井上陽水「いつのまにか少女は」(1973年)

【追記】No.1
さっき加藤登紀子さんのライブアルバムを聴いたのですが、その中で「子供産んだからといって大人になるわけじゃないし」と言ってました。

ね、いくつになっても少女の方も、少年の方もいるわけです。
外見はともかくさ。


僕が一番好きな陽水さんの曲は「桜三月散歩道」です。
と、以前書いたことがありますね。
井上陽水「桜三月散歩道」(1973年)
長谷邦夫さんの描く狂気がたまらなく好きなんです。

二番目に好きな曲もすぐに言うことができます。
こんなふうにパッとベスト1、ベスト2を挙げられる人は他にいません。

「いつのまにか少女は」(1973年)

 ♪ 君は どこで生まれたの
 ♪ 育って きたの

ここがとても好きなんです。
出会った少女のことをとても知りたいなと思う、あの感じ。
君のことがとても知りたいんだ。
言えなかったよね、そんなこと。

ところが、とても好きな歌詞のすぐ後に、ツッコミいれたくなる言葉が出てきてしまうんです。

 ♪ 君は静かに 音もたてずに
 ♪ 大人に なった

「静かに」はまあいいんですが、「音もたてずに」はどうなんでしょう。
ガラガラ ガッシャーン!
とか
むにゅむにゅ むりむり?
音たてたら、変でしょ。

好きな曲でこれだけ変だと思うのは、他にはありません。
単にツッコミ入れたくなる曲は、めちゃくちゃたくさんあるのですが、一つだけ。

五輪真弓さんの
「恋人よ」(1980年)

 ♪ 砂利道を 駆け足で
 ♪ マラソン人が行き過ぎる

「マラソン人(びと)」です。
「マラソン」に、やまとことばの「ひと」がくっついている。
う?ん、すごい、すごすぎる。
でも、「マラソン人(じん)」と読んだらもっとすごいな。
元々地名が競技名になっているので、彼の国の人を指しているようでもあります。
ん?
本当は「ジョギング人」ではなかろうか。

これが松任谷由実さん、ユーミンの「春よ、来い」(1994年)だと、文語と口語の混ざり具合のめちゃくちゃさが、私はもうダメです。
気持ち悪い。
中島みゆきさんだったら、絶対こんな言葉遣いはしないでしょう。
ブレイク後のユーミンは、この言葉のゆるさ加減が、まさに良くも悪くもニューミュージックなのだと思います。

陽水さんの「いつのまにか少女は」は、1973年に出たライブ盤『陽水ライヴ もどり道』で繰り返して聴きました。
とても好きなアルバムです。
その前年、高校1年の時にRCサクセションと一緒にのんびり市でやったライブを観に行ったのです。
このアルバムとよく似た雰囲気のコンサートでした。

「あかずの踏み切り」は『氷の世界』に入っているものと、メロディが違います。
『もどり道』は陽水さんの作曲、『氷の世界』は星勝さんの作曲だったと思います。
私はアコースティックな『もどり道』バージョンの方が好きです。

『陽水ライヴ もどり道』(1973年)
陽水ライヴ もどり道1. 夏まつり
2. いつのまにか少女は
3. 紙飛行機
4. あかずの踏み切り
5. たいくつ
6. 人生が二度あれは
7. 帰郷(危篤電報を受け取って)
8. 感謝知らずの女
9. 愛は君
10. 東へ西へ
11. 家へお帰り
12. 傘がない
13. 星(終りのテーマ)
14. 夢の中へ

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祭りの準備

【追記】No.4
またまたあいもわらずヒナのひるね。

春の日差しになり、廊下に日の当たる部分が減りました。
このサンルーム(廊下)は冬場は陽光が入りますが、夏場は太陽が高く昇るので日光が差し込みません。
つまり、冬暖かくて夏涼しいのです。
いかにも猫が昼寝してそうでしょ。

