おもいでの夏 CHRONICLES #360

千本浜 2006年3月19日
ディランは初めてウディ・ガスリーのレコードを聴いた時のことを覚えているようです。
その時から、人生が変わってしまったと言っています。
もう、聴く前の自分に戻ることはないのです。
「百万メガトンの爆弾が落ちてきたみたいだった」と、ディランにしては陳腐な比喩を遣っています。
それは1959年の夏のことでした。
ディランは鉄鉱業の中心地であるメサビ山地を離れ、ミネアポリスに来ていました。
メサビ山地は以前リーダーズ英和を引いた覚えがありますね。
 →巨人の地 CHRONICLES #250
ミネアポリスも前に出てきたことがあったなあと思って検索したら、PP&Mのピーターと知り合ったのが、ミネアポリス時代でした。
 →PP&M誕生 CHRONICLES #136
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Minneapolis
ミネアポリス《Minnesota 州南東部の Mississippi 川に臨む市, 36 万; しばしば →ST. PAUL と共に the Twin Cities と呼ばれる》
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ディランは1959年に家を出て、ミネアポリスで音楽の道を探っていたのでしょう。
そこでいろいろな人と出会い、そしてウディの歌と出会ったのです。
ここからディランの記憶はさらに過去、故郷での暮らしに遡っていきます。
ただいまp.229です。
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ウディに捧げる歌 CHRONICLES #359

保線区 2006年3月29日
すっかり忘れていましたが、ディランをルーに預けたのは、ジョン・ハモンドという敏腕プロデューサーでした。
 →CHRONICLES #2 (Bob Dylan)
 →CHRONICLES #3 (Bob Dylan)
おお、なるほど。
忘れていることばかりです。
ルーの奥さんはThe Andrew Sistersのメンバーだったんですな。
すごいですね、ディラン。
一冊の本の終わり近くに来て、ちゃんと本の冒頭に戻っています。
最初に書いてあったことも、終わりまで来てやっと納得できたりします。
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The one song that had hooked me up with Leeds Music, the one that convinced John Hammond to bring me over there in the first place, wasn’t an outreaching song at all but more of an homage in lyric and melody to the man who’d pointed out the starting place for my identity and destiny — the great Woody Guthrie.
リーズ音楽出版へ僕を釣り上げてくれた歌、最初にジョン・ハモンドが僕をリーズ音楽出版へ連れて来ようという気にさせてくれた歌、それは歌卓越したなんかではまったくなくて、僕のアイデンティティと運命の出発点を教えてくれた人への敬意を、歌詞とメロディに歌ったものにすぎなかった。偉大なるウディ・ガスリーのへ敬意を。
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「destiny」は「宿命」と訳すこともありますが、使命感などに重点が置かれるという説明があったように思います。
敬意と書きましたが、もちろん”homage”とは「オマージュ」のことです。
どうもそう書いている人の方が多いようなので、これからは「ウッディ」ではなくて、「ウディ」という表記にします。
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I wrote the song with him in mind, and I used the melody from one of his old songs, having no idea that it would be the first of maybe a thousand songs that I would write.
僕は心の中にいるウディと一緒にこの歌を書いた。そしてウディの古い歌の中にあるメロディを使った。僕がそれから作ることになる、たぶん千曲ぐらいある曲の最初の歌になるなどとはまったく考えなかった。
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ディランのオリジナル第1号は、大好きなウディ・ガスリーのことを思い、大好きな曲のメロディを拝借したものだったのです。
 →bobdylan.com: Song to Woody
 ♪ Hey, hey Woody Guthrie, I wrote you a song
 ♪ ‘Bout a funny ol’ world that’s a-comin’ along.
 ♪ ねえ、ねえ、ウディ・ガスリー、
 ♪ 僕はあなたのために歌を作ったよ
 ♪ 目の前に広がる
 ♪ 相変わらずおかしなこの世界のことを
              (中川五郎訳)
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ザ・モンキーズ

