CHRONICLES #98 ピアノ弾きディラン

西条町 2005年3月14日

ディランが自分の芸名を考えていた時、既にたくさんの「ボビー」がいたと書いてありました。
その中に名前の挙がっていたボビー・ヴィー(Bobby Vee)は、ディランがまだ田舎にいた時に出会った人でした。
ボビーはノースダコタ州ファーゴの人で、シャドウズ(The Shadows)というバンドをやっていました。
1959年には既にローカル・ヒットを飛ばしていたそうです。
ディランのいたミネソタ州も同じ中西部で隣接しています。
ディランはヒッチハイクでボビーに会いに行き、そのバンドでピアノを弾かせてもらいました。
 →the Official Bobby Vee Home Page
 →Bobby Vee
おお、ボビー・ヴィーの写真を見ると、まさにポップ・アイドルですね。
おやおや、おもしろいことが書いてありますよ。
—————————————
In the next few months they decided to hire a pianist Bill knew from the local record store. The pianist said his name was Elston Gunnn, but his real name was Bobby Zimmerman, and he had recently toured with Conway Twitty. However there were two problems. Zimmerman could only play in one key and he didn’t have his own piano. After a few dates, he and the band parted. Zimmerman enrolled at the University of Minnesota. Soon he fell under the spell of folk music, picked up guitar, moved to New York and changed his professional name to Bob Dylan.
—————————————
「n」が一つ多いですけど、ディランはいとこのリーニーから問い詰められた、「エルストン・ガン」という名前をこの時も使っています。
さらに、ディランは書いていないことですが、一つの調(たぶんCですね)しか演奏できないとは、まあ大胆な人ですこと。
高校生の時にこういうことをやってるとは、さすが大物です。
ディランの『クロニクルズ』の方では、ボビーの曲にはあまりピアノが必要ではなかったので、あまり一緒にできなかったということになってます。
短い間一緒にやっただけですが、この時ボビーとディランはとても共通する点が多かったと、ディランは言っています。
同じ時代に、同じ場所で、同じような音楽的経験をしてきたということです。
でも二人の進む道はかなり違ったものになりました。
ボビーはハリウッドに行って、ポップ・スターになります。
先ほど引用したサイトに出ていますが、バディ・ホリー(Buddy Holly)が飛行機事故で亡くなると、まるでその代わりのようにスターになるのですね。
ディランはそういう書き方をしてはいませんが、それでもボビーの声を「バディ・ホリーのように」と形容しています。
—————————————
Bobby had a metalic, edgy tone to his voice and it was as musical as a silver bell, like Buddy Holly’s, only deeper.
—————————————
 →BuddyHolly.com | The Official Web Site | Buddy Holly
www.iraqbodycount.org www.iraqbodycount.org
www.iraqbodycount.org

幻泉館 リンク用バナー

カテゴリー: ボブ・ディラン自伝『クロニクルズ』 | コメントする

仙台の風

今日はヒロセ君(仮名)から仙台のお土産を頂いた。
「伊達の牛タン いぶり」と、毎度おなじみの銘菓「萩の月」。
ありがとうございますだ。
私の出身高校はなぜか遠く離れた東北大学へ進学する者が多く、杜の都はなんとなく親近感があるのです。
ああ、お土産太りしそう。
伊達の牛タン 萩の月

幻泉館 リンク用バナー

カテゴリー: 日常雑記 | コメントする

ドラえもんの憂鬱

ドラえもんの朝は早い。
本当は眠る必要もない。
それでも、暗闇の中で横になってエネルギー消費を省力モードに切り替える。
静かな暗闇の中で、ゆっくりとこれからの一日の活動を組み立てる。
何よりもまず、自らのメンテナンスである。
オレは年をとってはならない。
外装は簡単に修復できるが、近頃は知らず知らず行動が陳腐化しているようだ。
こっそりと部品を交換して、たまった情報を整理しておこう。
日々の仕事でいちばんつらいのは、場の維持である。
苦労して残してきた隣の空き地も、明け渡さなければならない。
一世代の間なんとか同じ空間を保ってきたのだが、もう限界かもしれない。
いつまでものび太君たちを小学生のままにしておくこともできないだろう。
オレも少し疲れてきた。
しかし夜が明けると、そんなことはすっかり忘れてしまうのだ。
ネコだから。

幻泉館 リンク用バナー

カテゴリー: 日常雑記 | コメントする

DR. BLOODMONEY / PAYCHECK

コブラクローさんのところでP.K.ディックの新しい翻訳が出ているのを知り、あわてて買ってきた。
それは創元SF文庫の『ドクター・ブラッドマネー』なのだが、ハヤカワ文庫からも知らないのが出ていたので、当然のように購入。
出てから一年以上も気づかなかったのは悔しいが、品切れ本になる前に買うことができて、よかった、よかった。
フィリップ・K・ディック
佐藤龍雄◎訳
『ドクター・ブラッドマネー ?博士の血の贖い?』
 創元SF文庫
 定価(本体960円+悪税)
フィリップ・K・ディック
浅倉久志◎訳
『ペイチェック』
 ハヤカワ文庫
 定価(本体940円+悪税)
P.K.ディック

