CHRONICLES #96 ボブ・ディランの誕生

千本浜 2005年3月10日

ある時、いとこのリーニーが尋ねました。
どうして演奏する時に違う名前を使ってるの?
特に近所で演奏する時に。
自分が誰なのか知られたくないの?
エルストン・ガン(Elston Gunn)って、誰よ?
あなたじゃないの?
おやおや、ディランは田舎にいたころ、「エルストン・ガン」という名前を使ったことがあるようです。
私は初耳。
英国生まれで当時サンフランシスコで活動していた、詩人のトム・ガン(Thom Gunn)あたりから採った名前でしょうか。
リーニーに問い詰められたことを思い出して、ディランは自分の名前のことを語ります。
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そのエルストン・ガンという名前は、間に合わせの名前にすぎなかった。そのころ僕が家を出てすぐにしてしようと思っていたのは、ロバート・アレン(Robert Allen)と名乗ることだった。僕に関するかぎり、それが僕だった。親が僕に付けてくれた名前だ。スコットランドの王様みたいで、その名前が気に入っていた。その中にはない僕のアイデンティティなんてものは、ほとんどなかった。
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元々、ディランの本名はロバート・アレン・ジママン(Robert Allen Zimmerman)でした。
その名前をそのまま使って「ロバート・アレン」という歌手になろうと思っていたのです。
そういえば、アレン・ギンズバーグ(Allen Ginsberg)さんがいましたね。
ところが、後に「ダウンビート」誌で、デビッド・アレン(David Allyn)というサックス・プレイヤーの名前を見て、考えたのだそうです。
この綴りは、本人が「Allen」から「Allyn」へ変えたに違いない。
その方が奇抜(more exotic)で、謎めいている(more inscrutable)。
僕もそうしよう!
それで、「Robert Allyn」という名前を使うことにしました。
それからしばらくして、ディラン・トーマス(Dylan Thomas)の詩に出会いました。
うむ、ディランとアレンは似ている。
Robert Dylan.
Robert Allyn.
この二つの名前のどちらにしようか、悩んだそうです。
「D」の文字は力強い。
でも、「Robert Allyn」の方が響きがいい。
人からはいつも「ボビー(Bobby)」とか「ロバート」と呼ばれているけど、「ボビー・ディラン」はなんだか臆病な感じ(skittish)がする。
それに、もう他にボビーがたくさんいる。
ディランはこんな名前を挙げています。
なるほど。
 →ボビー・ダーリン(Bobby Darin)
 →ボビー・ヴィー(Bobby Vee)
 →ボビー・ライデル(Bobby Rydell)
  ああ、小さい頃『バイ・バイ・バーディ』観ました!
 →ボビー・ニーリー(Boby Neely)
「ボブ・アレン」よりは「ボブ・ディラン」の方が、見栄えも音もいい感じだ。
ということで、ボブ・ディランになったみたいですよ。
それまで「ボブ」と呼ばれたことがなかったので、慣れるのに多少苦労したようです。
ただいま、p.79です。
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大阪の風

この春から大阪で暮らすネガミ君(仮名)が、お土産を持ってきてくれました。
たこ焼き風味の「なにわ味プリッツ」と、阪神タイガースのクッキーです。
箱の裏には、黒猫館主人(仮名)が真似していた一粒三〇〇米も描いてありました。
雨がばしゃばしゃ降ってうっとうしいお天気ですが、大阪の春一番がやってきたようです。
一人で盛り上がってます。
わいわい。
もう二ヵ月ないけど、大丈夫なんかな。
頼んまっせ。
なにわ味プリッツ&阪神タイガースクッキー

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田舎の力

世事に疎いので知らなかったが、「伊豆市」というのができているらしい。
昨年の4月に修善寺町、土肥町、天城湯ヶ島町、中伊豆町の4町が合併して、伊豆市になったのだそうな。
なんとなく納得できないものがある。
どうして中伊豆市にしなかったのかしら。
伊豆半島にある他の市から抗議はなかったのかな。
今度の4月には「伊豆の国市」ができるらしい。
伊豆長岡町、韮山町、大仁町の3町が合併するのだそうな。
これもなんだか納得できないものがある。
どちらの市も、古代の伊豆の国の一部でしかないのに。
これなら「太平洋市」もアリだったよなあと思う。
さらに、幻の「南セントレア市」はやっぱり合併のみっともなさを体現していて、いい名前だったなあとも思う。
伊豆市と伊豆の国市は実に紛らわしい。
同じ意味じゃないか。
せっかくだから両市も合併してしまえばいかがでしょうかと、我ながら無責任なことを考える。
どっちの名前を採るかもめた時のために新市名も考えておきました。
ほら、伊豆半島の東海岸に伊東市があるんだから、伊豆半島の真ん中で、「伊中(いなか)市」。
郷土には誇りを持ちたいものでございます。

