知識 CHRONICLES #404

千本浜 2006年6月27日
 →Chapter 5: River of Ice
ディランの幻想に横槍を入れたのは、ジョン・パンケイクという男でした。
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Jon Pankake, a folk music purist enthusiast and sometime literary teacher and film wiseman, who’d been watching me for a while on the scene, made it his business to tell me that what I was doing hadn’t escaped him. “What do you think you’re doing? You’re singing nothing but Guthrie songs,” he said, jabbing his finger into my chest like he was talking to a poor fool.
フォーク音楽の純粋主義熱狂者であり、以前は文学教師をしていて映画にも詳しいというジョン・パンケイク。その彼がしばらくの間僕を見ていて、僕がやっていることは見逃すわけにはいかないと言うことにしたのだ。「あんたは自分のやってることをどう思ってるんだ? ガスリーの歌しか歌ってないじゃないか。」かわいそうな馬鹿者に話しているように僕の胸に指を突き立てて、彼は言った。
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架空の名前かと思ったら、”Jon Pankake”の名前はちゃんとGoogleでヒットします。
ただ、名前が出てくるだけなので、その後どのように活動した人なのかはよくわかりません。
パンケイクは本物のフォークのレコードをたくさん持っていて、そのレコードのことを延々と話し続けるような人物でした。
態度が横柄で、逃れることが難しいという、困った人です。
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He was part of the folk police, if not the chief commissioner, wasn’t impressed with any of the new talent. To him nobody possessed any great mastery–no one could succeed in laying a hand on any of the traditional stuff with any authority. Of course he was right, but Pankake didn’t play or sing. It’s not like he put himself in any position to be judged.
彼はフォーク警察の、長官ではないにしても隊員であった。新しい才能にはまったく感銘を受けない。彼にとっては、誰も卓越したものはもっておらず、権威ある伝統的な曲をうまく手に入れることに成功するものなど誰もいないのだ。なるほど彼は正しいかもしれなかったが、パンケイクは演奏も歌うこともしなかった。彼は判断すべきようなところにはいないように思えた。
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頭でっかちのうるさ方という感じですね。
大学のサークルなんぞを覗けば、こんな感じの輩はいくらでもいました。
今もそんなのがいるんでしょうか。
1992年に復刻された林亭のアルバム『夜だから』に小林政広(林ヒロシ)さんが寄せていた文章を思い出しました。
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『夜だから』に収められているのは、その頃、彼等が作った歌だ。今聞いても、いい歌がいっぱいある。曲によっては、背伸びしてるように感じるものもあるかも知れないが、それは彼等のせいではなく、当時、ゴキブリのようにはびこった、理屈っぽいお兄さん方の影響によるものだ。(彼等には、本当に振り回されたものだ!)
 海江田も佐久間も、純だった。純で、素直で、健全だった。今の若い人達が、夏、海に行くように、冬、スキーに行くように、彼等は、歌っていた。歌うことをスポーツのように楽しんでいた。
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パンケイク氏の場合も単なる無責任な批評家なのでしょう。
それでもディランは彼から、ウディ・ガスリーを継ぐ先輩を教えてもらうことになります。
その話をする前に、例によってディランはちょっと寄り道をします。
そういえば以前もこんな文脈で思い出しました。
岡本おさみ&吉田拓郎の「知識」という歌。
 ♪ 知識ばかりを 振りかざし
 ♪ 首が飛んでも 血も出まい
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クーリバの木の下で