スカイパーフェクTVの「よくばりパック!」というようなセットを契約しているのだが、あまり活用していない。
これはもったいない。
何かないかしらんと思ったら、4月から「ザ・モンキーズ」を流してくれるんだそうな。
懐かしい。
夕方の放送を楽しみにしていたのは、小学生の時でありました。
オリジナルのビートルズより先に、モンキーズになじんだのであった。
「The Beatles」が「beetles」の綴りを変えていたように、「The Monkees」も「monkeys」の綴りを変えて、ギター型のロゴにしてあったっけ。
吹き替えがよくできていたと思う。
二人称の「おたく」という言い方を耳にしたのは、この番組が初めてだったのではなかろうか。
私の場合は従姉ちゃんがデイビーの大ファンになったおかげで、レコードはすべて聴くことができた。
ポップスの出発点はモンキーズだったのかしら。
 →MUSIC AIR NETWORKS: ザ・モンキーズ
忘れないようにメモ。
Ch.271 ミュージック・エア・ネットワーク
4/2(日)21:00?22:00
  放送開始記念特番!「ザ・モンキーズ・ガイド」
4/4(火)より 毎週(火)22:00?22:40
  「好き!好き!モンキーズ」
  「ザ・モンキーズ 日本語吹き替え版」
そうか、デビュー四十周年なのか。
 →モンキーズ
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まんがNo.1 #3

【追記】
深夜から朝方の入札はありませんでした。
18,550円で終了。
これでもすごい値段なんですが、転売して儲けることのできる額かもしれません。



Yahoo!オークションに出品されていた『まんがNo.1』3冊のうち、2冊が終了した。
 →Yahoo!オークション まんがNo.1 創刊号(1972年)
  11,500 円
  入札件数:26
 →Yahoo!オークション まんがNo.1 1973年4月号
  9,750 円
  入札件数:19
思っていたよりずいぶん伸びた。
落札者の過去実績が「評価」で見えてしまうのが、実に興味深い。
ずいぶんレアなものをいろいろと、ヤフオクで御購入なさっている。
「桜三月散歩道」のソノシートが付いた号がまだ入札中だが、これはすごい価格になっている。
 →Yahoo!オークション まんがNo.1 1973年3月号
  18,550 円
  残り時間:9 時間
  終了日時:3月29日8時30分
終了時刻が朝なので、深夜と明け方に猛烈な入札合戦があるかもしれない。
まだまだ上がるのだろうか。
すごい。
 →まんがNo.1 #2
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バイ・バイ バーディー CHRONICLES #358

千本浜 2006年2月21日
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What I usually did was start out with something, some kind of line written in stone and then turn it with another line — make it add up to something else than it originally did.
僕がやっていたのは、まず何か不変の言葉のようなもので歌い始め、それに別の言葉を付け加えて変えてしまうというようなことだった。結局元とは違うものにしてしまう。
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ステージで歌うことなど考えなかったと書いているので、コーヒーハウスではそういう即興のオリジナル曲は歌ってなかったんですね。
練習してやるようなことではなかったし、頭もあまり使わなかったそうです。
それでも、仕事で自分の歌を歌っているんだという充実感があったようです。
ルーは今までにそういったものを聴いたことがなかったので、あまり意見や感想を言わなかったということです。
時々、「これは良さそうだ(That’s catchy)」と言って、ディランにもう一度歌うように促します。
でも、まったく同じ歌を二回繰り返して歌うことはできなかったそうです。
本当にでまかせの即興だったんですね。
ルーがこういうことから何をやろうとしているのか、ディランには見当もつきませんでした。
当時のポップスの主流から掛け離れたことをディランはやっていたからです。
一方、ルーのリーズ音楽出版社(Leeds Music Publishing company)が版権を管理していた曲は、有名なヒット曲だったのです。
ディランは具体的に曲名を挙げています。
 →“Boogie Woogie Bugle Boy” 音量注意!
 →C’est Si Bon セ・シ・ボン 音量注意!
 →“C’est Si Bon”
 →Sous Le Ciel De Paris パリの空の下 音量注意!
 →Sous Le Ciel De Paris (Under Paris Skies) 音量注意!
 →All Or Nothing At All 音量注意!
 →All or Nothing at All
 →Peter Gunn
 →I’ll Never Smile Again de Ruth Lowe, canta Billie Holiday
 →胸のつまる歌の話 I’ll Never Smile Again
ビリー・ホリデイの声が聞こえたのにはびっくり。
ジャズのスタンダード・ナンバーになったような名曲が多いですね。
ルーの会社は、ヘンリー・マンシーニの版権を管理していたわけです。
また、ブロードウェイのヒットミュージカル『バイ・バイ バーディ』の全曲も管理していました。
 →Wikipedia: Bye Bye Birdie
 →The Broadway Musical Home: Bye Bye Birdie
 →バイ・バイ バーディー
ああ、懐かしいです。
小さな頃、映画化されたもの(1963年)を伯母や従姉と一緒に観に行きました。
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ニライカナイ #2