実際、昼間はここで寝ていることが多いのです。

ヒナのひるね 2004年2月28日

【追記】No.3
すっかり失念しておりました。
この映画はDr.悠々さんが1月15日の日記で紹介しています。
映画の詳細はそちらでどうぞ。

【追記】No.2
ところで、星紀市さんという方が砂川反戦闘争を撮ったドキュメンタリー映画があります。

『塹壕』(1971年)
『大地の砦』(1978年)

たぶん四谷公会堂あたりの上映会へ見に行ったのですが、ナレーションが原田芳雄さんだったので驚いた覚えがあります。

【追記】No.1
今日の日記タイトルは、もちろん黒木和雄監督の映画『祭りの準備』(1975年)から頂いたものです。
脚本家中島丈博さんの自伝的(?)作品ですね。

同じ大学に進学した高校の同級生が、「竹下景子が脱いでるぞ!」と騒いでいたのを覚えています。
ところが、私は当時テレビを見ていなかったので、竹下景子さんがわからない。
ずっと桂木梨江さんのことを竹下景子さんだと思い込んでいました。
ずっと後になって『クイズダービー』か何かを見て、あ、と間違いに気づきました。

主演の江藤潤さんは、テレビ版の『青春の門』で主役を演じましたね。
最近見た覚えがないのですが、お元気なんでしょうか。


選手名鑑私は以前、近所の郊外型大書店に毎日通っておりました。
新刊書籍や雑誌をチェックしてから出かけるのが日課でした。
それが、amazonでほいほい注文できるようになって、めっきり頻度が落ちました。
品揃えが違うからなあ。
でも、雑誌は困るのね。
買い逃しが増えたかも。

毎年この時期になると、Jリーグやプロ野球の選手名鑑を購入します。
そして、今年は夢中になって応援したいなあという祈ります。
でも、プロ野球はもう本当に長いことノリそびれてます。
Jリーグもごひいきの御当地蜜柑色チームが優勝争いから脱落すると、意識が遠くへ行ってしまいます。
ああ、アレックス。

選手名鑑はコンビニでも買えるのですが、なるべく揃って買ってしまいたいので、少し疎遠になった大型書店に行ってきました。

サッカーと野球は、文庫版の日刊スポーツグラフを買います。
安いし、かさばらないので何年もとっておきます。
野球の方はスカイパーフェクTVがまったく同じものを無料配付してましたな。
今年はまだ野球の方しか出ていないようです。

それとは別に、「週刊サッカーマガジン」と「週刊ベースボール」の、選手名鑑が掲載される特別号も買います。
ただ、これは買い逃す年も多いですね。
今年はばっちり買いました。
どのチームも、今年は頑張れよと、まだ実にいい感じ。
ひさびさに記事を読むのが楽しいです。

春だよね。

文芸ポストで、実際に本屋さんに行くとついついいろいろな雑誌をチェックして、余計なものを買い込んでしまいます。
今回は「文芸ポスト」にひっかかってしまいました。
一時期の「月刊カドカワ」みたいな感じ。。
文芸雑誌のような体裁をした音楽雑誌、かと思えばやっぱり文芸雑誌?

今回の特集は、[中島みゆきの「詞世界」散策]。
この特集に惹かれて買ったと思うでしょ?
違うんです。
特集には全然期待しておりません。

ただただ一つの記事が読みたかったから。
獄中告白 殺人未遂犯・幸月「遍路逃亡の果てに」
先日実刑判決が出てましたね。

殺人未遂容疑で指名手配されていた八十歳の人物が、NHKのドキュメンタリー番組で紹介されたために身元がバレて逮捕されたのです。
それが昨年の夏。
生江有二さんが書いてます。

あ、それから結局あの「文藝春秋」も買ってしまいました。
ちょっと悔しい。
芥川賞受賞作、そのうち読むことでしょう。

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邪宗門

【追記】No.4
chappiさんが書いてくれたように、高橋和巳さんの小説はどれも破滅に向かっている暗い物語です。
やっぱり今の高校生大学生は読まないようですね。
登場人物の苦悩に、説明が必要なのかもしれません。

