PP&M誕生 CHRONICLES #136

千本浜 2005年4月29日

 →[ I Love Sunset! 夕陽が好き!]
 
2行空けて、話が変わります。
ある時「ガス灯」にアルバート・グロスマン(Albert Grossman)とボブ・ギブソン(Bob Gibson)が入ってきました。
ヴァン・ロンクに用があったんですね。
アルバート・グロスマンは当時オデッタのマネージャーをしている人で、すごい存在感がありました。
店に入ってくると、誰でもグロスマンに気がついたそうです。
 →Odetta
 →Bob Gibson
ヴァン・ロンクに、新しいスーパー・フォーク・グループに参加しないかと相談に来たようです。
グロスマン自身は、このグループがうまく行くかどうか、懐疑的だったそうです。
ヴァン・ロンクはこの申し出を断りました。
ノエル・ストーキーはこの申し出を受け入れました。
グロスマンはノエルの名前をポールに変えて、ピーター・ポール&マリーというグループを作ります。
そう、あのPP&Mです。
ディランはピーターやマリーとも面識があったそうです。
ピーターとはミネアポリスで知り合い、マリーはビレッジに来てすぐ知り合いました。
ディランはノエルの代わりに自分が入っていたら、やっぱり名前をポールに変えなきゃいけなかったんだろうなあと、おもしろい想像をしています。
もちろん、まだまだディランは格下の駆け出しです。
グロスマンはディランの演奏を何度か耳にしていますが、まだ売り出そうというところまで至っていません。
後にグロスマンがディランを売り出すことになるのですが。
以前NHK BS2で、「風に吹かれて」のことをやってくれました。
まずPP&Mで先行ヒットさせた敏腕プロデューサーとは、このグロスマンのことですね。
 →2003年9月8日付日録:風に吹かれて
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今日をこえて CHRONICLES #135

千本浜 2005年4月22日

ハンク・ウィリアムズの曲から音楽と歌詞の構造を学んだディランは、後にロバート・シェルトン(Robert Shelton)という人に評されます。
「曲作りのルールをすべて破っている。言いたいことがあるということを除いては」
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The rules, whether Shelton knew it or not, were Hank’s rules, but it wasn’t like I ever meant to break them. It’s just that what I was trying to express was beyond the circle.
シェルトンが知っていたかどうかはともかく、そのルールとはハンクのルールだった。でも、僕はけっしてルールを破ろうとしていたのではなかった。ただ単に、僕が表現しようとしていたことが、その範囲を超えていただけなんだ。
——————————————-
ロバート・シェルトンの批評は1961年9月21日付のニューヨーク・タイムズに載ったもののようです。
 →BOB DYLAN: A DISTINCTIVE STYLIST
「Resembling a cross between a choir boy and a beatnik…」の部分は同じです。
でも、『クロニクルズ』でディランが書いているような、曲作りに関する記述がありません。
う?ん、不思議ですな。
デビューしてすぐのディランは、他の人とははっきりと違う、際立った歌い方をしていたのですね。
ただし、まだ進化の途上だと言われています。
p.97に入りました。
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宝物

『映画 日本国憲法』のDVDが届いた。
ジャケットの絵は奈良美智さん。
注文した時には気づいていなかったのだが、音楽はソウル・フラワー・ユニオン。
あの『絵のなかの僕の村』もシグロの制作だったな。
輸入でDVD買ったけど、日本でも出していただきたいものです。
 →2003年12月4日付日録:絵の中のぼくの村 Village Of Dreams
『映画 日本国憲法』のジャケットに書いてある。
「あなたには、
 この宝物が
 みえますか。」
『映画 日本国憲法』
『週刊金曜日』も届いていた。
4/29・5/6合併号。
「まるごと憲法特集号」だ。
4/29はまだ「みどりの日」なんだっけ?
4/29「昭和の日」で5/4「みどりの日」に変わる、変わった?
どっちだか知らない。
5月3日は憲法記念日だ。
11月3日の半年前。
翌日5月4日は、あの「五四運動」の日。
『週刊金曜日』