ワールドカップの中継に中休みが入ったので、やっと佐々木昭一郎さんのドラマを見ることができました。
昨夜は『クーリバの木の下で』。
 →日本映画専門チャンネル:クーリバの木の下で
恋人「ヒロシ」を追ってオーストラリアを旅するアキコ。
佐々木ドラマでおなじみの中尾幸世さんが大人になった姿かと思っていたら、少しして舞踊家の木佐貫邦子さんだということに気がつきました。
中尾さんととてもよく似た雰囲気になっています。
佐々木演出なんでしょうね。
 →木佐貫邦子 オフィシャルウェブサイト
「クーリバ」というのは”coolabah”、つまり「ユーカリ」の木です。
“Waltzing Matilda”の歌詞に出てきます。
このドラマ、実は全編がこの”Waltzing Matilda”という曲のことを描いているのです。
きれいなメロディは知っていましたが、なんとなくマチルダという女性が踊っているのかと思っていました。
全然違うんですね。
オーストラリアでは、手回り品をまとめた包み(swag)が”Matilda”なんです。
“waltz Matilda”は荷物一つで渡り歩くことを意味します。
アメリカのホーボーよりも、ほんの少し前の時代。
オーストラリア連邦の国歌になりそこなった曲だそうです。
羊毛刈りのバリカン一つ持って放浪するスワッグマンを歌う曲が国歌だったらおもしろかったのになあ。
 →オーストラリアの歌 midiと楽譜があります。
 →Jolly Swagman
 →Who’ll come a ‘Waltzing Matilda’ with me?
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理由なき反抗 CHRONICLES #403

保線区 2006年6月28日
 →Chapter 5: River of Ice
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Woody’s songs were having that big an effect on me, an influence on every move I made, what I ate and how I dressed, who I wanted to know, who I didn’t. In the late ’50s and early ’60s, teenage rebellion was beginning to make noise, but that scene hadn’t appealed to me, not in a wholehearted way. It had no organized shape. The rebel-without-a-cause thing wasn’t hands-on enough–even a lost cause, I thought, would be better than no cause. To the Beats, the devil was bourgeois conventionality, social artificiality and the man in the gray flannel suit.
ウディの歌はとても大きな影響を僕に与えていた。僕が行なうあらゆること、僕が食べる物や着る物、僕が知りたい人や知りたくない人。50年代末から60年代初めには十代の反抗が話題になっていたが、そんな様子に僕は心から惹かれることはなかった。それはまったく組織化された形にはなっていなかった。理由なき反抗といったものはあまり実際的ではなかった。まったく理由がないよりは理由を見失っている方がましなんだろうと僕は思っていた。ビートたちにとっては、ブルジョアの慣習、社会のニセモノ、灰色のフランネルのスーツを着た男といったものが、悪徳の権化だった。
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ジェームズ・ディーン(James Dean)主演の『理由なき反抗(Rebel Without a Cause)』は1955年の作品です。
ディランが言っている「十代の反抗」より少し前になります。
そういう言い方をするのが流行ったのは、映画もきっかけになっていたのでしょうか。
しかし、サル・ミネオ(Sal Mineo)という役者さんの名前は、日本人にはおかしいですね。
 →CinemaScape: 理由なき反抗(1955/米)
ディランが言う「フォークソング」は、こういうビートたちが嫌悪する社会の常識とは必然的に相容れないものでした。
フォークやブルーズの曲によって、ディランはそんな文化に関する概念を作り上げていました。
しかし、ウディの歌のおかげで、ディランの心と頭は他の宇宙へ送り込まれたのだそうです。
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All the other cultures of the world were fine, but as far as I was concerned, mine, the one I was born into, did the work of them all and Guthrie’s songs even went further.
この世界の他の文化も皆すばらしいものだが、僕に関して言えば、僕の生まれた文化がそういうことをし、そしてガスリーの歌がさらにそれを推し進めたのだ。
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ウディ・ガスリー以外の歌はどれも一面的(one-dimensional)だったとディランは書いています。
ウディの歌を歌っていれば、あらゆるものから安全な距離を保っていることができるように感じられました。
でも、この幻想はすぐに崩れてしまいます。
ただいまp.248です。
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ウディ・ガスリー画集

