シナトラ親分 CHRONICLES #171

八幡町 2003年12月4日
ディランは劇のために書いた数曲をプロデューサーのスチュワート・オストロウ(Stewart Ostrow)のところへ持っていきます。
ブリルビル(Brill Building)のオストロウの部屋で曲を録音したようです。
 →The Brill Building
ニューヨークに来ている間に、ディランは奥さんとフランク・シナトラJr.のショーを観にいきます。
ロックフェラーセンターの最上階にあるレインボールーム、フルオーケストラだったそうです。
 →ロックフェラーセンター
60年代のディランがロックフェラーセンターへシナトラのショーを観に行くというのは驚きですが、当のシナトラもかなり驚いていたそうです。
シナトラはディラン夫妻のテーブルに同席し、「風に吹かれて(Blowin’ in the Wind)」や「くよくよするな(Don’t Think Twice)」のことを尋ねます。
「ああいう曲はどんな場所で歌ってるの?」
ディランは自分が引退して隠遁者(hermit)のように暮らしているのだと内心思うのですが、そのことは言いません。
シナトラは公民権運動のことも話します。
シナトラの父親は公民権運動の活動をしていて、常に弱者のために戦ってきたのだというのです。
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“How do you think it would make you feel,” he said, “to find out that the underdog had turned out to be a son of bitch?”
「負け犬が結局はどうしようもないやつだとわかったら、君はどんなふうに感じるとお思う?」
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シナトラも、ディランのことを公民権運動のリーダーであるかのように考えていたようですね。
ディランの答えは、「わかわないけど、いい気はしないだろうね」というものでした。
60階の窓から見える街は、違う世界のようでした。
ディランは妻のために赤い花を買います。
そして、シナトラに別れの挨拶をします。
 →Wikipedia: フランク・シナトラ
マフィアとの繋がりが強烈なイメージを残すシナトラですが、人種差別を嫌悪していたことは事実であるようです。
サミー・デイヴィスJr.を仲間に引き入れるのも、当時はかなりの勇気を必要としたのでしょう。
ディランが自分のショーに来たのは、素直に喜んでいたのだと思います。
ただいまp.127です。
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オイディプスの恐怖 CHRONICLES #170

保線区 2005年6月28日
遠い日の初舞台のことを回想した後、今度はアーチボルド・マクリーシュの演劇『スクラッチ』の曲を作っているところに話が戻っています。
どうも落ち着かないようですね。
ピアノに向かって作曲をしています。
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The play itself was conveying some devastating truth, but I was going to stay away from that. Truth was the last thing on my mind, and even if there was such a thing, I didn’t want it in my house. Oedipus went looking for the truth and when he found it, it ruined him.
その劇自体は圧倒的な真実というものをいくぶんかは伝えていたのだが、僕はそこからかけなはなれたところにいようとしていた。真実などというものはけっして僕の頭には浮かばないものであり、もしそんなものがあったとしても、僕はそれが家の中にあるのは望んでいなかった。オイディプスは本当のことを探しに行き、そしてそれを知った時に破滅した。
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え?、西洋の古典的教養に欠けておりますので、すぐに辞書を引きます。
おなじみ「リーダーズ英和」です。
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Oedipus
_n 【ギ神】 オイディプース 《テーバイの王; Sphinx のなぞを解き, 父母との関係を知らずに父 Laius を殺し, 母 Jocasta を妻として 4 人の子をもった; 真相を知ってわが眼をくりぬいた》.
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どうしたんでしょう、ディランさん。
何かあったんでしょうか。
家庭の幸福とか言いながら、外で悪いことしてませんか。
 →エディプス・コンプレックスの本質
 →松岡正剛の千夜千冊:『オイディプス王』
本当のこと。
フランシーヌの場合。
本当のさいわい。
宮澤賢治。
ボブ・ディラン自伝
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バーボン・ストリート・ブルース

