰なのか。
すごいものだなと思った。

幻泉館主人は自称アナキストなのだが、政府要人に爆裂弾を投げつけるなどというアホなことはしない。
選挙は毎回まじめに投票する。
開票速報はあまり興味がない。

だいたいうちの選挙区はあまりおもしろくない。
二大政党の候補者は共に二世議員である。
二世殿Aは人柄がよさそうだが、人気取り超タカ派幹事長とにこにこポスターに収まっている。
二世殿Bは元反共政党大物代議士のせがれなので、やっぱりダメだ。
「地盤を引き継ぐ」ということが、私には理解できない。
そんなことでは問題の金ちゃん国家を批判できないだろう。

世襲議員はダメか?
ダメである。
苦労を知らないから、頭だけでかっこよさに走る。
しつこいようだが、「ファシズムはさわやかに登場する」のだ。
二世・三世議員がさわやかに国民を、戦争への道に駆り立てている。



「2ちゃんねる」的なるものというのがある。
どうも苦手だ。
え?っと、2002年11月23日付日録で書いてるな。
日録に検索機能を付けておいて良かった。
データがたまってくると、検索機能は必須だ。
楽天広場の日記にも過去日記の中で検索できる機能が欲しいものだ。

いったんメールで自分のところに送ったデータならいけるか。
テキストファイルをgrepすれば良いのだ。
今はWin上では[WZ EDITOR]の[WZ GREP]をよく使っている。
検索結果の一覧から該当ファイル名をクリックすると、そのファイルの編集モードに入ってくれる。
私のPCライフでは、ブラウザ(Netscape)とエディタ(WZ)が必須のものとなっている。
Linuxだったら両方ともEmacsで済んでしまうが、さすがにブラウザはNetscape(Mozilla)を使った方が楽だわ。

そう、それで「2ちゃんねる」的なるもの。

自家引用 [2002年11月23日付日録]———————

昨夜から暴走族がうるさい。
2ちゃんねるというシステムはともかく、2ちゃんねら?という連中はどうも苦手だ。
音楽仲間があんぐら化したのも、2ちゃんねら?から逃れたかったという側面がある。
で、その2ちゃんねら?たちが「珍走団」という言葉を提案していた。
やるじゃん、と思ったのだが、一瞬。

思い起こせば私は80年代の暴走族がけっして嫌いではなかったのだった。
さらには、それで商売させてもらったりしたのだった。
今の暴走族は当時の暴走族ほど楽しい連中ではない。

それでも、2ちゃんねら?よりはましかもな。
あいつら、他人の揚げ足取りばかり考えているくせに、絶対に自分の身体は張らない。
卑怯な臆病者ばかりなんだ。
あれ? じゃあ、かわいそうな連中じゃん。

—————————————————–

「ファシズムの露払い」という言い方は、宮台真司『援交から天皇へ』(朝日文庫)を読んでいたら出てきたのだった。
インターネットを評して「まったく戦力にもツールにもならないどころか、最悪のファシズムの露払い!」と言っているのだ。
笑っちゃいました。
アメリカではカウンター・カルチャーの連中がネットに流れ込んで、今も確かにそんな香りを残している。
日本の場合は2ちゃんねるだろ、確かに「ファシズムの露払い」だわ。

どうしてこんなことを書いているかというと、そういう汚いものをまた見てしまったからだ。

ネット上ではどうも幻泉館主人を人格者と勘違いされる向きもあるようで、ネット生活の相談など受けたりする。
そこでまた「2ちゃんねる」的なるものを見せられてしまったのであります。
やだなあ、アレ、見たくないんだよ。

論客になったつもりの方。
仮に「和田さん」としておこう。
「和田さん」、取り巻きが多いらしい。
いよっ! 人気者!
「お前、和田さんの人格を否定するようなこと書いてんじゃね?よ!」と、入れ替り立ち替りうるさいこと。
いろいろな人格が登場しては、ああ言えばこう言う状態なんで、多勢に無勢、勝てるわけない。
なんといってもフレーミングが趣味の連中なんだから。
自分の品性の下劣さを宣伝しているようなものだとは気づかないらしい。

そんなものほうっておきなさいよ。
あれは論争ではない。
インネンつけてるだけ。
人生は短いんだから、そんな汚物にかかわってるのは時間がもったいない。

ワタクシ?
論客じゃありませんよ。
論争しません。
ばかなプライドありませんから、自分が悪かったらすぐに謝ります。
ごめんね、ジロー。
それで許してくれない相手からは、逃げて逃げて逃げまくります。
これは庄司薫さんの『赤頭巾ちゃん気をつけて』に学びました。