「ウディ・ガスリー ソングブック(Woody Guthrie Songbook)」と一緒に買ったのが、「ウディ・ガスリー 絵画作品集(Woody Guthrie ART WORKS)」。
アルバムや自伝に使われている絵が気になったので、注文したのです。
Art Works
Woody Guthrie ART WORKS
子供のための歌集”Woody’s GROW BIG SONGS”のようなまとまったものもありますが、興味深いのは手帳やカレンダーに描いた多数の絵です。
スケッチやマンガが多く、落書きに近いものもあります。
ウディ・ガスリーって、子供みたいな人だったんだなあ。
手帳のレプリカみたいなものも綴じ込まれています。
最初のページが、自分で描いた表紙。
“Daily RECORD (associated with) DAYLY RECALL”
レタリングが上手だなと思ったら、そうそう、ウディは看板描きでした。
下に”- TWENTIETH CENTURY FIX -“と書いてあるのは、20世紀FOXのパロディなんでしょう。
Woody Guthrie ART WORKS
アカデミックな絵画とはまったく縁のない画集なんですが、眺めていて飽きません。
ソングブックと違ってちょっと高いんですが、これはお勧めです。
あ、まだ去年の秋に出たばかりなんですな。
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ウディ・ガスリー ソングブック

サツマイモの苗をいただいたので、植えてきました。
そんなにたくさんではないのですが、なんといっても草がジャングルのようになっているので、畝を作るのに一苦労。
大汗かきました。
その後浜へ行ったのですが、雲が出てきてしまい、あまり夕陽らしくなりませんでした。
残念。
 →[I Love Sunset! 夕陽が好き!]
千本浜 2006年6月27日
家に帰ると、amazonから荷が届いていました。
ウディ・ガスリー関係で何かおもしろい本はないかと探して注文したものです。
1冊はソングブック。
まんまのタイトルで”Woody Guthrie Songbook”。
A4より少し大きい変形判で本文61ページ。
約50曲のコード付き楽譜と歌詞が掲載されています。
ウディの写真や絵も入っていて、実に充実。
これで1096円(悪税込み)は安いなあ。
曲が次のように分類されているのが興味深いです。
  HOT ONES
  UNION/LABOR
  WORLD WAR II
  MEN & WOMEN, GOOD & BAD
  DUST BOWL
  KID’S SONGS
今夜はこれで夜泣きだな。
Woody Guthrie Songbook
woodysbook.jpg
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兵隊の位で言うと CHRONICLES #402

千本浜2006年4月25日
 →Chapter 5: River of Ice
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Woody made each word count. He painted with words. That along with his stylized type singing, the way he phrased, the dusty cowpoke deadpan but amazingly serious and melodic sense of delivery, was like a buzzsaw in my brain and I tried to emulate it any way I could.
ウディはひとつひとつの語を重要なものにした。言葉で絵を描いた。独特な歌い方、言葉の遣い方、カウボーイのようにさりげないけれど驚くほど真剣でそして美しい旋律の歌い方、そんなものと一緒になって、僕の脳内で円鋸のように響いた。僕はとにかくできるだけそれを真似しようとした。
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本当に細部までウディ・ガスリーになりきろうと努力したようです。
“No Direction Home”に出てきますが、ディランはずいぶん他人のレコードを盗んでいたようです。
自分にはそれが必要だからという、凄い論理で。
「円鋸(buzzsaw)」って何かなと思ったら、あの製剤所で使うような回転鋸のことですね。
美女の胴体を真っ二つに切るという手品で使うアレです。
かなり大きな音で鳴っていたということなんでしょう。
 →The Buzz Saw
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A lot of folks might have thought of Woody’s songs as backdated, but not me. I felt they were totally in the moment, current and even forecasted things to come.
ウディの歌を古臭いものだと看做す人も多かったのだろうが、僕はそう思わなかった。まったくこの瞬間、現代のものであり、そしてこれから起こることを予見しているとさえ感じていた。
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ウディの歌が昔のものであったことは確かです。
フォーク・リバイバルの真っ只中にあっても、ウディの歌は古く感じられたことでしょう。
日本でモダン・フォークと呼ばれたようなものが、ブームの中心だったのでしょうか。
その中でウディ・ガスリーを選び、自分もそれになりきろうとしたというところが、ディランをディランにしたのだと思います。
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I felt anything but like the young punk folksinger who had just begun out of nowhere six months previously. It felt more like I had instantly risen up from a noncommissioned volunteer to an honorable knight–stripes and gold stars.
僕は、自分が6ヵ月前にどこからともなくやって来て始めたばかりの青二才フォーク歌手だなどとは、まったく感じていなかった。何も職権を持たない志願兵が急に昇進して一級の栄誉ある騎士なったかのように感じていた。
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“stripes”は軍服の袖章、つまり軍隊内での階級を表します。
“gold star”はアメリカに「金星章」というものがあるようですが、もっと一般的に功労章のようなもので良いのでしょう。
「兵隊の位で言うと」では裸の大将、山下清画伯みたいな喩えですが、ディランは士官学校(West Point)に入りたいと思っていたたことがありましたね。
延々とクラウゼヴィッツについて書いていました。
ディランが軍人の学校に行かなくて良かったですが。
 →CHRONICLES #32 (Bob Dylan)
[リーダーズ英和]
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gold star
【米】 金星章《家族や組織に戦死者がいることを表わす金星》; ゴールドスター《学校で優秀な答案や宿題に対して与えられる金色の星形シール》.
・a gold star mother [wife] 金星の母[妻] 《戦死者の母[妻]の会の会員》.
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ディランは、ミネアポリスにいた時には、まだ駆け出しのフォーク歌手でした。
歌もギターも、もっとずっと上手な連中が多かったはずです。
それでも、ウディ・ガスリーを発見して、自分もその隊列に続く者になるのだと決心していたのです。
このままではドン・キホーテみたいなものですが、それを実現してしまうところがすごいです。
ただいまp.247です。
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わたしのなかのよからぬものが……