画像を載せた全集版『邪宗門』は、もう私の手元にはありません。
お話をうかがった大本の方に差し上げてきました。

【追記】No.3
オウム真理教教祖への死刑判決が出たようだ。

信者にとっては、彼が生き恥を晒すよりも殉教をしてくれた方がわかりやすいのではないだろうか。
まだ最高裁まで長い時間がかかるし、執行がいつになるかわからないが、死刑執行後夢枕にでもたってくれれば、それで「復活」の伝説までできてしまう。

信者への一連の判決からみれば、妥当な判決なのだろう。
しかし、逮捕後うまく立ち回って死刑を逃れた者や、起訴さえされなかった責任者がいるのは、不公平だ。
そう、元医師や、元「法皇官房」長官。
口先だけでなんとか死刑を逃れたり、有力な縁故者のおかげで逃げおおせたのではないだろうか。

一般信者のオタク的宗教活動を経済的基盤として、責任者のその場しのぎの決定が、前代未聞の地下鉄サリン攻撃を引き起こし、世界を震撼させた。
連合赤軍兵士の手記に共感できる部分はあるが、オウム真理教事件にはまったく共感できる部分がない。
それでも、どうにも気になる事件である。

しかし、犯罪は時をかまわず発生しているのだが、年度末に判決がまとめて出るのはなにか奇異な感じがする。

あ、これは書いておこう。
私は死刑という制度には反対だ。
基準がブレてはいけない。
どんなに凶悪な犯罪者であろうと、国家による死罪は認めない。
ましてや、他国の元首を殺すために爆撃を行なうなんてことも不正義であると思う。

【追記】No.2
あら、今日も午後一時から緊急メンテナンスですね。
いろいろ不都合があるんでしょうね。

それにしても「メールで保存」、昨日一度だけメールが来たので直ったかと思ったのですが、あの一度だけでした。

【追記】No.1
2月26日の夕陽画像、更新しました。

[I Love Sunset!] 夕陽が好き!
千本浜 2004年2月26日


幻泉館主人は温和な性格なので、あまり他人様の間違いをあげつらったりはしないのですよ。
でも、どうにも気になるニュースがあったので、余計なことを言っておきます。

千葉大学の入試問題出題ミスです。
教育学部スポーツ科学課程の総合テスト(記述式)。
朝日新聞の記事だけなので詳細がわかりませんが、サッカー日本代表トルシエ監督に関する説明が「日本代表チームを初めてワールドカップに導き、ベスト8という快挙を成し遂げた」。

サッカーが嫌いな人はともかく、韓日W杯を熱く観戦した人なら、この部分に二つの間違いがあることにすぐ気づくと思います。
日本代表チームのワールドカップ初出場は岡田武史監督。
日本代表チームはベスト16。

この程度の間違いは、普段ならアホやなあと笑って済ませることができます。
ところが、この問題は「サッカー日本代表チームのジーコ監督のチームづくりについて800字以内で答える」というものなのです。
これでは笑って済ませることができない。
出題者は、何をどう採点するつもりだったのか。

千葉大学教育学部には、受験生を選抜する能力がない。

私は元々大学入試センター試験は不要だと考えておりました。
まさに行政改革で切り捨てるべき機関が、大学入試センターです。
センター試験は、河合塾などの大手予備校が発表する「ボーダーライン予想」がなければ、まったく意味を持ちません。
そんな半端な行政は切り捨てるべきだと思うのです。

自前で受験生を選抜することができない大学は、選抜しなければいいのです。
つまり、入学希望者は全員入学させればよろしい。
初年度は混乱するかもしれませんが、すぐに落ち着くはずです。


去年の初夏のことだが、珍しく休日が続いたので県境の町まで足を伸ばして、大本の方の話を聞きに行った。
暮れに家出のすすめと題して書いたのだが、高橋和巳さんが『邪宗門』に仕掛けた「ひのもと救霊会」の自殺容認に関して質するのが、その本筋。