バーボン・ストリート・ブルース 表紙
『バーボン・ストリート・ブルース』
ジャズ発祥の地名を冠したこの書は初版が2001年8月15日発行。
四六判並製で、定価は1500円+悪税。
もちろん今は亡き我が心の師匠、高田渡大人命の、唯一の自伝である。
渡さんが親父さんと父子寮で暮らした深川。
バーボン・ストリートは、もしかしたらその深川に似ているかもしれないと渡さんは書いている。
万人に勧めるというわけではないが、できるだけたくさんの人に読んでもらいたいので、本館blogではAmazonの商品ページにリンクを張っている。
だが、ずっと版元品切れなのだ。
Amazonでは「ユーズド商品」つまり古書も出品されているが、6月28日現在で5800円と7000円。
これは異常な事態だ。
山と渓谷社のお偉い方、お願いだ。
『バーボン・ストリート・ブルース』に重刷かけてくれないだろうか。
バーボン・ストリート・ブルース 裏表紙

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ローマ軍兵士ディラン CHRONICLES #169

IP屋上駐車場 2003年10月16日
2行空けて、また話が変わります。
アーチボルド・マクリーシュ(Archibald MacLeish)の劇『スクラッチ(Scratch)』中の台詞を、ディランは回想します。
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世界に悪が存在するのを私は知っている。絶対的な悪だ。善の対立物でも、不完全な善でもない。善とはまったく無関係なもの。幻想だ。
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抽象的な台詞が続いて、なんだかよくわかりません。
観念的な台詞で構成された劇のようです。
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Writing songs for a play wouldn’t have been far-fetched for me, and I had already composed a couple of things for him just to see if I could do it.
劇のために歌を書くのは僕にとって不自然なことではなかったし、僕にできるかどうかマクリーシュに見てもらうために、既に数曲作っていた。
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あれあれ、ディランは結構乗り気だったんじゃないですか。
元々演劇は好きだったようですね。
ここから、ディランが初めてステージに立った時の回想になります。
クリスマスの季節になるといつも、ディランの故郷の町には劇団がやってきました。
聖書劇を演じるのですね。
地元の人がエキストラを演じるという、参加型の演劇です。
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One year I played a Roman soldier with a spear and helmet — breastplate, the works — a nonspeaking role, but it didn’t matter. I felt like a star. I liked the costume.
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おお、かわいいですね、ディラン少年。
衣装が好きというのも、なんだかわかる気がします。
そういえば、1975年の「ローリング・サンダー・レビュー」も、ドサ回りの劇団を模したコンサートツアーでした。
今の「ザ・ボブ・ディラン・ショー」も、そんな雰囲気を持っているのかな。
ここでふと、ン十年前の、高校文化祭を思い出しました。
私が高校3年生の時。
全員参加というクラス劇に出なければならなくなったのですが、私も衛兵みたいな役を当てられました。
そうそう、「裸の王様」です。
学生服の上に剣道の銅を付け、袖口を梨かなにかをくるんであったプラスチックで飾って、陸上の槍を持って立っているだけです。
この衣装はちょっと気に入りました。
私は学校行事には極力非協力的だったのですが、裸の王様と行進する時には行進のステップを提案したりしましたわ。
バンドで最後のステージをやるという方に気が行ってたんですが、今では楽しい思い出になっています。
この晴れ姿の写真があったはずなんですが、ちょっと見つかりませんでした。
残念。
ただいまp.125です。
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お熱いのがお好き CHRONICLES #168

千本浜 2003年10月26日
いきなりトニー・カーチスさんが登場します。
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The actor Tony Curtis once said to me that fame is an occupation in itself, that is is a separate thing. And Tony couldn’t be more right.
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トニーの言葉が現在形になっているのは、ディランが「トニーはまったく正しい」と思っているからですね。
ディランにつきまとった、悪意に満ちた過去のイメージはやがて消えてしまうのですが、結局は別の「時代遅れのもの(anachronisms)」が身を貫きます。
伝説(Legend)、聖像(Icon)、謎(Enigma)といった言葉は、陳腐だけど無害でした。
預言者(Prophet)や救世主(Messia/Savior)という言葉は、つらいものがあったそうです。
“Messia”と”Savior”を並べて遣っている場合は、ユダヤ教とキリスト教の救世主を意味しているようです。
しかし、トニー・カーチスさんには驚きました。
「リーダーズプラス」の場合は、この人も載っています。
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Tony Curtis (1925- ) 《米国の映画俳優; 本名 Bernard Schwartz; The Sweet Smell of Success (成功の甘き香り, 1957), The Defiant Ones_ (手錠のままの脱獄, 1958), Some Like It Hot_ (お熱いのがお好き, 1959)》
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ああ、いいですね、『お熱いのがお好き』。
私は70年代初頭のいわゆるアメリカンニューシネマで育ったんですが、それでもこの映画は大好きです。
 →お熱いのがお好き みんなのレビュー
小林信彦さんが書いていたのだと思いますが、ジェリー・ルイスがやると下品になってしまうけど、ジャック・レモンだとどこか品があるんですね。
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ヤマザキ、天皇を撃て!