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CHRONICLES #95 リーニーへの手紙

千本浜 2005年3月10日

 →[ I Love Sunset! 夕陽が好き!]
レイのアパートには、部屋が5つか6つありました。
その一つに、とてつもなく立派な机がありました。
「this magnifient rolltop desk」と書いてあります。
「リーダーズ英和」によれば、「たたみ込みふた付き机」ということです。
アップライト型のピアノみたいな机なんでしょうね。
 →google.com: rolltop desk
「cylinder desk」という呼びかたもあるようですが、微妙に違うかしら。
 →google.com: cylinder desk
ディランの説明を見てみましょう。
「それはほとんど説明できない。」
あれま。
でも、その後でちゃんと説明してます。
オーク材で、ニンフたちやミネルヴァが円形に浮き彫り(medallion)されていたそうです。
上板には数学と天文学を象徴する模様がブロンズで作られ、金箔が貼ってありました。
ずいぶん立派。
秘密の隠し引き出しがあって、それを引き出すための機械装置もありました。
「It was incredible」と書いていますが、まさに途方もない机であります。
レイって何なんだろ。
さて、ディランはその机に向かって、従兄弟のリーニー(Reeie)に手紙を書きます。
「急いで書き上げた(dashed off)」というところに、リアリティがあります。
リーニーは一緒に育った従妹です。
同じ自転車に乗っていました。
シュウィン社(Schwinn)の、コースターブレーキ(coaster breaks)が付いた自転車です。
コースターブレーキというのは、いわゆるフットブレーキのことですね。
走行中にペダルを逆回転させて制動する自転車です。
日本ではあまり見かけませんが、欧米では握力の弱い子供が乗る自転車に多く採用されているようです。
ディランがあちこち遊びに行くときには、リーニーも一緒についてきたりしました。
ディランのシャツにかなり派手な刺繍をしてくれたこともありました。
リーニー自身はズボンの側面にリボンの縞を縫いつけていました。
まだ年齢がわからないので、従姉なのか従妹なのかわかりません。
でも、とっても仲良しなんですね。
p.78です。
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CHRONICLES #94 ニセ伝道師レイ

千本浜 2005年3月9日

 →[I Love Sunset! 夕陽が好き!]
二行空けて、今度はレイの話を始めます。
レイはブロンドの髪を、ジェリー・リー・ルイス(Jerry Lee Lewis)やビリー・グラハム(Billy Graham)のようになびかせていました。
その髪型は、説教者、伝道師がしていた髪型だと、ディランは言っています。
あれ? と思ったのですが、こういう感じかな。
 →Jerry Lee Lewis(画像)
 
 →Jerry Lee Lewis OnLine
ジェリー・リー・ルイスはピアニストを指すと思うのですが、ビリー・グラハムは有名なテレビ伝道師です。
 →Wikipedia:ビリー・グラハム
 →BGEA: Billy Graham Evangelistic Association
初期のロックンローラーはこの髪型を真似ていたそうです。
長めのオールバックということかしら。
こういう髪型は崇拝(cult)を生み出しやすいというのが、ディランの分析です。
レイはおもしろく説教の真似事をしてみせてくれたようです。
思い出しました。
レイは以前神学校に在籍していて、放校処分になったことがあるのです。
説教は相手によってネタを変えるという技を教えてくれます。
元々キリスト教は喩えの宗教です。
そこで、生活感のある喩えを用いるわけです。
農民が相手なら、耕して畝を作り、愛の種を蒔いて、そして救済の収穫を刈り取るといった話をします。
誰にでも説教を合わせることができたそうです。
レイは南部人で、そのことは隠しませんでしたが、奴隷制には反対でした。
「奴隷制というのは、最初から不法なものだ。極悪非道(diabolical)。奴隷の力のために、自由な労働者がまともな生活を送ることができなくなる。壊さなければならなかったんだ。」
レイはプラグマティックでした。
ディランは時々、レイには心や魂がないのではないかとも思ったそうです。
反労働組合(antiunion)でもありました。
レイはやっぱり謎の人物です。
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お巡りさん

自動巡回ソフトというのがあります。
指定先URLを自動的に回って、データを一気にダウンロードするものがあります。
常時接続の環境が普通になったので、ダイアルアップ接続の時代ほど需要はないだろうと思うのですが、それでも楽天広場で足跡を付けまくって自分のサイトに誘導したり、逆に姿を消してヲチとやらをするいわゆるネット右翼(プロ奴隷)などが活用しているようです。
(某ネズミの糞未満ストーカーは巡回ソフトではなくて「Sleipnir」を使っています。本当にヒマなやつだな。)
ところで、この手のソフトは自分のサイトのバックアップにも使えるのです。
検索してみると、「GetHTMLW」が良さそうなので、試してみました。
もちろんフリーソフトです。
 →「GetHTMLW」
適当なディレクトリを作ってその中で圧縮ファイルを展開して、実行すればそれでおっけ。
URLを放り込むと、ディレクトリ構造をそのまま、丸ごとダウンロードしてくれます。
他所に置いた画像ファイルも、保存してくれます。