邪宗門『邪宗門』は高校生の時に講談社文庫で出ていた版を買って読んだのが、最初でした。
「おかえり」と迎えてくれるあたたかい場所が、「死んでもいいんだよ」と包んでくれるという設定は、魅力的だと思いました。
それが虚構を構築するうえでの創作なのか、モデルとなった大本が本当にそうなのか、確かめたかったのです。

公式に「自殺をしてもいいんだよ」と言うはずもないのですが、その訪問にはもう一つ目的がありました。
かなり高齢な方なので、若い頃に出口王仁三郎氏を直接知っている可能性があったのです。
国家神道と原理的に真っ向から対決することによってその神殿を爆破された大本。
その中心にいた王仁三郎という人物に興味があったのです。

残念なことに直接経験としての王仁三郎像を聞くことはできなかったのですが、浄土真宗で言えば妙高人のように生きた、優しいお母さんのことを聞くことができました。

五島勉『ノストラダムスの大予言』(1973年)というひどいタイトルで触れたことがあるのですが、オウム真理教の事件といえば、私はこの小説『邪宗門』を思い出すのです。

オウムが宗教ではないとか、単なる宗教カルトであると切って捨ててしまうのには抵抗があります。
doom cultオウム真理教の信者はアホだとは思いますが、それでもあれは宗教だと私は考えています。
邪宗は邪宗なのでしょう。
私は絶対に信者にはなりません。
でも、たとえば連合赤軍事件やM君による連続少女殺人事件と同様に、「おまえはどうなんだ?」と問い掛けてくる事件なんです。

オウム なぜ宗教はテロリズムを生んだか昨年の2月に隅田川乱一さんの『穴が開いちゃったりして』(石風社)と一緒にbk1に注文したのが、島田裕巳さんの『オウム なぜ宗教はテロリズムを生んだのか』(トランスビュー)。

島田裕巳さんは実にとぼけた雰囲気の宗教学者です。
オウム事件のころにオウム真理教のシンパと看做されたり、マンションに火炎瓶かなんか仕掛けられたりした挙げ句、おそらくそのせいで大学の職を失っちゃった人です。
別にオウムのシンパじゃありませんよ。

ちくま新書から出ている『日本人の神はどこにいるか』という本なんかがお薦めです。
ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という一神教の本質を知るのによろしいです。
少なくとも少し前によく売れたらしい岸田秀&三浦雅士の『一神教vs多神教』よりはまともだと思います。

で、オウム事件以降、島田さんがオウムのことどう言っているのか知らないので、読みたいと思って注文したのです。
冒頭部分を読んだ時のメモがあったので、転記しておきます。

【島田裕巳『オウム なぜ宗教はテロリズムを生んだのか』メモ】
島田さんがまず問題として指摘するのは、石川公一氏の釈放である。
麻原の三女アーチャリーが長官であった「法皇官房庁」の次官であり、東大医学部に在籍していた人物である。
まさに組織の中枢にいた人物の不起訴は私も異様に感じた。
有力政治家が強引に不起訴にしたという噂が当時流れたほどである。

1995年3月18日午前2時ごろ、東京都杉並区の教団経営飲食店から上九一色村に向けてリムジンが出発した。
その車中で、警察の強制操作を遅らせる手段が話し合われている。
乗車していたのは、麻原・村井・遠藤・青山・井上・石川。
裁判で石川は同乗を認めたが、サリンの部分に関しては「聞こえなかった」と証言したので、謀議には加わらなかったことになってしまったのである。

島田さんは正直な人なので、「石川の証言が信じられない」と書いている。
オウムにおける「法皇官房」とは、いわゆるエリートによる意志決定機関であり、石井久子や井上といった古くからの側近を跳び超えて、オウムが生き延びるために作られたものである。
林郁夫の著書『オウムと私』によれば、まさにこのエリートである井上公一と弁護士青山吉伸のグループが1994年の段階で、情報操作のシステムを作り上げた。
教団が武装化に突き進む中で青山・石川の果たした役割は大きい。
青山は裁判から逃げることに失敗したが、石川は完全に逃げおおせてしまったのである。