もっとも私はこすからいところがあるので、相手が油断したら、石を投げつけるかもしれませんが。
「フェアプレーは時期尚早」
これは魯迅から学びました。

>> しかるに犬は、この例を当てはめて、対等の敵と見なすことができない。
>> 何となれば、犬は、いかに狂い吠えようとも、実際は「道義」などを絶
>> 対に解さぬのだから。

卑劣な連中相手にフェアな姿勢を貫く必要はないでしょう。

あら、あんた、2ちゃんねら??
ごめんなさいね♪
私、番犬と喧嘩する気はないんです。

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ソングライター・ルネッサンス(1992年)

夜なべ仕事をためてしまったので、泣きそう。
遊んで起きているのとは疲労度が違うわ。

ヤフオクで中古CDを落札したものが届いた。
レンタル落ちで1枚500円。
ほかにもたくさん出ていたシリーズだが、競合したものはつきあわないことにしていたら、4枚だけ落札できた。

ソングライター・ルネッサンスは、90年代前半に出た懐メロのシリーズ。
各レコード会社が出しているのだが、おおむね私にとっての懐メロといえるもの。
今回のものでは「ショーボート」が気持ちいいかな。
URCやベルウッドのものは、他のアルバムで揃ってますので。

ショーボートはトリオが作ったレーベル。
1973年の初回新譜が南佳孝『摩天楼のヒロイン』と吉田美奈子『扉の冬』。
「はっぴいえんど」&風都市の松本隆さんや細野春臣さんがプロデュースしている。
これで、このレーベルの雰囲気がわかると思う。
リリース当日には、「はっぴいえんど」の解散記念イベントが行なわれている。
この日の模様は、別にアルバムになっている。
「ニュー・ミュージック」が始まった瞬間とも言える。
本当に言えるのか?
まあいいや、少なくとも「はっぴいえんど史観」ではそうなってるらしい。

吉田美奈子さんはねえ、音楽好きには評価高いと思うんですよ。
だけど、なんとなくこの方は幸薄そうなイメージがあるんです。
本当のところはどうなんでしょう。

『摩天楼のヒロイン』は大学の同級生、河村君が大好きだったな。
忘れてましたが、以前貼り付けたことがある私の昔の写真、水前寺公園で撮ったやつは、この河村君が一緒でした。
河村君の彼女も一緒でした。あれ?
ホテルのバーでお酒を飲んでいたら、「プレスリー」が死んだというニュースが入ったのだった。
ってことは、あれは1977年8月16日だったんだ。
そうそう、長崎の精霊流しを見物した。
爆竹が恐くて、ユミちゃん(河村君の彼女)が泣き出したんだった。
いったいなんなんだ、オレは。

その旅行、福岡ではizumatsu君の家でお世話になりました。
その節はありがとうございました。

私が「さだまさし」さんのCDを買うことはないと思う。
でも、あの人の歌は私の声質に合っているようだ。
「精霊流し」「無縁坂」なんかも、今回の落札で歌が確認できてありがたい。
夜中にぽつぽつ歌う歌が増える。

徳間ジャパンコミュニケーションズ・エディションだけは、以前新品を買っていた。
実はあまり聴いていない。
入手不能だった中川五郎さん、西岡恭蔵さん、高田渡さんの曲だけを抜いて焼きなおしたりした。

今回はこれで計5枚になったが、これだけあると結構壮観。
カーステレオなんぞにまとめて放り込んでおけば有線感覚で聴けるが、車だったら洋モノか、もっと新しいものを入れたい。
うちのは6枚しか入れておけないので、この辺は入らないのです。

続けてヤフオクで検索してみると、何枚か出ている。
500円のものだったら、「買い」だな。
「廃盤」ということを売りに、なんと5000円の値を付けている人もいる。
私のはレンタル落ちなんでシールが貼ってあったり、色が褪せていたり。
でも、盤そのものはどれも綺麗だったので、まったく問題ない。

いま、この手がちょうど出回る時期なのだろうか。
懐メロものとしては選曲が気持ちいいので、ブックオフのようなところで見かけたら、やっぱり買いですな。
マイベストMDなんぞ作る時に、このシリーズは便利です。

ソングライター・ルネッサンス
徳間ジャパンコミュニケーションズ
1. いろはにこんぺいとう(矢野顕子)
2. 電話線(矢野顕子)
3. ヂパングボーイ(あがた森魚)
4. 君のことすきなんだ(あがた森魚)
5. ミリオン・スターズ(桑名晴子)
6. ハイサイおじさん(喜納昌吉&チャンプルーズ)
7. 25年目のおっぱい(中川五郎)
8. アフリカの月(大塚まさじ)
9. フィッシングオンサンデー(高田渡)
10. ろっかばいまいべいびい(西岡恭蔵)
11. ソウル地下鉄(Sooo Baad Revue)
12. ラヴ・シック・ブルース(南正人)
13. 鼻唄とお月さん(中川イサト)
14. 北風によせて(加川良)

