CHRONICLES #33 (Bob Dylan)

千本浜 2004年12月14日

私が初めてクラウゼヴィッツの名を目にしてから二十年ぐらい経ったころのことだろうか。
広瀬隆さんが『クラウゼヴィッツの暗号文』という本を出したので、ふむふむと読んだ。
どうも閨閥などというのがピンと来なかった。
わたしゃ血で人を語るのが好きではないんだな。
従妹が防衛大出身の自衛官と結婚した時、うちの家族で私だけ結婚式に招待されなかった。
反戦自衛官の本を出したりしている会社にいたので、出世に関わるとでも思ったのだろうか。
その後NHKの下請け仕事をしている時には、その叔父さん(従妹の父親)が揉み手をしながら近寄ってきたのはおかしかった。
ディランが絶大な信頼を寄せていたおばあちゃんは、傷心のディランにこういったことを言います。
“There are some people you’ll never be able to win over. Just let it go–let it wear out.”
 「お前が絶対に勝てない連中もいるんだよ。それが廃れるまで放っておきなさい。」
そりゃそうなんだけど、ディラン少年の気持ちは収まりません。
せっかく作りかけたバンドを取り上げてしまう連中は、地域の議会や商店会にコネのあるやつらでした。
こういった血縁関係は、どの地域でもいたるところでさまざまに結びついていました。
なんだか丸裸にされたような気がしたと、ディランは言っています。
だからといって、それでスネるということもなかったそうです。
一族のコネはそれはそれで正当なのだと、オトナです。
コネがあるからといって誰も責めることはできない。
だからディラン少年はほとんどいつも自分のバンドを失ってしまうし、もし失ってもこれ以上ショックを受けることはなくなりました。
失ったら、また作ったのです。
とにかく演奏したい、だからバンドを作り続けました。
何度も停止して待ち続けても、認められることがほとんどありません。
それでも続けるのです。
すると、時にはこの不可解な存在の退屈さを変化させるようなウィンクや合図が訪れることもあるのです。
50年代半ば当時のディラン少年は、町の復員軍人会の建物にある州兵軍事教練場(the National Guard Armory)のロビーで演奏していたそうです。
なんだかすごい場所ですが、いろいろな催しを行なうイベント会場になっていたのですね。
ディランはここでSlim WhitmanHank SnowWebb Pierceといった歌手のステージを観たそうです。
この会場に、ゴージャス・ジョージ(Gorgeous George)という偉大なレスラーがやってきました。
 →Gorgeous George
  おっと、このサイトかなりおもしろいです。
  力道山やタイガーマスクもいます。
ゴージャス・ジョージと一緒に来たレスラーのリングネームが笑えます。
 ゴリアテ(Goliath)
 吸血鬼(The Vampire)
 竜巻(The Twister)
 絞殺魔(The Strangler)
 骨砕き(The Bone Crusher)
 厄介者(The Holy Terror)
ディランはプロレスが好きだったのでしょうか。
妙に記憶が詳しいですね。
女子プロレスや小人プロレス(midget wrestlers)も一緒に来たというのですから、田舎町ではすごいイベントだったのでしょう。
ああ、あの有名なゴージャズ・ジョージが、ディラン少年に声をかけてくれたのです。
とっても嬉しかったんですね。
その話はまた明日。
ただいまp.47です。
実はディランはまだクラウゼヴィッツのことを書いているつもりなんですよ。
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CHRONICLES #32 (Bob Dylan)