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It’s a Small World

偽物の一日が終わり、ビールの泡145円。
違う、それは発泡酒。
かにに似せた蒲鉾つまみ、
発泡酒の泡145円。
悪税込み145円。
似せ物の、似せの幸福145円。
すきま風が見えた。



君には世界の仕組みが全部見えている。
そう、それはとても幸せだね。
君が暮らしているのは、小さな小さな世界なんだから。
君には知らないことなんてまったくないんだ。
そう、それはとても幸せだね。
君が暮らしているのは、小さな小さな世界なんだから。
君は自由にものを感じて、自由に生きているんだって。
そう、それはとても幸せだね。
君が暮らしているのは、小さな小さな世界なんだから。
君を守ってくれた人たちは、もういないのに。
 →Its a Small World

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CHRONICLES #93 巨大な磁石

千本浜 2005年3月8日
私は1970年代後半の「民主青年」がどんな政治的発言をしていたかは少し知っていますが、1960年ごろの合州国の「マルクス主義者」がどのようなものの見方や考え方をしていたのかは、まったく知りません。
あまり「科学的社会主義」という言い方はしていなかったんじゃないかなという気がします。
そういえばマルクーゼという人がいたなあと、懐かしく思い出しました。
大日本帝国が行なった朝鮮人強制連行についてなら多少知識がありますが、近代奴隷制一般などというものはまったく存じませんよ、わはは。
さて、ヴァン・ロンクです。
 →Dave Van Ronk
ディランによれば、ヴァン・ロンクの言うことは、つまらないとかわけがわからないということが決してなかったそうです。
ヴァン・ロンクはディランと似た種類の歌を歌っていました。
元々は、言葉を手探りで探しているように見える人達が歌っていた歌です。
百年以上も前に、状況と関わって掲げられた大義と理想、それが言葉と関係があるのだと感じ始めました。
すると突然、それほど昔のことのようには思えなくなったのだそうです。
言葉の持つリアリティが、すっと体感できたのでしょう。
あら、いきなりディランのお父さんが出てきます。
田舎に電話をしていたら、お父さんが出ました。
今どこにいるのか尋ねられたので、ディランは「世界の首都ニューヨークだよ」と答えました。
お父さんは「おもしろい冗談だ」と言います。
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But it wasn’t a joke. New York City was the magnet—-the force that draws obejects to it, but take away the magnet and everything will fall apart.
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人や物を強烈に引きつけるビッグアップル。
ニューヨークに対するディランの思いも、またかなり強いものでした。
ただいまp.77です。
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CHRONICLES #92 南北戦争

保線区 2005年3月7日

偶然殺人現場を見てしまった若きディラン、さすがにその映像は後々まで強烈に心の中に残ってしまったようです。
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The power of the scene somehow jarred my mind, though—-maybe because I’d just heard talk about it the previous night, but it reminded me of some old still images I’d seen of the Civil War. How much did I know about that cataclysmic event? Probably close to nothing. There weren’t any great battles fought out where I grew up.
しかし、現場の持つ力によって、僕の頭はぐらぐら揺れていた。もしかしたら、僕は前の晩に事件の話を耳にしただけだったのかもしれないから。でも、僕は以前見たことのある南北戦争の写真を思い出した。僕はあの大惨事のことをどのぐらい知っているのだろう。たぶん、ほとんど何も知らないのだ。僕が育った辺りでは、大きな戦いはまったくなかった。
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南北戦争の写真を掲載しているサイトがありました。
国会図書館なのかな。
 →Selected CIVIL WAR photographs
子供のころ近所に「古戦場」がなかったんですね。
どういうわけかわかりませんが、ディランは急に南北戦争のことが知りたくなったんだそうです。
そこで、ヴァン・ロンクに尋ねました。
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Van Ronk could talk all day about socialit heavens and political utopias—-bourgeois democracies and Trotskyites and Marxists, and internatinal workers’ orders—-he could grasp that stuff firmly, but about states’ rights he almost looked bemused.
ヴァン・ロンクは、社会主義者の天国や政治的ユートピアについてなら、一晩中だって話すことができた。ブルジョア民主主義と、トロツキストと、マルキストと、国際労働者階級。そういうものはしっかりと把握していたのだが、州の権利に関しては、ほとんどぼんやりとしているように見えた。
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私も中央集権国家しか知らないので、連邦国家内のそれぞれの国家(states)のあり方が、いまひとつピンと来ません。
ヴァン・ロンクは南北戦争に関しては、紋切り型の答えでお茶を濁します。
「南北戦争は奴隷解放のために戦われたんだな。それに関しては、まったく不思議なところはないよ。」
でも、それから独自の視点でものを見てきたということをアピールします。
「でもな、南部の富豪が捕虜を解放していたとしても、それで良かったということにならなかっただろうな。そうであったとして、南部へ行って、めちゃくちゃにやっつけて、土地を侵略していたことだろう。いわゆる帝国主義だ。」
ヴァン・ロンクはマルクス主義の視点を採用していました。
「南北戦争は、二つの敵対する経済システム間の戦いだったんだ。」
ただいまp.76であります。
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70年代サブカルチャー&反原発

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