ソングライター・ルネッサンス
ソニーレコード・エディション
1. 旅の宿(吉田拓郎)
2. 少女(五輪真弓)
3. バイバイグッドバイサラバイ(斉藤哲夫)
4. 密漁の夜(友部正人)
5. 26ばんめの秋(岡林信康)
6. 「いちご白書」をもう一度(バンバン)
7. 遠い汽笛(遠藤賢司)
8. 飲んだくれジョニイ(古井戸)
9. やさしさとして想い出として(ふきのとう)
10. 迷い道(渡辺真知子)
11. 踊り子(下田逸郎)
12. 岬めぐり(山本コータローとウィークエンド)
13. きみの朝(岸田智史)
14. 地下鉄にのって(猫)
15. ペガサスの朝(五十嵐浩晃)
16. 初恋(村下孝蔵)

ソングライター・ルネッサンス
キング・エディションVol. 1
1. 雨が空から降れば(小室等)
2. 出発の歌~失われた時を求めて(上條恒彦と六文銭)
3. 一本道(友部正人)
4. 風をあつめて(はっぴいえんど)
5. 家へ帰ろう(南正人)
6. 悲しみは果てしなく(ザ・ディラII)
7. 教訓1(加川良)
8. 淋しい気持ちで(武蔵野タンポポ団)
9. 負ける時もあるだろう(三上寛)
10. ゆめいらんかね(やしきたかじん)
11. 途上にて(みなみらんぼう)
12. ケンとメリー~愛と風のように(BUZZ)
13. ミッドナイト・クィーン(高橋ユキヒロ)
14. 面影橋から(及川恒平と六文銭)
15. 音を立てて愛が(長谷川きよし)

ソングライター・ルネッサンス
徳間ショーボート
1. おいらぎゃんぐだぞ(南佳孝)
2. 勝手にしやがれ(南佳孝)
3. 扉の冬(吉田美奈子)
4. 待ちぼうけ(吉田美奈子)
5. 嫌んなった(憂歌団)
6. おそうじオバチャン(憂歌団)
7. 星くず(久保田麻琴と夕焼け楽団)
8. ディキシー・フィーバー(久保田麻琴と夕焼け楽団)
9. 上を向いて歩こう(小坂忠)
10. 月夜のドライブ(ムーンライダーズ)
11. ビュンビュン(外道)
12. Funky Cowboy(オレンジ・カウンティ・ブラザーズ)
13. ダイナ(井上ケン一)
14. 無頼横町(ココナッツ・バンク)

ソングライター・ルネッサンス
ワーナー・ミュージック・ジャパン
1. 精霊流し(グレープ)
2. 無縁坂(グレープ)
3. 僕にまかせてください(クラフト)
4. あなた(小坂明子)
5. 池上線(西島三重子)
6. パープルモンスーン(上田知華+KARYOBIN)
7. 秋色化粧(上田知華+KARYOBIN)
8. さらばミシシッピー(柳ジョージ&レイニーウッド)
9. 青い瞳のステラ、1962年夏…(柳ジョージ&レイニーウッド)
10. クィーンはまぶしい(松野こうき)
11. 取り残された悲しみ(瀬戸口修)
12. かあさんの下駄(中村ブン)
13. やさしい酒(さかうえけんいち)
14. ご案内(ウイッシュ)
15. 淋しくありませんか(メロディー)
16. YOKOHAMA(増田俊郎)

ソングライター・ルネッサンス

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よしだたくろう「結婚しようよ」(1972年)

今日は家でこなす仕事がたくさんあったのだが、昨夜熱を出していたので午前中はぐっすり眠って体調を戻し、午後は少し眠って体調を整え……。
あれま、ねたきり中年じゃん。

お天気が良くなってから、スバルの販売店へ行きました。
昨日、リアウィンドーのワイパーからゴムが外れていたのです。
せっかくだから浜を回りました。
夕陽は見えなかったけど、やっぱりいい空でした。
日曜日ほど人がいないけれど、どうも仕事中のおじさんたちが夕陽を見にきていました。
画像を2枚だけアップしておきました。
Yahoo!PHOTOSもフォルダーを分けないといけないな。
[I Love Sunset!] 夕陽が好き!