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友部正人&加川良

【追記】No.4
今日も今日とて浜へ夕陽を眺めに参りました。
よく晴れていたのに、風が強いこと。
だいぶ暖かくなったとはいえ、顔がぐじゃぐじゃになりました。

画像は夜中にアップします。

千本浜 2004年2月26日

【追記】No.3
友部正人さんの「トーキング自動車レースブルース」には、

 ♪ もうずっとたたずんでいた 僕とコサイ君

というフレーズが出てきますが、この「コサイ君」というのは加川良さんのことです。
あだ名ではなくて、そちらが本名です。

加川良さんは御本人の歌よりも、大メジャーになってしまった吉田拓郎さんの「加川良の手紙」の方が有名かもしれませんね。

この曲はアルバム録音中に曲数が足りないと、拓郎さんがコサイさんにSOSを出して、歌詞をもらったんだそうです。
本当はどんなメロディが付くはずだったんでしょうか。

【追記】No.2
前にも書きましたが、加川良さんが歌っている「その朝」は、Nitty Gritty Dirt Bandで有名な「永遠の絆(Will the Circle Be Unbroken)」です。
とてもいい曲で、武蔵野タンポポ団の演奏では若林純夫さんが歌っているし、なぎらけん壱さんはライブ盤のアルバムタイトルにまでしました。

なぎらさんのライブ盤では、ゲストで加川良さんがドラムを叩いています。
そういえばこの人はURCに就職する前は、R&Bのバンドをやってたんですよね。

これも前に書きましたが、1st『教訓』(1971年)の初回プレスには、「その朝」は入っていません。
A面の最後には「働くな」という曲が入っていました。
作詞作曲が加川良と書いてあるのだけど、実際は他の人の作詞だったからです。

【追記】No.1
以前ぐっち君(仮名♂二十代)から、私のPCのmp3に「民謡みたいなの入ってますね」と言われた。
加川良さんのことであった。
ま、ひとびと(folk)うた(song)なんで、確かに民謡なのではあるが。
そんな彼は、Tommy Februaryが大好きなのであります。

そういえばぐっち君に吉田秋生さんの本を貸したら、「すっごい昔のマンガですねぇ」と言っていた。
あれは最近じゃん、と思ったら、確かにもうだいぶ昔のマンガなのではあった。

しかし、「メールで保存」のメールが来ないなあ。


楽天広場のシステム改良、評判の悪いカウンターだが、私は画像からテキスト化したのには賛成。
日記の書き込みも使いやすくなっている。
ただただ、バックアップ用のメールが届かないのが残念。
お?い、ちゃんと動いてないよ?。

友部正人&加川良 URC編夜なべ仕事。
こういう時は試験前の高校生と同じで、机の周りをかたづけたくなったりする。
ギターをいじりたくなる。
ああ、夜泣き歌、歌いたい。

で、結局マイベストMDを作ることにする。
まあ、逃避でござる。
そんなふうにしてボブ・ディランのマイ・ベストMDやら、高田渡さんのマイ・ベストMDやらを作ったりしたのです。

今夜はたまたま引っ張り出した4枚のCDからセレクトして1枚のMDに収めるという、安直な作業。
え?っと、友部正人さんと加川良さんがURCから出した1枚目のアルバムと2枚目のアルバム。

ええ、ずいぶん失礼な作業ですよ。
4枚とも傑作と呼ばれるようなアルバムなんですから。
選曲に関しては異論のある方も多いことでありましょうが、今の気分ではこんな感じ。

だいたいこれを1枚のMDに収めて、車を運転しながら聴いたり、仕事をしながら聴いたり、それは変です。

マイベストMD「友部正人&加川良 URC編」
1. 乾杯
2. 一本道
3. にんじん
4. トーキング自動車レースブルース
5. 大阪へやって来た
6. まるで正直者のように
7. こもりうた
8. 下宿屋
9. 親愛なるQに捧ぐ
10. 戦争しましょう
11. その朝
12. 伝道