奥崎謙三さんが亡くなった。
享年85。
70年代後半に高田馬場芳林堂で『ヤマザキ、天皇を撃て!』や『宇宙人の聖書』を立ち読みした。
この人は何なんだろうと不思議に思ったものだ。
もちろん原一男監督の『ゆきゆきて、神軍』(1985年)以降は、かなりの有名人になったのではないだろうか。
最期まで「バカヤロー!」と何かに怒っていたそうだ。
イラストレーターの長新太さんも亡くなった。
享年77。
長年親しんでいただけに、後からじわっと来そうだ。

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透明人間

「東京事変やるよ?」と教えてくださった方がいたので、NHKポップジャムを録画して観ました。
お、一曲目は私の好きな「丸の内サディスティック」。
前から不思議だったのだが、やってることは椎名林檎とあまり変わらないのに、どうして「東京事変」というバンド名を名乗ることにしたのかしら。
番組中で林檎さんが言っていたところによれば、普段から看護婦の格好をしたり、鞭を持っていたりするんじゃないかという雑音が減ったのだそうな。
なるほど。
亀田誠治師匠の名前とお顔は椎名林檎時代からなんとなく存じ上げておりましたが、今回やっとギターの晝海幹音(ヒラマミキオ)さんを認識いたしました。
まあ、ロンゲでかわいいわよ。
 ♪ 僕は透明人間さ
 ♪ きっと透けてしまう
「透明人間」は[作詞:椎名林檎 作曲:亀田誠治]だそうです。
そういえばその昔、クニ河内さんが「透明人間」(1972年)という曲をヒット(?)させました。
テレビに出てきましたが、実に浮きまくってました。
 →クニコタン
 →ザ・ハプニングス・フォー
ピンクレディの曲にもありましたな。
あれは1978年なんだそうです。
そのころテレビを見ていなかったので、よくわかりません。

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中島みゆきを求めて

このタイトルは尾崎翠全集を出していた創樹社から80年代に出版された、天澤退二郎さんの書名です。
90年代に河出文庫に入ったのですが、今はどちらも入手できないようです。
当時は本屋さんに行くと何種類も「中島みゆき」を冠した本があったのですが、読んでおもしろいなと思ったのは、この本ぐらいのものでした。
かつての論客天澤退二郎が、中島みゆきの曲をダビングしたテープ繰り返して聴いている様がなんだか微笑ましかったのです。
楽天広場のキーワードサーチ機能、いつのまにか「このブログ」で検索できるようになっている。
これは嬉しい♪
早速「中島みゆき」を「このブログ」で検索してみました。
>「中島みゆき url:http://plaza.rakuten.co.jp/gensenkan/」の検索結果 0件
>キーワードに該当する記事が見つかりませんでした。
あら、ダメだ、こりゃ。
それでは「高田渡」を「このブログ」で検索してみましょう。
おお、これは5件です。
2005年04月16日「渡さん、さようなら」以降がヒットしてます。
命日からとは憎らしい演出。
そうじゃない。
さらにさらに、「CHRONICLES」を「このブログ」で検索してみます。
2005年03月17日「CHRONICLES #100 シナトラの歌声」以降です。
どうやらこの辺りが検索のボーダーラインのようです。
残念。
まだ使えません。