幻泉館 リンク用バナー

カテゴリー: 書籍・雑誌 | コメントする

CHRONICLES #97 シクラメンのかほり

千本浜 2005年3月10日

さて、ディランの本来の姓であるジママンはどこへ行ってしまったのでしょう。
ボビー・ジママン(Bobby Zimmerman)という人がいたそうで、その人が殺された話も書いてあります。
ただ、それは1964年のことなので、ロバート・アレン・ジママン君がボブ・ディランを名乗ってからのことです。
だから、不吉な事件を忌み嫌ったわけではないようです。
結局、音や字面が気に入らなかったのでしょう。
急いで手紙を書き終えると、末尾には「ボビー(Bobby)」と署名しました。
リーニーへの手紙には、いつもそう書いていたそうです。
—————————————–
Spelling is important. If I would have had to choose between Robert Dillon or Robert Allyn, I would have picked Robert Allyn, because it looked better in print.
—————————————–
おっと、話はまだ終わっていませんでした。
音だけでなく、文字にした時の視覚的効果がとても気になったんですね。
「Allyn」という綴りがかなり気に入っていたようです。
—————————————–
The name Bob Allyn never would have worked—-sounded like a used-car salesman.
—————————————–
でも、「ボブ・アレン」では音で聞いた時に、中古車のセールスマンみたいなのでダメなわけです。
このあたりの感覚は、私にはよくわかりません。
ウッディ・アレン(Woody Allen)も中古車のセールスマンみたいなのかなあ。
商売人っぽいけど貧相なキャラは、ウッディの場合は合ってるかもしれませんね。
—————————————–
I’d suspected that Dylan must have been Dillon at one time and that guy changed the spelling, too, but there was no way to prove it.
—————————————–
ディラン・トーマス(Dylan Thomas)のことでしょうね。
元々その名がDillonであったかどうかは、あまり問題ではありません。
ボブ・ディランがそう感じたということがおもしろいのです。
私の母語ではないのでそのすべてがわかるわけではありませんが、音や文字に対する自分の感覚を、ディランが散文で説明してくれているのは貴重だと思います。
以前松任谷由実さんの「春よ、こい」に関して少し触れたことがあるのですが、やはり文語で「春よ、こよ」と通してくれなければ気持ち悪いなと思います。
「かほり」や「かほる」も気持ち悪く感じます。
「かをり」や「かをる」でないと、単に間違えたみたいであまりかっこよくないなあと思うのです。
もちろん「かほり」を定家仮名遣いだと言い張る方もいらっしゃるでしょうが、マジなところで遣われると、妙な感じがします。
「よゐこ」や原律子さんのマンガは、あまり気になりません。
中途半端な歴史的仮名遣いを笑っているように見えるからでしょう。
www.iraqbodycount.org www.iraqbodycount.org
www.iraqbodycount.org

幻泉館 リンク用バナー

カテゴリー: ボブ・ディラン自伝『クロニクルズ』 | コメントする

横浜の風

今日はネクタイを締めた。
2年ぶりかなあと思っていたら、去年ちゃんと一度締めていた。
なんだ、慣れたもんだぜ、ふっふっふ。
今度は横浜土産をいただいた。
杏仁豆腐と、ハロー・キティのコロン(東京限定、銀座カスタード)。
あれ、これは東京じゃん。

横浜土産?

幻泉館 リンク用バナー

カテゴリー: 日常雑記 | コメントする

わたしが一番きれいだったとき #3

 > わたしが一番きれいだったとき
 > 街はがらがら崩れていって
 > とんでもないところから
 > 青空なんかが見えたりした
茨木のり子さんの「わたしが一番きれいだったとき」を片桐ユズルさんが翻訳し、それを読んだピート・シーガーさんが、曲を付けて歌いました。
「When I Was Most Beautiful」というタイトルです。
 > When I was most beautiful,
 > Cities were falling
 > and from unexpected places
 > blue sky was seen.
 →【2003年9月29日付日録】ピート・シーガー「わたしが一番きれいだったとき」
この古い日記にレスを付けて、昔レコードで親しんだ曲だと書いてくださった方がいます。
レコード化されていることがわかったので、ちょっと気合いを入れてCDを探してみました。
すると、ピートさんが歌ったCDがありました♪
“Sand In Your Shoes”という2枚組みのベスト盤。
現在amazon.co.jpで2166円(悪税込み)です。
もちろん即発注。
輸入盤は結局届かないことがあるのですが、発送可能時期が「通常6?8日以内」となっているので、たぶん大丈夫でしょう。
きのんさん、ありがとうございました。
茨木のり子さんの「わたしが一番きれいだったとき」は佐久間順平さんと大江田信さんの「林亭」も歌っていました。
 →【2003年9月28日付日録】林亭「わたしが一番きれいだったとき」(1973年)
素敵な詩ですが、朗読したり歌にするのは難しいなあと思います。