愛車黒トラ君は、とても気持ちのいい車です。
初めて、運転していて気持ちいいなあと思った車です。
トラヴィックという名前でスバルが販売しているミニバンですが、中身はオペルのザフィーラという車なんです。
それをスバルがチューンナップしているので、めちゃくちゃ走りのいいミニバンです。
貧者のドイツ車。
オルターナティブもいいところですが、お薦め車です。

純正部品を買いに行ったら、ちょいちょいと交換してくれました。
ゴムの付いている「ブレード」という部分。
なるほど、ブレードだわな。
『ブレード ランナー』の「ブレード」です。

そのまま牛乳を買いに大手スーパーを回りました。
ああ、食玩もののCDを見ようとと思ったら、なんだか高校生の集団が大騒ぎしています。
高校の同級生の娘さんが中にまじっていて、こちらに「ああ、☆☆やんだ!」などと大声を挙げるので近づけず。
コージーコーナーがあったので、ケーキを買って帰りました。

充実していたような、いないような外出でした。

夜になって 夏見還さん「還尼抄」で気になる食玩を知る。

> 20世紀漫画家コレクション5「高橋留美子の世界」。
> こたつネコ(しかも錯乱坊つき)のフィギュアがライン
> ナップに入っているのです!

う?む。
こたつネコ欲しい……。
およそギャンブルをしない人間なんで、中身のわからないクジみたいな食玩は好きじゃないのだが、う?ん、欲しい。
しかも錯乱坊つき。

すぐに近所のコンビニに向かったのだが、20世紀漫画家コレクションというものを売っていない。
コンビニのチェーンによるのか、地域が限定されているのか。

代わりに、CD付きお菓子(というよりお菓子付きCD)を買ってきた。
(全然代わりになっていない。)

渡辺真知子「かもめが翔んだ日/唇よ、熱く君を語れ」
よしだたくろう「結婚しようよ/旅の宿」

真知子さんのCD買ったの初めてです。
こんな形で申し訳ない。
それと、初期拓郎ファンなんで。

J’s pops

「結婚しようよ」(1972年)は、もう語ることもないほどの有名曲。
これで大ブレイクして、日本の歌謡界が変わっていく。
加藤和彦さんがバックで12弦ギターを弾いていた……って、どこかで書いたかな。

歌詞が新鮮でしたね。
僕の髪が肩まで伸びても、君の髪も伸びているから同じにはならない。
アキレスは亀を追い越せないのである。
そうじゃない。

結婚という制度に何の疑念も抱かず、そんなふうに歌える拓郎さんは、当時の「フォーク」としては新鮮だったのではなかろうか。
そういえば教会での結婚式というのも流行ったんですね。

のどかな県のんびり市には、ひそかな名所があります。
高速道路のインターチェンジの近くに、大モーテル街があるのです。
週末には首都圏からもお客さんがおしよせるようです。
山本晋也さんの「おとなの社会学」(だったっけ?)の取材が何度も訪れたところなので、テレビでご覧になった方も多いでしょう。

そのもう少し山奥にはゴルフ場がいくつもあって、山を殺してくれました。
保水能力を失って、麓の村では雨が降るとすぐに川があふれるようになってしまいました。

モーテル街とゴルフ場の間には禅宗のお寺があるようで、道路沿いに大きな看板を立てています。

「莫妄想」

中国唐代の禅僧・無業禅師の言葉だそうです。
人間がいくら考えても分からない問題なんか考えるなという意味らしいです。
でも、どう考えても「妄想するなよ」としか読めません。

ええっと、教会での結婚式です。
80年代のことですが、この一大モーテル街に至る道路沿いに、教会が建てられたのです。
白くて、妙に派手な教会。
不思議だなあと思っていたら、それは結婚式場でした。
なぜか韓国朝鮮の民族衣装を着ている方が外の庭に集まっているのをよく見かけました。
私が通っていた高校もその近くにあります。

その怪しい教会は、今はもうありません。

夏見還さんより

で、ぐずぐず言ってたら夏見還さんが画像をアップしてくださいました。
いただきました、ありがとうございます♪
上の画像が、夏見還さんからいただいた、誕生日のプレゼントです。

【追記】
 何度も書き込みでハネられた。
 試行錯誤の末、画像のファイル名がいけなかったようだ。
 「j」「pop」「cook」「ies.jpg」は不可でした。

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五つの赤い風船『ゲームは終わり』(1972年)

【追記】
 みなさま方、お祝いをありがとうございます♪
 近年まれなはっぴいばーすでいとなり、感謝しております。

誕生日おめでとう!

はは、オレにです。
まっつぁんにもです。
はまだくんやみつえちゃんにもです。
このあたり、お誕生日ラッシュなんだよね。

いい歳してめでたいか?
いい歳だからめでたいんですよ。
んで、今年はちゃんと言わないと。
歳くった幻子心母に。
産んでくれてありがとうって。

【ここから11月3日の話】
明仁さんのお父さんが裕仁さん。
裕仁さんのお父さんが嘉仁さん。
嘉仁さんのお父さんが睦仁さんという名前でした。
睦仁さんは亡くなってから諡(おくりな)され、在位期間の元号を採って明治天皇と呼ばれています。

この名前はなんとなくgoogle検索でヒットしたhttp://ja.wikipedia.org/で調べたものです。
そうそう、私が投げ出したwikiです。
参加者がどんどんページを作って書き換えていくという面白いシステムなのですが、なにぶん友達がいないもので、幻泉館本館のwikiは開店休業のまま消えてしまいました。
遊んでみたい方はhttp://gensenkan.hn.org/~saturate/WalWiki2/wiki.cgiに残骸が残っているので、存分にいじってください。

それで、この睦仁さんのお誕生日が1852年11月3日(嘉永五年九月二二日)でして、没後、その日の呼び方がいろいろ変化しました。

天長節:1873(明治6)年?1911(明治44)年
    (1872(明治5)年までは太陰暦で9月22日)
明治節:1927(昭和2)年?1947(昭和22)年
文化の日:1948(昭和23)年?