千本浜 2004年7月24日

私がクラウゼヴィッツの名を知ったのは、たぶん高校生の時に寺山修司の『さかさま世界史』といったものを読んだ時だと思います。
「怪物伝」だったか「英雄伝」だったか、覚えていません。
漠然と『戦争論』は読んでおいた方がいいんだろうなあと思って読んだのですが、どうもあまり残っていません。
似たような経緯で読んだジョルジュ・ソレルの『暴力論』の方が強烈な印象を受けたように記憶しています。
もっとも中身を全然覚えていないので、今読めばだいぶ印象が違うのでしょう。
そうそう、ベンヤミンの『暴力批判論』を読もうとして忘れていました。
ディランの場合は、クラウゼヴィッツの『戦争論』がかなり気に入ったようです。
もしかしたら、本に載っていた肖像画のためかもしれません。
詩人か俳優のような容貌に好感を持ったのでしょう。
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クラウゼヴィッツにとって、石を投げたりするのは戦争ではなかった。少なくとも、理想的な戦争ではなかった。彼は戦場において大きな役割を演じる、天候や気流といった心理的偶然的要因について多くを語っている。
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ディランの言葉に妙に力が入っているのは、実は歌手を志す前には陸軍士官学校(West Point)に入ろうかと思ったこともあるかららしいです。
これは意外です。
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Years earlier, before I knew I was going to be a singer and my mind was in full swing, I had even wanted to go to West Point. I’d always pictured myself dying in some heroic battle rather than in bed.
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思春期の少年が畳の上で死ぬより戦場で英雄的な死を遂げたいと夢見たりするのは、わからないでもありません。
でも、ディランがベトナムで死んだりしなくて良かったです。
少年ディランは、どうしたら陸軍士官学校に入れるのか、父親に尋ねたのだそうです。
すると、名前に”De”や”Von”が入っていないから、コネや身元証明書が必要だと言われました。
なんともとぼけた親父さんです。
とにかくコネを探せと。
叔父さんはもっとずっとそっけなかったそうです。
「政府のために働かなきゃいけないなんて思うな。兵隊ってのはおまんの方だ、モルモットだ。鉱山に行って働け。」
ディランは父親の「コネと身元証明書」という言葉にカチンと来たようです。
その言葉を思い出して、どうも人生ではうまく行かないことが起こるものだという回想を始めます。
自分のバンドのメンバーが揃いそうになると、誰かに持っていかれてしまう。
毎回そうだった。
演奏でお金が稼げるぞという甘言で、みんな釣られていってしまったのだそうです。
その度にディラン少年は、一緒に暮らしていたおばあちゃんに愚痴をこぼしていたのであります。
話はどこへ行ってしまうのか。
これでまだクラウゼヴィッツの話は終わってないのですよ。
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CHRONICLES #31 (Bob Dylan)

千本浜 2004年12月11日

今はamazonなんぞで本を買うことが多くなったので、本屋さんで立ち読みをすることが少なくなりました。
中学生や高校生ぐらいの時はどんなジャンルの本でもおもしろくて、何時間でもいろいろな本を読んでいたものです。
レコード屋さんでも、LPの大きなジャケットを一枚ずつ引っ張り出しては眺めていたものです。
二十歳ぐらいのディランも、何にでも目を通していたようです。
近くに大きな本屋さんがなかったそうなので、レイとクローイの部屋の本棚を隅から隅まで漁ったのでしょう。
曲がった膝の治し方、助産のやり方、寝室での虫垂切除法といった”how-to”もの。
こういった本はホットな夢を与えてくれるかもしれないとディランは書いていますが、これはヤバイなあ。
フェラーリドゥカッティのデッサンや、アマゾネスの女たち、ファラオのエジプトの本。
サーカスのアクロバットや、恋人たちや、墓地の写真集。
思いつくままにそこで見た本のことを書き出しています。
でも、やっぱり歴史物が好きなんですね。
フリードリヒ大王が作曲もしていたと知って驚いたと書いています。
詳述しているのは、クラウゼヴィッツ『戦争論(Vom Kriege)』
名前はヒンデンブルクみたいだけど、本にある肖像画では詩人のロバート・バーンズ(Robert Burns)俳優のモンゴメリー・クリフト(Montgomery Clift)みたいだと、妙な感想を書いています。
ただいまp.41です。
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CHRONICLES #30 (Bob Dylan)