ドラフトワンのテレビCMでおなじみ、4弦楽器「一五一会」のナイロン弦バージョン「奏(かない)」の予約販売が始まりました。
【予約受付開始】音来に続く、一五一会の新しい仲間、誕生!奏(かない)?通称「かーなー」?...
小振りでナイロン弦というのはとても魅力的なのですが、このごろ肝心のギターや一五一会をいじっていないので、今回はぐっと我慢。
BEGINだけではなくて、石川ひとみさんもすっかり「一五一会」の人のようです。
おやおや、「音来(にらい)」のナイロン弦バージョンというのも既に出ていたんですね。
【配達無料!クレジットOK!】K.yairi 一五一会・音来(にらい)ガットN
 →2006年1月15日付日録:ニライカナイ
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16トン CHRONICLES #357

千本浜 2006年3月19日
おっと、ディランはもう一曲挙げています。
 →Sixteen Tons – The Story Behind The Legend 音量注意!
 →16トンの重荷
この曲だけ短調なんで、別扱いしたようです。
だいたい長調の曲をつぎはぎしたけど、中には「16トン」のような短調の曲もあったという例で出てくるのです。
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You could write twenty or more songs off that one melody by slightly altering it. I could slip in verses or lines from old spirituals or blues. That was okay; others did it all the time. There was little head work involved.
そういうメロディをほんの少し変えれば、二十曲以上も歌が作れる。古い黒人霊歌やブルーズの歌詞や言葉を挟み込んだりもできた。それで良かったのだ。他の者もみんないつもそういうことをしていた。頭を使うような作業はほとんどなかった。
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デビュー前のディランはそんなふうに「フォークソング」を歌っていたのでしょう。
現在の日本の歌謡界(J-POPSとかいうやつね)が計算しつくしてパクるのとは、だいぶ意味が違うのだと思います。
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高田渡が残したもの