ただし、「文化の日」は明治天皇の誕生日を祝う日ではありません。
「自由と平和を愛し、文化をすすめる」日です。
日本国憲法公布の日です。

もちろん憲法記念日は5月3日ですが、それは施行の日です。
11月3日からちょうど半年後だったから、5月3日が憲法記念日になったのですね。
形式的には明治憲法の改正ということで日本国憲法が制定されたのですが、公布の日にわざわざ明治天皇の誕生日を選んだなんてところがおもしろいです。
祝日に公布したなんて、変じゃないの?

いずれにしても、日本国憲法の誕生を祝ってくださいませ♪
日本国憲法の誕生

で、11月3日は国民の祝日だったけど、幻泉館主人は非国民なので仕事なんぞしてました。
国民の祝日とは、国民の祝日に関する法律 (祝日法)で定められた日です。
この法律は国民主権となった日本国憲法の下で1948年に制定されたもの。
だから「祝祭日」という言い方は、今では不正確です。
「祝日」しかないのです。

1948年以前は、「国家の祝日」と「皇室の大祭日」を併称して「祝祭日」と言いました。
祝日は臣民が祝わなければならない日。
祭日は皇室の行事がある日。

広辞苑によれば、1927年以後の祝日・準祝日として四方拝(1月1日)・新年宴会(1月5日)・紀元節(2月11日)・天長節(4月29日)・明治節(11月3日)。
大祭日として元始祭(1月3日)・春季皇霊祭(3月21日頃)・神武天皇祭(4月3日)・秋季皇霊祭(9月23日頃)・神嘗祭(10月17日)・新嘗祭(11月23日)・大正天皇祭(12月25日)があったそうです。

大正天皇祭というのは、命日ですね。
だから昭和元年は1週間しかなかった。
明治天皇の誕生日、昭和天皇の誕生日が祝日として生き残っているのだから、大正天皇の誕生日も適当な記念日として、国民の祝日にしてもらいたいものです。
あれ?
何月何日?

googleで簡単に見つかりました。

 大正天皇略年譜
 誕生:1879(明治12)年8月31日
 立太子:1889(明治22)年11月3日
 即位:1915(大正4)年11月10日
 崩御:1926(大正15)年12月25日(48歳)

8月31日!
私の場合は夏休み最後の日という大うんじゃらげイメージがあります。
が、2学期制なんぞが広まってきて夏休みが8月中に終わってしまう学校が増えたようなので、やっぱ祝日にしてもよろしいんじゃないでしょうか。


祝! 『ゲームは終わり』3枚組み復刻!

amazon/avexによる『ゲームは終わり』の復刻盤情報を書こうと、amazonの該当ページをチェックした。
すると嬉しい告知が。

> 『ゲームは終わり (解散記念実況盤)』は当初2枚組とアナウンスしておりましたが、3枚組でリリースすることに決定しました。

おお!
斉藤哲夫さんの「吉祥寺」が入るか!
このライブの「吉祥寺」、好きなんです。
「曲目は決定次第、このページでお知らせします。もうしばらくお待ちください。」
これはおそらく岡林信康さんと交渉中なのではあるまいか。
『関西フォークの歴史』のシリーズや『うた・復権 はみだし歌番組』が完全に岡林信康をカットした形で復刻されたので、今回も岡林抜きの可能性が高い。
それでも、他の曲が入ると入らないでは大違い。

冒頭は風船がアメリカに行った時のスライドを上映している模様から始まります。
長野隆君が弁士になっておもしろおかしく解説し、それにフー子ちゃん(藤原秀子)の歌う「私は地の果てまで」がかぶさっていきます。
このアルバムの1枚目はいいですよ?。

どうか完全復刻となりますように!