1?4 『にんじん』友部正人(1973年)
5?6 『大阪へやって来た』友部正人(1972年)
7?9 『教訓』加川良(1971年)
10?12 『親愛なるQに捧ぐ』(1972年)
いずれもエイベックスより復刻CDエクストラ発売中。
定価1700円+悪税。

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ドゥーチュイムニー

【追記】No.5
ミズナの漬物をいただいた。
たんまり。
しあわせ。

さっそく遅い晩飯で食べてみる。
御飯としっかりカミシメル。
うまいです。
季節がしみでてきます。

【追記】No.4
今日も夕方浜に出た。
ちょっと風が強かったのだが、もうそれほど寒くない。
日没時刻もだいぶ遅くなってきた。

春なのであります。

[I Love Sunset!] 夕陽が好き!
千本浜 2004年2月25日

【追記】No.3
ふと気づくと、「日記を自分宛にメールで保存しておきます」が反映されていない。
つまり、メールが届かない。
もう直ったかしら、お試し。

 →やっぱりメール来ません?。

【追記】No.2
あいもかわらずヒナのひるね。

今日はとても暖かい陽気なのに、風が強いので中でぐだぐだしています。
出たいなあと外を眺めながら寝入ってしまいました。

ヒナのひるね 2004年2月25日

【追記】No.1
amazonからメール。
すっかり忘れていた。
ラングストン・ヒューズが自身で詩を読んでいるビデオを見つけて注文していたのだが、遅れるらしい。
というより、ダメかもしれない。
4週間から6週間お待ちくださいとのこと。
在庫なかったのね。

“Voices & Visions: Langston Hughes”


貘さんの番組を見たからなのだが、沖縄フォーク村のアルバムを引っ張り出した。
ELECから出ていた『唄の市 沖縄フォーク村』、復刻盤CDである。
「沖縄」には、「ウチナア」とルビが振ってある。

1曲目が沖縄フォーク村の村長である、佐渡山豊さんの「ドゥーチュイムニー」。
8分43秒に及ぶ演奏は圧巻、なのだが。

1972年の発表当時、「ドゥーチュイムニー」はショックだった。
これだけはっきりとウチナーグチで歌ったシンガー&ソングライターは、いなかったからだ。

 ♪ わったあ島や 沖縄ぬ
 ♪ コザぬ街るや いびいしが
 ♪ 中の町んかいやぁぐゎあかとる
 ♪ いぺぇぼうちらぁわらばやさ

意味はなんとなくわかるような、わからないような、その歌声は確かに新鮮だった。
ヤマトグチで意味が付いているのだが、なんだか正確な翻訳ではないような気もする。

 > 俺のすんでいるところは沖縄の
 > コザの中の町というところに
 > 家をかりているが 俺はとても
 > ひねくれたガキです

このウチナーグチで歌っている部分には強烈なインパクトを感じたのであるが、ヤマトグチで歌っている部分はむしろ稚拙な歌詞という印象を受けた。
これがその2年前、1970年に出たアルバムだったら、そう感じることはなかったのだろう。
この年はURCやELECから、メジャーによるニューミュージックに時代が大きく変わろうとしていた時だったのだ。
彼らは遅れてきた青年だったのかもしれない。

この「独りごと」はまさに「イメージの詩」であると、本人の弁。
もちろん「イメージの詩」とはELECが生んだ、そしてメジャーに巣立った新しい時代のスター吉田拓郎の「イメージの詩」である。

このアルバムの「ドゥーチュイムニー」の演奏はすごい。
途中からいきなり歌とかけはなれたすごいバックが入ってくる。
やけにうまい。

つのだ☆ひろ(ドラムス)
小原礼(ベース)
高中正義(ギター)

うまいのも当然だ。
もちろん彼らは沖縄フォーク村の村民ではない。
録音のためにELECが送り込んだサポート・メンバーである。

ポスト吉田拓郎を、ELECは必死に探していた。
広島フォーク村の夢よふたたび。
力が入るわけである。

広島フォーク村の確認をしておくと、活動開始は1968年、1970年にアルバム『古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう』を制作。
同じ年によしだたくろう「イメージの詩」1970年が発売される。
そしてその翌年に解散。