千本浜 2004年12月11日

ディランはスティーヴンズの伝記の他にも、テディ・ルーズベルトの伝記を読んだそうです。
第二次大戦時のフランクリン・ルーズベルトではなくて、20世紀初頭のセオドア・ルーズベルト大統領です。
この人も共和党。
とてもとんがった印象のある若きボブ・ディランが、共和党の政治家の伝記を読みふけっていたというのは、なんだか不思議です。
 →The White House: Theodore Roosevelt
 →WikiPedia: セオドア・ルーズベルト
「ルーズベルト」という表記は原音と比べてあんまりだと思うのですが、「ロウズヴェルト」と書くと誰のことだかわからないので、おなじみの「ルーズベルト」で行きます。
ルーズベルトは農場主でそれから警察(crime buster)に勤めたのだが、カリフォルニアをめぐる戦争(米西戦争)のため、職を辞さなければならなかった。
当時のアメリカのほとんどを所有してしまったのがJ.P.モルガン。
ルーズベルトはモルガンを退却させようとして、投獄するぞと脅した。
私もずっと以前にモルガンとルーズベルトの話は読んだことがあるのですが、何がどうだったのか、まるで覚えていません。
モルガンのことをディランは「a deity figure」と書いています。
アメリカ経済界の絶対神だったんですな。
ステーヴンズにしても、ルーズベルトにしても、モルガンにしても、まるでバラッドの中の人物が外に出てきたみたいだったとディランは言います。
バラッドを聴くように、歴史物の本を読んでいたのでしょう。
そんなバラッドの例として、ディランは三つの曲名を挙げています。
「Walkin’ Boss」
 フレイトフル・デッドが演ってますね。
 →Walkin’ Boss
「The Prisoner’s Song」
 Jimmy Martinのバージョンが有名?
 →The Prisoner’s Song
「Ballad of Charles Guiteau」
 Charles Guiteauは1881年7月2日にガーフィールド大統領を暗殺した犯人です。
 猟官運動に失敗したために逆恨みして大統領暗殺に走ったのだそうです。
 →Ballad of Charles Guiteau(すごい音源が聴けます)
次には、書棚で見た美術書を思い出しています。
マザウェル(Robert Motherwell)
ジャスパー・ジョーンズ(Jasper Johns)
アドルフ・メンツェル(Adolf von Menzel)
この辺りの本の方が自然ですね。
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CHRONICLES #29 (Bob Dylan)

千本浜 2004年12月8日

ページの途中で二行空けて、ディランの意識はまたレイの部屋に戻ります。
その部屋は本当に静かな部屋でした。
ラジオやレコードを聴いていなければ、墓場のような静けさの中でディランは本に没頭していたのです。
考古学者のように本を発掘していたと書いています。
共和党急進派サディウス・スティーヴンズ(Thaddeus Stevens)の伝記を読んだそうです。
アンドリュー・ジョンソン(Andrew Johnson)大統領弾劾の中心人物ですね。
 →『剣なき闘い』
ジョンソン大統領はリンカーン大統領の時の副大統領で、リンカーン暗殺によって大統領に昇格した人物です。
ケネディ大統領暗殺の時もリンドン・ジョンソン副大統領が昇格したので、二人とも「ジョンソン」だと話題になりましたが、まあ平凡な姓ですからね。
奴隷解放を推し進め、黒人の待遇改善や公民権授与を求めて努力したのが、スティーヴンズです。
死後は黒人墓地に埋葬してくれという遺言を残したそうですが、現在のブッシュ大統領で共和党をとらえていると、ちょっと想像できませんね。
ディランの記述によれば、スティーヴンズはバイロンと同様に内反足(clubfoot)でした。
バイロンと同様にと書くところがディランです。
 →先天性内反足
貧しかったけれど自分の力で財を成し、そして社会的弱者を擁護するために戦ったのだそうです。
リンカーン大統領がアメリカン・ドリームの一つの典型として引き合いに出されるのと似ています。
リンカーンもスティーヴンズも共和党。
スティーヴンズが糾弾したジョンソン大統領は元々民主党なんですが、共和党に鞍替えして副大統領になったのだそうです。
スティーヴンズはブラックユーモアのセンスがあり、鋭い口舌で、当時の傲慢な「貴族」に対する熾烈な憎悪を表現しました。
奴隷所有者の土地を没収しようとしていました。
議会の同僚議員のことを「自分の粘液の中をこそこそ歩く」などと評しました。
反メーソンであり、敵対するフリーメーソンを口元から血煙が上がっていると批難しました。
政敵の真っ只中にいながら、その敵を「光を避けて群れの中に隠れている、動きののろい、弱っちい爬虫類」と呼びました。
この伝説的な共和党員に、ディランはずいぶん惚れ込んだようです。
ただいまp.40。
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URCシングルズ