五つの赤い風船『ゲームは終わり(解散記念実況盤)』
12/10発売予定 3枚組 3,000-
ゲームは終わり
ディスク: 1
1.私は地の果てまで
2.ふる里の言葉は
3.美しいものは
4.そんな気が…
5.まぼろしの翼とともに
6.ささ舟
7.もしもボクの背中に羽根が生えてたら
8.殺してしまおう

ディスク: 2
1.おとぎ話を聞きたいの
2.どこかの星に伝えて下さい
3.血まみれの鳩
4.ボクは風
5.遠い世界に
6.これがボクらの道なのか

ディスク: 3
1.あいさつ / 山本コウタロウ
2.吉祥寺 / 斉藤哲夫とアーリータイムス・ストリングスバンド
3.その気になれば / 中川イサト
4.こがらし・えれじい / 加川 良と西岡たかし
5.追放の歌 / IMOバンド (長野 隆・太田ぼう・金森幸介・上田康彦・秋山たかし)
6.ランブリングボーイ / 岡林信康・西岡たかし・加藤和彦・中川イサト・長野 隆
7.アイシャルビーリリースト / 岡林信康・西岡たかし・加藤和彦・中川イサト・長野 隆
8.時は変ってしまった / 全員合唱
9.遠い世界に / 全員合唱
10.これがボクらの道なのか / 全員合唱

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シングアウト「涙をこえて」(1969年)

暑かったですね。
すごくいい天気。
これはいい夕陽が見えるとウキウキしながら畑仕事。
法事があったので、2週間分の生ごみとお蕎麦屋さんのダシかすはポリバケツ2杯分たっぷりありました。

小松菜かなんか蒔いたあたりの土がすごかった。
小さくぴょこぴょこ蠢(うごめ)いてる。
え?
これが、小さなコオロギがたくさん跳ねてるんですわ。
びっくりしました。

狗尾草(ヱノコログサ)が伸び放題なのに、鎌を忘れてきてしまった。
手で抜いて回ったんだけど、トレーナーやズボンにびっしり付いて、これもすごかった。
晴れて急に暑くなったんで、妙に生命活動が活発なんだな。

大菜園(見栄張ってます、すんません)から家に帰って、さてのんびり浜にでも出ようかと思っていたら、幻子心母が「ガス展」に連れていけと言う。
あら、聞いてないよ。
聞いてないけど、しょうがない。
あたふたとガス会社のイベントに行ってきて、浜に向かって車をとばしました。
途中の夕陽がきれいだったなあ。
ただ、写真に撮るには半端な建物が建っている道だったので、海に行けば大丈夫だと思っていたのだ。

途中で後ろに付いていた車が、どうものどかな県立大学のたえさん(仮名♀二十代)っぽかった。
お?? 何やってるんだ??

ところが、浜に着くと下の方に雲が出ていて、太陽が隠れてしまっていた。
あらま。
先週と同様に、堤防には人がたくさんいた。
お日様は雲に隠れたけど、それでもみんな空を見ている。
なんだろうな、この感じが好きなんだな。
みんな邪念がないのね。
ただ空を見てる人たち。

本当はヤフオクで落札した300mmのレンズを試したかったのだが、今日は使わず。
帰りがけに、森田童子のような後ろ姿の人が空を見ているところを撮った。
日が沈んでも、じっと空を見ている。
本当は何か一所懸命に考えたり、悩んだりしているのかもしれない。
こちらには、空を眺めていたいのだということしかわからない。

ありがとう、夕陽、また来週!

sunset 2003 Nov. 2nd
Yahoo! PHOTOS更新しました。


NHK BS-2で「ステージ101」の同窓会番組みたいなのをやっていた。
『ヤング101 復活コンサート』
シアターコクーンでやったのか、そりゃ変だ。
ま、NHK近いからな。

高校時代はほとんどテレビを見ていなかったはずなのに、なんだか知っているメンバーが多い。
「涙をこえて」
ああ、かぜ耕士さん、中村八大さんの曲。
永六輔さんじゃないのがポイント。
シング・アウトの。
あとでピコ(樋口康雄)出てくるんだろうか。

え? このオジさん、ワカ(若子内悦郎)なの!?
ワカとヒロのワカ?
これはちょっとショック。
ああ、太田裕美さんはね。

若者に説明しておくと、NHKが作ったスクールメイツみたいな集団。
っつっても、何の説明にもなってない。
私は学生時代にかなり若く見えたので、卒業するころでもトレーナーなんか着ていくと、先輩に「お、スクールメイツ!」などとからわかれました。
どうして先輩がいるのかというと、ずいぶん長いこと学部にいる先輩が多かったんです、うちのサークルは。
やっぱり何の説明にもなっていない。

ヤング101をかっこいいと思ったことはないんですよ。
(東京キッドブラザーズをかっこいいと思ったこともないけど。)
ただ、あんまりイヤだなとも思わなかった。
自分より少し年上のお兄さん、お姉さんがたくさん出てくるんで、それが楽しかったのね。

あ、西玲子さん!
ああ、この人好きでした。
なんだろう、どこがだろう。
うわっ懐かしい!
学芸会みたいだけど、楽しい。
いや、我ながらよく覚えてるもんだ。
西玲子さんは、昔の面影そのままのなのが嬉しいな♪
女性は下腹に来るんだなあという、失礼な感想。
他人様のことは言えないでしょ。