「わたしのなかのよからぬものが……」
地上波の放送を見ることが少ない私の頭に残っているのだから、かなり強烈なCMなんだろう。
さすがにテレビCMで伸し上がった会社だ。
すごいCMを作るものだな。
小泉今日子さんは元アイドル「小泉今日子」を演じている。
山崎努さんはなんだかわからないが、モーゼなんだろうか。
しかし、メーテルまで登場とはな。
 →[DAKARA サントリー]
この飲料を飲めば「わたしのなかのよからぬものが……」出ていってくれるかのような印象を与えるCMなのだが、そこまではっきりとは言ってないんですよね、たぶん。
大量に摂取すれば、「わたしのなかのよからぬものが……」増えるとも考えられます。
まあCMが気に入った人は買えばいいさ。
私の場合はCMがいくら楽しくても、買わない商品だろう。
カラダ・バランス飲料「DAKARA」を買うも買わないも、そしてどれだけ大量に飲もうと、それはまさに自己責任であります。
もしも「わたしのなかのよからぬものが……」心の問題だったらそうはいかない。
例えば私が小学生で、日本のヒノマルは東アジア人民の血で赤く染まっていると考えていたとする。
すると、卒業式を控えた小学校は、「わたしのなかのよからぬものが……」として「矯正」しようとするのだろう。
優しい姉さん先生が、諄諄と説いてくれるかもしれない。
教育委員会から派遣された元体育教師が私と何時間も話し合うのかもしれない。
それでも小学生の私は自説を曲げない。
先生たちの歴史認識がすちゃらかちゃんちゃんなのを知っているから。
かくして小学生の私の「愛国心」あるいは復活した「修身」の評価は最低となる。
「よからぬもの」をいったい誰がどうやって評価するのか。
評価しようという当の教師たちの「よからぬもの」はいつ消えてなくなったというのか。
そういえば、人は誰でも心の中に虎や狼を飼っていたな。
 →幻泉館日録:中島みゆき「狼になりたい」(1979年)
hinapaga.jpg

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ふくろう

ワールドカップの録画も見なきゃいかんし、ウディ・ガスリーのCDも聴かなきゃいかん、佐々木昭一郎さんのドラマもたまってる、いくら時間があっても足りないわ。
でも、映画など観てしまった。
日本映画界現役最高齢、新藤兼人監督の『ふくろう』(2003年)。
1980年ごろ、破綻した開拓村に残った母と娘が餓死しそうになり、結局男を次々に殺して金を奪うという喜劇。
そう、ブラックコメディなのだ。
大竹しのぶと伊藤歩が演じる母娘が暮らす廃屋のような一軒家が舞台。
そこを訪れる男たちが次々に殺される。
もちろん殺人はリアルな描写ではなく、演劇的に様式化されている。
屍体を運ぶ時に母娘が歌うのが、「花」。
 ♪ 泣きなさい 笑いなさい
おもしろうて、やがて悲しきシリアルママ。
クライマックスでは、母娘が希望ヶ丘開拓団の歌を歌う。
架空の希望ヶ丘村の荒涼とした土地は、決して作物を実らせることがなかった。
満蒙開拓団、三里塚・芝山、ドミニカ移民訴訟。
この国の棄民はまだ続く。
hinahina.jpg ふくろう