またamazonからギフト券が届いたので、何かないかと思ってうろうろしていた。
文庫の新刊を眺めたり、おなじみの名前を検索してみたり。
「いしいひさいち」「つげ義春」「つげ忠男」「田中克彦」「田川建三」
「Bob Dylan」「Neil Young」「春一番」「高田渡」……お。
12月15日に、URCのシングル盤を集めたシリーズが出るらしい。
1998年に東芝EMIから出た時は3枚のCDだった。
今回は2枚組み×2なので、少し曲が増えているはずだ。
しょうがない、買うか??
URC シングルズ vol.1
URC シングルズ vol.1
1. イムジン河(ミューテーション・ファクトリー)
2. リムジンガン(ミューテーション・ファクトリー)
3. 坊や大きくならないで(トソン・コーン・ソン)
4. もしも平和になったら(トソン・コーン・ソン)
5. 大ダイジェスト版三億円強奪事件の唄(高田渡)
6. 大ダイジェスト版三億円強奪事件の唄(実況)
7. 転身(高田渡)
8. 電車問題(高田渡)
9. いやなやつ-ボクを郵便でおくりましょう(西岡たかし)
10. 退屈なうつりかわり-ポケットは空っぽ(西岡たかし)
11. 私の大好きな街(藤原秀子,中川砂人)
12. この道(藤原秀子,中川砂人)
13. 坊やの絵(ザ・ムッシュ)
14. ともだち(ザ・ムッシュ)
15. お父帰れや(赤い鳥)
16. 竹田の子守唄(赤い鳥)
17. 砂漠(西岡たかし)
18. 森・梟(西岡たかし)
19. オーソドックスなフォーク・ソング(小森豪人)
20. 青春のキャンパス(小森豪人)
21. あくまのお話(秘密結社○○教団)
22. アリス(秘密結社○○教団)
23. なあお母ちゃん(バラーズ)
24. この広い海に(バラーズ)
25. ホーチミンのバラード(高石友也)
26. ベトナムの空(高石友也)
27. 殺し屋のブルース(中川五郎)
28. うた(中川五郎)
29. 血まみれの鳩(五つの赤い風船)
30. まるで洪水のように(五つの赤い風船)
31. 追放の歌(休みの国)
32. 楽しいさすらい人(休みの国)
33. 九官鳥(やまたのおろち)
34. 明日なき世界(やまたのおろち)
35. 腰まで泥まみれ(中川五郎)
36. 恋人よベッドのそばにおいで(中川五郎)