と、こんな調子でビデオにとっておいたやつをこれから見ます?。


【幻泉館本館 2003年2月12日付日録】より、蔵だし。
本当は2/9(日)の夜中に書いてます。

夜9時よりNHKスペシャル『こども・輝けいのち(1) 「父ちゃん母ちゃん、生きるんや」?大阪・西成 こどもの里』。
大阪西成区(いわゆる釜ヶ崎)にある民間福祉施設「こどもの里」で暮らす子どもたちのドキュメンタリーです。
これだけ金と時間をかけて長期取材ができるのも、NHKだからだなあ。

『じゃりん子チエ』が現実だとしたらチエちゃんはすごい不幸な子だよなあと思っていたのですが、いや事実は小説より奇なり。
入院した父親の世話をやく8歳の香菜ちゃん、もうナミダものです。(お母さんはいません)
15歳博君の母親は完全なアル中、弟妹の世話をしながら、博君は母親をひきとって一緒に暮らそうとする。(お父さんはいません)
あれ、言葉にしてしまうとあんまり感動的じゃないな。
「家族」の回復をテーマに設定した制作者側の意図が丸見えになるからだろうな。
けなげな子どもたちの映像はすごい説得力があるんですけどね。
ホントのことを言うと、釜ヶ崎の暮らしそのものの映像が少ない。

同じように「寄せ場」と呼ばれ、一見同じように見えるのだが、東京の山谷ではこういう「家族」の回復はないだろう。
明日を信じることができる子どもたちの姿がない。
山谷では徹底的に独りである。
だからNHKスペシャルの映像になることもおそらくない。
十年前の知識なので、今どうなっているのかは知らないのだが。

もう一つ。
「こどもの里」はキリスト教団体(聖イグナチオ教会?)の施設です。
山谷でもプロテスタント、カトリックそれぞれの教会があり、福祉活動を行なっています。
仏教・神道の団体による活動はほとんどありません。
なぜなんでしょう。
悲田院・施薬院なんてのを、日本史の授業で習った記憶がありますがね。
ああいうのは仏教の伝統にはならなかったんでしょうか。
儲からないとダメなんすかね。

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五島勉『ノストラダムスの大予言』(1973年)

私は夢や幻を語ることはあるが、怪力乱神は語らない。
幽霊などいない。
死んだ者に会いたくなっても、誰ひとりとして会いにきてはくれないのだから。
思い残しはいっぱいあっただろう?
言いたいことがあっただろう?
残された者も、言いたいことがある。
聞きたかったこと、謝っておきたかったことがたくさんある。
でも、死んでしまったらそれはもうかなうことがない。

CD『Glory Hallelujah 西岡恭蔵自選Best』には、大塚まさじさんと友部正人さんの「ゾウさんへ」が書いてある。
「たまには出てきて」とか書いてあるのがおかしい。
そう、たまには出てくればいいのに、みんな。

死んだらそれで何もなくなってしまうというのは、ずいぶんつらいことなんだよね。
霊が存在するのだと考えた方が、ずっと気持ちが楽になる。
あなたが幽霊に出会ったことがあると言っても、それは否定しないよ。
きっとウソではないのだろうし、あなたは運が良いのかもしれない。
でも、私には、幽霊は存在しないのです。

オウム真理教元教祖結審。
判決はだいぶ先になるだろうが、その結果は残った宗教団体の活動にはたいした影響を与えないだろう。
死刑判決が出ても、それは「法難」にすぎない。
生き延びてまた妙なことをやらかしてくれるより、さっさと「殉教」してくれた方が、教団運営者には都合がいいのかもしれない。

信者たちが教祖の面をかぶって選挙運動をしているのを、西武新宿線の駅前でよく見かけた。
最初はみんなギョッとするのだが、苦笑している者が多かった。
だって、あれで投票する人がいるとは思えない。
今思えば、オウムの連中はそういう「普通の感覚」を失っていたのだ。
笑えないよ。
「象牙の塔」にこもっている権威ある方々も、そんな「普通の感覚」がなくなっているようだから。

それから少し経ってだろうか。
高円寺駅を出ると、コンサートの客引きがいた。
どこかで聞いたような電子音楽をひゅーひゅーと流し、画板のようなものを抱えた若者がいる。
コンサートに行かなくてもいいから、胸の前の板に載せた本をもらってくれと言う。
「はい、ありがとう。」
薄いパンフレット類には目もくれず、なるべく立派な装丁の本と、A5判の機関誌らしい雑誌を数冊ひっつかんでいく。
「あ。それは……」
「ありがとう。」
おばさん体質なので、オウムの下っ端なんぞには負けない。