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DVD『タカダワタル的』、出ました♪

下の画像をご覧ください。
タカダワタル的 20Pフルカラーブックレット
おなじみ映画『タカダワタル的』のポスターやチラシに見えますが、少し違うのです。
渡さんが口に指を入れて「がっきゅう☆んこ」と言ってます。(言ってないけど)
「takadawataru.com」に書き換えてあったウィンドーの文字も、元の「ザ・スズナリ」です。
これはDVD『タカダワタル的』に付いていた「20Pフルカラーブックレット」の表紙なんです。
そう、DVDが届いたのです。
タカダワタル的 DVD 箱
タイトル名だけで予約して「高いなあ」と思っていたのですが、さすがに65分の映画だけでこの値段ということはありません。
2枚組みDVDで、本編よりずっと長い映像特典が付いてきました。
ザ・スズナリでのライブが丸ごと入っているそうです。
これはすごい。
いや、本編で使った部分はカットしてあるんだよな。
私の場合、本当は映画『タカダワタル的』ではなく、ライブが本当に丸ごと入ってくれていた方が嬉しいです。
監督さん、ごめんなさいね。
『タカダワタル的』より数年前の、凛々しい渡さんのライブ映像を残してほしかったものです。
最期の数年で、渡さんは急に老け込んでしまったものなあ。
恭蔵&KURO追悼コンサートの時は、もっと声もずっと若かったです。
[映像特典110分]
其の一. 映画未収録 スズナリ・ライブ完全版
其の二. ドキュメンタリー映像 番外編
其の三. 『フォーク大學』33日間の記録
其の四. 高田渡の撮り下ろし最新インタビュー
其の五. 劇場予告編
タカダワタル的 DVD
– 本編収録曲 –
1. ごあいさつ
2. 仕事さがし
3. ねこのねごと
4. 鎮静剤
5. 酒心
6. 値上げ
7. 魚つりブルース
8. 69
9. 生活の柄
10. ブラザー軒
11. 私の青空
– 特典収録曲 –
1. アイスクリーム
2. スキンシップブルース
3. あきらめ節
4. アフリカの月(東京乾電池:綾田俊樹)
5. ウィスキーの小瓶(東京乾電池:柄本明)
6. 気にに捧げるほろ苦いブルース(東京乾電池:ベンガル)
7. ヨイトマケの唄(蛭子能収)
8. 相子
9. 向日葵
10. トンネルの唄
11. 夕暮れ
12. ミケランジェロ(松田幸一)
13. くつが一足あったなら
タカダワタル的 追悼 高田渡
パッケージに書いてないのだが、もう一つ「おまけ」が入っていた。
「追悼 高田渡」という紙だ。
四色刷りの表には「高田渡語録」、裏には映画のスタッフと中川イサトさん、佐久間順平さん、中川五郎さんといった方々の言葉が書いてある。
やっぱり五郎さんたちの追悼の言葉は胸に迫る。
今夜はこの映像を眺めながら、追悼のビールでも飲もう。
ああ、坂庭省悟さんも写っているんだ。
 →タカダワタル的 memorial edition

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夢の印税生活 CHRONICLES #167

千本浜 2004年7月
大衆が自分のことを忘れてしまったら。
ディランでさえもそんなことを考えていたのでした。
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Eventually, I would have to face the music — go back to perfoming — the long awaited ballyhooed tour — gypsy tours — changing ideologies like tires, like shoes, like guitar strings.
結局のところ、僕は音楽に向かわなければならないのだ。演奏に戻らなければならないのだ。ずっと長いこと待っていた、昔なじみの連中とのばか騒ぎのツアー、ジプシーの演奏旅行に。タイヤを換えるように、靴を換えるように、ギターの弦を換えるように、思想を換えながら。
【追記】
 →I would have to face the music…
 ここは現実との関わりを語っているところなので、chappi-chappiさん御指摘のように「現実を見なければならない」の方が良さそうです。
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ここは仮定法過去で表現しているので、昔のことを回想して言っているのではありません。
俺は変わり続けるよと言っているわけでもありません。
ディランがふっと頭の中に描いたことをてみせたにすぎないのです。
自分というものをしっかり持っているので、他者のためにわざわざ暗闇の中に入っていくことはないと言っています。
実際、既に現実生活が暗闇の中にあるようなものでした。
ディランにとって家族はその暗闇の中にある光のようなものでした。
だから、家族だけはどんな犠牲を払っても守るつもりだったのです。
リトルリーグの試合、誕生日のパーティ、子供たちを学校に連れていくこと、キャンプ旅行、ボート漕ぎ、いかだ乗り、カヌー、釣り……。
そのころのディランが大切にしていたことが並んでいます。
印税生活を送っていたのだそうです。
一見、まるで夢のような暮らしです。
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