URC シングルズ vol.2
URC シングルズ vol.2
1. 自衛隊に入ろう(高田渡)
2. 東京フォークゲリラの諸君達を語る(高田渡)
3. こもりうた(アテンションプリーズ)
4. 私が一番きれいだった時(アテンションプリーズ)
5. それから(六文銭)
6. 五年目のギター(六文銭)
7. あかりが消えたら(愚)
8. マリアンヌ(愚)
9. 悩み多き者よ(斉藤哲夫)
10. とんでもない世の中だ(斉藤哲夫)
11. 7月21日早朝に(山平和彦&ザ・シャーマン)
12. そっと二人で(山平和彦&ザ・シャーマン)
13. アナポッカリマックロケ(久保田誠)
14. 昭和元禄ぼけぼけ節(久保田誠)
15. されど私の人生(斉藤哲夫)
16. われわれは(斉藤哲夫)
17. 風がなにかを…(五つの赤い風船)
18. ふる里の言葉は(五つの赤い風船)
19. 男らしいってわかるかい(ザ・ディランII)
20. プカプカ(ザ・ディランII)
21. 教訓I(加川良)
22. ゼニの効用力について(加川良)
23. 風がなにかを…(仏語)(五つの赤い風船)
24. ポケットの中の明日(加川良)
25. その朝(加川良)
26. 夢は夜ひらく(三上寛)
27. 誰を怨めばいいのでございましょう(三上寛)
28. 青森県北津軽郡東京村(三上寛)
29. よいしょよいしょ(三上寛)
30. えんだん(五つの赤い風船)
31. 小さな夢(五つの赤い風船)
32. もう春だね(友部正人)
33. 乾杯(友部正人)
34. 僕の街(ザ・ディランII)
35. ガムをかんで(ザ・ディランII)
36. ジャンジャン町ぶるうす(五つの赤い風船)
37. ある朝こっそり(五つの赤い風船)

CHRONICLES #28 (Bob Dylan)

千本浜 2004年12月8日

ディランはそのころまで、書物や作家に夢中になったということはなかったのだが、物語は好きだったと言っています。
mythical(神話的な、伝説的な、架空の)といった語を何度も使って、昔お気に入りだった物語に触れています。
エドガー・バロウズ(Edgar Rice Burroughs)
 裸のランチじゃありませんよ、ターザンです。
 →TARZAN
  
ルーク・ショート(Luke Short)
 19世紀のガンマンではなくて、1975年に亡くなった西部劇作家だと思います。
 →Luke Short (Frederick Dilley Glidden)
ジュール・ヴェルヌ(Jules Verne)
 →Jules Verne Page
H.G.ウェルズ(H. G. Wells)
 →H.G.ウェルズ(1866-1946)
1950年代の中学生が夢中になって読んだ大衆小説という感じですね。
少年ディランはこういう読み物が好きだった。
私も中学生ぐらいの時にフレデリック・ブラウンを読んで、もう少し大きくなってからP.K.ディックに進んだりしたのでした。
ああ、図書館にあった「SFマガジン」で筒井康隆さんの連載『脱走と追跡のサンバ』を読んだな。
でも、ディランはフォークソングを発見したのです。
フォークシンガーなら、こういった本まるごと一冊を、数行の詞で歌うことができる。
ディランがここで言っているフォークソングは、バラッド(ballad)と呼ばれるものに近いようです。
物語詩に節をつけた流行歌、ぐらいでしょうか。
————————————————————-
どうしたらある人物や出来事がまともなフォークソングになるのか、説明するのは難しい。
たぶん、公明正大で正直な性格といったものと関係があるのだろう。
つまり、勇敢さといったものと。
アル・カポネはギャングとして成功してシカゴの地下世界を支配することができたが、誰もカポネの歌など作らなかった。
どのような点においてもカポネはおもしろくないし、英雄でもなかった。
カポネではつまらない(frigid)。
————————————————————-
バラッドというと無法者を歌っているような気がしますが、やはり感情移入できる気持ちのいい人物でなければ、歌の主人公にはならないわけです。
高倉健さんの時代の東映ヤクザ映画は歌になるけれど、『仁義なき戦い』シリーズでは歌になりません。
ディランはカポネのことをボロクソに書いてます。
カポネは凶悪犯や暴漢といった類いのもので、歌の中で名前を与えられるほどの価値もない。
それに対して「美少年フロイド(Pretty Boy Floyd)」は、わくわくさせてくれる。
彼のことを歌った曲は、本当に血肉を持っているし、人間というものを表現して、感動的だ。
ディランがアル・カポネに対峙させた無法者「美少年フロイド」はオクラホマ州で活躍した義賊。
ディランはそう書いていませんが、ウッディ・ガスリー(Woody Guthrie)の歌のことを言っているのです。
 →Woody Guthrie Lyrics: Pretty Boy Floyd
 →Digital Tradition Mirror: Pretty Boy Floyd
 →Pretty Boy Floyd 美少年フロイド
ウッディ・ガスリーとレッドベリーに捧げられた『Folkways: A Vision Shared』では、ディランはこの曲を選んで歌っています。
 →11月24日付幻泉館日録 我が祖国
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のび太という生き方