少し前の日記で雑誌2種を並べてしまったのだが、実際に届いたものを読んでみると、だいぶそのマジメさに違いがあった。
『季刊アコースティック・ギター・マガジン』には大変申し訳ないことをしてしまったと思う。
雑誌『スローハンド』の方は、対象に対する知識も愛情もない記事が散見され、嫌な後味が残った。
『季刊アコースティック・ギター・マガジン』「追悼特集 高田渡が残したもの…」は、お勧め記事。
ぜひ立ち読みしていただきたい。
佐久間順平さんのインタビューでは、渡さんと酒に関しての疑問が語られている。
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だから,なんて言うのかな,高田さんが,なぜあそこまで飲まなくてはいけなかったのか,っていう疑問はいつまでも残るよね。お酒が好きで飲んでたっていう風には,僕には見えないんだよ。飲まずにはいられなかったっていう風に簡単には片付けられない何かがあるんだろうなと。
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なぎら健壱さんのインタビューも同様だ。
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飲み方を見てると,とても酔い心地のいい飲み方じゃないんです。薬を飲むように飲んでましたから。私なんかどんどんピッチが早くなっていくんですけど,渡ちゃんはずっとコップを置いといて30分ぐらい口をつけないで,話の途中思い出したようにぎゅーっと飲むんです。”スイマセン,もう一杯ください”って。またずっと置いておくの。そんな飲み方する人見たことないもん。自分を自分じゃなくするとか,まあいろいろあるんだろうけど,その真相はわからないんです。最後の方は惰性になってたと思うんだけど……。
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意外に楽しい酒の飲み方ではないのだ。
他にもそうかと思うところがいろいろあった。
それはまた後日。
吉祥寺の「のろ」で「シバ×中川五郎×中川イサト」の鼎談が写真入りであって楽しいのだが、「対談」となっている。
編集者が「鼎談」という言葉を知らなかったのだろうが、こういう間違いはあまり気にならない。
繰り返すが、『スローハンド』の記事なんかと違い、ちゃんと愛情が感じられるから。
アコースティック・ギター・マガジン VOLUME27―季刊 (27)
アコースティックギターマガジン 27BlogPet

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山頭火 CHRONICLES #356

白銀町 2006年3月19日
ディランは具体的に数曲のタイトルを挙げて、こんな曲を元につぎはぎして歌ったのだと書いています。
最初が”Cumberland Gap”。
「南北戦争の音楽集」というページで、MIDIと歌詞を見つけました。
南軍の歌だったんですね。
 →Cumberland Gap
フィドルのページもありました。
ブルーグラスの速弾きでしょうか。
 →カンバーランド・ギャップを弾いてみる
リーダーズ英和の”Cumberland Gap”にはこんな説明があります。
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Cumberland Gap
_n. [the ?] カンバーランドギャップ 《Tennessee 州北東部, Kentucky 州と Virginia 州の州境近くで Cumberland Plateau_ を越える峠道 (最高点 397 m); 1750 年発見され, 1775 年には Daniel Boone がインディアンの道をたよりにここを通るルートを開いた; このルートは Wilderness Road_ として有名となり, 多数の開拓民がここを通って西へ向かった; 南北戦争時には戦略上の重要地点で, 争奪が繰り返された》.
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“gap”なので峡谷なんですが、峠の道を指しているようです。
風光明媚な古戦場。
 →Cumberland Gap
次が”Fire on The Mountain”。
Googleの日本語サイトで検索したら、トップに上がったのがなんと山頭火句集の英語対訳版。
 →英語対訳版草木塔抄他/Fire on the Mountain
なるほどなあ。
思わず読み耽ってしまいます。
ニール・ヤングのブートレグCDなんてのもヒットしました。
 →Fire On The Mountain
Neville Brothersやら、Grateful Deadやら、ぞろぞろ出てきます。
これも元々ブルーグラスですね。
あちこちにMIDIファイルが見つかります。
 →Midi Download Page
歌詞はこんなものかな。
あ、デッドのバージョンは少し違うのかしら。
 →Fire On The Mountain
3曲目が”Shady Grove”。
そういうタイトルの日本映画があるようで、検索に邪魔です。
やっぱりブルーグラス。
 →Digital Tradition Mirror: Shady Grove
 →Accoustic Guitar Tab & Midi
最後の4曲目が”Hard, Ain’t It Hard”。
 →HARD, AIN’T IT HARD
あら、どこかで見た写真ですね。
そう、ウッディ・ガスリーとピート・シーガーのTHE ALMANAC SINGERSです。
MIDIファイルもあります。
 →Digital Tradition Mirror: Hard, Ain’t It Hard
今日も検索で疲れてしまいました。
ほとんど進んでおりません。
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