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兵隊の歌

『長谷川四郎詩集』が届いた。
土曜美術社の現代詩文庫。
奥付は1982年4月10日発行、定価880円。
紙の色は経年変化で黄色くなっているのだが、スリップも入ったままの綺麗な状態だ。
つまり、売れなかったのだろう。
詩集『原住民の歌』(晶文社・1973年)が再録されているが、その中に「兵隊の歌」がある。
ウディ・ガスリー自伝『ギターをとって弦をはれ』の邦題は、この詩の冒頭から採ったものだ。
(1)
  ギターをとって
  絃をはれ
  兵隊の歌をうたおう
    ハヨホイハヨホイハヨホイホイ
「弦」ではなくて、糸偏の「絃」。
15連もある、意外に長い詩だった。
『ジョニーは戦場へ行った』のような兵隊の姿が次々に歌われる。
(3)
  あぶらの海に
  うかんでた
  ぶっくぶっくのしかばねが
    ハヨホイハヨホイハヨホイホイ
(5)
  兵隊は生きたに
  まんまで
  煉瓦の下にうずまった
    ハヨホイハヨホイハヨホイホイ
(6)
  五臓六腑が
  とびだして
  冷凍にされた兵隊は
    ハヨホイハヨホイハヨホイホイ
(7)
  夏はきらきら
  野のはてで
  うじ虫だらけでドロドロとける
    ハヨホイハヨホイハヨホイホイ
大伴家持が作った歌を思い出した。
 ♪ 海ゆかば水漬く屍
 ♪ 山ゆかば草むす屍
 ♪ 大君の辺にこそ死なめ
 ♪ かへりみはせじ
 →幻泉館日録:海ゆかば
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ホーボーの子守唄

映画『ウディー・ガスリー わが心のふるさと』では、ウディはキャンプで活動しているロニー・コックス(Ronny Cox)演じる人気歌手オザーク・ビュール(Ozark Bule)に影響されてプロになります。
左がウディ(デイヴィッド・キャラダイン)、右がオザーク(ロニー・コックス)ね。
hoboslullaby
このシーン、ラジオ曲のスタジオで最初に歌っているのが、”Hobo’s Lullaby”という有名な曲です。
日本でもいろいろな訳で歌われていますが、「ホーボーの子守唄」というタイトルが多いでしょうか。
 →Digital Tradition Mirro: Hobo’s Lullaby
 →ホーボーの子守唄
 →Hobo’s Lullabby さすらい人の子守唄
お、省吾さんのアルバムにも入ってる。
これは欲しいな。
 →坂庭省悟『Hobo’s Lullaby』
私は春一番の古川豪さんでおなじみなのですが、以前のアルバムでは編集によって歌の一部がカットされていました。
今出ている『春一番ライブ ’75?’76』ではちゃんと完全版になっています。
 →古川豪:春一番
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あの録音を聞くと3番の歌詞に、一部テープを逆回転させてモザイクがかけてあるのは、レコ倫にふれる歌詞を歌っているからだ。
若気の至りで「おまわり」と唄ってしまったのが特定の職業への蔑称ということで倫理規定に反したのだと聞いている。
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『春一番ライブ ’75?’76』は全曲歌詞を書いてくれているのだが、該当箇所は「××××」になっている。
消していたという過去を忘れないためには、こういう表記もアリだろう。
歌はちゃんと聴けます。
 ♪ ××××はどこでもゴタゴタのたねさ
 ♪ 奴らがいなくなりゃ
 ♪ この世は天国さ
春一番ライブ ’75?’76
hinagas.jpg オムニバス/春一番ライブ '75?'76

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