千本浜 2004年12月8日

いつも出先でちょこっと”Chronicles: Volume One”に目を通して、家に帰ってから気になったところをgoogleなんぞで調べるという毎日なのですが、今日は家に本を忘れて出てしまいました。
じゃあ日記に何を書こうかと新聞を見ると、横山泰行富山大学教授が、「のび太という生き方」というコラムを書いていました。(12/8付 東京新聞統合版)
この先生は同じタイトルの本まで出しているんですね。
主旨としては、「あんな夢」「こんな夢」といった夢を抱き続けることが、人生では大切なのだということです。
う?ん、本は買わないかな。
ドラえもんの学問的研究には興味がわきません。
 →ドラえもんコロキアム
ドラえもんの雑誌連載開始は60年代末、たぶん小学館の学習雑誌1970年1月号からだと思います。
1973年にNTV系列で半年間ほどアニメが放映されたそうですが、のどかな県では流れなかったので、一度も見たことがありません。
 →テレビアニメ 旧ドラえもん 大研究
テレビ朝日系列でのアニメ化は1979年。
これがおなじみの、テレビのドラえもんです。
なんと不思議なことに、ドラえもんは70年代サブカルチャーだったんですなあ。
70年代に青春を送った私は、60年代にはお子ちゃまでした。
例のトキワ荘の面々がまだ若者で、新しく子供向けのマンガを創り出していたのですが、同時代に子供としてそのマンガを力いっぱい享受できたのは幸せであります。
もちろん藤子不二雄さんがAとFに分裂する前です。
ただ、ドラえもんの時はもう少し大きくなりすぎていたのですね。
『オバケのQ太郎』や『パーマン』のように読むことはありませんでした。
どこで最初にドラえもんを読んだのかは覚えていません。
ただ、のび太君のキャラクターが、それ以前の少年たちに比べて特殊だなと思いました。
たとえばオバQの正ちゃんは、普通なんです。
今から見ればおとなしい「よい子」にも思える、普通の少年として設定されています。
普通の少年がオバケと暮らしたり、パーマンに変身したりするわけです。
のび太君は、もっと極端に人間の弱い部分が誇張された登場人物ですね。
最初に雑誌で読んだ時は、そこに違和感を感じました。
でも、だからこそドラえもんが登場するのであり、そして夢を追い続けるわけです。
ところで、結構大きくなってしまっていたのでそれほど感情移入はしなかった『ドラえもん』なんですが、読んで泣いた話が一つあります。
前にも書いたかな。
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続きを読む のび太という生き方

1980年12月8日

また12月8日が来た。
I don’t remember “the” Pearl Harbor.
I remember John.
1980年。
僕は深夜に7-11で、それから吉祥寺のちょっと特殊な本屋のアルバイトをして暮らしていたのだ。
金がないのでアルバム『ダブル・ファンタジー』は買っていなかった。
篠山紀信が撮ったジョンとヨーコが、小学館の雑誌『写楽』の表紙になっていた。
バイト先でそれを立ち読みしたのだ。
毎年、この日にはその表紙を思い出す。

70年代サブカルチャー&反原発

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