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浮浪者ルーク CHRONICLES #134

千本浜 2005年4月24日
小学生の時にアイドルであるハンク・ウィリアムズを失ったディラン。
でも、偶像だけに、レコードの中では生き続けていたのです。
何度も何度も同じレコードを繰り返して聴きました。
 →Hank Willaims as Luke The Drifter
ハンクは「浮浪者ルーク」という名前で霊歌のような曲をレコーディングしていたんですな。
ディランはこの78回転のレコードを、擦り切れるまで聴いたそうです。
そう、レコードって擦り切れたんですよね。
吉田拓郎さんのエレック時代の音源に『たくろう オン・ステージ ともだち』というライブ盤があります。
ステージで差別的言辞を連発しているのでこれからCDで復刻されることはないでしょう。
曲の部分だけはオムニバス盤に入っているかもしれません。
拓郎さんがその中で斉藤哲夫さんの「されど私の人生」を歌っているのですが、練習のために何度も繰り返して聴いたので、「シャリシャリ シャリシャリ いってる」ということを言っています。
アナログ盤は溝を針でなぞるわけですから、聴きすぎるとそうなります。
しかし、CDというのはどれぐらいもつものなんでしょう。
あっけなく逝ってしまうものなのかしら。
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When I hear Hank sing, all movement ceases. The slightest whisper seems sacrilege.
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おお、現在形で書いてますね。
ほんのわずかなささやきでさえも、それは冒涜(sacrilege)と言ってもいい。
つまり、神のようなものなんです。
あ、その昔、吉田拓郎さんがブレイクする前に、雑誌でボブ・ディランが神様だと言っていたのを思い出しました。
さて、ディラン少年は同じレコードを何度も繰り返して聴いているうちに、ハンクの歌っている歌には詩的な典型的規則(the archetype rules)があるのに気づきます。
曲に関しては大理石の柱を喩えに遣っています。
詞は、その語の音節が数学的な意味を表すものだと言っています。
音楽理論から分析しているわけではありませんが、小学生のディランが、ハンクの曲を繰り返して聴くことによって、その曲の中に美しい構造を発見したということなのでしょう。
—————————————
You can learn a lot about the structure of songwriting by listening to his records, and I lisetened to them a lot and had them internalized.
—————————————
「internalize」は軽く「血肉とする」ぐらいに読んでもかまわないと思うのですが、言語学で「内在化する(文法規則や構造などを言語能力の一部とする)」という意味で遣われる言葉です。
ディランはハンクのレコードを聴くことによって、まさに音楽言語を「内在化」したと言って良いでしょう。
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流星 CHRONICLES #133


保線区 2005年4月26日

ハンク・ウィリアムズは1953年の元旦、コンサートツアーを巡っていた車の中で急死しました。
ディランは、それが誤報であることを願ったそうです。
でも、それは本当のことでした。
「大きな木が倒れた」
そんな気がしたそうです。
——————————————
Intuitively I knew, though, that his voice would never drop out of sight or fade away — a voice like a beautiful horn.
——————————————
 * intuitively 直感的に
ディランは1941年5月24日の生まれですから、その時はまだ11歳ですね。
小学生のディランが、アイドルを失ったんですからとてもショックだったことでしょう。
少し前に教室で縊死した小学校教師がいましたが、実はあれがここのところで最も腹立たしい事件でした。
死ぬのは勝手だが、自分の家でやれよ。
彼もまた自分しか愛せない若者だったのでしょう。
ハンクの死後だいぶ経ってから、ディランはハンクがずっと背骨の激痛に苦しんでいたことを知ります。
それを知ってハンクのレコードを聴くと、さらに驚くべきものだと感じたそうです。
「それは重力の法則に戦いを挑むようなものだ」
苦痛を感じさせない、ホルンのような美しい声。
小学生の時に予感したように、ハンクの声はディランにとって決して色褪せることのないものとなりました。
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沈黙の弾機

JR福知山線(宝塚線)の脱線事故は死者70人を超える大変な事故となっている。
いったい何があったのか。
東京オリンピック前年の1963年、東海道貨物線から脱線した貨物車両が横須賀線の旅客車両に二重衝突するという大事故があった。
死者160人を超える大事故である。
ところが、この同じ日に三井三池炭鉱の坑内で爆発事故があり、458人が亡くなるという大惨事が起きてしまった。
私がかすかに記憶しているのは、この炭鉱事故の方だ。
 →鶴見二重衝突と三池炭鉱爆発
今まで気づかなかったのだが、この11月9日という日はうちの親父様の祥月命日でもあるな。
ただ、今回の事故を聞いてまず思い出したのは、事故ではなくて人為的な爆破。
寸又峡の金嬉老事件や永山則夫「連続射殺魔」事件と同じ1968年に起きた、横須賀線爆破事件だ。
 →横須賀線電車爆破事件
この事件はさまざまな人が採り上げることになったが、私は『ガロ』で広告を見た上野昂志さんの本を、だいぶ後になってから買った。
まだどこかにとってあるはずなのだが、例によって見つからない。
死刑囚若松善紀は純多摩良樹という名で歌集を残した。