『唄の市 沖縄フォーク村』
唄の市 沖縄フォーク村1. ドゥーチュイムニー(佐渡山豊)
2. 生きていようよね(北炭生)
3. 守礼門(ひろし)
4. ゆうなの花(じーんず)
5. 赤田首里殿内(じーんず)
6. 平凡で人並に(井口と福治)
7. 空なるかな 空の空なるかな(セイ・シモン)
8. 水が欲しい(嵩原千恵子とそのふろく)
9. わったあ島ウチナア(魔世中しんや)

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「生活の柄」山之口貘&高田渡

【追記】No.2
夕方浜辺に出た。
残念だが雲が出ていて、夕陽を見ることができなかった。

非夕陽画像を数枚アップしました。

[I Love Sunset!] 夕陽が好き!
千本浜 2004年2月24日

【追記】No.1
追記をしようとして失敗しました。
楽天広場のシステムが非常に不安定な状態になっているようです。

カウンター表示は、自分で指定した色が反映されるようになったのですね。
慣れればデザインとしてはこちらの方が統一性があると思います。
ただ、システムの混乱と一体化しているので気持ちが悪いんでしょう。

htmlタグの制限が増えることに関しては、仕方のない部分が大きいと思います。
ブラックボックス化して誰でも簡単に日記サイトを運営できるというのが楽天広場の良いところなので、制限が出るのは仕方がない。
セキュリティホールを悪用している者の方が悪いのです。
もちろん楽天広場の担当さんがスキルを上げてガードしてくれればいいのですが。


NHK教育のETVスペシャル『貘さんを知っていますか?』のおかげで、長い間忘れていた山之口貘全集を引っ張り出す。
思潮社から出ていたこの四巻本全集のおもしろいところは、「全詩集」以外の巻「随筆」「小説」「評論」の内容があまり変わらないところだ。
貘さんの詩があった。
それがすべて。

番組は時折入るイメージ映像が少し入れこみすぎのような気がしたが、全体としては良い番組だったと思う。
それがNHK総合の普通の番組、せめてNHKスペシャルとして作られ放映されないというところが、みなさまのNHKの限界か。
というより、日本国民のみなさまの限界か。

なんといっても貘さんの肉声が貴重だ。NHKエンタープライズか、NHKサービスセンターか、NHK出版か、どこでもいいのだが、貘さん本人の詩の朗読をCDで出してもらいたい。たとえばNHK出版がNHKブックスに付録CDを付けて出せば、ちゃんと売れると思うよ。

死期が近づいた貘さんのインタビューテープが番組の白眉。
貘さんは旧制の中学生の時、初恋の人である呉勢(グジー)と婚約までするのだが、1963年の時点ですでにそうのような沖縄名前は滅んでしまった。
そのこと自体さびしいことに決まっているのだが、貘さんは、それは悲しいことではないと言いきる。
沖縄名前が滅んでいく、そこにしか沖縄の人の生活が成立しないことが悲しいのだと言う。
番組制作者の意図はまさにそこにあるので、副題は「沖縄で生まれ、大和に生きた詩人」となっている。

貘さんが亡くなったのは東京オリンピックの前年で、沖縄が日本に「復帰」するまで、まだあと十年近くもあった。
「沖縄方言」と貘さんは言っているのだが、あと十年生きていれば、貘さんはウチナーグチの詩を残せたのではないだろうか。
僕は貘さんの日本語詩が大好きなのだが、詩人山之口貘が日本語の詩人になってしまったことは悲劇なのではないかと思う。

僕が貘さんの詩を知ったのは、高田渡さんのおかげだ。
たぶん1971年、沖縄の復帰前年に渡さんの歌で「生活の柄」を聴いた。
忘れていたのだが、それで彌生書房の「世界の詩」シリーズで貘さんの巻を読んだのだ。
後の「夕暮れ」ほどではないが、渡さんは「生活の柄」の詩を改変して歌っている。
まだ詩の世界を変えるほどのものではなく、歌のリズムに載せるための改変だ。