その夜、下宿で一通り目を通した。
アホだなと思った。
「最終解脱」はどう読んでもインチキだ。
これはひっかかる方が悪い。

ただ、ヨガの方法が写真入りで解説されているのは、ウケるだろうなと思った。
本に書かれたように、つまりマニュアルどおりに行動していれば、それなりの効果が感じられる。
自分の頭で考えることをしないのなら、安直に「修業」できていいのだろう。

その本は不思議に捨てなかった。
サリン事件当時、探したら簡単に出てきた。
あの機関誌は名前を変えて、まだ出ていた。
問い合わせると、八重洲ブックセンターや書泉ではバックナンバーもまだあるという。
あわてて買い揃えた。
あのアホな、でも善良そうな信徒たちがどうしてそんなことになったのか知りたかったのだ。

答えは出ていない。
集めた資料は段ボール一箱分にまで減らして、放ってある。
事件をエスカレートさせた責任の一端がテレビにあることは確かだと思う。
ただ、不謹慎な言い方だが、あれだけテレビがおもしろかった時期もない。
幹部がテレビ出演した後で逮捕されたり、刺殺されたりしているのだ。

95年当時、まだインターネットは普通の家庭ではなかなか繋げないものだった。
今で言うプロバイダも少なく、繋げたとしても従量制料金が重くのしかかったくる。
のんびり市では繋がらず、県庁所在地のどかな市まで電話をかけなければならなかったのではないか。

私はいわゆるパソコン通信を始めてから十年ほど経っていた。
そのころは、NiftyServeでオウムに関する意見交換を眺めていた。
舞台は市民運動に関するフォーラムがメインだったろうか。
「猫が好き♪」というハンドルの論客がいて、私のお気に入りだった。
その前には原理の連中、統一協会とバトルを繰り広げていた人物だ。
原理の方には「伝道師」という人物がいた。
彼らは今も活躍しているのだろうか。

当時、既成宗教団体はオウムを宗教ではないと黙殺し、真剣に論じることはあまりなかった。
「猫が好き♪」氏はその点において既成宗教団体を批判した。
オウムは宗教団体である。
それも、この事件で世間から叩かれる中を生き延びることができれば、宗教団体として成長するのではないかと論じていた。
カルトもまた宗教。

オウムはあちこちからいろいろなものをとってきて作った宗教である。
原始仏教から直接学ぼうとしたのは、アメリカ西海岸からの逆輸入思想である。
それでいてキリストになっちまうんだから、噴飯ものだ。
ところが、そのがらくたみたいな教義と、本当の宗教とされる教義の境界は、実はかなりあいまいなものではないか。

オウムの同調者であるという間違った非難を受けて大学の職を追われた島田裕巳さんは、たとえがらくたのようなものであっても宗教は宗教であると考えていた。
それは正しいと思う。

あまり言及されることがなかったが、高橋和巳『邪宗門』はオウム事件の時にもっと論じられるべきだった。
この小説については、またいつか書こう。

オウム真理教を生んだものについて、少しふれておく。
直接的には「ムウ」のような雑誌。
そしてもっとずっとオウム真理教に影響を与えたのは、テレビのオカルト番組だ。
実にばかばかしい、本当にがらくたのような番組。
あるプロデューサーの名前を思い浮かべることができる。
彼にオウム真理教事件の直接的な責任はないのだが、かつてオウムの元教祖が門を叩いた他の宗教団体ではなく、そんなくだらない低俗超能力・UFO・心霊番組が、オウムの父であり、母である。

ユリ・ゲラーの初来日は1974年。
これでスプーンを曲げてみる子供が日本にたくさん出現した。
(もったいないなあ)
その前年に出版されたのが、おそらく戦後最大のトンデモ本、『ノストラダムスの大予言』である。

ここまで書いてきて、実にばかばしくなった。
論じるほどのものではないのだ。
雑誌記者が、おもしろい企画だと思ってでっちあげた話を真に受けて、本がバカ売れしてしまっただけの話だ。
他のこと書きゃ良かった。
音楽出てこないし。

ええい、見つけたぞ。
『ノストラダムスの大予言』は翌年1974年に映画化されています。
舛田利雄監督。
『日本沈没』に味をシメた東宝が作りました。
主演はあの丹波哲郎さんです。
音楽が富田勲さん。
『月の光』や「きょうの料理」のテーマソングばかりじゃなくて、こんな仕事もしてるんですね。
シンセサイザーがひゅーひゅー鳴ってるという音楽です。
そうです、高円寺で私が耳にしたオウムの天上音楽は、このマネ。
やっぱり『ノストラダムスの大予言』がオウムの親だったという、いいかげんなオチでした。
ごめんなさい。

「1999年7の月、空から恐怖の大王が降ってくる」
で、降ってこなくてどうしたんだっけ、五島さん。
ノストラダムスの大予言

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