幻泉館 リンク用バナー

カテゴリー: 音楽 | 5件のコメント

CHRONICLES #96 ボブ・ディランの誕生

千本浜 2005年3月10日

ある時、いとこのリーニーが尋ねました。
どうして演奏する時に違う名前を使ってるの?
特に近所で演奏する時に。
自分が誰なのか知られたくないの?
エルストン・ガン(Elston Gunn)って、誰よ?
あなたじゃないの?
おやおや、ディランは田舎にいたころ、「エルストン・ガン」という名前を使ったことがあるようです。
私は初耳。
英国生まれで当時サンフランシスコで活動していた、詩人のトム・ガン(Thom Gunn)あたりから採った名前でしょうか。
リーニーに問い詰められたことを思い出して、ディランは自分の名前のことを語ります。
——————————————–
そのエルストン・ガンという名前は、間に合わせの名前にすぎなかった。そのころ僕が家を出てすぐにしてしようと思っていたのは、ロバート・アレン(Robert Allen)と名乗ることだった。僕に関するかぎり、それが僕だった。親が僕に付けてくれた名前だ。スコットランドの王様みたいで、その名前が気に入っていた。その中にはない僕のアイデンティティなんてものは、ほとんどなかった。
——————————————–
元々、ディランの本名はロバート・アレン・ジママン(Robert Allen Zimmerman)でした。
その名前をそのまま使って「ロバート・アレン」という歌手になろうと思っていたのです。
そういえば、アレン・ギンズバーグ(Allen Ginsberg)さんがいましたね。
ところが、後に「ダウンビート」誌で、デビッド・アレン(David Allyn)というサックス・プレイヤーの名前を見て、考えたのだそうです。
この綴りは、本人が「Allen」から「Allyn」へ変えたに違いない。
その方が奇抜(more exotic)で、謎めいている(more inscrutable)。
僕もそうしよう!
それで、「Robert Allyn」という名前を使うことにしました。
それからしばらくして、ディラン・トーマス(Dylan Thomas)の詩に出会いました。
うむ、ディランとアレンは似ている。
Robert Dylan.
Robert Allyn.
この二つの名前のどちらにしようか、悩んだそうです。
「D」の文字は力強い。
でも、「Robert Allyn」の方が響きがいい。
人からはいつも「ボビー(Bobby)」とか「ロバート」と呼ばれているけど、「ボビー・ディラン」はなんだか臆病な感じ(skittish)がする。
それに、もう他にボビーがたくさんいる。
ディランはこんな名前を挙げています。
なるほど。
 →ボビー・ダーリン(Bobby Darin)
 →ボビー・ヴィー(Bobby Vee)
 →ボビー・ライデル(Bobby Rydell)
  ああ、小さい頃『バイ・バイ・バーディ』観ました!
 →ボビー・ニーリー(Boby Neely)
「ボブ・アレン」よりは「ボブ・ディラン」の方が、見栄えも音もいい感じだ。
ということで、ボブ・ディランになったみたいですよ。
それまで「ボブ」と呼ばれたことがなかったので、慣れるのに多少苦労したようです。
ただいま、p.79です。
www.iraqbodycount.org www.iraqbodycount.org
www.iraqbodycount.org

幻泉館 リンク用バナー

カテゴリー: ボブ・ディラン自伝『クロニクルズ』 | 1件のコメント

大阪の風

この春から大阪で暮らすネガミ君(仮名)が、お土産を持ってきてくれました。
たこ焼き風味の「なにわ味プリッツ」と、阪神タイガースのクッキーです。
箱の裏には、黒猫館主人(仮名)が真似していた一粒三〇〇米も描いてありました。
雨がばしゃばしゃ降ってうっとうしいお天気ですが、大阪の春一番がやってきたようです。
一人で盛り上がってます。
わいわい。
もう二ヵ月ないけど、大丈夫なんかな。
頼んまっせ。
なにわ味プリッツ&阪神タイガースクッキー

幻泉館 リンク用バナー

カテゴリー: 日常雑記 | コメントする

田舎の力

世事に疎いので知らなかったが、「伊豆市」というのができているらしい。
昨年の4月に修善寺町、土肥町、天城湯ヶ島町、中伊豆町の4町が合併して、伊豆市になったのだそうな。
なんとなく納得できないものがある。
どうして中伊豆市にしなかったのかしら。
伊豆半島にある他の市から抗議はなかったのかな。
今度の4月には「伊豆の国市」ができるらしい。
伊豆長岡町、韮山町、大仁町の3町が合併するのだそうな。
これもなんだか納得できないものがある。
どちらの市も、古代の伊豆の国の一部でしかないのに。
これなら「太平洋市」もアリだったよなあと思う。
さらに、幻の「南セントレア市」はやっぱり合併のみっともなさを体現していて、いい名前だったなあとも思う。
伊豆市と伊豆の国市は実に紛らわしい。
同じ意味じゃないか。
せっかくだから両市も合併してしまえばいかがでしょうかと、我ながら無責任なことを考える。
どっちの名前を採るかもめた時のために新市名も考えておきました。
ほら、伊豆半島の東海岸に伊東市があるんだから、伊豆半島の真ん中で、「伊中(いなか)市」。
郷土には誇りを持ちたいものでございます。

幻泉館 リンク用バナー

カテゴリー: 日常雑記 | コメントする