当時はまだベルウッド以前、キングレコードから出たメジャーのファーストアルバム『ごあいさつ』よりも先に、中津川フォークジャンボリーのライブ盤でこの「生活の柄」を初めて聴いた。

前にも書いたのだが、ビクターSFレーベルから出ていた『’71全日本フォークジャンボリー第一集』は、今でも廉価版CDで手に入る。
やはりまだメジャーデビューする前の吉田拓郎さんが、渡さんのステージに野次をとばす。

拓郎「加川良、何のためにそこにすわってんだよ、お前!」
良「広島人!」
渡「えー、彼はここで僕のサイド・ギターをやってるつもりです。」

岩井宏さんがバンジョーとコーラスで参加している。
彼ももうこの世にはいない。

『’71全日本フォーク・ジャンボリー・ライヴ第一集
 ?中津川 椛ノ湖 人間開放72時間』
71全日本フォーク・ジャンボリー・ライヴ第一集
1. 教訓1(加川良)
2. ゼニの効用力について(加川良)
3. かみしばい(岩井宏)
4. 自転車にのって(高田渡)
5. 生活の柄(高田渡)
6. 人間なんて(吉田拓郎)
7. もしも(武蔵野タンポポ団)
8. たんぽぽ(ガロ)
9. 今ここに(のこいのこ)
10. 一円玉(なぎらけんいち)
11. カレーライス(遠藤賢司)
12. 12月の雨の日(はっぴいえんど)

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MEN’S CLUB アイビー特集号

【追記】No.2

本日の夕陽。
更新しました♪
夕陽が好き![I Love Sunset!]
千本浜 2004年2月23日

【追記】No.1
よく晴れてきれいな空。
暑いです。
春というより初夏みたい。

昨夜山之口貘さんの番組を見たのですが、しかしまあ、吉祥寺の街をよちよち歩いていたあの金子光晴という詩人は、やっぱり怪物だったのではあるまいか。

緊張してやたらにタバコを吸い続ける貘さんの純粋な魂。
その隣で帽子を脱いで、自分の禿頭をぺちゃぺちゃ叩いてみせてました。

今夜はやっぱり貘さんのことを少し書こう。


ヒナのワンダーランドからさらに古雑誌を発掘。
「MEN’S CLUB 増刊・アイビー特集号 第一集」
1974年3月20日 第23刷発行
定価500円
本誌「MEN’S CLUB」の過去の記事からアイビーに関するものをかき集めた増刊号で、超ロングセラーとなったものです。

おお、靴を並べたページでは、小物としてYamakiの12弦ギターが置いてあります。
時代じゃなあ。

中学生の時は坊主刈り強制。
ちょっとしゃれた格好がしてみたくても、ボウズなんです。
その反動で、高校生の時からほとんど髪を刈らない癖がついてしまい、今に至っています。

高校で頭髪は自由になったのですが、さて、制服じゃない時はどんな格好をすればいいのかしら?
それで学習しようとしたんでしょうね。
かっこいいお兄さんたちの真似をするためのテキストです。

これねえ、今読むと結構笑っちゃうんですよ。
アメリカの一流大学の学生生活を紹介しても、なんつってもまだ円が変動相場制になったばかり。
彼の国の豊かさは、まだまだ遠い憧れの対象でした。
モデルもおっさん臭い。
とても高校生が真似するようなキャラじゃないんです。

あやしげな規範を作って、それをお手本にしてれば安心というのは、実にかっこ悪いことですね。
ブランド信仰もそんなものなんでしょう。

安い服というのは流行ものを取り入れますので、私の高校時代もやたらにボタンダウンの安物シャツをよく売ってました。
必然的に、ボタンダウンは私のシャツの基本形となりました。

ビンボ高校生がこういう雑誌を買うと、それだけでおこずかいなんてなくなっちゃいますから、服買う金なんてないです。
それでも、今もダッフルコートを着ていたりするのは、大昔に読んだこの雑誌の影響なんでしょうか。

Men’s Club Ivy 特集

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