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カントリー・ボーイ CHRONICLES #132

千本浜 2005年4月24日
ハンク・ウィリアムズが歌ったのは、犬小屋で暮らす男の歌だけではありませんでした。
“When God Comes and Gathers His Jewels”や”Are You Walking and a-Talking for the Lord”といった霊歌(sprituals)も歌ったそうです。
リンク張りませんが、前者はamazonで試聴できますね。
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The sound of voice went through me like an electric rod and I managed to get a hold of a few of his 78s — “Baby, We’re Really in Love” and “Honky Tonkin'” and “Lost Highway” — and I played them endlessly.
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あら、また電気が貫いてますね。
映画『ブルース・ブラザーズ』のジェームズ・ブラウンのようでもあり、ディランのアルバムのジャケットのようでもあり。
その気になりやすい人のようです。
「78s」というのが一瞬なんだかわかりませんでしたが、78回転のレコードのことですね。
いわゆるSP盤。
ディランはそれをぐるぐると繰り返して聴いたというのですが、これはまだ田舎にいる時のことなんでしょう。
ハンクは「ヒルビリー・シンガー(hillbilly singer)」と言われていましたが、ディランはこれに異を唱えています。
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They called him a “hillbilly singer,” but I didn’t know what that was. Homer and Jethro were more like what I thought a hillbilly was.
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 →Homer and Jethro!
「hillbilly」というのは、田舎者のことです。
「リーダーズ英和」によれば「《米国南部, 特に アパラチア山脈の》山地[山奥]の住民」を指すそうです。
その田舎者ぶりを嘲笑するジョークもあります。
 →Hillbilly joke
「hillbilly music」と言えば「カントリーミュージック」と考えて良いのでしょう。
ハンクは確かにカントリーの歌手だけれど、けっしてヒルビリーなんかではなかったとディランは言いたいようです。
そしてハンクに自分を重ね合わせました(identified with)。
ハンク・ウィリアムズは、一時期ディランの役割モデルのようなものだったんですね。
p.96に入りました。
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星は何でも知っている CHRONICLES #131

千本浜 2005年4月24日

 →[ I Love Sunset! 夕陽が好き!]
ディランは、歌が「キングズイングリッシュ(King’s English)」でわかりやすく平易に歌われるのを聴く必要があったのだと書いています。
その例として、トニー・ベネット(Tony Bennett)を挙げています。
確かにわかりやすくて平易な歌い方ですが、キングズイングリッシュなんでしょうか。
 →Tony Bennett
トニー・ベネットがハンク・ウィリアムズ(Hank Williams)の曲を歌っていたよということで段落が変わって、ハンクの話になってしまいます。
ディランが初めてハンクの歌を聴いたのは、土曜の夜のラジオ番組。
ナッシュビルからの中継だったようです。
アナウンサーがロイ・エイカフ(Roy Acuff)を「カントリーミュージックの王様」と紹介していたそうです。
ハンクはグランド・オール・オープリー(Grand Ole Opry)にいたんですね。
「Ole Opry」というのは、元々「Old Opera」の訛だと思います。
 →Acuff & The Grand Ole Opry
おお、ここでもエイカフは「The King of Country Music」と書いてありますね。
その番組では誰かが「次のテネシー州知事」だと紹介され、ドッグフードの宣伝があり、高齢者向けペンションの提案をしていたそうです。
ハンクが犬小屋で暮らす男の歌”Move It On Over”を歌ったので、ディランはとてもウケてしまったようです。
だからドッグフードのCMのことをよく覚えてるんですね。
 →Official Hank Williams Website
ハンク・ウィリアムズは日本の流行歌にも大きな影響を与えてますね。
う?ん、たとえばこんな感じかな?
 →星は何でも知っている
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月極

あ?、しかしなんだな、あの「月極」って会社はすごいね。
この辺だけかと思ったら、日本全国津々浦々、どこに行ったってあそこの駐車場がある。
もしかしたら、日本で一番の大地主かもしれんわね。
うむ、時々類似店で「月極め」ってのもある。



あ?、しかしなんだな、あの「通りすがり」って奴はすごいね。
楽天広場だけかと思ったら、どこの掲示板に行ったってあいつの書き込みがある。
もしかしたら、日本で一番ヒマなやつなのかもしれんわね。
うむ、時々自作自演だったりするのもある。

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